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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第五章 学院都市陥落
235/308

5-38『奪還作戦Ⅳ』

設定語りばっかですんません!

次回以降はバトルに入るはずですんで!


それでは、よいお年を。

 前衛にシグウェル=エレク。後衛にユゲル=ティラコニア。

 布陣としては一応、そういう形になるのだろう。

 二人一組ツーマンセルの戦闘隊形としては、およそ理想的と言っていい。実力自体もさることながら、このふたりならば立ち位置を入れ替えても戦いが成立することが大きかった。


 その馬鹿げた魔弾の破壊力のみが取り沙汰されることの多いシグだが、近接格闘の技術も高いレベルで修めている。七星でもセルエほどとは言わないにせよ、二番手三番手には位置づける。

 もちろん圧倒的な魔弾の威力でもって、後衛からの遠距離射撃も十二分に強い。

 一方、格闘能力など皆無に等しいユゲルだが、その魔術の技量だけを見れば三人の魔法使いさえ軽く上回る。その援護は支援術式に始まり防御、対抗魔術、罠の設置や分析まで戦術的に幅広く、彼が背後にいるだけで魔術師の戦闘能力を二段階は引き上げる。

 もちろん本人が火力役として攻撃に回ることも可能だ。


 ――伝説の《七星旅団セブンスターズ》の一員として。

 以前に、最強の冒険者と最高の魔導師として、両者は歴史に名を刻んでいる。


 だが。それでもなお。

 それでもなお魔人には及ばない。


 特に相手は《月輪》――ノート=ケニュクス。

 七曜教団の二番手に位置する、元《魔導師メイガス》級の魔術師。

 その技量はユゲルに並び、魔人としての出力はシグに伍する。

 魔人の弱点は、しいて言うなれば魔力量が上がったところで実力や技量まで上がるわけではない、という点だろう。だが彼女ノートの場合、初めから世界最高レベルの技量を保有している――弱点などないに等しかった。

 夜の魔女。

 月の魔女。

 ただでさえ不利な夜天結界りょういきの下で、まして魔力において限りのない魔人が敵なのだ。


 その上、彼女は呪いによって昼間は死なない(丶丶丶丶丶丶丶)

 そして魔女として夜は強くなる(丶丶丶丶丶丶)

 今、空のないこの迷宮の地下空間、結界の中において。夜天結界の作用なのだろう、彼女はその両方の特性を同時に併せ持っている。

 彼女にとって昼夜とは、陽が出ているか月が出ているかの違いなのだろう。

 逆説。屋根がないということは昼でも夜でもない(丶丶丶丶丶丶丶丶)ということ。

 だから昼夜の特性を両立できる。

 無論、そんな言葉遊びは理屈として通っていないが、それを通すのが魔術であり、この街を覆っている夜天結界なのだろう。魔人としての膨大な魔力が、結界の維持を半永久的にしているからこその力――とはいえ、だからこそ破ることも難しかった。


 迷宮は一種の結界だ。

 つまり今、この場所は結界の中にある結界と解釈できる。

 多くの場合、より内側にある結界の効果が優先されるモノなのだが――彼女は今、いいとこ取りの恣意的な空間解釈を現実化している。技量の高さが窺えた。

 魔術とは世界観解釈の優劣を競う我の通し合いだ。

 いわばこの戦いは、誰がいちばん我が儘なのかを決めるのに似ていた。


「――で。どうだ、シグ?」

 小さく口を開いたのはユゲル。

 一歩だけ自分より前に立つシグの肩に向けて声を発した。

「強いな」

 と、問われたシグは端的に答えた。

 彼からすれば最高峰の称賛なのだろう。

 あまりに火力に特化しすぎるシグにとって、そもそも戦闘とは《どれだけ手加減できるか》になってしまっている。魔弾があまりに強すぎるせいで、下手な魔術など魔弾を撃ち込むだけで力任せに破壊できてしまうのだから。周囲にどれほど影響が出るかわからない。

 そのシグが今、こうして全力で攻撃してなお及ばない相手。

 そんな存在はごく稀――いや、これまで存在していなかったと言ってもいいレベルだ。

 もっともシグは別に戦闘狂の気などない。そんなことで喜びを感じる性質ではないのだが。

「相性だけで言うなら、メロやアスタに任せたほうが楽なんだろうな。実力以前に」

「青少年どもには地上で気張ってもらうとしよう。別に倒しきる必要はない――ここでの勝敗は、どうあれうえになんの影響も周囲に及ぼさない。だからここに来たんだ」

「ふむ。意味がわからんが」

「お前は理解などしなくていいよ。――そのほうがお前は強靭だ」

「そうか」


 薄い青を滲ませた光の帯が、シグの手から伸びていく。

 その熱量は、場合によっては迷宮そのものさえ揺らがしかねないほどだ。こと魔弾に限って言えば、シグの魔力消費はその攻撃力とまるで見合っていない。

 これは彼の魔弾が、その術式が、魔術としての完成形に近いから。

 魔力をただ撃ち出しているのではない。魔術による現実改変が《魔弾を撃つ》という結果を起こしている、と厳密には解釈するべきだった。

 だが今回、その魔弾の《質》をシグは逆手に取られている。


「――怖いなあ。本当」


 小さく微笑みながら呟き、その正面で魔弾が掻き消されていく。

 まるで月輪の目の前に異空間への入口でも存在しているかのような、そこに魔弾という名の光線が全て吸い込まれているような――たとえるならそんな光景。

 魔弾によって巻き起こされる影響が、物理的魔術的を問わず全て月輪によってシャットアウトされている。


 ――魔術によって起こされた現象である以上、それは魔術によって消去キャンセルできる。


 理論的には当然の理屈。だが、こと《超越》全力の魔弾を前に、論理を通すことができるという時点で、すでに常軌を逸している。

 理屈が通っていること自体が論理的ではない。

 攻撃を一方的に無効化されている時点で、シグウェル=エレクにノート=ケニュクスを倒すすべはないと明らかにされたようなものだった。

 けれど、


「――それでいい」


 ユゲルは目の前の光景を笑う。

 シグは、ゆえに何も言わず同じことを繰り返す。

 それが互いの互いに対する信頼だった。

 シグが攻撃をしている間、少なくとも月輪はその無効化に魔術を使う必要がある。そして、いかな魔人といえど、《魔弾の海》の全力を前にほかのことをする余裕はそうそうない。


 だからこそ。

 その間、ユゲルは何もしなかった(丶丶丶丶丶丶丶)

 厳密には何もしないをしている、ということなのだろうが。


「いいのかい? 君が参戦すれば、状況を動かせるかもしれないのに」

 月輪が軽く声をかける。挑発、というにはいささか勢いに欠けるそれは実際、純然たる疑問でしかないのだろう。

 ユゲルもまた、何をすることもなく淡々と問いに答えて言った。

 それだけで、シグはあっさりと攻撃をやめて黙り込む。

「そんなことをする理由がない。お前には、地上で片がつくまでいつまででもこうしていてもらう」

「実際のところ、それに僕が乗る必要はないと思うんだけど?」

「なら均衡を崩すのはお前の側からでいい。だが、その場合はこちらもふたりがかりで全霊を賭けよう。勝ち目があるとは思わんが、こちらにも意地はあってな。五体満足では帰さんよ」

「……君の口から、そんな言葉を聞くとはね。らしくない気がするよ」

 月輪――ノートは薄く笑う。

 その笑みは、どこか自嘲に似て。

「もしもその言葉を、まだ僕が君と同じ場所にいたときに聞けていれば。あるいは僕と君は、今だって同じ側に立っていたかもしれないのに」

「そうか。だが意外だな――俺のほうこそ、まさか魔女の口からそんな《もしも》を聞くことになろうとは思っていなかった。魔術師おまえらしくもない」

「僕らしさを君が語るかい? ――いや、お互い様ではあるけれどさ」

「せっかく語る余裕があるんだ。そういえば、まだ聞いていなかったことがあるな。――ついでだ、聞かせていけ、魔女」

「勝手なことを言う。けれど――ああ。その様子は確かに君らしい。昔を思い出すよ。そうだね、ずいぶんと時間もあることだし、問いがあるなら答えよう」

「――お前はどうして《日輪》に与した?」

「…………」


 無言が、静寂となって周囲を満たす。

 ユゲル=ティラコニアとノート=ケニュクスは、かつて同じ職場で働いていた同僚だ。

 そしてお互いに《魔導師メイガス》の位階に認められた魔術師でもある。

 王都にある魔術研究所。名門オーステリアの卒業生の中でも、特に魔術に秀でた者だけが進むことのできる魔術研究の最高峰。ユゲルとノートは、揃ってそこで働いていた。


「お前は、数少ない俺の尊敬する魔術師だった」

「……君にそんなことを思われているとは考えていなかったね。てっきり、僕の片思いだとばかり」

「そのお前がどうして、なぜ、なんのために一番目に協力する? 理由が不明だ。共感か? 憧憬か? 愛欲か? 危惧か? それとも単なる気紛れか? ――いいや、どれも違う。なぜならどれも、お前らしくない」

「らしさ、とは根拠に欠けることを言う。そして別に、答えは単純さ。これは単に必要性の問題だ。なにせ、彼の思惑がならなければ世界が滅ぶんだ――そうである以上、協力して当たり前だと思うけれど」

「そう――俺もそう思っていた。だが、それでは説明がつかないことがある。それはついさきほど、お前の口から聞いた答えだ。だってそうだろう? 日輪がたとえ何もせずとも、世界は滅ぼない(丶丶丶丶丶丶丶)――お前が今、俺たちにそう教えてくれた」

「そんなこと言ったかな?」

「いつかは滅ぶ。だとしてもその《いつか》は少なくとも、俺たちの寿命が尽きるより遥かに先だ。魔女――お前が気にするようなことではない、ということだよ。《火星》を名乗るあの男が未来人だということは聞いたが、だとするのなら日輪が何もしなくても――いや、何もしなければ(丶丶丶丶丶丶丶)、最低でもそのときまで世界は続く」

「……そうだね。君の言う通りだ」

「人に未来はわからない。未来予知は喪失魔術ロストロジックなのだから。だがお前らの言う《未来》は予知ですらない、予測でもない――《観測》の結果だろう。そうなると必ずわかっている(丶丶丶丶丶丶丶丶)未来の話をお前はしていた。そうなるところを実際に目にしていなければ不可能な話だ。そして未来の観測が可能な人間など、せいぜいが三人の魔法使いくらいに限られる。空間を辿るか、時間を掴むか――あるいは運命を読むか、だ」


 ――魔術の背景が世界の把握力ならば。

 一個概念を誰より正確につかんでいる魔法使いには、未来観測が可能となる。

 それは現在を知るがゆえの未来の計算だ。《今こうなっている》から《先にこうなる》という計算結果。その正確性が観測の域に達しているという話である。

 過去いまがわかれば未来さきがわかる。

 ある意味で、それは当たり前の理屈ではあろう。


「けれど確定した未来は変えられない」ユゲルの推測に、答えるようにノートは言う。「運命は本来、白紙だ。知るということは、その白紙に予定を書き込むということにほかならない。そうなっては、たとえ日輪でも運命を変えられない」

「だから当然、未来を知ってしまった日輪にも運命は変えられない。変えられないのなら、それを知る仲間に変えてもらう(丶丶丶丶丶丶)以外にない」

「そう。その通りだ。だから手足としての七曜教団ぼくたちが彼には必要だった」

「だが言い換えるなら、それはお前らですら一番目から未来を聞いていない(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)ということになる」

「それも――その通りだね。知ってしまったら変えられない。いや、知ってしまうということ自体が、そのカタチに未来を変えるということだ。未来を変えるには未来を知っていてはならないというんだから、実に不完全な話だろう? 結局、わからない未来をよりよいものにしようと足掻いているだけの話――普通の人間と、やっていることはまるで変わっちゃいない」

「――だが推測はできる。そのためのヒントなら手に入る。それが違いだ」

「そうだね。僕らは《ああしろ》《こうしろ》と日輪からいちいち指示を受けていない。というか、そうされてしまっては実質、彼が運命に干渉しているのと変わらない――それでは意味がないんだ。それでは未来は変わらない。だから僕らには――」

「――お前らにできたことは想像だ。推理であり、推測であり、一番目の目的を考えること。お前ら以上に奴の思惑を想像した人間はいないということだ」

「よくそこまで辿り着けるものだね。五大を踏破したからといって、それが可能だったのは七星でも君だけだろう。いや、そのために君が配置された(丶丶丶丶丶)と言うべきかな。世界にとって必要な人材は、最適なところに配置される。そう決まっている(丶丶丶丶丶丶丶丶)

「ならば逆も然り、だな。お前らの仲間に会う機会はあまりなかったが、お前ほどの思考力を持つ人間などほかにいないだろう。これでも俺はお前を買っている」

「光栄な話だね」

「だから、ノート。俺にわかるようなことが、お前にわかっていないはずがないんだ。一番目が世界を救おうとなどしていないことくらい――お前にはわかっていなければならない」

「どうして?」

「でなければ一番目が敵対するはずがない。でなければマイアがお前らの敵に回るわけがない――何より、でなければアスタがこの世界にいるはずがない」

「…………」

「ずっと疑問に思っていた。いったいアスタは、何者によってこの世界に呼び出されたのか、ということだ。だが俺たちの身内にアスタを呼び出した奴はいない。三番目ですらアスタの存在を予想外としていた。ならお前らか? いや、それもない。敵に回る存在を呼び出す理由があまりになさすぎるし――よしんば味方につけようとしていても、だったらもっと干渉があってよかったはずだ。だがお前らは、一番目はほとんど何もしていない。放置だ」

「だとするなら?」

「論理的に考えて――この世界に、アスタを異世界から呼び出した人間などいない(丶丶丶丶丶)ということになる」

「実際、そういうことはあるという話だけど? あまり知られてはいないけれど、偶発的な異常によって異世界から人が呼び出されること自体は起こり得る偶然だ。この街にもふたりいるんだからね、なにせ」

「ならばアスタは偶然、たまたま、なんの理由もなく呼び出されたのか。――いや、もちろんそんなことはあり得ない」

「偶然ではないとする根拠は?」

「そんなものはない。だが異世界から偶然に呼び出された人間が、たまたまそこで魔法使いに出会い、マイアに出会い、七星旅団に加入して名を馳せるまでに実力をつけ、今日このときまでお前らの企みを阻止しながら生き残る――それが偶然? いや、確かに偶然以外に根拠をつけることはできない。なんの証拠もない。だがそんな偶然を、少なくとも俺は信じない」

「僕も、できれば信じたくないね」

なら必然だ(丶丶丶丶丶)。アスタを呼び出した人間はいない。だが偶然に呼び出された人間もいない。この両方を真と仮定するなら、弾き出される結論などそう多くない」

「人間ではないモノに呼び出された、と?」

「たとえば――この世界そのものに呼び出された、と。俺は、そう結論づける。いや、こう考えたほうがいいな。今まで偶然にこの世界へ呼び出された人間は全て、偶然ではなく必要とされる理由があったから呼び出されたのだと」

「君らしくもないロマンティックな考えだね。この世界がひとつの生き物なのか――それともそう考えている神様でもいるのか。あまりに論拠が薄弱すぎる」

「神様でもいいさ。精霊なんて上位種がいるんだ――別に神がいてもおかしくない。ならば神はなぜアスタを呼び出したのか。気紛れ? いや、まあ相手は神だ。確かに気紛れでも構わない――が、アスタが今日まで意味を持って世界にある以上、俺は気紛れではないと読む。アスタはただ必要だったから(丶丶丶丶丶丶丶)世界に呼び出されたんだ。人間ではない、けれど何者かもわからない上位存在の意志が、アスタの存在には関わっている。これが結論だ」

「……それで? それが結局、なんだって?」

「アスタは、お前らの言葉を借りるなら、七曜教団おまえらの敵となる形で配置されている。お前らの野望を押し留めるがためだけに。そら、この世界そのものがお前らに敵を用意しているんだ。その一点だけを見ても、一番目の考えがロクなものでないことは証明されたと言っていい」

「仮定だけでよくもまあ、そこまで事実のように断言できるものだね?」

「だが一考の価値はある仮説だろう? そして、仮定ついでに続けるのなら――俺が考える程度のことを、お前が考えなかったわけはない」

「…………」

「最初の問いに戻ろう、ノート。――お前はなぜ、その前提があってなお一番目に与した? 仮定であっても、それは可能性があるということだ。世界の敵になる存在であるという可能性がある(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)存在に、お前がついた理由はなんだ?」


 かつての同僚同士の、長い話の最後に。

《月輪》――ノート=ケニュクスは、小さく語った。


「仮に彼が世界の敵なら。僕も、そうだというだけの話じゃないのかな」

「…………」

「単純な話さ。君の仮説があっているとして、なら君らは世界の味方なんだろう? ――それは、実に羨ましい話だよ。ユゲル――」


 ――それは、あまりに遅すぎた。

 きっと、訣別の言葉だったのだろう。


「――だって魔女ぼくには初めから、味方なんてひとりもいなかったんだから」

アスタくん、神様転移説浮上。


ところで、僕っ子魔女ってかわいくないです?

作者は月輪さんお気に入りのひとりです。

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