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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第五章 学院都市陥落
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5-44『想いの果てに』

このくらいの文字数だと短めな気がしてしまう……。

 ――その威容は空に現れた。


 クロノスと銀狼との戦いで破壊された夜天結界。その向こうに輝く太陽を、けれど歓迎とともに受け入れた者はいないだろう。

 絶望が必ずしも闇色をしていないように、光り輝くもの全てが希望とは限らない。

 その体躯は小さく、

 銀狼や鬼とは比べ物にならないものだとしても。

 強き輝きはそれだけで威容だ。

 神聖で、神々しく、何より強く眩い白熱を、その両翼が放っている。

 赤き炎の色。

 生をき、死すら焦がす火炎は、魔術の到達点のひとつ。


 ウェリウス=ギルヴァージルは、その発生に先んじて天上を見上げていた。


 ほかの誰より早く、彼だけがその存在に気づいていた。

 属性に――元素に敏感だったこともある。瘴気に近い魔力に満ちた街の中では、いかに強き聖性を帯びた魔力であれ、察知しづらいこともあった。

 だが、それだけが理由だったわけではない。

 なぜならウェリウスがそれを見たように、神なる獣もまた天才と呼ばれる青年を見た。


 アスタならば。あるいはピトスやシャルならば。

 その姿を一度、偽物とはいえ目にしている。

 オーステリア地下迷宮でのことだ。つい先日のことなのに、もうずっと昔のように感じられる。

 分断された五人のうち、ウェリウスとレヴィが出会ったのは鬼の合成獣キメラだった。だからふたりは見ていないが、それでも話は聞いていた。


 果たして、話に聞くその偽物より、本物はおそらくずっと小さい。

 だが質のほうは段違いだ。小鳥とは言わずとも、せいぜい少し大きめの野鳥といった風情の神獣は、単にその全霊をまだこちらの世界(丶丶丶丶丶丶)で発揮できていないだけ。

 そして、その時点ですでに、偽物の魔力など遥か超えているというだけのことだ。


 ――ゆえにウェリウスは、その威容の前に自らを晒した。


 ないとは思う。だがもしも街全体を攻撃されては防ぎようがない。

 敵はここに、ただひとり、自分だけがいるのだと神獣に伝えなければならなかった。

 その危険を受け入れることこそが、最も生還率が高いと知っていたから。

 だからウェリウスは、勝てるはずのない戦いに身を晒した。

 策などない。あるのはひとつの信頼だけ。

 それが成らない限り、間違いなくウェリウスは死ぬ。


 そうと理解していながら、なお天才は自らを死地に投げ込んだ。


 死ぬ気はない。そんなつもりは毛頭ない。野望を果たすまで死ぬわけにはいかない。

 だが、その野望を叶えるためには命を懸けることが必要なのも事実で。

 ――ならばこの死線は自分が守る。

 元よりほかに戦力もない。だがたとえあったとしても譲る気などなかった。

 それは、これまでのウェリウスならば考えられない事態だろう。

 彼は強く、賢い。勝てない戦いに勢いだけで身を投げることなど絶対にしない男だった。


「……まったく。師匠のせいだし、みんなのせいだ」


 ただ、そんな計算を超えた先に欲しいものがあったから。

 手を届かせたい頂を見据えていたから。

 それに何より、心から、守りたいものがあったから。

 どうせなら、同時に自分の野望の礎にしてやろうという――これは計算だ。熱くなって考えなしになったわけじゃない。

 元より、熱量では目の前の神獣に及ばない。


「さて。悪いけれど付き合ってくれ。――僕が最強に手を届かせるための礎として」


 ウェリウスの視線は空に向く。

 その先に、火炎の両翼を広げる神が一羽。


 ――不死鳥フェニックス


 死の概念を超えた炎の神獣。

 そう。ゆえにこの決闘に勝利はない。戦いが常にどちらかの死を意味するのなら、どうあろうと死なない存在を前に、勝利などあり得ないだろう。

 ある意味では、それは鬼より厄介な相手かもしれない。

 不死鳥は殺せないのではない。仮に何かの間違いで殺すことに成功しても、それでも復活するからこその不死だ。これでは勝利など望めない。

 だが、それで構わなかった。

 目的は勝利じゃない。

 いや、倒し殺すことだけが勝利ではないのだ。


 ――この街を守ることが、唯一絶対の勝利条件なのだから。


「天網壱式――墜ちろ、その翼をまずは貰う」


 詠唱と同時、天から火炎が墜落した。

 雷速の槍が不死鳥を貫き、空を行く獣を地にまで叩き落としたのだ。

 神を見上げることをウェリウスは選ばない。

 同じ地平に立ってもらうという、これはすなわち宣言だ。


「天網弐式――」


 彼の周囲を揺蕩っていた八つの輝きが、混じるように溶け合って周囲の空間を区切った。

 異相へ。

 異次元への接続。

 空間魔術の使い手を師に持つウェリウスだからこそ可能なオリジナル。

 元素全てを操る彼だからこそ、世界全てを把握できる。八つの属性を操ることで貼り出した結界は、その内側にウェリウスごと不死鳥を閉じ込めた。

 外部へは逃げられない。

 街を守る、ただそのためだけの――それが不退転の覚悟なれば。


「――八色網羅、世界式。属性支配結界」


 それが、ウェリウスにとっての決戦術式。

 彼も実戦で使うの初めてだ。それは、相手を打倒するまで終わらないという、意志の表れとしての魔術だから。

 もちろんそんなことは不可能だ。何をどう足掻いたところで現実は変わらない――ウェリウスでは不死鳥に敵わない。その結果は絶対に揺らがない。

 では、なぜ青年がそんな結界を張ったのか。

 その理由は、どこまでも単純なもので。


「僕ひとりじゃ貴方を殺せない。でも、ひとりでなければ話は別だろう? ――要するに僕の仕事は、応援が来るまで粘る(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)こと。だけど」


 そう。今、この街で戦っているのはウェリウスひとりじゃない。

 この街のどこかで戦っている仲間がいて、

 今ものこの街に向かっているはずの仲間がいて、

 極論を言えば、目的さえ果たせば不死鳥は倒す必要さえない。


 だけど。

 だからこそ。


「――それじゃプライドが許さないからね。優雅じゃないけど仕方ない。助けは期待しつつ、それでも僕は(丶丶丶丶丶丶)勝つ気で戦う(丶丶丶丶丶丶)


 死ぬ気で生きるために。

 それは、命を矜持に灯す戦いだ。


 直後。

 不死鳥が、火炎の雨を結界の全域に降り注がせた――。



     ※



 ――油断があったわけではない。

 それでも詰められたということは、それだけの強さがあったということだ。


「づ――――ぐっ!!」


 ピトスは、咄嗟に防御として構えた自らの右の腕が、音を立てて折れるのに気づいていた。


「――ピトス!」

「この程度、大丈夫ですっ!」


 咄嗟に叫んだフェオに、ピトスも叫び返すことで答える。

 実際、喰らったと同時に治療は始めている。自分の骨折程度なら、今のピトスは数秒もあれば完治できる。それほどに育っていた。


「まあ、脆くなることは否めませんが……泣き言は言えないですからね」

「……下がってたら?」

「いえいえ。ぶっちゃけわたしがアスタさんの腕を折ったときのほうがよっぽど大怪我だったってもんですよ」

「そんなこともあったっけ、そういえば」


 フェオの剣が振るわれ、目の前の巨躯が両断される。

 だが、その体躯は斬られたが同時に復元し、魔力を減らして再び近づいてくる。

 合体した水星は、その巨躯と硬質そうな見た目に反して、実に柔軟かつ素早い動きをした。関節を駆動させているというより、動くということをそれ自体を、形を変えると認識して変身魔術で賄っているのだろう。

 硬さと柔らかさを同時に併せ持つ金属人形は、それだけでかなり厄介だった。


「……悪足掻きも甚だしいですね」

「だけど、こっちの攻撃は確実に通ってる。もう魔力の逃げ場がないから、削ってけばいつか倒せるよ」

 フェオの言う通りではあった。

 その合体は、確実に水星の余力を削っている。だからこれまで使わなかったのだろう。

 戦力自体は確かに向上しているが、魔力の減少も多い。たとえ常人の四十九倍の魔力を保有していようと、無限ではない以上、限界は必ず訪れるというわけだ。

「それまでこっちが持てばですけどねー……」

「言ってる場合?」

「実際、結構キツいですよ? こっちはいっぱいいっぱいなワケですし」


 そう。問題は一点に集約する。

 すなわち、この戦いが終わるまでピトスとフェオの魔力が持つか――それだけだ。

 フェオはまだいい。吸血種としての魔力容量を持つ彼女は、あるいは水星に近いほどの量を持っているからだ。

 だがピトスは、ただでさえ魔力を喰らう治癒魔術を限界まで酷使してきたのだから。今日までの連戦も鑑みれば、いい加減に限界も近いというもの。

 今はその魔力をフェオに補ってもらうことでなんとか持たせているものの――騙し騙しの補給だ。相手の底が見えてきたとはいえ、まだ遠い。

 手が届くか、否か。

 戦いは、言うほど有利には運んでいないのだった。


「――っと!」


 復元した水星が、再びその両腕を伸ばして襲い来る。

 ただ手を動かしているのではなく、変身によって結果的に動いているのだ。その速度は槍の投擲にも似ている。

 とはいえ、今さら喰らうふたりではない。巨躯に非ざる速度にも慣れてきた頃合いだ。

 ふたりは咄嗟に左右に別れて、跳躍することで攻撃をかわした。


 ――ピトスが足を取られたのはその瞬間だった。


「な――!?」

 驚きも束の間、ピトスは足下に視線を降ろす。

 見れば、いつの間にだろう。その足を地面から生える腕(丶丶丶丶丶丶丶丶)に掴まれていたのだ。

「魔術……っ!!」

 これまでの水星は、変身と変心以外の魔術らしい魔術をほとんど使っていない。魔力を使えば容量が減り、変身を維持できなくなってしまうからだ。

 だが、ここまで追い詰められれば話も変わる、ということなのだろう。もはや消費を考慮せず、全力でふたりを倒すことに方針がシフトしている。

 そうなれば――魔術師としての水星が今度は敵だ。

 ただでさえ複数の思考回路を持つ相手である。その処理速度は、単に魔術師として恐ろしいレベルだった。


「ピトス――!!」


 それを見てとって、咄嗟にフェオが駆ける。

 迸った雷がピトスを自由にした。地面の腕を焼き切ったのだ。

 だが、ピトスを守るために魔術を作ったことが隙だ。その隙を水星は逃さない。


「フェオさん横っ!!」

「――ッ!!」


 叫びピトス。回避に動くフェオ。

 だが――間に合わない。

 鉄人形の胸元から伸びた触手のようにしなる鉄が、フェオに向かって伸びていた。

 咄嗟にその数本を、フェオは剣で切り捨てる。

 だが、それは鞭のようにしなりながら硬度としては鉄のそれだ。常に変身し続ける縦横無尽のそれを、今のフェオは全ては躱せない。

 剣を握る右腕が、そして左腕、両足が――全身が檻に絡め取られてしまった。

 そのまま今度は逆に縮む鉄の触手が、水星の胸元にフェオを捕らえた。磔にされたフェオにピトスは駆け寄ろうとするが、別の触手がその動きを止める。


 そして。

 鉄の巨人は、そのまま跳躍した。


「な――まさか」


 目を見開くピトス。その力任せに過ぎる思惑を悟ったからだ。

 水星は胸部に縛りつけたフェオを、そのまま下敷きにする形で倒れ込もうとしているのだ。

 それは回避のできない超重量のボディプレス。骨が砕けるで済むかもわからない。

 ピトスは咄嗟に、その着地地点に向かって駆けた。

 下敷きになるその瞬間に、自分が巻き込まれてでも治癒を働かせて生き残る――賭けというにはあまりに投げやりなそれだけが、瞬間にピトスの弾き出した生存のための直感で。


「ピトス、逃げ――」

「――舐めんな!」


 刹那。その瞳が交錯する。

 理由などいらない。目の前で見殺しになど絶対にしない。

 だから、ピトスの足が止まったのは、決して自分の身を庇ってのことではない。


 動き出したその直後に、横合いから飛び込んでくる影を見たからだ。


 その紫紺の影の正体を悟って、ピトスの動きが止まった。

 時間にすれば一瞬。

 ほぼ同時、跳躍して前のめりに倒れ込んだ巨人が胸元のフェオを叩き潰した――いや、そう見えた。


 だが、違う。


 見れば倒れ込んだその胸元に、小さな穴が開いている。

 人ひとりが通れるかというほどの穴。そして、そこから背中側に逃れたフェオが、剣を天高く掲げていた。

 ――跳ぶ。

 刃に纏わせた雷が、直後、天からの一撃を模倣して巨躯を粉々に破壊する。


 当然、水星は再生をし始める。

 だが直後、フェオの後ろから飛び出た人影が、破片のひとつひとつに手を触れていく(丶丶丶丶丶丶丶)

 ただそれだけのことで、水星が呻いた。


「い、ぎ――あ、ああ、ああああああああああああああああああああああ」


 水星の《体》を構成する塊としての魔力が、ただその手に振られるだけで吸収され、消えていく。あれほど厄介だった水星の魔力量が今、むしろ弱点として露呈しているかのように。

 そんな異能を持つ少女を、ピトスも、そしてフェオもひとりだけ知っている。

 今はこの街にいなかったはずの小さな女の子が、それでも、約束を守ってこの場所に間に合わせたのだと――仲間を取り戻して帰ってきたのだと直感した。


 その少女を小脇に抱え込んで、フェオが跳躍する。


「わ」

「……無茶するなあ、もう! 誰に似たんだか!!」


 近くまで戻ってきたふたりを見て、ピトスは小さく笑って答えた。


「そりゃまあ、義兄あにに似たってことなんでしょう」

「……ん」


 と、紺色の髪の黒い少女が。

 アイリス=プレイアスが笑みを見せて答えた。


「アスタと、おそろい。うれし」


 ピースサインを作って微笑む少女。

 ずいぶんと、頼もしく育ったものだとピトスは笑った。


「……アイリスちゃんは、おひとりですか?」

「ん。ひとり。先に、おてつだいに……来たの」

「……ありがとうございます。いや本当に」

「あとのふたりは?」


 と、フェオが訊ねる。

 アイリスは頷き、


「あにと、あねは……しょよー、です?」

「所用って……いや、ちょっと待って今なんて?」

「姉? え、姉って言いました? え? わたしたちがいない間に何が?」

「ん――おねーちゃん、増えたよ?」

「聞き捨てならなすぎる!!」


 吠えるピトスだった。

 事情を知らないせいで、よからぬ方向に思考が飛んでいるらしい。

 ただ、まあ。

 それでも、アイリスの合流はこの上ない応援だ。こと水星を相手にこれほど相性のいい少女はほかにいない。


 今、水星はバラバラになった肉体の復元にずいぶんと苦しんでいる。

 魔力そのものを肉体とする彼女にとって、魔力そのものを吸い取り奪うアイリスは天敵中の天敵だ。

 大量の魔力をひと息に奪われ、もはや立つことさえままならなくなっている。


「……フェオさん」

「うん」


 すっと、フェオがこれまで鞘に納めたままだった、もうひとつの剣を取り出す。

 王都に残った姉から借り受けた、銀の剣。二刀を手にして、フェオはかつて自らのクランに暴虐を振るった、その憎き相手を透徹した目で見つめる。

 告げる言葉ない。

 戦いは、その決着は――ここに決まった。


「――双填。喰らい断つ牙――」


 右の銀剣に電熱を、左の銀剣に血炎を。

 二種の牙に纏わせた膨大な魔力が、全てを断ち、喰らうための力となる。


世界ワールド――喰らい(イーター)ッ!!」


 そして。熱を帯びた電熱と、炎の如く揺らめく血の刃が。

 倒れ伏す水星の、その全てを包み込み、喰らい、無に帰していく。




「――これで、やっと――」




 vs七曜教団幹部《水星》戦。

 勝者――ピトス=ウォーターハウス、フェオ=リッター、アイリス=プレイアス。

フェオの技名は異世界センス。

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