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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第五章 学院都市陥落
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5-47『七星旅団』

 ――俺たち(丶丶丶)の目的は、いつだって新しい冒険だった。

 本当の意味での《冒険者》がいなくなってしまった世界で、それでも伝説を作りたいと、馬鹿な目標を本気で掲げた。それが楽しかったから。

 そんな馬鹿の集まりでなければ、ゲノムス迷宮の攻略なんてとてもではないが不可能だっただろう。それは、できないこと(丶丶丶丶丶丶)だと誰もが思っていたのだから。

 誰もが忘れてしまっていた。

 魔術師とは本来、不可能を可能にする(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)存在だったということを。

 魔術をひとつ覚えるということは、可能がひとつ増えるということ。そうしてひとつずつ不可能を消し去っていけば、いつか全ては可能に変わる。そうして全能に至ることが、神すら畏れぬ魔術師の、強欲と我欲の果てであったはずだ。

 だが、魔術はいつしか、ただの便利な技術(丶丶丶丶丶)に成り下がってしまった。

 別に俺たちだって、本当の意味で神の全能を目指していたわけじゃない。そんなことには興味がなかった。

 だけど、それがやりたいことならば、できないままで放置するのが嫌だっただけ。

 そんな現状に満足できなかったマイアという大バカが、同じバカをできる仲間を集めた。それが七星旅団セブンスターズの起こりだ。

 なんだってよかったのだ。

 発案はマイアでも、それは俺たち七人全員の望みだったのだから。

 だから俺たちはやりたいことをやり続けた。それがどれほど険しい道だろうと、どれほど困難な山だろうと、きっと通り抜け越えた先でしか見られない光景があるはずだと思ったから。

 俺たちは、ただそれを見たかっただけなのだ。

 できないことなど何もないと信じた。それは別に、自分の力を誇っていたからじゃない。


 ――七人が揃えば最強だと。

 伝説に名を刻んだ俺たちは実感として知っていただけ。


 だから、魔竜ドラゴン如きは敵じゃない。


「――おい。この大バカ姉貴」

 こちらに戻ってきたマイアに向かって、俺はまず真っ先にそう言った。

 途端、我が親愛なる姉君は不服そうに唇を尖らせて、

「なにさ再会早々いきなりー! お姉ちゃんは悲しいぞっ!!」

「やかましい!」俺はその変わらなさに吠え返す。「今までどこで何やってやがった! この土壇場まで出てこねえとかどういう了見だよ!」

「こっちだっていろいろ大変だったんですー! 言っとくけど、私がこれまで何やってたかを聞いたら驚くからね!?」

「アイリスをいきなり送ってきた時点で充分すぎるほど驚いたっつーの!」

「――アイリス」


 と、いきなりまっすぐな視線を向けられた。

 俺は思わず口籠る。そんな俺に、マイアは柔らかな笑みを浮かべて、こんな台詞を言ってのけるのだ。


「そっか。名前をあげたんだね、ちゃんと、あの子に。やっぱりアスタに任せて正解だった」

「……この、だあっ……本当にもうっ!」

「あ、アスタがセル姉みたいな反応してる」

「あれ? わたし、そんな?」

「外野ふたりもやかましい! あとセルエはいつもだいたいこんな!!」


 ああもう。もし会うことがあったら、いろいろこれまでの不満をぶつけてやろうと思っていたのに。そんな笑みを見せつけられては何も返せなくなってしまう。

 俺をオーステリアに送り込むなり姿を晦ませて。

 ずっと裏で暗躍していたことは知っているけれど、それでも何も告げずに身を隠したことは俺にとって不満だった。まったく、そんなところまで師に似なくてもいいだろうに。


「ごめん。でも、アスタにだけは何も言えなかったから。知ってしまった未来は確定する――だからこそアスタには、何も知らないままで全てを進めてもらわないといけなかった」

「――わかってるよ、だいたいのことは」

「ん。まあ、アスタなら全部上手くやるって信じてたけどね、私は」

「何を根拠に……」

「だって、私の弟だもん。それくらい、やれないわけがないってものさっ!」


 俺はもう、何も言葉を返せない。

 本当にこの姉は。文句くらい言わせてほしかった。


「ま、これが終わったら、全部を聞かせるから」

「言質は取ったぞ。さっさと終わらせよう」

「――さて! それじゃあ七星旅団セブンスターズの再結成、その初陣と行こうじゃないの!!」


 六人で、街を背にして並んで立った。

 いなくなってしまった七人目も、ちゃんとこの場に連れて来ている。

 なら充分だろう。俺は、小さく並んで口を開いた。


「で、作戦は?」


 俺の問いに、マイアが言う。


「ひとり一本、首を落とせば足りる計算じゃない? あ、私はもうやったけどね。けどね!」

「バカの姉貴には訊いてない」

「ねえ当たり強くない!?」

「教授! こういうときは教授の出番だろ!」

「――ふむ。ひとり一本、首を落とせば足りるな」

「教授ぅ!?」

「キュオネの分は、マイア――お前が担当すればいいだろう。あと六本だ」

「えー! わたしそれ落とし損だよー!」

「損はしてねえ! ていうか俺は呪いまだ完全に解けてないのにそんなの無理! だいたい、そもそもそれは作戦じゃねえっ!!」

「突っ込み忙しいなアスタ」

「じゃあ突っ込ませないようにしろやシグが! セルエ! セルエはなんかないの!?」

「ごめんアスタ。――巻き込まれたくない」

「俺を売りやがった!!」

「アスタ、うるさい」

「メロまで裏切るのかよ……」

「ほら。――魔竜が動き出すよ?」


 メロの言葉と同時、首を断たれて暴れていた黒竜が、ついに戒めから解き放たれた。

 一分に満たない時間とはいえ、ある程度まで拘束を利かせる辺り、さすがは教授の魔術だと言ったところだが――さすがに魔竜も二度は同じ手を喰わないだろう。

 強大すぎる能力の裏に、あるいは人間をも上回るかもしれないほどの高い知性を秘めているところが、竜種の厄介な部分なのだから。


「――まあ仕方ねえ。こうなりゃマジで一本ずつ落としていくか」


 諦めとともに俺は言った。

 正直、今の時間はロクな作戦会議になっていない。ただまあ、俺たちはお互いの能力を完全に把握し合っているし、互いにできることはわかっている。

 首を一本ずつ断っていくという、その方針自体は間違いではないだろう。それだけで死ぬような魔竜ではないだろうが、まずは力の絶対値を削ぎ落さなければ勝てるものも勝てない。


 俺たちが、この王国において伝説と呼ばれる、その遥か以前から。

 魔竜は魔術世界において、伝説の称号をほしいままにしてきた存在である。

 ならばこれは、最古の伝説と最新の伝説との競い合いだ。

 ――言い換えるなら、これまで俺たちがやって来たことの延長でしかなかった。

 なら、お互いにやることは決まっている。今さら言葉にしなくても、チームワークで仕損じるようなことはない。


「――やるか」

 俺の言葉に、受けてマイアが叫ぶ。

「じゃあ行こう!」

 言うなり我が姉貴は、そっとセルエの背中に回った。

 そして、その両肩にぽん、と手を乗せる。

「それじゃ、セルエ」

「待ってください」セルエは即答した。「あの、なんで後ろに? 嫌な予感しかしないんですけど、あの、せんぱ――」

「――陽動よろしく」

「当たり前のように囮役!?」

「セルエならできる! ――即興錬金、単装連結――」

「いや、ちょ、先輩っ、待……っ!!」

「――人間砲台とんでけセルエ


 直後。ぽん、とマイアに背中を押されたセルエが、まるで砲弾のように魔竜に向かってぶっ飛んでいった。


「――ひ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 悲鳴を上げながら、魔竜の足下に高速で接近していく(させられている)セルエ。

 あまりにも、その姿は可哀想だった。この姉はマジでもう。

 魔竜は残る六つの首で、哀れな犠牲者を睥睨する。とはいえ慈悲はない。当たり前に魔竜は塔のような前脚を上げると、セルエを叩き潰さんと踏み落とす。

 その、わずか寸前。

 魔竜の足元で静止したセルエが、小さく身を屈めて、そして叫んだ。


「ドッ、チクショウがあ――――――――ッ!!」


 下へ潰そうと落とされる魔竜の脚。

 それを、比べる対処にすらならないほど小さなセルエが、自らの脚を逆に跳ね上げることで弾き返した。

 魔竜の巨体に、プラスで重力に、セルエは脚力で挑み――当たり前みたいに打ち勝った。

 ほとんど爆発みたいな轟音が響いて、前脚を跳ね除けられた魔竜がバランスを崩す。セルエはそのまま跳躍すると、自分で跳ね上げた魔竜の脚の裏を、さらに追加で殴り飛ばす。


「昇月――、」


 その反動でセルエは地面に戻っていく。

 四つ脚の魔竜は、跳ね上げられた勢いで今は後ろ足二本で立ち上がったかのような体勢に陥っている。セルエはその真下の地面に向けて、今度は落ちていく勢いそのままに、身体を回転させながら踵を叩き落とした。


「――墜星ッ!!」


 破砕。地面が、まるで隕石に直撃されたように土を巻き上げ陥没する。

 生身ひとつで環境そのものを破壊する、《日向の狼藉者》の面目躍如たる身体運用魔術。

 もちろんセルエのそれは、単に膂力によるものだけではない。いや身体強化が異常なレベルだということは事実だが、それは同時に混沌魔術の発露でもある。

 彼女の肉体は、いわば魔術の物理的な発射口だ。肉体の運用そのものを儀式として、その拳や足に、彼女は魔術を乗せるのだから。

 その間に、すでにマイアは次の行動に移っていた。


「――即興錬金、零式魔剣――」


 錬金魔術の秘奥のひとつ。魔力を押し固め物質に変える、元素魔術との複合応用術式。

 それが、《辰砂の錬成師》マイア=プレイアスの戦闘方法だ。その即興錬金の余波として、周囲に散らばる赤い砂が、彼女の二つ名の由来である。

 右腕を掲げたマイア。上に向けられた掌の上に、魔力が形を取って剣を形成する。

 およそ《武器を創る》という点において――その破壊力において、マイア=プレイアスを上回る魔術師などそうはいない。

 やがて形成された魔剣は、剣というより投擲用の槍に似て。

 赤き炎を纏う、最強の使い捨て兵装を、マイアは思いっ切り放り投げた。それは飛来する最中、六つに分裂すると、体勢を崩した魔竜の頭部を狙う。


「受け取れー、セルエ――!」

「――私に死ねと!?」


 セルエの悲愴なツッコミはともかく。

 しかし、魔竜もさるもの。迫り来る魔剣を、魔竜は大口を開けて迎え撃つ――吐息を吐こうとしたのではない。

 魔竜はその顎で、投げられた魔剣を受け止めようとしているのだ。

 だが、それは教授が許さない。


「――黙れ(とじろ)


 ただひと言。呟き、ユゲルが指を鳴らす。

 その音が響くと同時に、魔竜の六つの口が閉じる(丶丶丶丶丶)

 それは本来ならば魔術詠唱を阻害する沈黙の魔術。それを応用することで、教授は魔竜の口を強制的に閉じさせたのだ。魔術には詠唱が必要で、けれど口を塞がれてはできない。だから抗えない――その、単純すぎるがゆえに強力な、解釈の連鎖。魔を導く者の本領。

 それでも魔竜は、口が駄目ならばと邪視によって魔剣の投擲を迎撃してみせる。魔術妨害では、術式の構築を介さない魔眼の類いを阻止できない。物理的な破壊力さえ伴う邪視が、マイアの投げた魔剣のうち五本までを破壊した。

 ――だが一本が、その口の中に突き刺さった。

 ついに、黒竜はその勢いに倒れ込む。セルエによって足下のバランスを崩され、マイアの投剣が完全にひっくり返らせたのだ。

 膨大な土煙を上げて黒竜が仰向けに倒れた。


 外から見ている者があれば、この光景をいったいどう思っただろう。


 倒れ込んだ魔竜。その首がマイアの剣によって一本、地面に縫い止められていた。

 それを――待ち構えていたように。

 そのすぐ正面に立つセルエが引き抜いた。彼女はそれを高く振り被り、


「――二本目」


 ただまっすぐ、破滅的な勢いで振り落とした。

 二本目の首が縦に裂かれ、消滅する。

 マイアの剣は同時に破壊された。

 これはセルエの腕力に耐えられなかったわけではなく、そもそもマイアの即興錬金魔術は、作り出す全ての武装が使い捨てを前提にしているから。

 無論、黒竜はそれでも死なない。というかこのレベルなら、おそらく七つの首全てを断たれたところで、こいつは胴だけでも生きるだろう。バケモノすぎる。

 なにせ、ただ在るだけ(丶丶丶丶)で人を冒すのだから。


 黒竜を覆う黒の鱗。そこから立ち昇る、物理的な破壊力と熱を持った瘴気。

 それが首を断たれることでさらに濃さを増し、触手となってセルエに襲いかかる。

 剣を振り抜いた直後のセルエは、武器もなくその脅威を見つめていた。躱せるような状態ではない。

 それでも彼女に恐れはない。セルエは自分が安全だということを知っている。

 だから、数百に上ろうかという数の灼熱の瘴気が、唸りながらセルエに直撃する、寸前。


「うん。……うん、ありがとね、キュオ姉。力、借りるね。――大好き」


 胸にかけられたペンダントを握り締め。

 天災の二つ名を持つ少女が、笑顔でその呪文を言葉に換えた。


「――全天二十一式ルール・オブ・オリジン緑の魔術きりふだそのよん――」


 直後。セルエの身体を、薄い緑色の膜が包み込む。

 まるでその存在そのものを覆いこむように。淡く仄かで、柔らかく温かな輝きが。

 それは天災が、いつも自分を、みんなを守ってくれていた優しい少女を思って創り出した、彼女の代わりにみんなを守るために編み出した術式なのだろう。

 メロに治癒魔術は扱えない。

 だからメロでは、キュオネの代わりにはなれない。

 ――だからどうした。メロはメロだ。

 彼女は彼女にできるやり方で、彼女にしかできない魔術で、きっと仲間を助けられる。


「――《七天の守護者アルクトゥーロス》」


 直後。セルエを覆う膜が、あらゆる瘴気の全てを吸収した。

 どころかその全てを相手に返し、報復の呪詛として黒竜を自壊に追い込む。

 キュオネは、七星旅団ではただひとりの治癒魔術師で、同時に呪術使いでもあった。報復という原初の呪いは、彼女が仲間を守るために編み出した魔術。

 その力を、在り方を、天災は受け継いでオリジナルにした。


 完全防御型報復呪詛術式。


 天災が持つ、ただひとつの防御用魔術。襲い来るあらゆる《脅威》を概念ごと対象に跳ね返すその呪いは、敵対者が強い力を持っていれば持っているほど強くなる。

 魔竜の鱗――その全身から立ち昇る瘴気が身を守っている今、魔竜の魔力抵抗値は著しく高い。それを貫通して首を落とすとなると、マイアの作る対竜武装ドラゴンキラーがほとんど必須だ。

 ならばまず、その瘴気による防御を剥がさなければならない。


 黒竜は、その目的を悟っているのだろう。仰向けに倒れた、その体制のままで宙に逃れた。

 セルエも同時に避難する。

 羽ばたく翼は、そのまま黒竜を宙へと逃れさせる。

 そも魔竜は翼があるから跳べるのではない、飛べるから翼を持っているのだ。飛翔は魔術であり、翼はその術式機能を肉体そのものに依存した発露のカタチである。ゆえに魔竜は、どんな体勢からだろうと、物理的な法則の一切を無視して高く速く飛べる。

 そう、魔竜が飛べることなど初めから織り込み済みの事実だ。

 かつて迷宮での戦いでは、いかに広い結界空間とはいえ天井があった。だから魔竜が飛び回ることは少なく、その機動性は大半が殺されていたに等しい。

 だがここは広大な平野だ。機動力を武器にされては、ただでさえ怪物なのにより不利にならざるを得なかった。地の利は敵の側になる。

 だからこそ、空を味方にはつけさせない。

 セルエとメロの魔術から逃れ、空に飛び出したことが失敗だ。


 ――その場所は、すでに死地となっている。


「よくやった。タイミングは完璧だな」


 浮き上がった黒竜はその目で見る。

 自らが逃れた空に、ひとりの男が浮いていることを。

 いや、浮いているわけではない。ただ飛んできただけなのだ、彼は。

 ――魔弾。

 最も単純な攻撃魔術にして、極めれば《最強》にさえ至る究極の攻撃手段。

 本来、魔弾はどんな威力だろうと、ただ撃つだけなら術者が物理的な反動を受けることはない。砲台とは言っても、それはあくまで魔術なのだから。

 だが彼は。

 シグウェル=エレクは、魔術師としては三流以下でも、魔弾に限れば人類最高の天才だ。

 彼は撃ち出した魔弾の反動だけを自らに集め、まるでそれをバーナーとするように推進力に変えることで空さえ飛行する。まるでジェット機だ。

 最強の一撃を最高の完成度で、最速で当てれば必ず勝利できる。

 机上の空論というもの馬鹿らしいガキの理屈を、そのもの体現した最強がそこにいた。


「さて。その強大な竜麟。まずは剥ぎ取らせてもらおう」


 黒竜が空に逃れたこと自体が完全な失策だ。

 この広大な青が、ただ自分だけの味方だと勘違いしてはならない。

 刹那、膨大な数の青い光点が、黒竜の身体の周囲にいくつも浮かび上がった。

 それらは、たとえるならば砲台だ。その照準は、宙にいる黒竜を中心として全てが必中。


「――疑似式(Astro)天球儀(sphere)開帳(initiate)全宙海路(Worldchart)無限軌道(Allblue)――」


 ゆえにそれは。

 宇宙を模した一撃である。


「跼天しろ、――万界超越星図」


 そして、総計一万に及ぶ魔弾が黒竜の全身を撃ち抜いた。

 乱反射する熱線が、アトランダムなようでいて全て魔竜を焦がしていく。メロの作り出した隙を穿つ無限軌道の魔弾は、そのひとつひとつが流星だ。人類最強の攻撃を受けて、黒竜の鱗が、そこに込められた瘴気が剥ぎ取られていく。

 もちろん、魔竜はその肉体だけで人間とは比較にもならない防御力を持つ。

 それでもシグの一撃は、魔竜を魔竜たらしめる瘴気の防御膜を全て剥ぎ取った。剥き出しにされた黒竜は、もはやデカいだけのトカゲに過ぎない。

 それでも魔竜は、残された瘴気を全て開放することで、その魔弾の星海を破壊した。逃れて宙に留まる黒竜は、けれどもはや的でしかない。


「行くぜ。照準任せた、教授」

「――いい考えだ」


 制御を教授に放り投げて、俺は煙草でルーンを刻む。

 印刻する文字は、まずは《巨人(Thurisaz)》。こいつはとても便利なルーンだ。解釈の幅は広くて使いやすい。

 続けて《(Isa)》。俺の常識から言えば、竜ってのはだいだい氷に弱いと相場は決まっている。別にこの世界ではそんなことないのだが、何、思い込みは魔術に重要だ。

 そして、


「――いいぞ。穿て、アスタ」

「じゃあ貰うぜ三本目!」


 考えるのは威力だけでいい。ただ届けることを思えばいい。

 俺はひとりじゃない。教授の力があれば、流した力は必ず効果を生み出すのだから。


「――喰らえや、《ハガラズ》!!」


 荒れ狂う風と氷の棘が、魔弾となって黒竜に撃ち込まれる。

 うねりながら突き進む魔力の奔流。それが黒竜の首の一本に、その口の中へと飛び込んでいく。《(Hagalaz)》のルーンを遠距離への貫通攻撃手段として使う、いわば必殺技だ。

 それをそのまま呑み込んだ黒竜。

 口から飛び込み、内臓の中で暴れ回る天災の象徴が、黒竜を内部から破壊する。首の一本が自壊して、炸裂した。


 さらにそこにシグが続く。

 首一本を破壊されながらも、おそらくは別々に分割された思考を持っているのだろう。別の首が、地面に落ちていくシグを捕らえ――呑み込んだ。

 だが、そのまま飲まれるようなシグじゃない。

 喰らう側は、そちらじゃない。

 黒竜の口の中に飲まれかけたシグは、けれどそのあぎとが閉じるより先に手でつっかえ棒を作る。片手で竜の顎の力に勝つ当たり意味不明だが、まあシグなので仕方ない。


「四本目だ。蹐地して味わえ。――味は保証しないが」


 そのまま黒竜の喉の中に、餌でも与えるみたいに魔弾を放った。

 いかな強固な竜種であろうとも、内側に魔弾を注ぎ込まれては耐えられない。四本目の首を奪われ、黒竜の残る首は三本となった。

 自分を喰おうとしていた首が消えて、そのまま傍目には間抜けな感じで落下していくシグ。それを空中でセルエがキャッチして、全速力で走ってこちら側に逃げてきた。


「おおナイスキャッチだセルエ」

「言ってる場合ですか!?」


 完全にツッコミの人になっているセルエは誰か貰ってあげてくださいとして。

 ともあれこれで、残る首は三本になった。

 再び合流した俺たちは、憎々しげにこちらを睥睨する魔竜を見据えて、会話を始める。


「さて。逃げはしない――か。まあ人間如きから逃げるなど竜のプライドが許さないだろうが……それでも念は入れよう。メロ、結界張るぞ」

「はーい教授ー」

 メロは、割と俺以外の旅団の仲間の言うことは素直に聞く。

 なんでかなあ。俺だけ弱いからかなあ……。

 ともあれ魔竜が飛んで逃げないよう、教授とメロがふたりがかりで雑な結界を張った。

「……どう思う?」と俺は訊く。「なんか嫌な予感がしてきたんだけど」

 こういう作戦会議で役に立つのは教授とセルエ、あとはキュオネくらいで、残る三人はびっくりするくらい役に立たない。代わりに勘はいいが。

「……鱗の魔力が戻ったな」教授は言った。「シグの全力でも、剥いでいられるのはわずかな時間くらいか。マイア、対竜兵装はあとどれくらい作れる?」

「んー。正直、割と限界かなー。あと一、二本ってとこ」

「よし五本だな」

「教授!? 話聞いてた!? 気合い入れて三本作れとかならまだわからなくもないけど五本はおかしくない? 増えすぎじゃない!?」

「いいかられ」

「横暴すぎるんですけどー!?」


 ――うぅ、特攻武器は作るのにすごい魔力がいるんだからー……。

 と呻くマイアは、まあなんとかするだろう。なんとかできなくても俺か教授がさせる。

 まあ教授は意味もなくこういうことは言わない。やれという以上は必要だという話なのだろう。たぶん。


「……強くなってるな」

 果たして、教授は言った。

 俺は「やっぱり?」と頷いて答える。

 この黒竜は、首を半数以上も落とされなお余裕の構えに見える。どころか、その魔力はむしろ首が減るごとに増えていっている気がした。

「おかしい気はしたんだよなあ……鱗の魔力は復元してるのに、落とした首は霧散して消えるのが」

「ゲノムス宮の魔竜は、殺しても死体が遺ったな。正直、魔竜なら首を落としても再生するくらいは当たり前にすると思ったが。首が魔力に戻る、か――なるほど」

「どういうこと?」

 訊ねたメロに教授は答えた。


「あの首はおそらくストッパーのようなものだろう。首が全て落とされて、初めてあの魔竜は完全体になる」


「この状態でまだ完全体じゃないんですか!?」

 驚き訊ねるセルエに、教授はあっさり。

「いや、完全は完全だろうが、要するに進化の余地があるわけだ。七首落としたら強さ跳ね上がるぞ、たぶんアレ」

「完全体のさらに後ろに究極体的なアレがあると」

「いいな。それでいこう」

 俺の言葉に答えて教授。

 いや、何もよくないんですけども。


「でどうする?」

 シグが早口に問う。

 まあ結局、どうするかという話でしかないのは事実で。

「どうするも何もないだろう。アスタ」

 なぜか教授は、俺に話を振った。

 うんまあ、そうなりゃやることなんてひとつしかないけれど。

 みんなももうわかっているはずだった。

「……あと三つ、落とすか。行けるか、メロ?」

「あたし?」きょとん、と首を傾げるメロ。「いや行けるけど……どうする気?」

「まあ魔竜だしな。結局のところ、お帰り頂くのがいちばん早いだろ。てか正確には、まだ来てない(丶丶丶丶丶丶)ってわけだ。わかるだろ?」

「あー。なるほど」ニヤリ、とメロは笑った。「悪辣なこと考えるね。さすがアスタだ」

「やかましい。教えてやろうってだけだろ、神様に」

「ではその方針でいこう」と、教授が受け継いで言う。「もともと神獣ってのは神サマだからな、その在り方が」

「要するに、こいつら人間大好きなんだよ。構ってもらって楽しいわけだ」

 厭らしく答えて俺は言った。

 つまりがだ。


「――舐めプしてくれてんだろ? つけ込ませてもらおうじゃねえの」

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