5-39『天災&天才vs鬼種』
遅くなってすみませんでした!
これが新年初更新は遅い! 実際マジで遅い! すまねえ!
ちょっとずつ更新再開していきます!
以下、前までの話忘れたぜって人向けあらすじ!
一、オーステリアめっちゃ襲われた!
二、街にメッチャ魔物来た!
三、倒さなきゃ!
以上! ……まあこれだけ覚えてれば割と大丈夫ですよ。
詳しいところは活動報告とかに書いてあったりするんでそちらをご参照願います。
伏線関係の諸々とか。
――魔術師の強さをどう定義するか。
これは難しい問題だ。これまで幾度となく重ねられてきたであろう、それは答えのない問いかけのひとつだと言える。
そもそも《強さ》なんて概念に明確な基準はない。
魔力量が多ければ強いだろう。術式構築の速さにこそ重きを置く者だっている。魔術師たる者、深遠かつ広範な知識を持ってこそと弁ずる者もいるだろうし、あるいはどんな相手だろうと、魔術が必殺の応酬である以上は先に攻撃したほうが勝つと身も蓋もない論もある。
そのどれもに一定の説得力はあった。少なくとも間違ってはいない。それが真実の、少なくともひとつの側面を拾い上げた考えであることは揺らがないのだから。
だが。
そんな議論、所詮は机上のものでしかない。
――と、見るものに思わせるだけの怪物というものは、やはり存在しているのだ。
それを例外だと、切り捨ててしまうのは簡単なことだろう。
だが安易でもあった。どちらが空論かを問うなら、あるいは目の前の埒外のほうだと、そう言ってしまいたくなる気持ちは誰だって理解できるはずで。
幻獣。
中でもとりわけ力を持つ存在を神獣と呼称する。
それは文字通り獣の頂点たる存在。
神と呼ばれる概念。
文字通りにお伽噺に登場するような怪物なのである。
鬼はその一種だ。ヒトもまた獣に含まれるモノである以上、だからそのヒトガタの異形を、異様を――その威容の偉業を、獣と呼ぶことに誤りはないのだろう。
鬼とは何か。
その答えは強さである。
ただ強く在るヒトガタを指して鬼と呼ぶ。
これは、それだけの話だった。
「―――――――――」
鬼は言葉を発しない。強く在ることに不要なものだからだ。
鬼は特殊な能力など持たない。たとえば死の概念を覆す不死鳥や、たとえば破滅の息吹を吐き出す竜種のような、特別な強さというものを発揮しない。
ただそこに在ることが、それだけのことが脅威だから。
暴虐の風。台風さえ思わせるその中心に、鬼は当たり前のように立っている。
周囲で荒ぶる風は魔力だ。ただ立っているだけで、鬼は空間そのものを歪めている。その言葉通り、辺りの空間が三次元的なカタチというものを失っているのだ。
ただ近づくこと、その場に立つことさえ否定させるかのように。
遠目で見れば意識を奪われる。堪えても近づかれれば肉体を割かれる。近づこうとすれば離れ、逃れようとすれば追い立てられる。
それはひとつの魔術だ。
鬼は、ただ在るというそれだけのことで、惑星上の物理法則を変えてしまう。
意志さえ感じられぬそれは、だから文字通りの天災だ。
ヒトの身で逆らおうと考えるほうが馬鹿げている。遭遇しないように祈ることだけが最善の対策であり、遭遇してしまった時点で命を諦めるほかにない。
神獣とはそういう存在だった。
誰もが絶望を禁じ得ない。それが来るとわかって、備えていてなお、目にしたときの脅威は想像など軽く上回っていたのだから。
――そこに。
けれど、希望があるとするのなら。
それはヒトの身でありながら、同じく天災とあだ名された者くらいなのだろう。
「立っているだけで魔術として成立する――なるほどね。まあ、理屈はわからないでもないかな」
そんなものに理屈を求めることのほうが、本来ならきっと間違いで。
けれど少女は、無理解を言い訳に歩みを止めたりなどしない。
「要は儀式ってことだよね。ただそこに在る、それだけのことが魔術的な儀式として成立している。在るだけでいいから止められない、ってことなら確かに。はは、こういうのを本当は、天災っていうのかもしれないね。だけど、残念」
魔力の渦が、わずかにその勢いを増した。
その風圧だけで吹き飛んでしまいかねないほどの魔力の乱気流。これほどの場で、魔術を成立させることのできる魔術師が、果たして世界に何人いるか。それほどの埒外で。
少女は。
「――天災は、何も神獣だけの専売特許じゃない」
メロ=メテオヴェルヌは。
いっそ美しいと言えるほど酷薄な笑みを浮かべて、鬼と相対していた。
鬼は悠然と、静かに少女へ近づいていく。
なにせ天災同士の激突である。
「比べてみようよ、せっかくだから」
人としての天災性と、獣としての天災性。
その測り合いに、わずかな高揚感さえメロは覚えていた。
なれば当然――初手から全力の一撃を繰り出すのは必然と言えるだろう。
「――全天二十一式、青の術式――」
正面に翳された、少女の小さな掌から。
鬼と同じく、神と並び称される獣の一撃が放たれる。
「《竜星艦隊》」
それは、こと威力に限れば《魔弾の海》――師であるシグウェル=エレクにさえ匹敵する一撃だ。
まっすぐに向かっていく、竜の息吹の限定再現と言われる天災の切り札。
その一撃を。
鬼は、真正面から迎え撃った。
無造作にさえ見える挙動で、鬼の片腕が振るわれる。
その一撃が、だがメロの魔術攻撃にさえ匹敵するのだから異常だ。鬼の膂力はそれだけで天災と称されるに相応しい力を持つ。
轟音。
正面に突き出された拳の破壊力が、メロの魔弾を正面から捉えている。全身を呑み込むほど膨大な光の奔流が、ただ肉体性能によってのみ弾き返されるその光景はある種の異常だ。
だが。
その光景を見て、メロは笑った。
「なるほど」
小さな呟きに込められた悦は、確かに戦いの高揚による喜悦や、強敵とまみえたことに由来する愉悦も含まれてはいたのだろう。
だがそれは嘲りではない。それだけの、ただ楽しんでいるがゆえの笑いではない。
まして、最大の一撃をただ腕力で防がれたことに対する自嘲でなどあろうはずがなかった。
メロが笑った理由はひとつ。
「この規模の一撃なら、いくら鬼でも防がないといけないわけだ」
「――まったく」
その呟きに応えるように、涼やかな声がわずかにメロへ届く。
爆音が響く一直線の通りの中でさえ、なお明瞭に、そして優雅に。高貴さを伺わせる。
「喜ぶところじゃ、ないと思うけど」
直後。再び光が煌いた。
メロの放った竜星艦隊の奇跡を、追うように奔るひとつの影。
いや――輝き。
およそ人類の限界など遥かに超えた、まさしく光の如き速度は、その使い手がそのもの雷を纏っているがゆえの埒外。
秒にも満たない接近に、だがそれでも反応するのが鬼という神である。
しかし。
その反応速度さえ、青年は優に上回る。
「――ふっ!」
およそ肉体運用で人間が敵うべくもない鬼種。
それに対抗する手段として、近接戦闘を選ぶ間抜けなどいくらなんでもいないだろう。
その例外を除いては。
鬼の懐に潜り込んだ青年――ウェリウス=ギルヴァージルの肘が、文字通り雷の速度と破壊力を伴って鳩尾へと叩き込まれる。
ただの一瞬。メロの攻撃によって生まれた、隙とさえ呼べないわずかな間隙を縫い取って、雷を纏ったウェリウスが迅った。
――天網式。
ウェリウスが師から学び取り、持ち得る元素魔術師としての頂点の才を開花させた技術。
机上の空論を現実に実践させるような、誰でも思い描けるがゆえに不可能に等しい――固有魔術にすら匹敵する元素魔術の極にして粋。
その壱式、因子超越統御。
名の一角に《超越》の文字列が入っていることはなんの偶然か。
その弟子の作り出した一刹那を、ウェリウスは雷を味方につけて貫く。
雷の速度を得たウェリウスに、胸の真ん中を穿ち抜かれて鬼は吹き飛んだ。
因子超越統御。
その最大の特徴は、あらゆる元素が持つ《概念》を瞬時に、自在に、選択的に引き出せることにある。雷の元素が持つ《速度》を、自己に付加して身体性能を大幅に強化、加速させることなど容易だ。
その汎用性は、それだけで術者の戦闘力を大幅に引き上げる。かつては魔競祭において、対アスタ戦でも披露した魔術だった。
そして、それだけではない。
肘鉄の勢いに打ち上げられた鬼の身体は、その直後、天上から降ってきた赤い雷に貫かれたのだ。空中で一瞬、時間ごとマヒしたかのように静止する鬼を、さらに極大の熱線が包み込んだ――メロの追撃である。
その光景を眺めていたウェリウスは小さく呟く。
「やっぱり、雷の速度は便利だ」
少しでも使い方を誤れば、自らさえ焼き尽くす諸刃の刃だとしても、だ。
その連携は、大した打ち合わせなど為されていない。
そして鬼は才能だけで打倒し得る脅威ではない。
であるからこそ、それを押すふたりが才能だけの存在ではないことが証明されていた。
そう。若くして才能を開花させてしまう人間など、魔術の世界では決して珍しくない。だが得てして、伍するもののなかった強さは増長と傲慢を招くものだ。
強いからこそ、自分より強いモノと相対したとき弱さが露呈する。
才を持つ者に特有のその欠点を、だがふたりは揃って所有していなかった。
当然だ。
このふたりは、今まで幾度となく――自分より強い者に負け続けてきた経験がある。
今、この街で戦闘力において頂点に立つだろうふたりは、けれど《戦いに負けた数》で比べてさえトップに立つだろう。
格上と戦う経験なんて、嫌というほどに持っている。
「ひゃー。ウェリウス、なんでこんなところにいるの?」
思いのほか気楽なテンションで、ウェリウスの隣にやって来たメロが問う。
この少女は、実力を認めた相手には割とあっさり懐くのだ。ある意味でちょろいと見るかどうかは――判断者が魔術の才能に愛されているかどうか次第だろうが。
「いや、どういう意味?」
ウェリウスは苦笑して問い返す。
彼から見ても、慣れれば意外と竹を割ったような気持ちのいい性格と、並行する子どもっぽさ、その外面に隠された思慮深さを見て、メロは決して嫌いな相手ではなかったりする。
「学生なんてやってる意味なくないってコト」
「今、学生をやっている君に言われることじゃなくないかな」
「あたしは遊びに来ただけだから」
「僕だって、将来を考えれば学院卒業の肩書きや、そこで獲得できる人間関係は必要だから。師匠にも勧められたことだし」
「要するに遊びに来たってことだね」
「……間違っちゃないけど、その表現はどうだろう」
「あはは」
軽く笑いつつも、メロはウェリウスの実力に本気で感心――いや、戦慄を覚えている。
傍で見ていたメロにとってさえ、もし一対一で戦えば勝てるかどうかわからない。そう思わせるほどの強さを、今のウェリウスは獲得している。
低めに見積もっても、ウェリウスの実力は七星旅団級。
冒険者としてはともかく、単純な戦闘力では、あるいは七人の半数を上回るかもしれない。
「……バケモノじゃん」
「君にだけは絶対に言われたくないんだけど」
元素の特徴は利便性、汎用性、そして火力だ。
簡単に、いろいろなことが素早くできて、何より威力が高い。もともと、戦闘に向いている魔術だということ。
その点を鑑みて、いや知っているからこそなお、ウェリウスはメロの実力を高く買う。自分ではひとつとして真似のできない魔術を、当たり前みたいな顔で使っているのだから。
「とりあえず、みんなの避難は済んだね」
ウェリウスは言った。
言った直後に、けれど首を横に振り。
「まあ避難も何も、別の戦場に行っただけだけど。この街の魔物は、何もこの鬼だけじゃないから」
「ところでさっきのアレ、何? あの、赤い雷」
「君はそういうところをまったく気にしないよね本当に。話変わってるよ?」
あっさりと笑って、それからまあいいか、とネタバラシをする。
どっちもどっちの光景ではあった。
「天網式の壱は、いちばん応用性が高いからね。普通に戦う分には、はっきり言ってほかのふたつよりずっと役に立つ」
そう言う彼の体の周囲には、八種八色の光球が浮かんでいる。
大きめの果物くらいの、というかカラフルさから本当にフルーツに見えてこないこともない光の球は、けれど元素魔術を少しでも知るものならどれほどの埒外かわかるだろう。
そのひとつひとつが概念としての元素の塊だ。
火、水、土、風、木、金、氷、雷――自然を象徴する八種の元素。
メロは知っていたかのように答えを問う。
「……混ぜたのか」
「魔術であって、つまりは魔力だ。火と同じ働きをする、魔力――全部がそう。なら」
「火であって、雷でもある元素も創り出せる」
全てを燃やし破壊する火に、雷としての速度を併せ持つ、言うなれば《燃える雷》。火でもありながら雷でもあるという攻撃を、ウェリウスはたったひとりで発動する。
「……引くわー」
素で言ってのけるメロに、ウェリウスは応じる。
「だから、君には言われたくない。なんだい、あの魔弾。もう魔弾じゃなくて光線だ」
「エレ兄ならもっとすごいよ」
「七星旅団みたいな怪物集団の基準で話さないでもらいたいよね」
「いや、ウェリウス普通にそのレベルでしょ……」
「嫌だよ」
「嫌ってどういう意味!?」
本当に珍しくツッコミに回るメロ。
そうさせるウェリウスがすごいのかもしれない。
ともあれ、どちらも常人から見ればバケモノ以外の表現を失くすほどの魔術師だ。
現状のオーステリアで望める、間違いなくそれは最高戦力。
このふたりが最強だ。
言い換えるなら――このふたりで倒せない敵がいた場合、オーステリアは壊滅する。
「で。その旅団のエースに訊くけれど」
ウェリウスは小さく言った。
「何?」
「僕らふたりなら、鬼を滅ぼせると思うかい?」
「いーやー。そりゃねえ?」
メロは――当たり前のように答えた。
答えるべくもない答えを。
「――無理でしょ」
その視線の先。雑談の最中でさえ片時も視線を離さなかった向こう。
そこに、鬼が立っている。
空中へと吹き飛ばされ、その上でウェリウスの炎雷とメロの竜星艦隊の直撃を喰らって――なお鬼は平然と立っている。
その肉体に、傷のひとつすら負わず。
吹き飛ばされたその先の、空中を踏みしめて立っている。
神に抗う、ふたりの人間を見下ろして。
当然だ。そんなものは当然の話なのだ。
ウェリウスとメロ。このふたりがいかに強かろうが、強い程度で倒せない相手には勝てないだけのこと。
なにせ相手は神なのだから。
人間が、どれほど魔術を究めようと殺せるはずなどあるわけがない。
ふたりが余裕のように雑談をしていたのは、向こうが襲っては来ないことと、ある種の開き直りのようなものだ。
「ドラゴン、倒したことあるんだろう?」
「だーから七人がかりだったって言ってるよね?」
「ふむ。じゃああれを殺しきるには」
「あたしとウェリウスが、あとふたりずついれば、もしかして――くらいじゃない?」
六対一なら殺せる可能性がある時点でどうかしている。
が、現実にはふたりだけで、成立しない可能性など魔術以下の幻想だ。
それでも。
それでもウェリウスは、そしてメロは、その余裕と笑みを崩したりはしない。
「訊き方を変えよう。――あれに、勝つことはできると思うかい?」
ウェリウスが、再びメロに問いを投げる。
そのニュアンスの違いを、メロは正確に受け取って答えた。
「できるよ。あたしと、ウェリウスなら。つかなんで訊くの? やる気ないの?」
「いやいや――まさかだよ」
ウェリウスだって別に自殺志願ではない。
この状況を、打破できる可能性はきちんと見据えて戦線に立っている。
もし目の前の存在が、自ら顕現した神獣ならば可能性はなかった。
神。
そう呼ばれてはいるものの、厳密な神と神獣は違う。
だが神ではないにもかかわらず、神と扱われるほどの力を持ち、信仰を獲得しているから、むしろ脅威なのだ。
そんな存在を、――そもそも教団はどのように呼び出したのか。
厳密な方法は確定できないが、それが魔術を使っていることだけは間違いない。
ならば話は単純だ。
魔術ならば、魔術師に破れない道理はない。
神獣を人間世界へ呼び出し、縫い止めている術式。そちらを破ることさえできれば、倒せずとも神獣を元の世界へ送り返すことができる。
それがふたりの作戦で、そんなことはあらかじめわかりきっていたことだ。
「……ただ、問題は」
「時間――だね」
ウェリウスの呟きに答えるメロ。
そう。神獣が、何も一体とは限らない。
もしほかの場所に神獣が顕現しようものならば絶望だ。
それに匹敵する戦力を、用意できないのだから。
「よーするに、最速で倒すための作戦があるってことでしょ? 従えって話がしたいんだ」
「……聞いてくれるかい? 僕に、命を預けられるかな、天災」
「メロでいいよ」
メロは軽く笑って言った。
そんなことを、今さら問われる辺り信用がないが。
「別にあたし、ウェリウスを信用してるわけじゃないけど」
「酷いことを言う」
「でも、ウェリウスはアスタの友達でしょ? ――ならいいよ」
あっさりと、メロはそう言ってのけた。
ぽかんとするウェリウス。それくらい意表を突いた言葉だったのだろう。
だが、メロは当たり前のように笑ってみせるだけだ。
「この街を救いたいとか、教団を倒したいとか、そういう理由よりよっぽど単純じゃない? 戦う理由なんて難しく考えてないよ、あたし」
「……というと?」
「だって、決まってんじゃん。ここで尻尾撒いて逃げても、負けても――そんなん絶対アスタにバカにされる」
「……、……」
「――それはムカつかない?」
「確かに。それだけは――僕もごめんだ」
ウェリウスは笑って頷いた。
なるほど、と思う。その理由なら確かに負けられない。逃げられない。
何よりふたりの息は合う。
ならば、理由としては上等だ。今この場にいない男に対して、この街を守って戦った成果を誇れるのであれば。
天災と天才は手を組める。
「だったらやろう。――悪いけど、作戦というほどのモノじゃないよ?」
「いいから聞かせてって。アスタの友達なんて、どーせみんなバカなこと言うに決まってるんだから。もう慣れてるよ、あたしは」
「それは心強い」
天災&天才vs鬼種。
三者が、あまりにも強大すぎる存在であるからこそ。
その戦いは――おそらく一瞬で決着を見るだろう。
ずっと違う話を書いていたせいで文章の感じを忘れているかもしれぬ。
しばらくはリハビリが必要かもしれないですね。




