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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第五章 学院都市陥落
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5-18『最終理念』

 実際、感覚としては、いっそ散歩に近い程度のものだった。

 ミル=ミラージオとシュエット=ページにとって、迷宮とは決して気楽に歩ける場所ではない。本来ならば。

 確かに彼らは、少なくとも魔術の技量だけで語るならば冒険者の上位に相当するだろう。オーステリア迷宮程度ならば、最下層近くまで潜ることも不可能とまでは言わない。

 だが、だからといって散歩気分で歩けるような場所では決してなく。

 というか、気分を問うなら今だって散歩なんて程遠い緊張の中にいるのだが。


 ――それでも、こうも何も起こらないと、緊張も徐々に薄まってくる。


 それを油断につなげるほど、ミルもシュエットも間抜けではない。

 だが現状と、そして何より同行者の存在を鑑みれば、やはり想定していた事態の下を行くことにいささか気が抜けてしまうのも無理はなかった。


「……暇だね」


 と、シュエットが呟く。

 ミルは苦笑し、気を抜くなと苦言を言おうとして、けれどやめた。

 言う必要などなかったからだ。


「確かに。地上より安全なくらいだな、こりゃ」

「うわ意外ー」学生会会計の少女は目を丸くして言った。「お堅い副会長から、そんな返事が来るとは思わなかったよ」

「ならなんで言ったんだよって話だろ……」

「んー……なんとなく、かな。てへ」


 けらけらと笑うシュエットに、ミルも苦笑せざるを得ない。

 魔術師の常ではあるが、学生の中でも特に明るい、というか騒がしい部類に入る彼女も、根っこの部分では相応にクレバーだ。感情より理性を優先することに抵抗がない。

 ただ、そういった部分を除いたとしても、やはりムードメーカーとしてのシュエットにはほかに代えがたいところがあるとミルは思っている。

 魔術師としては甘い表現だが、学生会の中で最も《大人》なのがシュエットだと、実はそう考えている。彼らは未だ学生であり、まだ若く、それは魔術師であることと矛盾しない。


 会長のミュリエルは得てして何ごとも独りで背負い込みがちだし、書記のスクルは魔術師としては優しすぎる。かくいうミル自身も、ときおり視野が狭くなりがちなことを自覚していた。

 その点、シュエットは普段からあっけらかんとした笑顔を浮かべていることが多く、学院では《最も喋りの上手い女》などという妙な称号をつけられたりしているが、その全てを彼女が計算で行っていることには気がついていた。

 彼女のお陰で、学生会が機能していると言ってもいい。


 いや、それを言うならきっと、誰ひとり欠けてもこの学生会はダメだったのだろう。

 ひとつ下の学年に、あまりに隔絶した才能を持つ学生が多くいた。結局は魔術師の世界など、最終的には全てが才能に帰結する。彼らもまたかつて神童と呼ばれていたが、どう足掻いたところで、レヴィやウェリウスといった本物に勝てないことが彼らにはわかっていた。

 例外があるとするのなら。

 それはきっと、――かつて庶務の立場にいた鬼才だけで。


「……」


 そう――わかっているのだ。

 何もわからない、わかり得ない立場にいるという、そのことが。痛いほどに。


 だってそうだろう。

 本来、《七曜教団》などという国家規模の犯罪者集団に当たることなど学生の責務ではない。学生会に所属していようがなんだろうが、ミルたちにはほかの学生たちと同じく、避難所で縮こまって、ただ救助を待つだけの選択肢があった。それを責められる人間などいないし、むしろそうしているべきだったのかもしれない。

 それでも、それをよしとはしなかった。

 こうして《天災》に――この歴史に残る犯罪に立ち向かう権利を持つ存在の後ろに引っついて、事態に関わり、その解決を目指すことを彼らは選んだ。


 その理由はきっと、四人とも違うのだろうけれど。


「……なんか、意味なかった気がする」


 先導する《天災》――メロ=メテオヴェルヌがふとそんな風に呟いた。

 思索をやめ、ミルは顔を上げて、前を行く小柄な少女の背中に視線を投げた。ずっと年下の、それでも逆立ちしたところで及ばない魔術師。世界に関わる権利を持つ少女。

 そんな彼女の呟きの意味がわからず、ミルは思わず訊ね返していた。


「何がだ?」

「いや……ここに来たことが」


 メロは振り返ってミルに告げた。

 やはり意味がわからず、ミルは知らずシュエットと顔を見合わせる。


「来たことが意味ないって……ここに犯人が潜んでるんだろう?」

「別に確証があったわけじゃないよ。まあ、ほかにないだろうと思っただけで」

「……違った、ってことか?」

「いや。違わないと思う。それはむしろ正しかったのは、ここ来てわかったでしょ?」


 ミルは頷いた。これはシュエットもわかっていることだろう。

 迷宮を下り始めて小一時間。未だ三人は、一体の魔物にも遭遇していない。

 逆説的に、何かがあるということの証左だろう。


「……つーかまあ、たぶん単に駆逐されただけなんだろうけど」

 どこか明後日の方向を見詰めたまま、そんな風にメロが呟く。

「そうなのか? 何か仕組まれてるとかじゃなくて――」

「いや、それもないとは言わないけどさ」メロは小さく首を振った。「地上に現れた魔物がどこから来たのかって話になるしね。でもまあ、それだけじゃないかな。たぶんセル姉だ」

「セルエ先生……?」

 と、これはシュエットの声。メロは首肯。

「先に来てたんだろうね。魔物を倒しながら進んだんだと思う――だから出てこないんだ」

「なんでそんなことが……」

「瘴気の濃度とかでなんとなくね。勘っていうか、経験かな。で、そんなことができるの、今この街にはセル姉くらいだろうから」


 瘴気の濃度で魔物が減っている理由を感覚で当てる。

 そんなことを、さも当たり前のようにやってのけるメロ。少なくとも、同じことができる人間など、学院どころか街中全てを探したところで存在するまい。

 こんなところでも差を、違いを見せつけられる。

 とはいえ、こんなことで腐るわけにもいかず、ミルは重ねて訊ねた。


「なら、それこそさっさと合流したほうがいいんじゃ……」

「セル姉が行ったなら、あたしが出る幕ないでしょ。セル姉が勝てる相手ならあたしも勝てるし、逆なら逆で結果は同じ。別んトコ行ったほうがマシだったかもって話」

「……それは」

「まあわかんないだろうけどさ。あたしも別に絶対とは言わない」


 ミルはよくわからなくなってきてしまう。

 メロの言っていることが、ではない。彼女の様子自体が、と言うべきだろう。


 話に聞く《天災》のことを思う。

 若いを通り越して幼いながら、あるいはだからこそ、国内の冒険者としては最高クラスの知名度を持つメロだ。嘘か本当か噂や伝説は、オーステリアにいながら流れ込んでくる。

 伝説というのは伊達じゃないのだ。生きながらにして書に纏められる魔術師が、これまで歴史に何人いたことか。

 無論、噂は噂だ。話半分以上に疑ってかかったほうがいい。それはわかる。

 ただ総じて、《天災》の人となりは次のように話題に乗せられる。


 曰く――傍若無人の権化。


 戦闘好きで、方々で騒ぎを起こす生粋の問題児。

 弱い魔術師には一切の興味がなく、逆に見どころがあるとわかれば喰ってかかる。総じてそんなところだろう。

 だが実際に会った《天災》は、本来なら眼中にもないだろうミルやシュエットに対して、意外に好意的だった。少なくとも排他的ではない。


 機嫌がいい、というわけではないはずだ。

 むしろ精神的には不調だろう。話は合わせてくれるのに、どこかぴりぴりとした雰囲気をずっと纏っている。

 そうでなくとも、彼女は一度敗北して、そこを《魔弾の海》に庇われてここにいるのだ。上機嫌になる理由のほうがないことは明らかだった。


「……訊いてもいいか?」

 しばし考えた末、ミルはそのように口火を切る。

 シュエットは黙っていた。メロはといえば、横目を見るに向けるのみだ。

 止められなかった、ということは訊いていいのだろう。そう判断して言葉を続ける。

「その……《七曜教団》の連中は、いったい何を考えてるんだ?」

「……どういう意味?」

「つまり、そう――この街を占拠した目的だよ」

 それがミルにとっていちばんの疑問だった。


 学院都市オーステリアの占拠。

 これは決定的だ。何をどう言い繕っても極刑は免れない犯罪。

 ならば、それだけの行為に出る、その目的がなければおかしいのだ。集団で、そして計画的に行われている以上、頭のいかれた魔術師の自暴自棄とは考えられない。

 だが、いくら考えても、ミルにはまったくわからない。

 なんらかの要求を行うでも、住民を人質に取るでもない。いっそ本当に虐殺が目的とさえ思えるが、それなら逆に片手落ちだろう。


 ――意味がわからないのだ。

 こんなことをする、その理由がわからない。


「魔人……だったか? 理屈は知らないが、連中、すげえ力を手に入れたんだろう」

「ま、でなきゃあたしが負けるわけないからね」

「……それを手に入れるためならまだわかるんだよ。でも、手に入れた力の使い道にしちゃ杜撰すぎる……というか意味不明だ」

「世界を救いたいんだって」


 あっさりと答えたメロの言葉を、ミルはまったく受け入れられなかった。


「――は?」

「だから救世だよ、救世。この世界を救うのが目的ってこと」

「……それは、なんだ。あれか、宗教的な話か」

「教団っていうくらいだし、それも否定できないんだろうけどね――それだけだと考えるには、犯人の名前が大きすぎる」

「犯人の名前……?」

「あれ、言ってなかったっけ。教団の首魁。一番目の魔法使いなんだよ」

「――――」

「かつての英雄が、転生を繰り返した挙句に狂った、なんて。そんな安い話なら苦労しないんだけどね。……いや、まあ狂ったことは間違いなく狂ったんだろうけどさ。狂うにしても新興宗教にかぶれたってんじゃさすがにね」

「……頭が痛くなってきた」


 実際、ミルは頭を抱えた。

 話の規模が、もはや理解を超えている。


「一番目の魔法使い――だって?」

「そうだよ。さすがに知ってるでしょ?」

「……暗黒時代の英雄。運命に干渉することで転生を繰り返す、疑似的な不死を体現した魔法使い――でしたっけ」

 シュエットが言ったのは、一般的に理解されている魔法使いの動向だ。

 彼は転生すると、王国に顔を見せて、そして姿を隠す。その一度以外では俗世に現れず、ただ歴史の裏側から今も世界を守っている――そう言われていた。

 確かに存在はしていながら、けれど何に関わることもない。仙人みたいな存在だ。

「実際、一度は世界を救ったって言われてるからね。詳しいことは不明っつーんだからアレだけど。そいつがまた世界を救う、なんて言ってるのを妄想と切り捨てるのは怖いじゃん」

「……滅ぶんですか、世界」

「さあ? 知るわけないじゃん、そんなこと」


 そうだろうが、それをメロの口から聞くのもなんとなく嫌だ、とシュエットは思う。

 ――ただ、と続けて《天災》は言う。


「問題は、そもそも何をもって《世界を救う》とするのかってとこだよね」

「何をもって……?」

「人類を救うとは言ってないわけだし。極論、ヒトが絶滅すれば世界が救われるー、的な思想の持ち主なのかもわかんない。その辺は本人に訊いてみないとね」

「…………」

「どんな理由だったところで、敵に回った以上は戦うだけなんだけど」


 そこまで言ったところで、少しばかり広い場所に三人は出た。

 メロは歩きながら、軽く指の関節を鳴らす。それから正面に向かってこう言った。


「――だからさ。そろそろ聞かせてほしいんだよね。今さら隠すことないでしょ、もう」

「ああ、仕方ねえな、オイ。そんなに聞きてえなら教えてやるよ」


 その言葉に返答があって初めて、ミルとシュエットは身を固くする。

 メロは気づいていたらしい。その誰かの存在に。

 だから、当たり前のように彼女は訊ねた。そして相手は、当たり前のように答えている。


「――よう、《天災》。久し振りだな? あんときの借りを返しに来たぜ」

「は――」


 と、メロは凄絶に笑った。

 ようやく戦えることを、あるいは喜んでいるかのように。


「あれだけ準備して逃げだした分際で、よくそんなこと言えるよね」

「それが言えるのが魔人だよ。お前こそ、今の俺に本気で勝てるつもりなのか」


 現れたのは赤毛の男。獰猛な笑みを浮かべた――まるで獣のような魔術師だった。

 メロのそれよりくすんだ短髪は、そのせいでより野性的に映る。細身で笑みを浮かべた姿は、たとえるなら取り立て人のようだとミルは思った。

 果たして、そこにあるのは貸しではなく借りで。メロは言う。


「つか、後付けで魔人になったから偉そうにする辺りがもうダサいよ」

「それは魔術師の言葉じゃねえなァ。現状どうかが問題で、それ以外は関係ねえ。違うか、なあ、オイ?」

「そうだよ。だから言ってんだよ。――アンタ程度が魔人になったくらいで、アタシに勝てる気でいるのが間違ってるって」

「セルエ=マテノがここにいない事実を知ってもか?」

「……セル姉が、ただでアンタに負けるわけない」


 その瞬間、メロが纏う魔力が勢いを増した。

 男――《火星》の言葉が、最低でも挑発としては機能した証左だ。


「いやァ。まあ、今の俺ならやってやれないこともねえさ。――でもまあ確かに、わざわざ正面から向き合おうとまでは思わねえがな。アレはオレと相性が悪ィ」

「ごちゃごちゃうっさい。で? 質問には答えてくれないわけ」

「――ん? ああ、いいぜ別に答えても。もう七星おまえらは世界に必要ないからな」

「アンタに言われたくないよ」

「まあ聞けよ。あん? 聞くんだろ、オレらの目的。決まってんだろ――世界救済だ。まァ確かに、その過程で人類の大半は死ぬ(丶丶丶丶丶丶丶丶)だろうが、選ばれなかった奴ァ必要ねえよ。そういう世界を築くのさ」


 平然と語られる異常な内容に、ミルは言葉を失ってしまう。

 それはシュエットも同様で、違うのはそれこそメロくらいのものだった。


「……そんなこったろうと思ってたよ」

「一応、念のため、言うだけは言っておくぜ。何もしなけりゃ、たぶんお前は生き残る(丶丶丶丶)側の人間だ。進化の過程で淘汰されず、環境に適応できるだろう。だから別に、お前らを殺そうとは思わなかったし、思ってなかったわけだ、《日輪》も。オレたちは別に人類を虐殺したいわけじゃねえ。そりゃ現人類は結果的に消え去るが、新しい世界に適応できる奴は、多いに越したことはねえんだ」

「…………」

「オレらにとっちゃお前らは、失敗したときの保険だった。今、お前らは《いなければ困る邪魔者》から、《いなくても困らない邪魔者》に変わったわけだ。でも別に、《いてもらっちゃ困る》とまでは言わねえんだぜ、別に?」


 ――この男は、いったい何を言っているんだ。

 ミルもシュエットもそう思う。脳が理解を拒否していた。

 いっそ喜劇じみている。どう考えたって真顔で語るような内容じゃない。出来の悪い茶番劇を、大真面目に見せつけられているかのような気分だった。


「……そんなこったろうと思ったけど。なるほど、それでもあたしは、本当にそう(丶丶丶丶丶)だとは思ってなかったみたいだ。頭痛くなってきた」

「その分だとわかったんだろう、オレらの目的が」

「残念ながらね。つまり――」

「そう」


 受けて。凄然と、凄絶と、喜色を浮かべて《火星》は笑う。

 教団の最終目標を。そのために、これまであらゆる努力を重ねてきたのだと。


「――全人類の魔人化(丶丶丶丶丶丶丶)。人類種そのものを、次の段階へと進化させる――それが俺らの救済だ」

ミル(やべえコイツ)

シュエット(やべえコイツ)

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