EX-5『アスタとキュオネの四年目1』
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
完結に向けてのウォーミングアップですが、ぜひ最後までお付き合いくださいませ。
――その報せを、頭から信じていたかと言えば嘘になる。
けれど。だからといって――。
※
「……来ねえんだけど」
「来ないねえ」
酒場で零した、ぼやきにも似た呟き。
答えるキュオは苦笑交じりで、けれどなんだか楽しげだった。
「待ち合わせはとっくに過ぎてんだぞ?」
昼食のために訪れた宿併設の酒場で管を巻く。
そんな俺に対し、キュオは仕方ないなあと言わんばかりの表情で笑った。
――待ち人、未だ来たらず。
そんな状況に焦れているのは俺だけで、キュオはあまり気にしていないようだった。
「一日。丸一日待っても来ないってどういうことよ? おかしくない?」
「うーん。でもほら……マイアたちだし」
「……それで納得しちゃいそうになる自分が嫌だわ」
「マイアが時間通りに来たら、そのほうがわたしは驚くけどなー」
「だからって日付を跨ぐのやめてもらいたいんだけど……」
という会話通り、俺たちは今、この街に訪れる手筈になっている姉貴たちを待っていた。
なんでも話があるとかないとかで(よくわからない)、全員集合ー! と鶴のひと声を伝言されたのだ。
逆らう意味などない、というか逆らえない。より酷いことになるのは明白なのだ。
というわけで、俺は予定していた修行を切り上げ、伝言を持ってきたキュオといっしょに街で姉貴たちの到着を待っている――という流れだ。
だが約束の翌日になっても、姉貴たちは一向に姿を見せなかった。
「……アホの姉貴だけならともかく、シグと教授もいっしょのはずだよな?」
「そう聞いてるね。でも、シグがいっしょにいたからって……」
「まあ、うん。シグが姉貴を連れてきてくれるとは俺も思わないけど」
むしろいっしょになって問題を起こすのがシグウェル=エレクという男だ。
理由はさっぱり定かじゃないが、なぜかシグは、マイアの指示にだけは絶対に逆らわない。いや別に、元から頼まれごとをされて断るような性格でもないのだが。
基本的には温厚で、戦場か食卓にさえ出さなければ静かな男である。
マイアと組み合わさったときにだけ、破滅的な被害を周囲にもたらしてしまうのだが。
……それ充分に厄介だわ。
「それでも教授なら……教授ならなんとかしてくれる、はず……!」
「何、その儚い期待に満ちた言葉……」
「おい儚いって言うな」
「確かに、教授ならマイアとシグを言いくるめるくらいはワケないだろうけど」
「でしょ? ほら」
「でも、それは教授自身がここに来たい場合だけだよ」
「…………」
「今回は集合かけたのマイアだし。たぶん、教授ぜんぜんやる気ないと思う」
「……見てきたように言うのね……」
「見てきたし実際」
「そうだった」
教授――ことユゲル=ティラコニア。
彼はこの面子の中でいちばん年上だけあって、普段はいちばん態度のデカい男である。実際、頭も異次元的に回るため、あの傍若無人の権化たるマイアに対してさえ上から出られる数少ない存在だ。
が、その能力は本人がコトを迅速に、合理的に済ませたい場合にだけ発揮される。
今回のように、マイアに呼び出されただけでやる気がないときは、おそらく怠惰を極めていることだろう。呼ばれて来ているだけ感謝しろ、くらいには言ってそうだ。
結論。
連中の気紛れな到着まで待ち惚け確定。
――やってられませんな?
「はあ。こんなことなら修行の予定、切り上げるんじゃなかったよ……」
「最近はアスタも強くなってきたもんねえ」
にこりと笑うキュオ。皮肉ではなく本心だとわかるから、嫌な気持ちにはならないけれど。
それでも、気恥ずかしさは感じてしまう。何より自分より圧倒的に強い奴に言われても素直には受け止めづらい。
「……まだまだ、こんなんじゃぜんぜん足りねえよ」
目指す場所があるとして。そこへ、いっしょに、ついて行きたいと願う以上。
圧倒的な差があるとはわかっていても、歩みを止めるつもりはない。そういうことだ。
そしてキュオは、こういうとき下手な慰めを口にしない。
「アスタは魔術の才能はからっきしだもんねー。ルーンしか使えないんだから」
「言うなよ。わかってるけど……」
「拗ねない拗ねない。それ以外にできることがあるんだからいいんだよ」
「……お前らみたいのに言われてもなあ」
「むぅ。またすぐそうやって人を怪物か何かみたいに」
間違っちゃない、と内心では思うのだが、そう言って機嫌を損ねるのもバカらしい。
今さら拗ねているつもりもないのだ。今日は妙にキュオも楽しそうだし、それならそれでいいだろう。
俺は話を元に戻した。
「しっかし来るかどうかもわかんないとなるとな。今さらこっちから探し行って、入れ違いになるのもバカらしいし」
「まあまあ。いいじゃん、たまには。アスタも最近は修行ばっかでしょ? 息抜きってことで。ね?」
「……」
簡単に言ってくれるものだ、と思う。
別に責める気はない。俺から言っても単なる負け惜しみだ。
けれど、無駄にしていい時間などあるはずもない。
「……帰るわ、もう」
俺はそう言って席を立つ。
「え?」
「来ないんだったら修行に戻るってコト。どっかで仕事請けてくるのも悪くないけど、一応は来る可能性を考えてそれはやめとくか。まあ、自主訓練でもしておけばいいでしょ」
「ど、どうして……?」
驚いたようにキュオは目を見開く。
逆に俺は、キュオに驚かれる意味がわからない。
「なんでって……何が?」
「え、だってほら、久し振りだし。来ないならいっしょに待ってようよ。ごはん、まだでしょ?」
それならそれでいいか、と思いつつ。
別に、そうでなくともいい。
マイアが来たら、どうせ厄介ごとに巻き込まれるのだ。その前に準備をしておくほうが理に適っている。
俺はみんなの足を引っ張ることだけはしたくないと思っていた。
――そうでなきゃ、弱い俺が隣にいていいとは思えないから。
「いいよ。んなことしてても時間の無駄だろ」
お互いに、と、そういう意味を込めて俺は言った。
キュオはこちらをまっすぐ見ていた。
「……どういう意味?」
「どうって……(強い)お前と違って(弱い)俺は(修行の)時間がいくらあっても足りないんだ」
それくらいわかるだろ、と俺は言う。
「何、それ。わたしは(暇そうにしてるから)いいって?」
「お前は(強いから遊んでても)そりゃいいだろうよ。でも俺は(弱いからがんばらないと)ダメなんだよ」
「……そんな(わたしを責めるような)酷い言い方しなくたっていいじゃん」
「酷いも何も(俺が弱いのは)事実だろ。今さらだ」
「(わたしが暇なのは)事実って……せっかく、久々に(アスタと遊びたいと思って)会いに来たのに……」
「いや(伝言を伝えるために)会いに来てくれたことはありがたいけど。実際あいつら来ないじゃん」
「何それ!? だから、たまには(ふたりきりで過ごそう)って……」
「なんで怒ってんだよ、お前が……。(あいつらが自由なのは)たまにじゃないだろ、ぜんぜん」
「なっ……そ、そういうこと(=別にキュオと会ってなくてもいい)言うんだ!?」
「だって(連中が約束守ってないのは)事実じゃん。さっきから事実しか言ってねえぞ俺は」
「……あっそ。そうなんだ。アスタは(わたしと遊ぶよりも)修行を優先するんだ……」
「(あの三人より)修行を優先するのは当然だろ(=いないんだから)」
「そうですかっ。そうですかーっ! (わたしとは)ご飯を(いっしょに)食べる時間もありませんかっ!!」
「は? メシ? メシだって本当なら(=マイアに呼ばれていなければ)適当に携帯食とかで済ましてるっつの。なんで怒ってんだよ。こうなってる(=あいつらが来てない)んだ、普通だろ」
「あっそう! へえ! こうなってる(=喧嘩になってる)のはわたしが悪いんだ!? へえー!!」
「いや、……はあ? 別にそんなこと言ってな――」
「――もういいもんっ!」
ばん! と強い勢いでキュオが机を叩いて立ち上がる。予想外の圧力に、木材がみしり、と音を立てた。
――なんだ? なんでいきなりキュオはキレ始めたんだ……?
ぜんぜんまったくさっぱりまるきりこれっぽっちも意味がわからん。マイアが悪いんだとしたら、俺に当たらなくてもいいと思うんだけど。
「ばーか、ばーか。アスタのばーか! そんなに言うならひとりでやってればいいよっ。ばーかっ!!」
そしてそんな捨て台詞を吐くなり、キュオは店から飛び出して行ってしまう。
怒ると子どもっぽくなることは知っていたけれど。にしたって、なぜ罵倒されてしまったのだろうか。
俺は弱い。ほかのみんなとは比べものにならないほど貧弱な力しか持っていない。
そんな俺がキュオたちについて行くためには、どれほど努力を重ねても足りはしないのだ。そんなの今さらだろう。
肩を怒らせて店を飛び出してしまうキュオ。
追おうかと一瞬だけ考えたが、まだ注文したものが残っている。周囲から突き刺さっていた視線が、ゆっくり外れていくのを肌で感じながら、俺はそのまま席に残った。
――俺としても、さすがに理不尽すぎると思っていたのだ。
キュオのような才能ある人間にはわからない。きっと残りのみんなにも。
俺が、あの怪物じみた友人たちについて行くことが、どれほど難しいことなのか。でなければこんなことで、ここまで怒ったりするものか。
もちろん俺は、して当然の努力を誇らない。才能の差に腐ることもしない。これは単なる当然だ。
――だとしても、もやもやしたものが残ることは間違いなかった。
「ちくしょ……キュオの奴」
わかってないんだ。俺がお前らといっしょにいられることが、どれほどの奇跡なのかということを。
ちょうど、注文した食事を店員が運んできた。なんだか嫌な苦笑をしている。
「はい、どうぞ。……フラれちゃいましたか、お兄さん?」
給仕のお姉さんに言われてしまった。
「……あっははは。いや、アレは恋人じゃないですよ。双子の兄妹みたいなもんです」
「そうなんです? その割には似てないですけど」
「よく言われますよ、実際」
「ああ、お気を悪くしたらすみません。確かになんか距離感は近かったですよね。それこそ家族みたい」
「家族……か」
その通り。俺だって本当はわかっちゃいるんだ。
いっしょにいることに理由なんていらない。たとえば家族なら、それを求めることはしないはずだ。そうであるなら歪んでいる。
たとえば地球に残してきた妹は、俺なんかよりずっと成長が早かった。頭がいいし、才能があったし、時には劣等感に苛まれることさえあった。だけど決して仲は険悪じゃなかったし、何より俺たちは家族だった。
こんなことでもなければ、別れるようなことはなかっただろう。
「まあまあ、兄ちゃん。そう肩を落とすなよ。な? そんな日だってあるさ」
と、横合いにいた数人組の冒険者のうちのひとりが声をかけたきた。
さすが冒険者。フラれ男には実に優しい。気のいい、そして体格のいい禿げ頭のオッサンに笑って応じる。
「どうも、オッサン。今日は休み?」
「あっははは! 昼から酒飲んでる冒険者はそりゃそうだろうさ! なあお前ら?」
「違いねえ! おい兄ちゃん、お前もどうだ。一杯くらいは奢ってやるぜ」
「そいつはいい! 失恋した男は男に甘えるもんだぜ。ガッハハハ!!」
勝手なことを言ってくれる野郎どもであった。
まあ、この街も長い。そこそこ顔見知り程度の連中なら何人かいる。
「うっせーよ。失恋してねーわ!」
俺が吠えると、厳つい連中が声を揃えて笑い出す。
まったく野蛮な連中だが、こういう雰囲気が俺は意外と嫌いではなかった。でなければ冒険者なんてやっていない。
「ったく、嫌な恥を掻いたよ、まったく。なんで今日に限って客が多いんだよ、ここ」
「あん? なんだ兄ちゃん、知らねえのか?」
と、最初に俺に声をかけた禿げが言う。
「あん? なんか問題?」
「問題っつーか……聞いてねえなら教えといてやるよ。街道の北のほうに根城を作ったチームがあるんだ」
「チーム? 冒険者クランか?」
「ああ。まだ噂の段階だが、ちょいとタチの悪ぃ連中が根を張ったらしくてな。そいつらがまたバカみたいに強いって噂でよぉ、冒険者連中は目ぇつけらんねえように静かにしてんのさ」
「そんな噂が出るほどの連中なのか……有名らしいな」
修行にかまけてばかりで、そんな噂は聞いていなかった俺である。
俺はさきほどの店員を呼び出し、情報量代わりにテーブル分の酒を注文してやった。
わかってるねえ、と笑う気のいいオッサンをせっつき、さらに情報を引き出す。
「どんな連中だ? 冒険者を干上がらせるような奴らそうそういねえだろ」
「ああ。お前も名前は知ってんじゃねえか? 《深奥儀団》って連中なんだが」
「……S級かよ。だブラックリストに載ったとは聞いてねえぞ」
「どうもキナ臭くてな。聞いた話、討伐に出向いたかなり強力な冒険者も捕まったらしい。……禁呪の研究をやってんだとかなんとかな」
「討伐が向けられるほど……か。ただの噂ってわけじゃなさそうだな」
「ああ。元が名を挙げた連中ばかりだからな。中にゃ王都の魔道研究所上がりの奴もいるらしい」
「……なるほど。そりゃヤバいな」
「ああ。討伐に出向いた三人組の魔術師も、捕まったって聞いてる」
「……あん?」
なんだか、嫌な予感がした。
あり得ないとは、俺だって思う。だが訊かないわけにはいかない。
「誰だったんだ?」
「いや、名前までは知らねえよ。チーム組んでるって噂で、ひとりは女だったか?」
「……捕まったってのは?」
「さあ? あくまで噂だよ。研究職系の魔術師ばっかだからな。実験材料にされてんじゃねえのっつー、噂だ。どうもそのために迷宮近くに陣取ってるっぽいからな」
「……なるほど。情報サンキュな、オッサン」
俺はそう言って席を立つ。
気のいいオッサンは、そんな俺を見て首を傾げながら。
「おいおい、どこ行く気だ兄ちゃん? まさか突っ込もうってんじゃねえだろな」
「まさか。そんな甲斐性あったらフラれてねえっつの」
軽く肩を竦めて、支払い分を多めに残してから席を立つ。
――別段、嘘をついたつもりはなかった。
少なくともこのときは。
※
――わかってはいるのだ。
あの三人が、そうそう簡単に負けるはずがない。不意打ちならまだしも、自分から乗り込んでいった先で負けるなど想像もつかないと言ってよかった。俺が首を突っ込む必要はない。
放っておけばひょっこり顔を出すだろう。俺には修業があるのだから、油を売っている暇はない。
女の冒険者が混じった三人組、という情報しか聞いていない。それがマイアたちである可能性は低いだろう。
また仮に、よしんばそれが本当だったとして。
マイアとシグと教授。この三人を完璧に迎え撃った連中に俺が敵う道理があるか?
ない。死ぬか、よくて人質がひとり増えるだけのもの。
このとき俺が取るべき行動は、こんな噂話などさっさと忘れて自分の修業に戻ることだけ。あるいは、せめてキュオに相談するかだろう。
「――だっていうのに……」
本当、俺はいったい何してんだろうなあ……?
そんなことを考える、そんな俺の目の前には一軒の屋敷。
街道から外れた森沿いに位置するそこが、調べたところ《深奥儀団》の研究所。
全員が姿を消して、魔術の実験のためにこの場所までやって来た。それまでの研究実績などを鑑みるに、何か禁呪に指定された研究を行っているのではないかと勘繰られ、ギルド冒険者を査察に派遣――直後に失踪。
それが、この小一時間ほどで俺の調べた情報だ。
――ここで引き返すべきだ。
理性はそう告げている。あの三人がここにいるとは限らない。仮にいるなら俺では勝てない。
だが――どちらの可能性もゼロではないのだ。
そう考えるだけで、気づけば俺は情報を纏めて即座にここまで訪れていた。
本当。何をやっているのやら、だ。
「まあ……いいか。これも修行のため……修行に集中するためだ。つまり必要な出費」
誰に対して言い訳しているのか。
自分でもわからないまま、俺は屋敷の入口へと近づいた。
違うと判断したら速攻で帰ろうと。そんな風に決め打って俺は行く。
――入口の扉が開いたのは、ちょうどその瞬間だった。
「入ってこい、ってか? いい度胸してら」
屋敷周囲の結界にはとっくに引っかかっているのだ。当然、向こうは誰かが近づいて来ていると知っている。
あえて引っかかってみせたのは、少なくともこっそり来たわけではないという正当化のため。
俺は、そのまま誘われるように屋敷へと足を踏み入れた。
中は広かった。
もともと何もなかった森の入口に突貫で構築した屋敷なのだろう。だが高度な魔術で構築されている。
機材さえ持ち込めば実験所としては悪くない。この森の中には地下迷宮への入口があるのだ。
「どなたですか?」
と。だたっぴろい入口で声をかけられる。
外見に比べて殺風景だ。地下へ続く階段が奥にあるのみで、あとは何もない。
その階段の手前に、ひとりの男が立っている。
「……ああ、いやあ――」
俺は笑みを作って何ごとか適当な返事を答え――ようと、した。
瞬間だった。
背後の扉がいきなり閉じられ、屋敷の内部が突如として薄暗闇の中に沈む。
「まあ。どなたであったところで変わりはありませんが」
男は言った。
ああ、そうですか。
問答無用と。
なるほどね。
――こいつはちょいと、予想外だ。
※
「……ふうん。そっか。アスタ、ひとりで行っちゃったんだ? ……ふうん」
ラブコメかな……? 違うかな。違うね。違います。
あ、活動報告も更新しています。
よろしければ、併せてお読みくださいませー。




