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EX-5『アスタとキュオネの四年目3』

今回、ほんのちょびっとだけエグいので、苦手な方はご注意を。

 クラン《深奥儀団》。

 その名が有名である理由で最も大きなものは、やはり団長であるヴィマ=プロティアーラの存在ゆえだろう。

 認定定義の異なる第零位階《魔法使い(イプシシマス)》を例外として、実質的な魔術師の頂点たる第一位階《魔導師メイガス》。現代では世界にたった十人だけの彼らは、魔術の技量だけを見れば完全に魔法使いを凌ぐ。

 魔法使いを頂点と見るよりも、まったく別ベクトルの端に位置する二極が《魔法使い(イプシシマス)》と《魔導師メイガス》である、と表現したほうが実際的には近いだろう。このふたつは文字通りに次元が違うが、それは単純に両者の上下を意味しない。同格である、と見做したほうが正確だ。


 さて。そして《魔導師メイガス》位の魔術師といえば当然、王国内でも名が売れている。

 とはいえその知名度も魔術師の間では、と但し書きがつき、たとえば同じ《魔導師メイガス》の地位にいるユゲル=ティラコニアは、その若さゆえに王都や栄えた都で名前は通っていれど、逆を言えば若さゆえに、それ以外の箇所で通じる名前ではなかったりする。

 のちの《七星旅団セブンスターズ》最年長団員であるとはいえ、当時のユゲルは年齢的にはまだ若造だ。いや、そもそも《七星旅団セブンスターズ》自体があまりに若すぎたと言ってもいいだろうが、世間的な認識はそう。


 性質上、インドア派が多いということもある。

 のちの《七曜教団》第二位ノート=ケニュクスも、だから《魔導師メイガス》としての知名度はかなり低い。表舞台に立つということがほとんどないからだ。《魔導師メイガス》の地位を得た魔術師は、基本的には王都に引きこもって魔術の研究に明け暮れている。

 要するに、魔術師の中でも《冒険者》と呼ばれる者たちは、意外と《魔導師メイガス》の名前など知らない。

 前述した三名は珍しくアウトドア派であることが知られているが、それも研究系魔術師の間でだ。マイア=プレイアスやシグウェル=エレクと組んで各地に顔を出すユゲルはともかく、たとえ旅に出たとしてもひとりで静かに行動しているノートの知名度が、そうそう上がるようなことはない。


 ――ゆえに、その中でもヴィマの知名度は別格だ。


 クランを組んでいるということは、本人自らが迷宮に潜るということ。

 しかも、そのために冒険者クランを結成し、自ら運営している《魔導師メイガス》がいるとなれば、これは冒険者の間でも名前が知られよう。当然、実際に成果を出していることも理由の一因だ。

 けれどそれは《魔導師メイガス》ヴィマの名が知られるということであり、団体としての《深奥儀団》の名前が知られることとは理由が違う。


 クランとしての《深奥儀団》が冒険者の間で有名になった理由はひとつ。

 入団者が、徹底した魔術の実力主義によって選ばれているからだ。

 それは本来の冒険者クランの選定基準とは異なる。冒険者は純粋な意味での魔術の技量など、さして気にしない。

 要は強ければ、使えればいいのだ。

 どれほど魔術が巧かろうと、体力のない研究者など迷惑なだけだし、逆にどれほど魔術が下手だろうと、迷宮内で通用する一芸があるのなら歓迎するだろう。数値ではなく、実際的な実力を彼らは考慮する。


 だが《深奥儀団》は違う。

 このクランに入団するための基準は、たったひとつ。


 ――すなわち、魔術師としての位階が第二団セカンド・オーダー以上であること。


 それは《内陣インナー》と呼ばれる第五位階《小達人アデプタス・マイナー》から第三位階《被免達人アデプタス・イグゼンプタス》に、第三団サード・オーダーである第二位階《教会の首領(マジスター・テンプリ)》以上を足したもの。

 もっと簡単に言えば第五位階以上である(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)こと。

 全魔術師の七割以上が第四位階以下で生涯を終える統計を考えれば、その基準の厳しさがわかるだろう。冒険者に区切るなら、第五位階以上の者など一割どころか一分を切る。


 この厳しい基準に、プラスで冒険者になるというのだ。

 必然、《深奥儀団》は少数精鋭で名が通った。


 その数、わずか五名。

 実際には《魔法使い(イプシシマス)》がおらず、また最も位階が低い者でも第四位階《大達人アデプタス・メジャー》であるのだが――。

 第四位階《大達人アデプタス・メジャー》二名、第三位階《被免達人アデプタス・イグゼンプタス》一名、第二位階《神殿の首領(マジスター・テンプリ)》一名、そして第一位階《魔導師メイガス》一名。

 たった五名の小規模クランとしては、破格の質を誇っている。

 将来の《七星旅団セブンスターズ》でさえ、《魔導師メイガス》位であるユゲルを除けば魔術師としての位階がかなり低かったことを考えれば、平均的な質では過去最高の冒険者クランであったかもしれない。


 彼らは正式な登録冒険者として、数々の実績を残した。

 けれど功績に反し、彼らの名前が――そしてクランの名前が歴史に名を遺すことはなかった。

 なぜか。それは彼らが王国に離反し、人体実験を伴う非道な研究に手を染めたからだ。

 外道に堕ちた高位魔術師たち。

 彼らは王国によって、その研究内容ごと歴史の闇へと葬られる。

 その研究の内容を(丶丶丶丶丶丶丶丶)遺してはならない(丶丶丶丶丶丶丶丶)――。

 そう判断されたからだ。


 彼らが、なぜ地位を棄て、王国に離反してまで禁呪の研究に手を染めたのか。

 魔術師としての知識欲が理性を上回ったのか。あるいは国家転覆を狙っていたのか。

 それは定かではない。

 だが彼らが王都を離れる寸前、団長ヴィマ=プロティアーラが遺した言葉を聞いたもの曰く――、


 ――奴は、世界を救い、人間を救うにはそれしかない、と言っていた。



     ※



「ああ、もう。アスタは本当に、目を離すとすぐこうだ!」


 いきなりの闖入者は、その場に立つふたりの人間を無視して、倒れ伏す男だけを見て言った。

 それこそ視界に入っていないかのような振る舞いだ。

 さきほどヴィマと戦っていた少年は、すでに意識を手放している。聞いているはずもないというのに、それでも少女は気楽に声をかけていた。


「全身ズタボロだし! しかも……うわあ、内臓なかまで傷が回ってるよ。まあ、死んでないならいいけど」

「お――おい。おいおいおい嬢ちゃん、いきなりやって来てこっちは無視か? あ?」


 最後に鎌鼬を放ち、アスタを地に倒した男が言う。

 彼は《首領位マジスター》の魔術師であり、つまりこのクランにおける第二位だ。

 場違いな少女が現れたことに、当然、言葉でもって割って入る。


 だが少女は、その問いかけを完全に無視した。


「……ん、まあギリギリ、かな。間に合ってよかったよ、本当。手をかけさせてくれるんだから」


 その、どこか嬉しそうにすら聞こえる少女の声が酷く浮いている。

 ほとんど煽っているも同然の行いだろう。たとえ、少女にそんなつもりが一切ないのだとしても。

 その態度に《首領位マジスター》の男は酷くプライドを傷つけられた。いや、とはいえ怒りのレベルとしては、ほんのちょっとした苛立ちという程度だっただろう。

 少女はそれを一切斟酌しない。

 だから男は気づかない。倒れ伏す少年の状態を一瞬で判断し、もう数分も経てば命を落とすだろう状態を見てなお、《間に合った》などと笑っていることの異常性を。


 この場でそれに気づいたのは、ヴィマだけだった。


 少女はそのまま、ふたりの男を無視したままで倒れ伏すアスタへと近づいていく。

 首領位の男はそれを止めるべく声を上げようとして――、


「おい、テメエ――」

「待て……待て、ジェイス。やめろ……下がれ」

「あん?」


 それを、予想外にも身内の団長に止められた。


「下がるんだ。その女から、それ(丶丶)から……離れろ……っ!!」

「――あ? 何言って――」


 ジェイスと呼ばれた男は気づかなかったのだ。

 目の前の少女の異常性に。いや、気づけというほうが無理がある。

 むしろ直感したヴィマの経験と勘を褒めるべきであって、なんの根拠もなく警戒しろというほうが難しい。もちろんジェイスにだって、目の前の少女が尋常ならざる強力な魔術師であることはわかっていたが、かといって。

 その程度の認識では絶対的に足りていないと、気がつくほうがおかしかった。


 だからジェイスは、このときヴィマの忠告に従わなかった。

 それは、間違いではないだろう。彼は決して、このときに対応を間違ったわけではないのだ。

 ジェイスは近づいて来る少女の足を止めるために、倒れ伏すアスタに近づいた。

 ここで初めて、少女は動きを止める。初めて男を認識したかのように。


「お前、こいつを助けに来たんだろ? バカな奴だ――んなことして人質に取られないとでも思ったのか?」

「…………」

「さーて、動くなよ。卑怯と好きに詰ればいいが、知ったことじゃねえ」

「…………」

「つか、もうくたばるか、これ。参ったな、その前にお前を殺さなきゃ人質にならねえ――」


 正しい対応だった。相手がどれほどの強者であろうと、仲間を助けに来たことが明白ならば人質に取るだけだ。

 あとはそのまま殺せばいい。嬲る気はない。だが卑怯だろうと正々堂々戦う理由もないのだ。

 正解だ。この段階で彼が取るべきもっとも正しい行動はきっとそれだ。単に、意味がないというだけで。


 ――もうとっくに手遅れだというだけで。


「ごめんね」


 と、少女は言った。

 笑顔だった。


「お願いなんだけど、アスタに触らないでくれるかな?」

「――あ?」

「わたしのアスタにこれ以上、干渉しないでって言ってるんだよ。――それは、ダメだよ?」


 何を言っているんだ、と誰だって思うような言葉だった。

 それを、この状況でなお、恋する乙女のように可憐な笑顔で言ってのける――その事実が異常でしかない。

 ジェイスはこの段階で初めて、目の前の少女の異常性に気がついた。

 おかしい。恐ろしい。悍ましい――。

 ジェイスの動きが止まる。

 それを見て取って、少女は再びアスタに向けて足を運んだ。もちろんジェイスは止めようとするが――動けない。


「……は……?」


 確かに恐れは感じた。だが、だからってそれは竦むような恐怖とは種類が違う。

 ジェイスはむしろ、この女は早い段階で殺してしまわなければまずい、と考えたのだ。どう間違っても、恐れで動けなくなるはずがない。

 にもかかわらず――動けない。

 何か、魔術による干渉を受けたことは間違いなかった。


 それに、気づくことすらできなかっただけで。


 少女は再び、邪魔な男を押しのけてからアスタに近づいた。誰にも邪魔されることなくその身体に触れる。

 直後、治癒魔術が発動した。時間を巻き戻すかのような復元。瞬く間に全身の傷が癒えていく。

 ありていに言って――その様子が、見ているふたりには酷く気持ちが悪かった。

 治癒魔術という本来は正の魔術でさえ、ここまで極まってはもはや異常だ。それは生命を冒涜しているに等しい行為で、根源的な嫌悪感をどうしても喚起する――それほどまでに気持ちが悪い(丶丶丶丶丶丶)治癒。


 瞬く間に治癒を終え、死ぬはずだった青年の運命を無造作すぎるほどあっさりと変えた少女が立ち上がる。

 ここで再び、今度は自ら、少女はジェイスのほうを見た。

 ――ジェイスは気づく。

 少女は笑っている。確かに表情は笑みだ。だがその瞳は虚のように透徹し、こちらを移していない。


 そう。少女は別に彼らを無視していたわけではない。

 これから死ぬ人間と、言葉を交わすことに意味を見出していなかっただけなのだ。


「それじゃ、ごめんね」


 少女は言った。再びの、それは謝罪の言葉だった。


「本当ならこのまま帰ってもいいんだけど。報復なんて面倒なだけだし、生きてれば別にいいかとは思うんだ。だけどあなたたち、目的があるんでしょう? なんだっけ――ええと、人間を進化させる、だっけ?」


 深奥儀団が秘密裏に行っていた研究の内容を少女は知っていた。

 殺さないわけにはいかなくなった。

 ――殺すために、戦わない選択肢を奪われた。


「そっちから反撃が来るのも困るから。だからごめんね。恨みはないけど……あ、いや、なくはないけど。普通にあるけど。でも殺すほどじゃないんだ。――けど、うん。仕方ないから、殺すね」

「ふざ――ふざけるなよ、ガキッ!!」


 ジェイスが身体の動きを縛っていた術式を破る。

 さすがは第二位階、というべきか。謎の術式を不明のまま力技で崩したのだ。

 そのまま、一撃で少女を殺すために魔術を練ろうとするジェイス。


 だが遅すぎる。

 彼は知らないのだ。少女が、治癒魔術師であると同時に呪術使いであり。

 その手に触れられる(丶丶丶丶丶)ということが、どれほど致命的であるかということを。


 いや。言うならそれ以前から遅かった。


「――な、あ、ぎ、い、あ、っ……痛い、痛い痛い痛いいぎぃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!!」


 突如として全身を襲った耐え難い苦痛に、ジェイスが雄叫びを上げる。


「ジェイス!? どうした、ジェイスッ!!」


 叫ぶヴィマ。だがその声は届かない。

 そう。もはや遅い。全てはあまりに手遅れだ。

 対応を間違ったのではない。


 そもそもアスタに手を出してしまったことが彼の死因でしかなかったのだから。


「いぁ、服が、く、ぎぃ、えあっ!? おご、ぶえ――」

「何を――ジェイスに何をしたッ!!」

「何って」


 少女――キュオネ=アルシオンは答える。

 問われたから、と言わんばかりに。それが優しさだとばかりに。


「人間より進化した存在を創ることが目的って聞いたから。だから、死ぬ前にそうしてあげようかと」

「何を言ってる!?」

「だから、強化してあげた(丶丶丶丶丶丶丶)んだよ。まあ呪術で、だけど。五感を――そのうちの触覚を強化したの。それとも狂化した、かな」

「何、を……言って」

「今の彼の触覚は人間のそれを遥かに超えて暴走してるの。あまりに強すぎる触覚が神経を狂わせてる。服の重さにすら耐え切れない。空気と触れ合うことすら痛みに変わる。室温は地獄の熱かもしれないし、あるいは絶対の冷気に感じられるかもしれない。でもほら、感覚は鋭くなってるから。――痛みは、普段よりもっと感じられるよ」


 それは、地獄のような行いだった。

 感覚の暴走。狂化。今の彼には服の重さが、空気の触れ合いが、自分で叫ぶことが、倒れた床でのたうつことが、全てが神経を針山でなぞられるかの如き痛みとしてしか捉えられない。肌がこすれて死ぬほど痛い。温度がおかしい。生きていることそのものが苦しみ以外の何物でもない。

 あらゆる触覚への刺激が全て痛みに変換されるという、生き地獄。


「げぉあ、いげ、あ――が、いた、やめ、ごめ、――おぶぁ」


 肉体は死なない。けれど先に精神が死んだ。何十時間もの拷問を一瞬に圧縮されたかのような苦痛に、もはや心が耐えられなかった。零れた涙が氷のように肌を痛めつけ、喉を通った吐瀉物はマグマにしか感じられなかった。


「やめ、やめろ――やめてくれ。そんな――もう、やめてやってくれ……っ!」


 どこで間違ったのだろう。もはやヴィマには懇願することしかできない。

 ――理解できたのに。

 その直感は、間違ってはいなかった。だがもう、そのときには全てが遅すぎた。


 目の前の少女は――ただ、ヒトのカタチをしただけの、怪物だ。


「うん、わかった」


 少女は言った。あっさりと。

 倒れ伏し痙攣するジェイスの頭を、彼女は足で踏み潰す(丶丶丶丶)

 一撃で脳をトマトのように潰したのは、彼女なりの慈悲であったのかもしれない。

 ――少なくとも、ジェイスは地獄から解放されたのだから。

 死後の世界に地獄があるとしても、今この場で苦しむよりはマシなのかもしれなかった。


「別に必要以上に苦しめたいワケじゃないんだけど。わたし、これしかできないからさ」


 ――そこからの記憶が、ヴィマを最期まで苦しめ続けることになる。

 当然だ。こうまでことが起きては、仲間たちが全員駆けつけてきてしまうのだから。


「どうした団長!? 何が――」


 最初に来たひとりは視覚を狂化された。

 どれほどわずかな光だろうと過剰に感覚してしまう視覚。「眩しい痛い痛い痛い痛い目が目が目が死ぬ死ぬ死ぬ死ぬああああああああああああああああああああああ」光に潰された仲間が痛みに喘いで、そのまま発狂死した。

 次のひとりは聴覚を狂化された。

 どんなわずかな物音だろうと兵器のように脳を揺さぶれる。「おぶあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」少女がパン、と両手を耳元で叩くと、呪いによって全身が内側から弾け飛んだ。

 そして、ひとり残った仲間は嗅覚を狂化された。「嫌だ、いや、ぁ、ころして、ころ、ぶぁ、だんちょ――あっ」空気さえ毒になった彼は、全身の感覚を塗り潰すような馥郁たる天上の無臭くうきの匂いに精神を崩壊させた。首の骨を折られた。


「ごめんね。君たちが何を思ってここにいるのかとか、何をしてるのかとか。そういう裏設定じじょう、興味ないんだ」


 ――その、断末魔の悲鳴だけが耳に残った。

 濃縮された地獄に泣き叫び、助けを求めて死に行く姿だけが目に残った。

 鼻を突く血と死の匂いだけが鼻に残った。

 肌を貫く恐怖に、今もまだ震えが止まらない。


 ヴィマには何もできなかった。気づけば奥の部屋から、少女が戻ってくるところだった。


「えーと。最後のひとりくらいは見逃してもいいんだけど」

「……なぜ……」

「下にいた三人組の冒険者。まあぜんぜん知らない人だったけど、それも治してきた(丶丶丶丶丶丶丶丶)し。もう実験なんか続けられないでしょ。ならいいよ、まあ」

「あれを――治したと、いうのか」

「え? うん。まあなんか肉の塊みたいになってたけど、別に。治せないってことはなかったかな」

「――バケモノ、め……」

「たまに言われる」


 ――それで、どうするの?

 少女が訊ねる。ヴィマは首を振って、それでも立ち上がった。


「どうするの?」


 再びの問い。それに応える。


「無論、敵を討つとも」

「意味ないよ」

「わかっている。もう研究は終わりだ。だが――それでも皆の無念を、俺はッ!!」


 そこまでを言って。




「意味ないって――」




 そこでヴィマは、自分が心臓を抉り抜かれていることに初めて気がついた。

 もはや魔術ですらない。ただの身体能力で、弔いのための挑戦は始まる前に終わらされた。


「――言ったのに」

「……ごぷっ」

「最期。言いたいことがあれば聞くよ?」


 ヴィマは笑って、こう言った。


「――死ね、バケモノ」


 キュオネは笑って、こう答える。


「ごめん。その程度の呪いじゃ、わたしにとっては安すぎる、かな」


 何があろうと。どんな目的があってどんな理念があってどんな過去があろうとも。

 その一切を斟酌しない。全ては知らないままで構わない。命のやり取りに余分は必要ではない。

 無念さえ、背負うことなく殺し続ける。


「……怪物め」


 そうして魔導師は、敗北の味さえ味わうことなく命を落とした。

 赤に染まった腕を振るって、少女は小さく呟きを零す。


「ああ、血の匂いがついちゃうよ。アスタに嫌われるのやだなあ」



     ※



「――あ? ここは……」


 気づくと俺は、宿の寝台で目を覚ました。

 直前のことを思い出す。どうやら俺はキュオに助けられたらしい。


「ああ……負けたのか、俺は」

「そうだね。まったくざまあないよ、ばかアスタ」


 かけられる声。

 見れば隣にキュオの姿。

 俺はばつの悪い思いを感じながら顔を背ける。


 悪いことをしてしまった。

 キュオが戦うということは、つまりはそういうこと(丶丶丶丶丶丶)なのだから。

 彼女には、どこまで残酷で非道な手段しかない。

 だから彼女は戦いを嫌っている。

 それを、俺は知っていた。その俺が、その彼女に守られてしまうことが、情けなくて仕方ない。

 彼女はどうあっても実利を取る。感情に流されず、ただ必要なことを為すと決めている。

 けれどそれが、一般にどう思われているかということについてまで鈍感なわけではないのだ。


「……ごめんな」


 その言葉に、キュオは首を振って小さく答える。


「いいよ。別に」

「……そっか」


 ふと、血の匂いを感じた。

 彼女が戦ったときはいつもそうだ。きっと洗い落としたのだろうが、それでも、染まった呪いは簡単には落ちない。

 だから俺は、あえてそれに気づかない振りをして立ち上がる。


「……アスタ? わっ――!?」


 少女の小さな体。華奢な体。

 その頭を、上からくしゃくしゃにするように撫でつけて。


「も、もうっ! 何するんだよぉ、髪ぼさぼさになっちゃうよ……っ」

「かわいいから大丈夫だよ」

「何が――っ!?」

「いいから。それよかメシでも行こうぜ、いっしょに。腹減ってきたんだ」

「……えへへへへ」


 ふにゃりと笑ってキュオネは言う。

 俺の言葉から、さて。いったい何を感じ取ったのかはしらないが。


「だからアスタのこと、大好き」

「うっせ。恥ずかしいこと言うんじゃねえよ」

「照れない照れないー」

「照れてねえし」

「うーん? うぇへへ、じゃあそういうことにしたげるー」


 そんな風にじゃれ合いながら、俺たちは部屋をあとにした。



     ※



 余談だが、マイアたち三人は、それから三日経ってから普通に現れた。

 食事をしたが誰も金を持っていなかったので途中の店で皿洗いをしてから来た、と言っていた。


 もう本当にこいつらはもう。

キュオネさんが本編には出られなかった理由の一端的な感じだったり違ったり。

いずれにせよ天災に襲われた深奥儀団の皆さまは、……ドンマイ?

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