EX-6『アスタとメロの六年目2』
メロ=メテオヴェルヌという少女の好き嫌いについて考えてみる。
メロは、物事に対する好悪が実にハッキリしたタイプだ。興味があるものにはつき纏う一方、ひとたび無関心になると途端に好奇心が働かなくなる。傍目にも価値観のわかりやすい奴だった。
だがその反面、では何が好きで何が嫌いなのか、それをどこでどう判断しているのかという基準に関しては、これが意外とわかりづらい。
愉快そうな物事や、マイアが提案する悪戯には楽しそうに乗る。また強力な魔術師や冒険者には概して興味を向けることが多かった。これはメロが、魔術師として強さを求めているがゆえだろう。
誰彼構わず戦いを吹っかけるまではいかないものの、相手が強ければ強いほど、戦いになるならそれはそれでいいと考えるくらいには刹那的だ。それでも生き延びることのできてしまう才覚が、この場合は厄介に過ぎた。また、本当にまずい相手なら、場合によってはあっさりと逃げを選択できるのも強みだろう。一見して自負の強いメロではあるが、矜持に命を賭けるほど戦闘狂というわけじゃない。
言うなれば、動物的な生存本能が鋭いのだ。
彼女は、何も全てを《強さ》で判断しているわけではないらしいのだ。
メロは根本的に社会不適合者だが、社会に不適合だからと言って適応しないで生きていられるわけじゃない。そこはそれ、相応の折り合いをつけて他者と交わって生きている。傍若無人な天災は、決して破綻した狂人ではないのだ。
第一、もしメロが本当に強さが全てというような価値基準を持っているなら、俺なんかに興味を向けるわけがない。
それはさきほど再会した森精種――リグに対してもそうだろう。
彼は確かに頼り甲斐のある熟練の冒険者だが、七星旅団の面々を思わせるような、明らかに異常な性能を持っているというわけではない。
ていうか、そんな存在はまずほとんどいない。
メロは、見るに相手への興味をほぼ第一印象で決めているらしかった。
強いか弱いか、自分が興味を向けるに足る人間かを、なんらかの基準で初対面に察しているらしい。
これも本能なのだろうか。確かに、そうやってメロがつける判断は概ね正しい。
強者は強者を知るというか、感じるぜ匂いを……! みたいな話なのか。正直わからないが。
少なくとも知る限り、メロが初対面での判断を覆した人間を、俺はひとりしか知らない。
――つまり、俺である。
※
「狭くて悪いが、客として招いたわけでもねえ。文句は言うなよ」
俺たちを招いたリグが、部屋に入るなりそう言った。
律儀なものだ、と相変わらずさに苦笑する。
一見してつっけんどんな態度のリグは誤解されやすいが、これも彼なりの気遣いなのだ。あくまであらかじめ言っておこうという、リグなりの配慮。何も言われなかったところで、わざわざ文句など言ったりしないのに。
「ふうん……思いのほか、質素なトコに住んでんだね」
メロもまた、あっさりと感想を述べるに留まった。
これも聞きようによっては失礼だろうが、リグは気を害した様子もなく。
「住処に金をかけられるほど稼いでないんでな。そうでなくても、王都ってとこは土地が高え」
「まあ、それはそうかもねー。家なんて買ったことないからよく知らないけど」
「お前はそうだろうな。見るからに根なし草ってタイプだ、ひとところに留まれるタチじゃねえだろ」
「あっはは、確かにそうかもだよ! リグってばわかってるー!」
打ち解けている、というのとはまたちょっと違うかもわからないが。
意外に、お互い遠慮なく喋っている。そしてお互いが、それを特段の疑問もなく受け入れている。
なんだろう。波長が合ったとか、そんな感じなのだろうか。よくわからない。
どちらかというと、メロとリグはあまり合うタイプの性格ではないと思うのだが……。
――まあ、ギスギスされるより遥かにいいか。
そう軽く判断して、俺は促されるままに来客用の椅子に座った。
この一室が、リグが今のねぐらにしている場所らしい。寝床としては上等だろう。
リグに促される形でソファに座る。すぐ隣には、メロが何を言うこともなく当たり前のように陣取った。
狭い分だけ距離が近い。
「…………」
「ん? どしたん、アスタ?」
思わず身を縮めた俺の表情を、きょとんと見上げるメロ。やっぱり顔が近い。
別になんでもねえ、と示すように首を振った。メロは納得したらしく視線を外したが……うん、やっぱり近い。
正直、こういうのは落ち着かないのだ。
地球にいた頃は言わずもがな、こちらに来て以降は生きることに必死すぎたあまり、俺は基本的に女子慣れしていない。向こうに残してきた実の妹の存在や、マイアという義理の姉がいることから、喋る分には普通なのだが。
やっぱりこう、なんだ。
少なくとも顔のかわいい女の子が隣に座っていると、相応に緊張してしまう。
マイアはマイアであってマイアでしかないし、セルエは歳の差がある分アレだと考えれば――俺の周りにいる女子はキュオネくらいのものだった。
そのキュオは、まあ、ほら……アレがアレでアレだからアレなんだけど、アレってなんだっていうか。うん。
このふたりのことは相応に意識してしまう、初心な俺なのだ。
本当、黙ってる分にはかわいいからな、メロも。絶対に言葉にはできないし、もしバレようものならメロには引かれキュオに殺されかねないが、なんだかドキドキしてしまう。
「そんで、探し人って誰?」
一方のメロは、そんなことは思いつきもしませんという体でリグに質問。
こいつの中に恋愛がどうとか、そういう回路はないのだろう。自分がバカみたいに思えてならない。
「騎士のひとりでな。名前をマオ=アマーキーという女だ」
リグが語り出したのをいいことに、頭の中の不純な思考を追い払って意識を整えた。
「王国騎士が失踪したのか? その捜索依頼がお前まで降りてくるとは珍しいな」
「本来ならな。今回は事情あって、という話だ。察しの通り、依頼は個人から行われている」
「ふうん。事情って?」
「単純な話、アマーキーは騎士団の職を辞したんだ。失踪したのはそのあと、ということになる」
「仕事を辞めたのか……なんか、きな臭い話になってきたな」
あるいは自分から身を隠した可能性もある。その場合、後ろ暗い理由であることは想像できた。
が、リグは否定を口にした。
「そうじゃねえよ。退職の理由ははっきりしてる」
「ん?」
「――結婚だ。寿退団ってわけだ」
「ああ……そういう、なるほど……」
まあ普通に考えれば、王国騎士団を引退する理由なんて限られているか。
そんなめでたき勇退に際して姿を消したとなれば、なんらかの事件に巻き込まれた可能性が大きいだろう。
「てことは、依頼人はその婚約者か家族、ってところか?」
「そうだ。旦那――になる予定だった男を通じての依頼ということになる」
「ふうん……ちなみに、失踪に関して動機に心当たりはあるって?」
「まったくない、と依頼主は言っていたな。仮に結婚が嫌になったんだとしたら、失踪などしないで口で言うタイプの性格だと聞いている。それ以外、なんらかのトラブルに巻き込まれていたという話も聞いていない」
「……どっちにしろきな臭えじゃねえか」
とはいえ少なくとも後者に関しては、王国騎士という肩書きである以上、どこかで恨みを買っていた可能性はある。ずっと付け狙っていた何者かが、退職を機会として行動に移った可能性を否定はできないだろう。
前者に関しては――まあ、わからないが。結婚、なんて俺には縁遠い世界の話だ。気持ちなんて想像もつかない。
「まあ、理由に関してはどうだっていいんじゃない?」
と、ここでメロが言った。
話を理解できているのかいないのか、あっけらかんとしたものである。
「あたしたちは魔術師なんだし。アスタなら簡単じゃない?」
「その通りだ」リグも肯定を返す。「この手のことに関しちゃ、そこに反則の塊みたいなのがいるからな。でなきゃ俺も頼みゃしねえよ」
「あっはは、そうだね! 確かにこういうことだけは、得意なのがいるもんねっ?」
「……誰のこと言ってんだよ、お前らは……」
弱々しく突っ込んでみる俺だったが、メロもリグも視線を向けてくるだけで何も言わない。
まったく。こいつらにそんなこと言われたくないって話である。特にメロ。こいつに言われる反則ほど説得力のない表現もあるまい。
まあ、確かに俺が適任の案件だとは思うけど。
「……オーケー。この王都にいるのか?」
ソファから立ち上がってリグに問う。美形のエルフはといえば皮肉に笑って。
「出た、という記録はないな」
「なるほど、訊いた俺がバカだったよ悪かったな」
「フッ」
「フッじゃえねえよ笑うなイケメン。ムカつく」
王都への出入りは当然、衛兵が記録している。
だが、そこに記録がないということが、イコール街を出ていないということには必ずしもならない。
つまり非合法な手段で外へ出たかもしれないからだ。間抜けな問いだった。メロに笑われた。
「んじゃ、なんか媒介くれ。お前のことだ、ないとは言わんだろ?」
「――ほらよ。これだけあれば、お前にゃ充分だろ」
リグがこちらに手渡したものは、部屋の隅に保管してあった一本の剣だった。
失踪したというマオ=アマーキーが使用していた騎士剣だろう。ならば当人の魔力が色濃く残っているはず。
充分だ。これだけの品ならお釣りがくるほど。
ソファの前のテーブルに騎士剣を置き、普段から懐に隠してある護石をいくつか設置する。
こいつが、印刻使いなりの魔術陣と言ったところだ。
探査の魔術を使うには当然、探し人の情報が必要になる。親しい相手ならともかく、さすがに会ったこともない相手をいきなり魔術で捜索することはできない。
剣に込められた魔力の残滓を情報に、同じ魔力の持ち主を探し当てるのだ。
血液型とか、もっと言うなら遺伝情報とか。たとえるならばそんな感じである。
テーブルに手を突いて、魔術を起動。探査を開始する。
まずはこの王都の全域を捜索の範囲として指定。しばらく反応を探して――、
「――見つけた。王都にいるな」
同一人物の魔力を、王都の内部に確認する。
いい展開だ。見つからない場合は探索範囲を広げなければならなかった。
「頼んでおいてなんだが。……本当に見つけやがったか。しかもこんなに一瞬で」
「ん、まあこの街の中だけだしな。これくらいなら楽なもんだろ」
「……この広い街の、何万といる人間の中から、会ったこともない相手を秒で見つけ出すことを《これくらい》なんて表現する化物、お前くらいだよ」
「ねえ、褒めてないですよね。結果出したんですけど?」
「褒めてるよ。同時に引いてるだけだ」
「引くなや」ちょっと失礼すぎないだろうか。「だいたい、この程度なら教授でもやれる」
「比較対象が《魔導師》位って時点でおかしいっつってんだけどな……」
どこか慄然としたような様子のリグ。
できると思って頼んだはずで、実際にできたというのに反応がおかしい。
「……言うほど大したことやってねえんだけどな。単にルーンが向いてるってだけだし、それに王都は広いっていうけどよ、広さ云々じゃなくて、そういう風に区切られた空間だってことが魔術的には意味が大きいんだ。一定範囲を概念的に指定できんだから、むしろ王都まるまるやったほうが楽なんだよ」
ルーン魔術の特性をそのまま使っているだけなのだ。技術的に大したことをやっているわけではない。
たまたま印刻というものがそれに向いていただけの話で、ほかの連中のほうがずっとおかしなことをやっている。
それくらい、リグも理解しているだろうに。
「言ってることはわかるができる意味はわからねえんだよバカ」
「なんでここまで言われなくちゃいけないの?」
「……こいつは未だにこうなのか?」
もはや処置なしとでも言わんばかりの態度で、リグは俺を無視するとメロに向き直る。
問われたメロは、にひひ、とやけに愉快そうに笑いながら答えた。
「そうだねー。アスタはそういう奴なんだよ、リグ。まったく、周りにいると苦労させられちゃうよね」
「……心中お察しするぜ」
「でしょ? あたしらじゃ逆立ちしたって真似できないこと当たり前みたいにやっときながら、なんにもすごくないって譲らないんだよね、この男は」
「王都で見つかったから終わったものの、もし見つからなかったらどこまで探査範囲を広げてたのかね。引くわ」
「あっはは。まあ、アスタについては深いこと考えないほうがいいよー。頭おかしいんだから」
「……お前も苦労するな」
「お互い様じゃない?」
「――お前ら失礼にも限度ってものがあるだろ……?」
何度でも言うが、俺にしてみればこいつらのほうが遥かにおかしいとしか言いようがない。
なんで俺が、リグもそうだが、よりにもよってメロにこんなことを言われなければならないってんだ。
あり得ないだろう。俺のほうがお前よりよっぽど苦労してるわ、こんちくしょう。
こんな風に下手な持ち上げ(……持ち下げ?)られても釈然としないし、むしろ腹立たしいくらいである。
「まあいい」
リグは話を切るように呟く。
俺からすればぜんぜんよくないのだが、まあ引き下がっておこう。
才能ある魔術師って連中は本当、話が通じなくて困る。
「それで、アスタ? ――マオ=アマーキーはどこにいた?」
「……それなんだけどな。ちょっと、妙なところにいるみたいだぜ?」
「妙なところ」
「ああ」
頷いて、それから俺は指を立てる。
天井を指すような行動に、リグは怪訝そうに眉を顰め、けれどすぐに察すると驚いた表情になった。
「……まさか」
「そう。どうも、この街の上空にいるみたいなんだよ」
いったいどういうことなのか。
疑問する俺を見据えて、ポツリと零すようにリグは言う。
「居場所を見つけ出すだけじゃなく、対象の高度まで判別できるのか……?」
「は? いや、何言ってんだよ。そこわかんなかったら使えねえだろ?」
「――もう嫌だお前」
「ねえいつから俺の話になったの? 空にいることのほうを驚くタイミングだろ、おかしくない?」
俺のツッコミに、やれやれとリグは首を振り。
横に座っているメロが、俺の肩をぽんと叩いて言う。
「そういうとこだぞ」
「ブッ飛ばすぞ」
「あっははっ! ――本当、アスタといると飽きないなあ」
楽しそうに目を細めるメロの言葉が、やはりまったく釈然としないのだった。
これがチート(?)転移者アスタさんやぞ!
(ただし強いとは言っていない)