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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第五章 学院都市陥落
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5-19『護る者』

 さすがに。

 メロも怪訝な表情を隠せなかった。


「……何言ってんの」

「言葉通りだが」《火星》は腹立たしい笑みで肩を揺らした。「知ってるか? 人間はもともとサルから進化したらしい。それと同じで、今度は魔人へと進化する――人類種全体を、ひとつ先の次元へと進めるのさ。その過程を早めることで滅びに対応するのがオレたちの計画プランってことだよ。そら、敵対する理由なんざ、実のところねえだろう?」

「できるわけがない」


 メロは首を振る。

 ストッパーの少ない性格の彼女だが、その本質は理性的だ。彼女には、《火星》の言葉に無理が――矛盾があることがわかる。


「アンタたちがなるだけでも賭けのようなものだったはず。そんなこと簡単にはできない。どれほど犠牲が出るか、わかったもんじゃない」

「そうだな。確かに、その進化に全員が適応できるとは限らない。大半が死ぬことにはなるだろうよ」


 そして《火星》もまた、あっさりとそれを認めた。


「虐殺でもする気なわけ? 救済を謳っておきながら。馬鹿げてる」

「全滅するより、少しでも生き残りが出るほうがマシだろう? 全てが上手くいくわけじゃない……そんなことお前だってわかってんだろ」

「だから、アンタたちがそれを峻別するって?」

「選ぶのは俺たちじゃない。世界だ。その責任を、何もしなかったお前らに責められるのは違うだろう」

「――やっぱ狂ってるよ」

「お前は、それを責めるような存在モノじゃないだろう?」


 なあ、天災、と《火星》は両腕を広げて言う。

 まるで誘うかのように。


「――少なくともお前は生き残るさ。なあ、だったらお前はそれでいいんじゃねえの? 他人のことなんざ、いちいちお前が気にするようなコトじゃねえだろ。先の世界で、お前は今にも勝る力を手に入れることになるはずだ……欲しくはないのか、それが」

「…………」

「力だ。力だよ、天災。それを持つことを自由と言うんだ。偽るなよ、誤魔化すな。お前はこちら側(丶丶丶丶)だろう。自分さえよければそれでいい――なあ? お前にはあるのか、天災? 俺を止めるだけの動機が――停滞を選んで滅びを受け入れる意志が」

「それは」


 と、メロは言う。

 天災と呼ばれる魔術師が。


「勧誘のつもり?」

「ま、結果的には似たようなもんだが……そうじゃねえよ。俺は自由を推奨するだけだ。選べることの幸運を、お前も享受したらどうかと勧めてるに過ぎねえよ」


 そう《火星》は言う。

 ――人間は生まれつき平等じゃない。

 境遇も、才能も、あらゆる点で平等おなじにはならない。


 そしてメロは本来――確かにそういう(丶丶丶丶)人間だった。

 強さにしか関心がなく、弱い人間になど理解どころか興味さえ示さない。

 自分ひとりで生きてきたという自負があるからだ。

 才能を持つ彼女には選ぶ権利がある。自らの全てを選択的に決定できる権利を持つ。

 それを指して才能と言った。

 だから、彼女は。


「――そんなこと、知ったことじゃない」


 そう、《火星》の言葉を跳ね除けた。

 対する男は、意外そうでさえなく笑みを保ったまま。

 それを眺めてメロは言う。


「確かにあたしは、アスタたちとは違う。アンタたちを止めてやろうとか、野望を阻止してやろうとか、そんなことにはなんの興味もない。――初めから知ったことじゃない」

「……なら、なぜ俺の前に立つ」

「決まってんじゃん。だって、アンタ、すげえムカつくから」


 まるで子どもの理屈ではあった。いや、そもそも理屈になっていない。

 だが、天災にはそれで充分なのだ。それだけで、彼女が足を動かす動機に足る。


「……いちいちうるさいんだよ。目障りなんだ。世界がどうとか運命がなんだとか……そんなことにあたしは興味がない。勝手にやってりゃいいじゃん、あたしに関係ないところで。だったら別に邪魔もしなかった。――でもアンタはもう、超えちゃいけない線を超えた」

「そうか」

「あたしにとってはそれで充分だ。あとのことは知らない。考える気もない。ただあたしの邪魔をしたから、あたしにとって邪魔だから――ぶっ飛ばす理由なんてそれだけでいい」

「……いやァ」


 実質的に、袖にされた形の《火星》は。

 けれどメロの言葉を聞いて、その笑みを深めるように口角を歪めた。


「よかったぜ――もし戦わねえとでも言われたら、どうしようかと思ったところだ」


 直後。メロの立っている地面――石造りの迷宮の床そのものが、光を放ち始める。

 光――すなわち魔力だ。

 輝きは一瞬。見てから反応できるようなものではない。

 それは単純な設置式のトラップだった。迷宮にはよく存在する程度のもの。


 だが、罠を舐めてはならない。

 それは本来、迷宮における冒険者の死因の上位を占めるものなのだから。

 ある意味では魔物以上の脅威となる。

 なぜなら、自然発生する魔物とは異なり、罠は過去の魔術師が設置したものだからだ。ただでさえ現代より魔術の発達していた時代の遺物が、瘴気に汚染されることで術式を歪められ、さらにその凶悪性を増したものである。


 それを、さらに改造したのが《火星》だった。


 ――起こったのは爆発だ。

 といっても火花を伴ったわけではない。溢れる魔力の光、それそのものが物理的な圧と化して直上にいる人間を吹き飛ばす――単純シンプルだが、人間ひとりを殺傷するに充分すぎる威力がそこにはあった。

 光と、それが巻き上げた瓦礫と煙にメロが侵される。

《火星》の視界の前から隠されるメロ。


「来るとわかってて、罠のひとつも用意してないわけがねえだろ?」

「――ごちゃごちゃうっせえ」


 果たして、メロは生存していた。

 ただ無傷とはいかない。仮にも魔人が、迷宮そのものを利用して構築した術式だ。

 傷を負ったのだろう。メロの腕を、ひと筋の赤が垂れていく。

 だが、その程度で《天災》を止められるわけもない。


「いるとわかってて、この程度で殺せると思うな」

「思ってねえよ、面白くもねえ。そうだろ、やっぱりお前はそうだろうが!」

 吠える《火星》――そう、彼にとっても同じことだ。

 最強に近い魔術師のひとりであるメロに、この程度で死なれても面白くない(丶丶丶丶丶)

「断ってくれて、ああ、本当に嬉しいんだぜオレは! やろうぜ、やろう!! 本能をむき出しにして猛ろよ、天災ィ! オレたちは、命のやり取りでしか交感できねえ生き物だろ!?」


 メロは答えない。交わすべき言葉などすでにない。

 だから、普通に反撃に移ろうとして。


 直後――背後からの一撃を躱せたのは、ほとんど偶然のようなものだった。


「……っ!?」

 感覚だ。何か確信があったわけじゃない――ただの直感。

 けれどメロはそれを信じる。それを信じて、彼女は前に飛んだ。

 それは形としては、無防備に《火星》との距離を詰めるだけの行為だ。けれど選択の猶予なんてなかった。

 もしそれをしていなければ、彼女は背後からの一撃に、きっと切り裂かれていただろう。


「はっはァ――ッ!!」


 当然、その隙を逃す《火星》ではない。

 彼もまた自ら、メロへの距離を詰めていく。

 元より彼は、魔術師としては、どちらかと言えば真っ当なタイプだ。《水星》や《土星》のような異能じみた魔術は持たないし、《木星》や《金星》といった特化型の魔術師に同じ分野で追いつけるわけでもない。しいて言えば《月輪》に近いスタイルだろう。

 彼は戦闘狂だ。

 戦いの中に生の価値を見出す。

 だが、その能力そのものが戦いに向いているかと言えば、必ずしもそうではなかった。


 ――ゆえに彼は理性でもって判断する。

 彼は戦闘狂だが、決して戦いが好きなわけではない。

 戦って、そして勝つのが好きなだけ。

 ゆえに彼が、対メロの対策として選んだ戦闘方法は――近接戦。

 魔術師として異常なメロに、真っ当な魔術で向かうのは賢い方法ではない。

 そしてメロには、明確な弱点がただひとつだけ存在する。


 それが、身体能力だ。


 もちろん強化された肉体の性能自体は、ほかと比べて劣るものではない。

 だが、彼女は格闘技能なんてまるで修めていない。格闘技術を修めている《魔弾の海》とは異なり、彼女本来の戦い方はあくまでアウトレンジの打ち合いである。距離を取ることのほうが馬鹿げていた。

 その穴を当然、《火星》は狙う。


「おら――ァ!!」

「――ぐ、」


 呻くメロ。咄嗟に上げた左腕から、べぎり、と嫌な音が響いた。

 所有する魔力の全てを今、《火星》は身体性能の底上げへと回していた。人類の限界を文字通りに超えたその脚力で蹴り抜かれては、いかなメロの腕といえど骨折は免れない。

 だが彼女も、ただ吹き飛ばされるだけではない。

 むしろ彼女は自分から飛んだ。

 メロ自身だって、自分の弱点は理解しているのだから。距離を取るための技術は持っている。


 蹴り抜かれると同時、彼女は魔弾を発射して、自ら横合いへと跳んだ。

 右側へと吹き飛ぶメロは、折れた腕を庇いながら立ち上がる。

 そして、その視線の先に――ふたりの魔術師を見た。


「……魔競祭以来、かな」

「そうだっけ。まあ、あのときはどうも」

「何、リベンジ戦のつもり? あのとき負けたのはあたしだったと思うけど」

「――あんなの、勝った数に入れるつもりないわよ」


 静かに答える女性。彼女のことはメロも知っている。

 学院の祭りで、メロと相対した学生。アスタの知り合いだという少女。


 レヴィ=ガードナーが、剣を抜いてそこにいた。


「……で、なんのつもり?」

 別にメロは、レヴィに《裏切られた》とは思わない。

 なぜならそもそも、仲間になったつもりがない。

 ただ、それでもレヴィが、さすがに教団側に着くことは意外だった。

「私はただ、私の役目を果たすだけ。別に、こんな外道どもの仲間になったつもりはない」

「そこまで落ちてない、みたいな風に言われてもね。目的は?」

「――この街を守るのが私の役目よ。それ以外の目的なんて、何ひとつない」

「この街を襲った連中に着いておいてねえ」


 それ以上、レヴィは何も言わなかった。

 彼女は剣を仕舞う。そして一歩を下がって言った。


「――手は出さないわ。やるなら勝手にやって」

「相変わらず甘ェことだ。ま、オレもそのほうが好都合だがよ、いろいろと」

「二対一なんて心が鈍るってだけ。それに、私にその子を倒すような理由はない。アンタが負けようと、それだって知ったことじゃないから」

「…………」


 メロは考えた。思考を回す――彼女は馬鹿じゃない。

 言うほど、レヴィを知っているわけじゃない。アスタを通じて程度の交流しかないから。

 だが、それでも真正面から戦えば、わかることはあるものだ。


 なんの理由もなく――いや、どんな理由があっても、街を襲った教団にレヴィがつくことは考えにくい。

 彼女の人柄を信用してというよりは、単純に理屈に合わないからだ。むしろ積極的に追い払うほうが、レヴィの――否、ガードナーの立ち位置に合うだろう。

 ならばなぜ、彼女は教団の側に立っているのか。


「……そういえば、まだ訊いてなかったね」

 しばしの時間があってから、メロは口を開く。

 繰り返すが、メロは教団のやっていることになんの興味もない。

 だがそれは彼らの行いについて、何も考えていないというわけではない。考えるべきことは、彼女だって考えているのだから。

「アンタら、世界を滅びから救うって言ってたっけ。あと、全人類の魔人化――だっけ?」

「……確かに言ったな」

「それ、別にそのふたつ関係なくない?」


 ――だからなのだろう。

 メロは、このとき解答に近づいた。


「魔人になったところで世界が滅んだら死ぬんだから意味なくない? 世界を救う方法のほうを、あたしはまだ聞いてない」

「……あァ」

「そもそも世界が滅ぶ、っていうのがわかんないしね。あの迷宮で見たことが――教授の言うことが事実なら」

「まあ、そうだ。世界が滅ぶっていうのは、この世界全てが魔力の渦に包まれるという意味だよ」

「――――」

「お前らは、その滅びをまだずっと先だと見たらしいが、違う。その運命は着実に近づいている。おそらくあと数年もしない内に、世界はその概念そのもが崩壊して、ただの魔力の塊になる。人間なんぞ、呑まれたらひとたまりもねえよ。ただの情報に還元されて、世界に溶けて消えちまう」

「なら、それを回避する方法は――そうか」


 メロは、その視線をレヴィに向けて。

 そして言った。


「――だからオーステリアで、だからガードナーなんだ」

「…………」

「でもレヴィ、そんなことしたら――死ぬよ。間違いなく確実に。できるかどうかもわからない。けど、挑戦したらその時点で死ぬ」

「それが、この街を守ることに繋がるなら」

 メロの言葉に、レヴィは答える。

 それは、彼女がガードナーとして生まれたときから決まっていたことだ。

 レヴィは、ただその役割に殉じているに過ぎない。

「私が躊躇う理由はない。この街を、世界を守って私は死ぬ」

「できると思うの? レヴィひとりで、この世界を閉じる(丶丶丶)ことなんて」

「可能性があるのは私だけだから」


 ――ガードナーの完成形。

 レヴィはそう呼ばれた魔術師だ。その能力は、代々に受け継がれてきた閉じる(丶丶丶)能力は。

 ただ、このときのためのものだった。


 ――世界そのものに蓋をする。

 広がり、やがては世界を埋め尽くすだろう魔力全てを封印する。

 閉式剣――否、閉式権。

 それがレヴィに課せられた使命だった。

 崩壊に向かう世界を安定させる、いわば楔としての役割。


 だがそれは、ひとつの命を確実に使い切ってしまう。


 当然だ。それはこの世界の魔力全てを、世界そのものを運営する全ての魔力を、たったひとりで防ぐということなのだから。

 たとえ成功したところで、その楔として命を投げ出すことになる。ただ一度成功するだけでは足りない――塞ぎ、防ぎ続ける必要があるのだから。


「――死ぬ気、なんだ」


 問うたメロに、レヴィは笑って答えた。

 それは愚問だと。気負うことなく彼女は言う。


「生かす気、と言ってほしいところよね?」

「……」


 メロにはもう、レヴィの目的がわかっていた。

 彼女は後を託したのだ。すでに、救ったあと(丶丶丶丶丶)のことを考えている。

 教団に着いたのはそのためだ。

 もしもこのまま世界が救われたとしよう。

 その世界を、教団が牛耳らない保証はどこにもない。

 彼らが殺す人間を、レヴィが先に倒す(丶丶丶丶)ことで結果的な犠牲者の数を少なくする。そうして、ひとりでも生き残る人間を多くすることで、救われたあとの世界(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)までをも救おうとしている。

 それがわかっていたとしても、教団はレヴィに死なれるわけにはいかない。

 彼女には、世界を救ってもらわなければならないのだから。


 ――そういう取引だったのだろう。

 わざわざオーステリアを占拠したのはそれが理由だ。

 街そのものを、全てレヴィに対する人質にした。


「……世界を救うことが目的なんじゃない。アンタらは――救ったあとの世界を、支配すること(丶丶丶丶丶丶)が目的だったんだ」


 にやり、と《火星》が笑う。

 その笑みが答えだった。

なんかもう完全に投稿したつもりになって投げるの忘れてました申し訳なし。

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