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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第五章 学院都市陥落
201/308

5-04『襲撃初日/街の状況』

 ――時を少しばかり遡り。

 まだオーステリアの街が占拠された直後の話。


 有り体に言って、そこは地獄だった。

 少なくとも彼女――ミュリエル=タウンゼントはそう思った。オーステリア学生会の会長を務める彼女には、目の前に広がる様子を現実のものとして受け入れることができないでいる。それでも彼女が現実を受け入れ、早い段階から対処に奔走できたのは、彼女が学生会会長だったから。

 決して逆ではない。

 能力があるから会長なのだと、彼女は誇ることができなかった。会長の立場にあったからこそ、この事態になんとしてでも対処しなければならないという自負が生まれたのだ。そうでなければ、きっと呑まれていた。あるいは隣に彼――ミル=ミラージオの姿がなければ、本当に恐慌状態に陥っていたかもしれない。


 街には今、大量の魔物が流出している。


 どこからともなく現れた。その時点でおかしかった。

 迷宮の魔物が、瘴気のない外に現れることはまずあり得ない。身体を構成する魔力を維持できなくなってしまうからだ。ごくごく稀に迷宮以外――たとえば魔力の濃い場所など――に魔物が発生することがあり得ないとは言わないものの、それが街ひとつ埋め尽くすほどの規模を持つなど考えられないことだ。

 でなければ、迷宮の上に街など作れるはずがない。


 初期段階での被害が抑えられたのは、現れた魔物が瘴気を纏っていなかった点がひとつ挙げられる。

 もし耐性のない人間ならば、その瘴気を目の当たりにした時点で気を失うか、最悪は命を落としていただろう。だがそれは同時に、魔物が瘴気切れで消滅する可能性がないということでもあったし、何より魔物たちは魔力を求めて人を襲う。そうでなくても襲うのだが、そこに《食欲》という要素が加わったことで彼らは凶暴化していた。

 だから、必ずしも幸運ばかりではなかったということだ。

 けれどこの街は冒険者の街。そして魔術師の街だ。多くの人間に、魔物と戦えるだけの能力が備わっていたことは大きい。そして何より、学院と管理局が共同で陣頭指揮を執ったことが、被害を抑えられた最たる要因だろう。


 そんなことは、慰めにさえならなかったけれど。


 少なくない数の犠牲者が出た。その数を、明確に記録できたわけではないけれど、おそらく三桁に届こうかという規模だ。戦えない市民は元より、戦う力を持つ学生や冒険者の中からむしろ被害者が出たのだから。

 それくらいの強さを持つ魔物が数多くいた。

 今、街には四か所の避難所がある。オーステリア学院、迷宮管理局、街の貴族が持つ会館、そしてその貴族家系のひとつが提供した使われていない巨大な倉庫――この四つだ。皆がこの場所に立て籠もった。

 学生は半数以上が学院の中にいる。ミュリエルやミルもそうだ。

 学生の中でも特に優秀な成績を持つ学生会員は、この街にとって遊ばせておけない貴重な戦力だ。もっとも、彼らは招集をかけられたわけではなく、自ら進んで集まったのだが。

 彼らは学生だ。街を守る義務を持つわけではない。

 だが。そんなことは関係ない。少なくとも、それをする権利と実力は持っているはずだ。ならば行使しない理由など、彼らは持っていなかった。

 でなければ――なんのためにオーステリア学院に入学したのか。

 なんのために魔術を修めているのか。それがわからなくなってしまう。


「……おおむねの避難は完了したようです」

 ミルが言う。副会長であり、ミュリエルにとって右腕ともいえる彼の言葉だが、その表情は硬い。

 当たり前ではあった。こんな事態は想定さえされていないのだから。

「計四か所。今、この街に存在する安全地帯はそれだけです。それぞれが結界で封鎖されましたから、しばらくの間は大丈夫でしょう――内部にいる限りにおいて、ではありますが」

「敬語はいい」ミルの言葉に、ミュリエルは首を振る。「正直、滅入ってる。ミルにそんな風に話されたら、それだけで気が狂いそうだ」

「……大丈夫かよ?」

「大丈夫」ミュリエルは断言する。「と、言い切るしかないだろうね。――それで? 結界はどのくらい持ちそうなんだ?」

「すぐに破壊される、ということはないだろう。食料の備蓄もある。魔物たちは統制されているわけじゃないな――ただ放たれただけだ」

「なんのために?」

「……知るわけないだろう」

 ミルは首を振った。

 これが、何者かによる襲撃であるということは明白だ。そうでなければ魔物が現れるはずがない。

 だが何を目的にしているのかは不明だった。犯行声明があるでもなし、そもそも下手人らしき誰かが現れるということさえない。本当に虐殺を目的としているにしては、だが片手落ちですらあった。


「……学院長は?」

 ミュリエルが問う。襲撃後しばらく、彼女は前線に立って街の魔物を駆逐していた。

 だが学生会と合流したあとは、むしろ学生たちの指揮を執る側に回すほうが効率的と(主にミルに)判断されたのだろう、半ば強制的に前線から下げられ、今は学院の中で事態の対処に当たっていた。

 ミルの報告は、ようやく少しは落ち着けるくらいになったという意味合いだ。

「学院長室にいるよ。――結界の維持に努めてる」

「そうか。さすがはガードナー、と言うべきなのかな……いや、私如きが言っていいことじゃないか」


 ガードナー。

 この街においてある種の《特権》と言っていい立場を築く奇妙な家系。

 その今代当主である学院長――ティアナ=ガードナーが、この事態にいち早く対処し、方々に報せを放つ傍らで、街の主要ヶ所四つにこの場所から(丶丶丶丶丶丶)結界を張ったのだ。

 ――街の中でなら、これくらいの無茶はできますよ。

 学院長は涼しい顔で言ったが、いくらなんでも結界の保持で手いっぱいだろう。さすがにこの上、戦力として期待するのは難しい。彼女には結界を維持し続けてもらう必要があった。


 管理局が主導で行った避難誘導と魔物の掃討は、一定の成果を挙げている。

 だが魔物の数は減る傾向すら見えない。どころか増え続けている様子ですらあった。


「――これからどうする?」

 ミルに問われ、ミュリエルは考え込む素振りを見せる。

 だが答えなど決まっているようなものだ。

「管理局と協働で、魔物の討伐に励むしかないだろう。このまま引き籠もってはいられないわけだからね」

「外からの助けは期待できないし、な」

 言ってミルは窓から外を見た。眺めるのは下ではなく上――空の様子だ。

 街は今、結界によって完全に覆われている。まるで時間が夜で固定された(丶丶丶丶丶丶丶)ように真っ暗な星空が広がるばかりで、何よりそれ以上の問題として外部に連絡が取れなくなっている。

 夜天結界。

 その名を知る者はこの街にいなかったが、けれど少なくともミュリエルとミルには共通して、犯人の心当たりがある。


 ――七曜教団。

 かつて、魔競祭に湧くオーステリアを襲撃した謎の集団。

 そして何より――仲間であった庶務クロノスが所属しているという、犯罪者の集まり。

 あの事件のことを忘れることなどできない。


「――失礼します。入りますよ、会長?」

 ノックがあり、直後に部屋の中へふたりの人間が入ってきた。

 ここは校舎の中にある学生会室だ。そこに入ってくる人間など限られている。

「お疲れ。ひと段落ついたようで何よりだ」

「……ええ。そんなこと、言っていられる状況でもないんですけど」

 疲れた笑みを見せるのは学生会書記――スクル=アンデックスである。

 ミルと共同で、主に学生たちの招集と魔物の討伐に当たっていた。彼女も戻ってきたようだ。

「世話をかけたね」

「いえ、このくらいは。それに、シュエットが助けてくれましたから」

「……ま、こういうときくらいはね。わたしの魔術が向いてる案件だったってだけだよ」

 その後ろから、会計職のシュエット=ページも姿を見せた。

 魔競祭においてはトーナメント戦の実況を務めた彼女。その魔術もまた声に関連するもので、彼女は魔術によって覚醒した声を街中に響き渡らせることで、避難誘導の功労者として働いていたのだ。

 スクルが探査魔術で街中の人間の居場所を調べ、ミルの援護でそれぞれに別の声をシュエットが届ける。いちばん近い避難場所へと市民を誘導し、時にはパニックになる人間を遠隔で宥めるなど、その力は大きかった。管理局や街の評議会、貴族階への連絡も主にシュエットが担当している。

 この三人がいなければ、被害が倍で収まったかも怪しい。

 それでも、四人の顔が晴れることはなかったが。


「……手詰まりだな」

 ミルが言った。それを言うのが、自分の役割であるとでもいうかのように。

「このまま街の魔物を倒し続けてもたぶん意味がない。奴らほとんど無限に湧いてるようなもんだ、俺たちのほうが先に息切れしちまう」

「元を断つしかない、ってわけですね……」

「その《元》とやらがわかってればな」

 どこか皮肉ですらある言い回しで、スクルの言葉に返すミル。

 だがそれは事実だ。場当たり的に魔物を倒しても、その程度で事態は収束しないだろう。もちろん放置もできないが、早晩それは管理局が手をつけるだろうことだ。少なくとも学生の仕事ではない。

「どうする? 街にも逃げ遅れた人がいないとは限らないし……学院関係で行方不明なのは何人くらい?」

 シュエットが言った。スクルの魔術も、さすがに街ひとつにいる人間を完全に精査できるほどの精密性はない。特に魔力を持たない人間となると制度は格段に落ちるだろう。その逃げ遅れた人間が、今もなお生きているかどうかは怪しいところだが、確認しないまま放置できる話かと言われれば違う。

 そんな問いに、これはミュリエルが答える。

「学生にはほとんど犠牲者が出ていない。確認されているのは四名ほどだ。負傷者は多いが、不幸中の幸いと言っていいだろう」

 これもあえてミュリエルは断言する。逆を言えば、学生から四人の被害者が出ているという意味でもあるのだが、それを言葉に変える必要はないだろう。周りの三人も、ミュリエルの意図は汲み取れる仲だ。

「学生は五割以上が学院にいる。残りもほかの三か所から連絡を貰って、大半が生存を確認済みだ。名簿がある分だけ、一般の市民よりは確認が楽だったよ。――行方不明なのは九人だな」

 どこかで生き延びているのか、あるいは避難所にいるけれど確認できなかったか、もしくは。

「学生としては、まずその九人の安否確認が先って感じか? 正直、そんなことしてていいのかって感じはするが」

「ひとまずの方針としてはいいだろう」ミルの問いに、ミュリエルが答える。「懸念もあるしな」

「懸念?」

「ああ。行方不明者の中に――レヴィ=ガードナーがいる」


 そのひと言に、三人は瞬間、押し黙る。

 彼女の実力のほどは、魔競祭で充分に見せてもらっていた。間違いなく、この場の四人より実力のある魔術師だと断言できるだろう。もちろん、どんな強者でも不意を打たれれば死ぬときは死ぬわけだが、果たして。


「……あの学年のバケモノどもは今、街にはいないんだったな」

「ウェリウス=ギルヴァージル、ピトス=ウォーターハウス、シャルロット=セイエル、そしてアスタ=セイエルの四人は街を発っている」

「先生たちはどうなんだよ」

「――これも悪い報告になるんだが」ミュリエルは言う。「セルエ先生の姿も見受けられない」

 ミルの表情が明確に濁りを帯びた。

「嘘だろ……この街じゃ次元レベルで実力が違う魔術師だぞ、あの人は!」

「でも、この状況でセルエ先生が動いてないなんてあり得ないよね……」

 スクルが言う。その実力の一端は魔競祭の決勝で垣間見ていたし、学生会ではのちほど話題になったのだ。

 ちょっとなんかレベル違う魔術師多くない? と。

 そのとき学院長から、セルエ=マテノの正体を明かしてもらっている。口止めはされていたが、学生会の中では、セルエが元《七星旅団セブンスターズ》のひとり、《日向の狼藉者》その人であることは周知だった。

 まあ、メロ=メテオヴェルヌの来襲で、その辺りは割と秘密でもなくなった感はあったが。


 いずれにせよ、街で望み得るほぼ最強の戦力が行方不明という事態は看過できない。

 それは裏を返せば、レヴィやセルエを打倒し得る存在が、この街にいるということを指し示しているのだから。


「思っていた以上にヤバい事態だな……いや、わかりきってたことだが」

 どうする? と、ミルは尋ねかける。

 その瞬間であった。

 全員が一斉に、弾かれたように顔を上げたのは。

「――!?」

 ぞっとするような魔力の気配。それを感じて四人は外を見る。

 何者かが、学院の結界の中に入ってきたのだ。

 四人は窓から外を見た。そこにいたのは、ひとりの少女を背負った、ひとりの男の姿。

 魔術師然とした外套ローブを着込んでいる。敵だろうか、と身構えそうになったところで、

「――アイツ……!?」

 ミルが言う。シュエットが首を傾げた。

「知ってるの、ミル?」

「お前らも知ってるよ――シグウェル=エレクだ。背中に担いでるのは、だからメロ=メテオヴェルヌだろう」

「敵じゃない……ってことだよね? よかったぁ……」

「なんにせよ、話を聞きに行く必要があるな」

 ミュリエルが言う。三人は頷き、後に続いて校庭のほうに向かった。


 この状況で、彼らふたりを戦力として確保できる幸運は無視できないものだ。

 あるいは何か、こちらが掴んでいない情報を知っている可能性もある。希望のほうから歩いて来たようなものだと言っていいだろう。

 だから気づかなかった。

 そもそも、どうしてメロがシグに担がれているのかということを。

 四人は考えもしなかったのだ。


「――あの!」

 遅い速度で歩いてくるシグにミュリエルは声をかける。

 シグは顔を上げ、駆け寄ってきた四人を見た。それから言う。

「ここの学生だな」

「は――はい。会長のミュリエル=タウンゼントです。シグウェル=エレクさんですね?」

「ああ。悪いがコイツを頼む」

 と、シグはミュリエルが何かを言う前に、片手で肩に担いでいた少女を渡そうとしてきた。

 その動きが妙にぎこちない。首を傾げつつ、だが素直にミュリエルは頷いた。

 担がれている少女――メロ=メテオヴェルヌは微動だにしていない。誰が見ても気絶していることがわかる。

 それはそれで、この時点で、すでに異常な事態だった。

「いったい……何が」

「心配するな」シグは言う。「メロに怪我はない。俺が無理やり気絶させただけだ」

「は――はあ……」

 それはそれでおかしいと思うミュリエルだが、相手は《魔弾の海》。何かを言えるということもなく。

 小柄なメロは、女子としては長身のミュリエルなら担げない体格ではない。とりあえず背負っていると、背後からミルが口を開いた。

「シグさん。今の街の様子、どこまで掴んでますか?」

「お前は――」ちら、ミルを一瞥してから、シグは答える。「だいたいは把握している。七曜教団の仕業だ――セルエか学院長がいるなら伝えてくれ。それ以外の人間には手を出さないようにとも。相手は魔人だ」

「魔人……ですか?」

「ああ。要は普通の人間じゃ勝てない異常な魔術師だということだ。たぶん見ればわかる――相手の目的は虐殺というわけじゃないだろうから見かけても手は出さないでおけ。メロのことは任せる」

「あなたは……これから?」

「戦いに行くが」シグは淡々と告げた。「帰ってくるとは限らん。そのときはアスタやユゲルを頼ってくれ。こちらに向かっているはずだ」

「あの……?」

 シグの様子には、どうにも違和感があった。

 どこか急いでいるような、それでいて体調が悪いような。そんな奇妙な感覚だ。心なし顔色も蒼白に見える。

 あの《魔弾の海》が、帰ってくるとは限らん、などと言うのだ。それほどの相手なのだとすれば確かに、ほかのどんな魔術師でも勝ち目ないだろうが。

 ミルは言う。


「何か、あったんですか……?」

「……ああ」

 シグは答えた。

 それから彼は身体を覆っていたローブを軽くずらし、その中を見せた。

 全員が――一斉に絶句する。

「実はな」

 一方のシグは、思うところなどないとばかりに淡々とした風情で。

 ただの事実を口にした。


「――もうすでに、一度戦って負けている」


 そのとき四人が見たシグウェル=エレク――人類最強の冒険者には。

 左腕の、肩から先が存在していなかった(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)

 前回の更新にて連載200話を突破しておりました。

 誠にありがとうございます。


 感謝の意味も込めまして、活動報告にて書籍版三巻の発売日や新規のキャラデザなぞ公開しております。

 ぜひともご一読していってくださると嬉しいです。

 これからもよろしくお願いします。

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