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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第五章 学院都市陥落
230/308

5-33『駆ける魔術師たち』

いつも感想ありがとうございます。

さて、前話(第五章三十二話)が「あまりにわかりづらい」というご意見を多々頂いており、自分でも「これわかりにくいな」と思ったので少し訂正しておきました(2016/11/30)。

改めて読む必要があるほどの加筆修正があるわけではないですが、気になる方はご参照ください。

話の流れさえわかってればいいや、という方は、たぶん読まずとも平気です。


それでは本編をどうぞ。

 ――わずかな振動で目を覚ました。

 視界が動いている。

 メロは、自分が誰かに背負われているということを、それで初めて自覚する。完全に気を失っていたせいだ。


「……あ、起きた。体はだいじょうぶ?」


 横合いからかかる声。自分を背負っている誰かと、それに並走する誰か。この場には、自分を入れて三人の人間がいるようだった。

 光景を見るに場所はまだ迷宮の中だろう。七曜教団幹部《火星》との死闘を、なんとか生還したことをメロは覚えていた。


「だいじょぶ。……てか、思ってたより平気みたい。治癒でも使った?」

「ああ。秘密にしておいてくれよ」

 と、これは自分を背負っているほうが言う。

 男だった。年の頃は自分の少し上――アスタと同年代くらいだろう。

 くすんだ茶髪。いくぶん乱暴な走り方ではあったが、それでもメロを背負って走っている思いやりは感じられた。

「治癒魔術を使えることは学院にも言ってねえんだ」

 その言葉に首を傾げるメロ。

「どして? 希少な才能ってヤツじゃん。将来安泰なのに」

「……だからだよ」彼は呟く。「将来が決められちまうからな。生憎とそっちの道に興味はねえんだ」

「ふうん……そういう人もいるわけか」

「なんだ?」

「なんでもない」ところで、とメロは話題を変えた。「――誰だっけ?」

 隣を走っている女子のほうが、その言葉にずっこけるみたいな様子をみせた。

 わかっているリアクションだなあ、と心の中だけでメロは笑う。

 一方、彼女のほうは本当に驚いている様子で。


「わ、わからないままで話してたの?」

「そんな一瞬で忘れられるとは思わなかった」男のほうは苦笑気味に言う。「ここまでいっしょに来ただろうが」

「もちろん冗談だよ。――ミルと、シュエットでしょ?」

「……覚えてたのか……」

 そのことのほうが意外だとばかりの表情で、ミル=ミラージオ――オーステリア学院学生会副会長は、メロを背負ったまま呟いた。

 隣を走る少女――会計のシュエット=ページもまた、どこか苦笑に近い風情で呟く。

「さすが《天災》だなあ……」

「ん?」

「いや――倒したんでしょ? この街を襲撃した、黒幕の魔術師のひとりを」

「……一応ね」


 本当に、一応でしかない。その言葉は、メロには珍しい含みのある表現だった。

 とはいえ、それにミルもシュエットも気づけない。天災メロの伝聞は届いていても、その人格まで正確に伝わってくるわけではないのだから。

 メロもそんなことには構わず、背負われたままで言葉を続けた。


「そんなことより、どこ行ってたん? なんか、いきなりいなくなってたけど」


 火星との戦いが始まった辺りで、同行していたミルとシュエットが姿を消したことを覚えている。

 それは相手にとっても予想外の事態であったらしく、疑問には思っていたのだ。すぐに探しに行く余裕がなかったとはいえ、助けに行ってやろうとは考えていたメロだ。その後の負傷を考えれば、こうして向こうから合流してくれたことは助かった。

 というより、むしろ助けられたと言ってもいいくらいだろう。ミルに治癒魔術の心得があるとは、これは予期せぬ幸運だったと言っていい。

 さすがにキュオネほど突出した技量ではない――彼女にとって治癒魔術師の基準はキュオネだった――が、それでも応急処置としては充分すぎる。


「……正直、なんて説明したらいいか難しいんだが」

 メロの問いに、ミルは曖昧な反応を見せた。背中から横に視線を移せば、その態度はシュエットのほうもそう大差ない。

 隠しているわけではない様子だ。どう言っていいかわからない、そんな雰囲気がある。

 けれど、言わないわけにもいかなかったのだろう。

 代表するように、しばししてからミルが請う言葉を作った。


「――セルエ先生に会ったんだ」


 それ自体は、驚くような言葉ではない。そもそもそのために来たと言ってもいいのだから。

 当然、死んでいるなんて可能性は微塵も疑っていなかったわけで。


「セル姉はどこに?」

「……結果から言えば、もうしばらく迷宮に残るという話だ」

「ていうか、いつの間に会ったわけ?」

 なんだか妙な雰囲気である。

 要はセルエが、あの場からミルとシュエットを連れ出したという話なのだろうが――それをメロに気づかれず成し遂げた辺り、さすが混沌魔術師と悔しく思いつつ――疑問がある。

 合流して顔を出さない理由だ。

 あの場で、火星と一対一でメロが戦って、勝利する可能性は決して高くなかった。

 一度は死の運命を決定づけられるまでに追い詰められたのだ。信用していると言えば聞こえはいいが、あまりに不確実すぎる。

 なぜセルエは顔を出さないのだろう。

 その答えを、ミルが口にした。


「どうも、契約に縛られているらしい」

「契約……?」

「レヴィに敗れたそうだ」

「……ああ、それで。何か魔術で強制ギアスを受けてるわけか」

「ただ、情報は渡してもらった」

「なるほど。地上に戻ってるのはそれが理由だね」


 当初の目的とは違った形になったが。

 それでも、幹部である火星を打倒できたのなら釣りが来る。


「教団がこの街を占拠した目的がわかった」

 ミルは続けて言った。

 シュエットは口を開かない。ただその表情が、どこか青褪めていることにはメロも気づく。

 その上で気づかない振りをしたまま、メロはミルに対して問うた。

「……世界を救うため、とやらなんじゃないの?」

「そうだな。そのために何をする気なのか、というのがこの場合の問題だ」

「どういうこと?」


 端的な答えが、あった。


「――この街に神獣を降ろすつもりらしい」

「神、獣……」

「オーステリアの人間が閉じ込められているのは、いわばその生贄ということだ」



     ※



「洒落になってない――!」


 そう叫んだのは、ピトス=ウォーターハウスだった。

 彼女を叫ばせたのは七星旅団が一角、教授ことユゲル=ティラコニア。

 その口から述べられた言葉は、確かに冗談とは言えなかった。


「洒落じゃないからな」

 だからその通り、当たり前のことを言うユゲル。

 ピトスは再び叫びを上げた。

「なんでそんな冷静!?」

 そんなピトスに突っ込む声がひとつ。

 フェオ=リッターだ。

「ピトス。もう諦めなよ……この人たちにそういうこと言うほうが負けなんだって」

「なぜ俺が悪いみたいになってるんだ。悪い考えだな」

「しれっと冷静にとんでもないこと言うからですけどねっ!」

「俺はただ理解したことを述べただけだ」

「かもしれませんけれども!」


 なぜピトスがここまで叫んでいるかといえば。

 答えは単純。

 この街の人間を犠牲に、教団が神獣を呼び出すつもりだと聞いたからだ。


「おそらく、お前らから聞いた《金星》の遺物だろう。その女は、どうやらこと魔物に関する魔術の技量だけで言えば完全に――文字通り神域の才能があったと言っていい」

「あの女は死んでもロクなことしませんね畜生ッ!!」

 こと《金星》レファクール=ヴィナには恨み骨髄のピトスである。

 打倒したはずの相手の遺産が、置き土産として邪魔をしてくることに対し怒りがあった。


 なにせ神獣――神の獣だ。

 その脅威度は、おそらく魔人をも上回る。

 神なのだ。ヒトを超えた、などという次元ではない。

 それが初めから神の域にある獣である以上、この街の戦力全てですら打倒できるかどうか。

 絶望的な事態だった。


「より正確に言えば、神獣を呼び出すこと自体は目的じゃないんだろう」ユゲルは淡々と言葉を作る。「その喚起によって消費される魔力それ自体――目的はそちらだ」

「どういう意味です?」

 怒りによって我を失いつつあるピトス(フェオが宥めている)に代わって、これはウェリウスが問うた。

 現在、一行は街の東に位置するオーステリアを目指して走っている。珈琲屋――レン=イブスキとは途中で別れていた。彼は自分の店のほうに向かうという。


 二番目の魔法使い――《空間》のフィリー=パラヴァンハイムの手助けを借りて結界を突破し、街の中に侵入することには成功した。

 だが結界は一瞬で復旧し――魔人の術式だ、自動修復くらいは可能だろう――再びオーステリアの出入りは閉ざされている。

 街の中は魔物で溢れていた。

 いくつか結界に守られた建物があることを見るに、住人はそちらへ避難しているのだろう。おそらく散発的に、魔物への攻撃も行われているようだった。

 四人は魔物を突破しつつ、事態の中心に近いであろう学院を目指している形だ。


「要は、神獣そのものに連中は興味がないということだ。あったとしても《金星》とやらだけで、ほかの連中はそれ自体に価値を見出してはいない」

 ――だが、とユゲルは続ける。

 それだけでは神獣など呼び出す意味がないからだ。

 彼は言った。

「だが、神獣を呼び出すには、大量の魔力が必要になるからな」

「――まさか」

 最初に察したのはウェリウスだった。

 確かにそれは、およそ真っ当な考えではない。

「目的は神獣自体ではなく、それを呼ぶことによって大量の魔力を消費すること……?」

「だろうな」やはりユゲルはあっさり頷く。「連中の目的は、魔力を無駄遣いすること(丶丶丶丶丶丶丶丶)だろう。神獣を呼ぶのがいちばん楽というだけだ」

「な、なんのために……!?」

 思わずのように訊ねたのはフェオで。

 それには、ユゲルではなくウェリウスが答えた。


「――この世界の、最も中心に近い位置へ行くためだろう」


 フェオにはその言葉の意味を、上手く理解することができなかった。

 だが、少なくともユゲルとウェリウスには確信があるらしい。なら事実なのだろう、と信じるに値する。


「学院にレヴィさんがいるかどうかが問題、かな……この分だといないだろうけど」

「察しがいいな、ウェリウス」

「僕なりに考えてはいましたからね。――なるほど、これは厄介だ」

「……何を納得しているのか意味不明ですが」


 男ふたりの会話に入り込んでピトスが言う。

 フェオと同じく、彼女にもコトの真相はまだ見えていないらしい。

 ただ、そんな目的はどうでもいい話だ。

 要するに――それをさせるわけにはいかないということ。それさえ理解できていればいい。

 あとは防ぐ方法を。


「どうしますか?」

 訊ねたピトスに、ユゲルは端的に答える。

「お前たちはこのまま学院へ向かえ。そこの戦力と合流して、とにかく魔物の数を減らせ」

「と言うと、ユゲルさんは別の場所へ?」

「俺はこのまま迷宮に潜る」

 常通りあっさりと。

 死地へ向かうことをユゲルは決めていた。

「どうあれ連中のやり口には賛同できんからな。悪い考えだが、邪魔をしておこう」

「魔物を減らすだけで、神獣が来るのを防げるのかな?」

 とフェオ。ユゲルは首を振り、

「少なくとも可能性は減らせるだろう」

「よくわかんないけど、なんかすでに無理そうな感じだなあ……」

「だがやらないわけにもいかん。まあ向こうに残してきた王女殿下や、お前の姉にも協力は頼んである――嘆くより先に体を動かせ」

「あ、はい」

「どうせ頭は働かんのだから」

「今それ言う必要ありましたかねっ!」


 そう突っ込んで、フェオは笑みを見せた。

 こちらの緊張を解すための、ユゲルなりの冗談なのだと思って。

 というか、そういうことにしておく。


「――行こう。この街のみんなが生き残れるかどうか。まずはその瀬戸際だ」

 ウェリウスが言って、ピトスとフェオが答える。

「ええ。せっかく任せてもらったんです。できることはやらなくちゃ」

「そうだね。……ここが、がんばりどころだよね」

「……まあ死んだほうが幸せなくらいの目に遭うかもしれないが」

「今ちょっと気合い入れてたところなんでユゲルさんは黙っててもらっていいですかね!?」


 ピトスが突っ込むとほぼ同瞬。

 そう長い時間、離れていたわけではない。

 けれど、どこか懐かしい。


 ――オーステリア学院の校舎が見え始めていた。

短めですが今回はこれでー。

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