表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第五章 学院都市陥落
214/308

5-17『フィリー=パラヴァンハイム』

突如現れた謎の魔術師。

いったい何ィリ―=パラヴァンハイムなんだ……。

(ヒント:サブタイトル)

「――これだけは、やるべきじゃなかったんだろうけどねえ」


 その声は高みから届いた。

 おそらく、それは物理的な意味だけではなく。けれどウェリウスは、ある種の確信とともに空を見上げる。

 そのときの感情を言葉にするのは難しい。自分が喜んでいたのか悲しんでいたのか、嬉しく思ったのか悔しかったのか、ウェリウス自身にさえわからなかった。

 ただ――こう思ったのだ。


 ――ああ、まったく仕方のない母親だ、と。


 そんなことを思っていたから。


「浸ってんじゃねえ馬鹿!」

「――っ!?」


 直後、空から降ってきた童女姿の魔法使いによるドロップキックは、回避することができなかった。

《月輪》とは反対方向に吹き飛ばされるウェリウス。

 蹴りをくれた張本人は、その目の前にゆったり降り立つと、呆れたように告げる。


「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、ここまで馬鹿になるとは思ってなかったよ」

「……いきなり出て来たかと思えばそれですか。変わりませんね」

「会ったばっかだろうが。この短期間で何が変わるっていうんだ、ええ?」


 現れたのは童女だ。齢にして十にも満たないだろう。外見に似つかない不遜な口調は、けれどどこか似合っている。

 だが、そうでもなければ、誰も彼女の正体には気づかないかもしれない。


「――さーて。ま、やっちまったもんは仕方ねえっちゅーことで」


 どこから現れたのかなど、ことさら問う必要はないだろう。

 彼女を前に、距離という概念は意味を持たない。その全てが支配下なのだから。

 ――魔法使い(イプシシマス)

 世界にただ三人だけ、あらゆる魔術師の頂点に立つ存在。その一角。

 空間を支配する超越者。


 フィリー=パラヴァンハイム。


 中庸を標榜する彼女は、決して教団の為すことに関わらないと宣言していた。

 手助けはしないし、かといって邪魔もしない。その結果どうなろうと、それが結末ならば受け入れる。

 隠遁した賢者の在り方を崩さなかったフィリーが、ここに来てどうして参戦したのか。

 その理由がわからないほどウェリウスは間抜けではなかったし、それがわかるからこそ、問わずにはいられなかった。


「どうして、師匠がここに」

「もうお前の師匠じゃないっつーの」


 フィリーは心底から嫌そうな表情を浮かべた。

 それも、小さな女の子がやるものだから、どこかかわいらしい雰囲気になってしまうが。

 そのことに自分で気づいたのか、フィリーは一瞬だけさらに表情を歪め、けれど諦めたように溜息をつくと、それから言った。


「クソ、童女姿ガキモードで固定されてるときに出てくるんじゃなかったな。まあ老女姿ババアモードよりマシだろうが」


 アスタが聞いていたら、お前はロボットか何かかと突っ込ん(で、そして攻撃されていたこと)だろう。

 外見年齢がころころ変わるフィリー。それが、かつて時間の魔法使いに為されたいたずら(丶丶丶丶)だというのだから、いろいろなところがぶっ飛んでいる。


「……はあ。ま、何を言っても言い訳だな。私が出てこないことで、それを条件に出てこない奴もいた――それがわかってたからあえて引っ込んでたんだが。私が出てくるとなれば、それで動き始めるかもしれない。……もうどうでもいいが」

「あの……師匠?」

「だから師匠じゃねーっつに。まあ、なんだ」


 フィリーはウェリウスから顔を背けた。

 珍しいその様子に、弟子はきょとんと目を見開く。その視線の先で、童女は煩わしそうに頭を掻いて、視線を合わせないままで言った。


「せっかく手塩にかけて育てた弟子が、結果も残さず死ぬのはもったいねーと思っただけだよ。かけた労力が無駄になっちまうだろーが」

「……ご迷惑をおかけしました」

「本当だよ。ったく、この馬鹿息子めが」


 フィリーの態度の意味がウェリウスにはわかったが、あえて突っ込むような野暮はしなかった。

 いや、単にこれは機嫌を損ねないためだ、とウェリウス自身も言い訳をしていたのかもしれない。いずれにせよそのやり方は、確かに親子のそれだった。


「――っと」


 そのときふとフィリーが呟き、軽く視線を動かした。

 その結果、何が起こったのかはウェリウスにさえ完全には把握できない。ただ、視線の先で忌々しそうにこちらを見つめる《月輪》を見るに、おそらくは彼女がなんらかの攻撃に出て、それをフィリーに防がれたのだろう。


「つーか、アレで生き残るとはな。お前も難儀な人生を送ってる」

「死んだんだけどね、普通に……生き返っただけだ」


《月輪》は答える。

 さきほどフィリーが行った攻撃は、宇宙空間を進む小さな隕石を呼び寄せるという破格の魔術だ。攻撃それ自体には魔力さえない普通の物理攻撃――とはいえ、躱しようのないそれを喰らえば魔術師だろうとなんだろうと死ぬ。

 ならば。


「死ぬべきときに死ねない人生なんぞ、難儀と呼ばずになんていうんだよ」


 それでも、本人の意志さえ無関係に生き返ってしまう(丶丶丶丶丶丶丶丶)《月輪》もまた、真っ当な人間として生きることは不可能だったのかもしれない。

 同情に値するとは思わない。ただウェリウスは思った。彼女自身は死んだことがないとは言っていたが、それでも、生き返るとわかっている命の使い方は、常人のそれとは変わってくる。


「……貴女がいるとなれば、僕ではもうどうすることもできないね。完全に予想外だ」

「あまり下らない、意味のない嘘をつくなよ」


《月輪》の言葉をフィリーは笑い飛ばす。


「別に、嘘をついたつもりはありませんが」

「そうかな。お前だけは、私が出てくる可能性を考えていたと思うが。でなけりゃ、ここまでの結界なんぞ張るまいて――ったく、見事なもんだ。こりゃ私でも入るには骨が折れる」


 フィリーにしてみれば、それは最大級の賛辞だっただろう。

 空間の魔法使いを前に空間を隔離する。そんな結界を作ることがどれほどの無理難題か、わからない魔術師などいない。


「これは皮肉じゃない。魔術の技量だけなら、認めてやる――私より遥か格上だよ、お前。まったくアイツも、どこでこんなのを見つけてきたんだが」

「だとしても、実際に向き合った以上はどうしようもない。どうします? ここで僕を殺しますか」

「いやお前、昼間は死なねーんだろ。じゃあ殺せねーじゃねーか」

「貴女なら昼ではない空間(丶丶丶丶丶丶丶)くらい創れるでしょうに」

「あまり侮るなよ、後輩(丶丶)


 後輩、と。フィリーはノートをそう呼んだ。


「言っただろう。私が意志を曲げて出てくるのは今回限りだ。やっぱり何もしやしないし、私には何もできないよ。――するべきでもない」

「いいえ、先輩――僕はまだ貴女を買い被っていた。魔術師が意志を譲るなんて、そんなことはあってはならないんだ」

「ならどうする? お前こそ、ここで私を殺さなくていいのか」

「不可能なことを言わないでいただきたいな……魔術で貴女を殺せるわけがない」


 ウェリウスにもそれは同感だった。強い弱いとか勝ち負けの問題ではなく、《月輪》ではフィリーを殺せない。というより、そんなことをできる人間がこの世にふたりしかいない。

 フィリー=パラヴァンハイムは空間の魔法使いだ。

 そして、あらゆる魔術は、どれほど異常に見えたところで、三次元的な《位置》に必ず縛られる。だからウェリウスはレンの力を借りて、魔力を見ることで《月輪》に対抗した。どんな魔術も魔力の存在する位置以外に神秘を発揮できない。

 畢竟――フィリーに魔術は通じない。

 その特異性は、攻撃力ではなく何より防御性能にあるとウェリウスは思っていた。彼女の空間支配を超えて魔力を当てられる人間など、ウェリウスの知る限り、時間を超越して攻撃できる人間と、運命を改変して攻撃できる人間のふたりだけだ。


「――ここは引きます。さようなら、はじまりの魔女」


 言うなり《月輪》の隣に、唐突に《水星》が現れるのをウェリウスは見た。

 当然、フィリーはそれを知っていただろう。だが彼女はふたりに対し何もしなかった。ほかの全員も何もできない。

 ただ黙って、《水星》が《月輪》を連れて消え去るのを見送るだけだ。


 その直後、街を覆っていた結界が揺らぐ。

 ユゲルによる結界の破壊が、どうやら完了したらしい。予定よりだいぶ早かった。あるいは《月輪》のほうが、自ら結界を解いたのかもしれないが。

 いずれにせよ、これで街に入るウェリウスたちを抑えるものは残っていない。


 ――オーステリア外周の戦い、決着。



     ※



「結界の解除は完了した。これで中に入れるだろう」


《月輪》と《水星》が撤退したことで、ウェリウスたちを集めてユゲルが言った。

 フィリーだけは、少し離れたところで干渉しないように黙っている。ユゲルもそれに対しては、特に何を言うでもなかった。


「まあ、とはいえ問題はむしろここからだ。悪い考えだが――結界を解いたところで、趨勢には何も影響しない。向こうだっていつまでもオーステリアを隔離しておけるとまでは考えていなかっただろう。こんなものは時間稼ぎで、俺たちはそれとわかっていて付き合う以外になかった。後手に回っていることは事実だ」

「だからこそ、急いで行かなければなりません」


 受けてピトスが答える。ユゲルも首肯した。

 彼らがなぜ、オーステリアという街を占拠したのか。問題はその点に終始する。


「フェオ、お前は俺と一緒に来い」

 突然に指名されて、フェオは盛大に狼狽えた。

「え――ええ? 私……ですか?」

「ほかに役に立つ奴がいないんだから仕方ないだろうが。ピトス、お前はウェリウスを見ていろ。そいつは完全に魔力切れだ」

「俺は?」

 と問うたレンに、これまたあっさりユゲルは答える。

「お前は好きにしていろ。これ以上、付き合う理由もないだろう」

「……まあ、そうさせてもらう。足手纏いだろうしな」

 頷いて答えたレンは、すでに眼帯を元に戻している。

 実際、対《月輪》戦においてウェリウスが勝てたのはレンがいたからだ。その貢献が少なくなかったことは誰もが認める点だろう。

 とはいえレンの魔眼が、そう酷使できるものでないこともわかる。でなければわざわざ封印用の眼帯などつけてはいないだろう。


 ウェリウスは消費が激しい。少なくとも丸一日程度は休まない限り魔力は戻るまい。

 ピトスは治癒魔術師としてそこについていたほうがいいだろう。街の内部の様子次第では彼女の能力が求められることになる。


「――で、どうします。どこに向かいますか?」


 訊ねたピトスに、ユゲルはあっさりと、当たり前とばかりに答えた。


「オーステリア学院に決まっているだろう」



     ※



 街に向かっていく面々を、フィリーはその場で見送った。

 彼女が街の中に入るわけにはいかない。運命への干渉は同時に、相手側からの干渉をも許すことになるのだと、彼女は誰よりよく知っていた。

 それを言うのなら、そもそも彼女はこの場に出てくるべきでさえなかったのだ。

 彼女が出てきてしまったのは、単に息子の――ウェリウスの命を救うため。それだけだ。


「……老いた、というべきなのかね。これは」


 呟くフィリー。その独り言に、答える声はない。

 本来なら、そのはずだった。


「いや。むしろ若返ったと言ってもいいんじゃないのかな」


 けれど現実。答えは背後からあった。

 フィリーは驚かない。振り向くことさえしない。

 彼女にとって向く先など大した問題ではないのだから。


「――まあ、来るとは思ってたよ」

「久し振りだね、フィリー。いつ以来だったか」

「今のお前に会ったことがあったか、それも覚えてないくらいだけどね、私は」

「酷いな。昔は仲よくしていたと思ったんだけど」

「どの口が言う」


 そこでようやく、フィリーは振り返った。

 その男の姿を正面から捉え、ゆえに彼が変わっていないのだと彼女は知る。


「正直、君が出てくるとは考えていなかったんだけれど。最後の日まで、君はずっと独りでいると思っていた」

 男が言う。その言葉をフィリーは鼻で笑った。

「ま、だろうね。アンタにはわからないだろうさ」

「酷いな」

「アンタは人の考えが読めても、感情なんて露ほどもわからない。世界を救うその前から、アンタはずっとそうだった。だから今、そんな様を晒しているんじゃないか」

「……かもしれないね」


 疲れたように溜息を漏らす男。

 それを見て、確認をするようにフィリーは問う。


「――止まる気はないんだね?」

「止める気もないんだろう」

「てっきり、これを機に殺しに来たんだと思ったけれど」

「そのつもりだったけどね――なんだろう。君の顔を見たらその気がなくなった。どうせ、意味がないことなのは変わりない。これが感情っていうやつなのかな」

「お前のそれは単なる癇癪だ」

「子ども扱いか。いつかとは立場が逆だよ、まったく」

「――世界はお前の玩具箱じゃない」

「そうだよ。これが玩具箱なら、きっともう少し楽しかったはずなのに」

「何もなくなった場所に立つことに意味があるのか」

「なくなりはしないさ」

「お前になんの権利がある」

「権利ならあるさ。そう、僕だけがそれを持っているんだよ。そうだろう、フィリー」


 なぜなら、と。

 彼は笑顔で、彼女に語った。


「僕だけがただひとり、世界を救った人間なんだ。ほら――そんな僕が世界を滅ぼしたとしても、そのいったい何が悪い?」


 かつて憧れた、救世の英雄の変貌に。

 少女は、静かに目を伏せることしかできなかった。

最近ちょくちょく活動報告を更新しております。

セブスタにも触れておりますので、是非お読みくださいませー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ