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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第五章 学院都市陥落
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5-11『修羅場』

「――あは。あはは。あははは。あはははは――!」


 哄笑が輪唱する。神経を直接引っかかれるような不快感を、聞く者に与える狂気の嗤い。

 あるいはそれ単体が、ひとつの精神干渉魔術かのようですらあった。

 聞くに堪えない《水星》の鳴き声を、けれどフェオ=リッターはことのほか冷静に聞くことができていた。


「調子、いいみたいですね。フェオさん」

「……ピトス」

 近場までやって来ていた少女が、微苦笑を交えながらそう呟いた。

 戦場の真ん中で、互いに背中を合わせて言葉を交換する。これでフェオも夢見る少女であるからして、誰かに背中を預けて駆ける戦いというものに、多少なりとも憧れを持っていたりして。

 その相手が、ピトス=ウォーターハウスというのはいささか驚きではあるけれど。

「……どうかな」と、短く答える。「数は着実に減らしてるけど、あんまり意味があるとは思えない」

 実際、《水星》――ドラルウァ=マークリウスの攻撃は積極的ではない。

 どうにでもなると考えているのか、それとも時間を稼げればそれでいいという判断か。いずれにせよ異常極まりない彼女の能力を前に、持ち堪えること自体は難しくなかったが、それ以外はほとんどできなかった。

《水星》と戦うのは、フェオにとって二回目だ。

 一回目。アスタに助けてもらわなければ、フェオはおそらく死んでいただろう。そのときから、自分はいったいどれだけ強くなることができたのか。客観的な判断がフェオには下せない。

 ただ――少なくともこの場にアスタはいない。なら、それが全てなのかもしれなかった。


「実際、純粋に驚きですよ」ピトスが言う。「いつの間にそこまで強くなったんですか? なんだかタラス迷宮のときは、割と詐欺られてたみたいな気分なんですけど」

「アレは不意討ちだったしノーカン」

「あはは。今やったら正直、勝てそうにないですねー」

「よく言うよ……」

「いや、その節はご迷惑をおかけしました」

「……お互い様でしょ」


 なんだか不思議な気分だなあ、とフェオは思う。それが、どうしてか心地いい、というところまで含めて。

 実際、フェオとピトスの関係性を、言葉に表すのはどうにも難しい。

 実質的な初対面は、タラス迷宮の内部で敵対したときだったと言えるか。ならば印象としては最低値だったという気がするし、ただ蓋を開けてみれば、結局のところ彼女は自分さえ犠牲にしてシルヴィアを助けてくれた恩人だったとも言える。

 そのあとは、どうだろう。

 オーステリアに移ってからの人間関係を、フェオは基本的にアスタを経由していた。その中で言えば、ピトスはまだしも交流が多かったほうだとも言える。ただ、果たして友人と言ってもいいものかどうか。

 別に、ピトスに含むところがあるわけではない。これは単純にフェオの側の問題だ。


 ――考えてみると、私って同年代の友人いなくない……?


 クラン《銀色鼠シルバーラット》の箱入り娘だったフェオだ。年齢の割に、その交友関係は酷く狭い。

 過去の事件を云々する以前の問題として。単純にフェオは友人というものの作り方がわからないのだった。

 その辺り、どうにかできるのがピトスという少女だったのだが、彼女は彼女でつい先頃までいろいろと抱え込むものが多かった。顔を合わせる機会があった割に、そう深いところまで立ち入らなかったのはその辺りが理由だろう。

 ただその辺りの事情を抜きにして、単純な魔術師としての相性を考えたとき、フェオとピトスのコンビはかなり噛み合せがいい。


「フェオさんと組むのは疲れますけど……でも楽でいいですね」

 ちょうど似たようなことを考えていたのか、笑いながらピトスが言う。

「何それ」

 そう答えるフェオだったが、言わんとせんことはフェオもわかった。

 前提として、フェオは《誰かと組んで戦う》ということが、はっきり言って下手くそである。

 というより慣れていないのだ。《銀色鼠シルバーラット》においてフェオに合わせられたのは姉のシルヴィアだけだったし、互いに戦闘スタイルの似通ったふたりは、合わせるまでのことがなかったとも言える。

 ほかに組んだことのある相手と言えばアスタくらいのものだが、彼の場合は逆に誰かと組むことを前提とした、本来的に援護型の魔術師だ。よって彼の側でどうとでもフェオに合わせることができた。

 ただそれは、単にアスタが上手かっただけである。もともと高速機動型――魔術による身体能力の向上で、他者を置き去りにする速度で駆け抜けるのがフェオの戦い方だ。だが速いということは、単純に合わせるのが難しいということでもあった。フェオをパーティとして機能させる場合、遊撃役が最も適していると言える。


 ――だがピトスなら。

 援護型の魔術師でありながら、同時に肉体的な速度を持つ彼女ならば、フェオに合わせることができる。

 ピトス自身が、フェオと同じく高速機動を得意とするレヴィの援護に慣れていたことも大きい。純粋な速度だけならば、フェオはレヴィすら上回るものを持つが、一定以上の速さに合わせるという点ではやることが変わらない。

 フェオが動きやすく戦えている背景には、ピトスの力添えが大きかった。


「……とはいえ」

 そんな相手と背中を合わせて戦っていることに、言い知れぬ昂揚を感じながらもフェオは呟く。

 その呟きにピトスは反応した。むしろ彼女のほうがより戦場を把握しているだろう。

「厄介、ですね。こちらから仕掛けられない、ということが何より」

「うん……こうやって休み休み、騙し騙しやってるけど、このままじゃ魔力が保たなくなる」

「頼みの綱のウェリウスくんのほうは、まだ少し時間がかかりそうですしね」

 これは時間との勝負だ。にもかかわらずふたりは、決定打になるものを持っていない。

 確かに、時間をかければユゲルが結界の解除を成功させ、オーステリアに入ることができるようになるだろう。だがそのときに中で全てが終わっていましたでは、なんの意味ももたらされない。とはいえここで全力を使い果たしてしまっては、肝心のオーステリアで戦えなくなってしまう。採れない手段であるとはいえ、その認識が、そして膠着したままの現状が心を焦らせていくのがわかる。

 それを自覚できる分だけ、冒険者として成長しているのだろうけれど。結果をもたらさない努力に意味がないことは、魔術師なら誰もが知っている。


「……フェオさん。ひとつ、提案があるんですけれど」

 ふと。ピトスがそんな風に呟いた。

 その間も、もちろんふたりは集中を切らさない。けたけたと笑う《水星》たちは、積極的には襲ってこないが、その攻撃は充分に人を死に至らしめるに足る。余裕を持つのはいいが、油断などできようはずもなかった。

 ただ。

 そのことが、むしろピトスにある気づきを与えたのだ。

「……何?」

 問い返したフェオに、ピトスはどこか愉快そうな響きの声で答えた。

「いえ。ちょっと賭けに出てみませんか、って。そういうご提案なんですけど」

「それ本気で言ってる?」

 前を見たまま、フェオは露骨に表情を顰めて答える。

 このまま時間を稼げば、賭けではあるが、ウェリウスが勝負を決めにかかる。それがわかっていて、ここで自分たちが役目を放棄するなど馬鹿の所業だ。

 顔は見えずとも、その意識はピトスに伝わっただろう。ピトス自身も苦笑しつつ答えた。

「ええ、まあ。馬鹿なこと言ってるかな、とは自分でも思うんですけど。でも最近、ちょっと馬鹿になってきたものでして」

「何それ、無茶苦茶だよ」

「無茶は今も同じでしょうに」ふう、とピトスが息をつく音がした。「――でも、ムカつきません?」

「は……はあ?」

「約束したじゃないですか。オーステリアのことは、わたしたちに任せてくださいって。アスタくんに。それなのにウェリウスくんに全部任せて、わたしたちがやることは時間稼ぎなんて……ちょっと、情けない気がするんです」

「それは――」フェオは一瞬だけ振りむきかけて、だがすぐに堪えて溜息をつく。「そうかもしれないけど。でも、だからって与えられた役目を投げ出すのは違う……はず」

 その言葉にはピトスも頷きを返す。

「もちろん、なんの勝算もなく言ってるわけじゃありません。おかしいと思いませんか?」

「……どういう意味?」

「この現状それ自体がです。相手は魔人ですよ? ――私たちに時間を稼がせている、ということ自体がおかしいと思うんです――っと!」


 踊りかかって来た数体の《水星》に反応し、ピトスが前に飛び出した。

 休憩の時間は終わりらしい。そちらを横目に見るに留め、フェオも戦闘を再開する。


「ねえ、フェオさん!」

 戦いながらも叫びで、ピトスがフェオに問いかける。

「何!?」

「――アスタくんのこと好きですよね?」

「ふぁびゃあっ!?」

 瞬間。これ以上ないというほどの狼狽をフェオが見せた。

「ちょっ!? 何を戦場の真ん中で気を抜いてますか!?」

「へ、へ――変なこと言うから! もう! 馬鹿じゃないの!?」

「狼狽えるほうがおかしいっつーんですよ! なんですか、そういう初心なところでアスタくんのポイント稼ごうって腹ですか! あざとい吸血鬼だなあ、あぁ!?」

「何言ってんの!?」

「クッソ、でもあの男、意外とそういうの好きそうだよなあ! おっぱいは勝ってるんだけどなあ!!」

「ホントに何言ってんの、ねえ!?」

 剣を振るいながらフェオは叫ぶ。わからない。なんでこんな話になったんだっけ。

「――ええ、まあ、それは別にいいんですよ!」

「てか、どうしていきなりそんなこと訊いたわけ!? も、もしかして」反撃の糸口を探してフェオは言う。「ピ、ピトス、アスタのこと好きなんじゃないのっ?」

「超愛してますけど何かっ!」

「な、あ――な!?」

 土台、役者が違いすぎた。この手のことでフェオはピトスに敵わない。逆に一撃を食らわされてしまう。

「明かせないならその程度って話ですよ! そんな奴は敵ですらありませんね! おら、もう一回聞くから答えるんだよ! 言ってみろ! 好きなら好きって言っちゃえよ、ほらあっ!」


 仮にも命懸けの戦闘中に、こいつらはなんの話をしているのか。

 見ている人間がいれば間違いなくそう突っ込んだだろうが、残念なことにそんな者は《水星》くらいしかおらず、そして彼女は別に突っ込まなかった。


「す――す、え、あと……す、好き……です、けど何か悪い駄目!?」

 羞恥を刺激されながら、それでもなんとか答えを返すフェオ。途中でついに逆切れが入った。

 だがピトスも割とアレである。自分から聞いておいて、返す言葉がこれだった。

「けっ」

「訊いといて舌打ち――!?」

「のろけとか。状況考えろってんですよ。あーあーあー。こういうのが男は好きなんですかねー。かーっ」

「状況考えろはこっちの台詞なんだけどッ!!」

「まあ、それが聞けたらとりあえずオッケーってコトで! じゃあ次ぃ!」

「もう何!?」

「――惚れた男に任された戦場なんです」

 ピトスは、確かに前を見ていた。ただ敵を、目の前の現実だけを見据えている。

 冗談で会話していたわけではないと、その瞳が語っている。彼女は覚悟を問うている。

 この《今》に、命を賭けるだけの価値を、見出しているのかと訊いている。

「カッコつけなきゃ、女が廃ると思いません?」

「そんなこと……」だから、フェオは。「わかってるっての! わたしだってやれるもんならやるよ! 任されるって決めたんだからっ!!」

「ならやったりゃーいいんですよ!」

「考えがあるんだよね!?」

 ならば乗れる。フェオは剣を走らせながら訊ねた。

 人類離れした動きで腕を物理的に伸長させ、首を狙ってくる《水星》。その一撃を軽く躱し、身を捻った動きのまま腕を切断した。どころか剣を持つのとは逆の手で《水星》の腕を取ると、

「――だぁもう、邪魔っ!」

 フェオは腕力だけで水星を引っ張り、近寄ってきたその首を斬り落とした。

「さすがっ!」

 そう叫ぶピトスもまた、一体の《水星》の首を腕力で捩じり落とす。

「そっちもね! ……なんか怖いけど」

「返り血も浴びてないのに真っ赤なひとに言われたくないですー!」

「うっさい、仕方ないでしょ! で!? 結局、何が言いたかったわけ!?」

 フェオはピトスのほうを振り向いて大声で訊ねた。

 その背後から、一体の《水星》が片手を巨大な槌に変身(丶丶)させて殴りかかってくる。フェオは振り向くことをせず、その鉄槌はフェオの頭頂部目がけて振り落とされた。

 そして――透明な魔力障壁によって防がれる。ピトスによる援護魔術だった。

 それがわかっていたフェオは、手で障壁に軽く触れる。そこから障壁を通じて《水星》へと、自らの属性である《雷》を流し込む。強烈な電流に晒された人体は、全身が焦げついて息を絶やした。

「うわグロっ」

「アンタ喧嘩売ってんの!? さっきから! なんなの、あーっ、もうもうもうっ!」

「いえいえ、この程度」余裕の笑みのピトスは、そしてこんな言葉を続けた。「うん。でもやっぱり――おかしい」

「何が」

「――《水星》さんとやら、ちょっと弱すぎません(丶丶丶丶丶丶)?」


 この女は何を言っているんだろう――フェオは一瞬、本気でそう考えてしまう。


「ど、どう考えてもバケモノだと思うけど……」

「確かに能力的には、かなり人間やめてますけどね。でもその先入観を取り払って考えるなら、やっぱり《魔人》を相手に、わたしたちふたりで拮抗できるっておかしいと思うんですよ。いくらなんでも、わたしたちはそこまで強くない」

「……癪だけど、言いたいことはわかる」

 ピトスとフェオは強い。特にフェオはこの短期間で驚異的なまでに実力を伸ばしている。

 ただ少なくともピトス自身は、このところそこまで急激に強くなったりはしていない。まあ心境の変化がなんらかの影響をもたらしたとは言えるだろうし、魔術において精神論が意外と馬鹿にならないこともわかっている。けれどそれは、それだけだ。オーステリアの迷宮に潜った頃と、大した違いがあるわけではない。

 魔術師として、冒険者としては、かなり強い側の人間ではあるだろう。

 だが決して最強ではない。伝説の旅団に比肩するような能力なんて獲得した覚えはないし、ましてそれさえ上回ると言われる魔神を相手に、食い下がっている時点で奇跡みたいなものだ。

「何か理由があるっていうの!?」

 だから、フェオは訊ねた。それが相手の時間稼ぎ以外によってもたらされたものならば。

 ピトスは答える。

「倒さないのではないなら答えはひとつ。倒せない(丶丶丶丶)。わたしたちが《水星》に決定打を持たないように、《水星》の側もわたしたちに決定打を持っていない。――違いますか?」


 その問いを、ピトスはフェオに向けたわけではない。彼女は直接、《水星》に訊ねたのだ。

 それは一定の効果を生んだ。群体の動きが、そこで明らかに停止したからだ。


「――面白いことを言うね。根拠はあるのかい?」

 そのうちの一体が、そんな口調でピトスに答えた。

 フェオは思う。どこかで聞いたことのある口調――これはおそらく、オーステリアでアスタが《水星》の主人格を殺したとき、そのあとに出てきた人格と同じだ。

 今、《水星》全体を仕切っているであろう二番目の主人格。そいつがわざわざ口を開いた。

 それを知らないピトスも、《答えた》という事実に一定の価値を見出したのだろう。口の端を歪めて言う。

「――フェオさん。王都にいたとき、一度でも《水星》を見ましたか?」

「え……?」問われ、一瞬だけ考えてフェオは答える。「見てない。少なくとも私は一回も」

「わたしも見ていません――ええ、これ、どう考えてもおかしいですよね? あなたたちは魔人になるため(丶丶丶丶丶丶丶)に王都に行ったはずなのに、なぜそこにあなたがいない(丶丶丶丶丶丶丶)んですか?」

「――まさか……っ!」

 浮かび出たその発想に、フェオは思わず戦慄する。その推測の中身以上に、そんなことを思い浮かべることができたピトスの発想にだ。

「ええ。根拠はありません。意味もわかりません。ですが――あなた、もしかして、魔人じゃない《丶丶丶丶丶丶》んじゃないですか?」

 だってそうだろう。七曜教団の幹部は皆、魔人へと至ることを目的として王都の占拠にまで出たのだ。その中心人物たる幹部の中に――どうして魔人にならなかった者がいる(丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶)などと考えられる。

 あっているかどうかなんてわからない。むしろ間違っている可能性のほうが高いと思える。

 だが。その自信満々な口調が、根拠のないことに賭ける姿が。なぜだろう、誰かに似ている(丶丶丶丶丶丶丶)ような気がして――だから、当たっているような気になる。


「答える意味を感じないね」

 と、《水星》は答えた。確かにその通りだ。

 その通りににもかかわらず、だが《水星》は続ける。

だから答えよう(丶丶丶丶丶丶丶)。――その通りだよ。星を冠する教団の幹部の中で、ただひとり、私だけが魔人になっていない」

「いいんですか。そんなことを言ってしまって」

「――と。そう言った私の言葉を、信じるか信じないかは君たち次第だからね? どうするか見せてほしいな」

 それもまた、その通りではあった。

 本当に《水星》が王都にいなかったかどうかなど、調べるすべはフェオたちにない。

 ――なるほど。確かに。

 フェオは気がついた。よくわかった。


 それがどうしたという話だ。


「――やろう、ピトス」

「フェオさん?」

「こっちの作戦も上手くいくかわからない……いや、たぶんまだ私たち乗せられてる。私たちがリスクを背負うワケないって思われてるんだ。なら、まずそこから破らないと」

 抵抗がないと言えば嘘になる。そうやって、フェオは自分の力を過信して、結果アスタに助けられることになったのだから。それを乗り越えてここまで来たのだ。

 だが今、その無茶に、再び身を投げることを選んでいる。こんなものは馬鹿の選択だ。それくらい痛いほど理解している。

 ――それでも、選ぶと決めたのだ。

 その選択に嘘はつけない。今までの自分と決別するというのは、失敗を恐れて縮こまることとは意味が違う。これは単なる無謀ではない。きちんと考えて、そうして出した答えなのだから。

 その解答を恐れることは――自分を救ってくれた全てに対する裏切りだ。

「……いいでしょう」

 隣同士に立つふたりの魔術師が、肩を並べて笑っている。

《水星》は小さく苦笑して、どこかからかうようにこんなことを言った。

「恋する乙女は強い、ってことかな? いや、さっきからもう。顔から火が出るかと思ったよ」

「――は。初心な乙女みたいなこと言ってんじゃねーですよ。フェオさんですか」

「ちょっと。なんで私を引き合いに出すの」

 ピトスの言葉にむくれるフェオ。だがピトスはただ笑って答える。

「いいじゃないですか別に。――友達なんですから」

「……え。そうなの?」

「あの、そんな素のリアクション返されるとわたしも普通に落ち込むんですけど」

「あ、いや……そういうのあんまり経験なくて」

「うっわ、あざとっ」

「ねえやっぱ喧嘩売ってるよね、ねえ?」

「――余裕だねえ」

 やれやれと呆れたように《水星》は首を振る。

 もちろん彼女も、目の前のふたりが微塵も油断していないことはわかっている。むしろこれまで無駄に入っていた力が抜けて、より強力な敵となったことを自覚していた。

 ここからは――本気で、ふたりがこちらをりにくる。

 そうさせないように立ち回っていたはずなのに。確かにふたりを舐めてしまっていたのか。それとも、そこまでの影響力をふたりにもたらした、ある男のせいなのか。


 そう。《水星》は、本当に魔人化していない(丶丶丶丶丶丶丶丶)

 ただの魔術師のままだった。

 ゆえに、今のピトスとフェオを、揃って相手にするのはいささか骨だ。


「――とはいえ仕方ない。こうなったら、敵として相手をさせてもらおう」

 その瞬間、《群体》であったはずの水星が消えていく。

 まるで魔物が死ぬときのように。魔力へと還元されていった肉体が、ひとつの《水星》に集まっていく。

 それを見ているふたりは、だが狼狽えるようなことはなかった。


 覚悟は決めた。

 命は預けた。

 その決意は揺らがない。

 もう、助けられるだけの自分ではないのだから。


「ピトス=ウォーターハウス」

「フェオ=リッター」

 その名を名乗る。それを覚えろ、忘れるな。

 それがお前の敵の名前だと、改めてそう告げるように。

 だから《水星》も、その言葉には応えてみせる。

 それをしないのは逃げだろう。そんな魔術師では、今のふたりを倒せまい。

「七曜教団幹部、《水星》――ドラルウァ=マークリウスだ。この修羅場、超えられるものなら超えるといい。私がその前に立ち塞がろう」

「もちろん。そうさせてもらうつもりだよ」

 フェオは頷いた。ピトスもまた、笑みでもって告げる。

「ええ。――覚悟を決めた女の子は、修羅場には強いものですよ?」

「修羅場ってそういう修羅場かよー(棒)」

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