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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第五章 学院都市陥落
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5-00『学院禁書庫に封じられた書物の一節』

 ――それ(丶丶)を的確に表現する言葉を当時、人々は持っていなかった。

 だから、それが正しいのかどうか、実のところはわからない。それに名前はなかったが、かといって呼び名をつけないわけにもいかなかったのだから、仕方なく、それらしい命名を行っただけだ。


 すなわち――魔王。


 そう。魔の王だ。それ以外に表現の余地がなかった。

 というよりは知識がなかったのだろう。かの王について、わかっていることのほうが今となっては少ない。

 彼は王だった。あるいは彼女は王だった。

 あらゆる魔術を使いこなし、全ての魔物を支配下に置いて、人類を滅ぼそうと活動した。


 実際、人類は滅亡の寸前にまで追い込まれた。およそ記録らしい記録が残っていないのはそのせいだ。

 魔王が魔物だったのか。それさえ今や定かではない。あるいは当時も最後までわからなかった。

 少なくとも外見上、輪郭カタチとしてはヒトガタだったという。常に古びた外套ローブに身を包んでいたため、また言葉さえほとんど聞いた者がないことから、性別も種族もまるでわかっていない。


 一説には、人間の魔術師だったと言われることもある。

 あるいは伝承に遺された鬼の末裔であり、魔物と人間との中間だったと言う者もある。ヒトガタに変化を可能とする神獣、魔獣の一種だったと言う者もいた。ただそういうカタチをとっただけの一種の魔術現象、概念的な存在だと見る向きもあれば、それこそ世界を滅ぼす使命を帯びた悪魔そのものだったとも言われていた。

 そして、そのどれもが仮説の域を出ていない。


 天災だった。局地的な規模ではなく、種をひとつ絶滅させるに足る強大な災害。

 それが理性でもってヒトを襲おうというのだから、所詮は弱者たる人類に抗うすべのあろうはずもなく。

 魔王の軍勢は容赦なく、人類種を駆逐するためだけに活動した。それこそ理性なき魔物の如く。


 そこで、だから世界は滅亡するはずだったのだ。人類史はその積み重ねの最期を迎え、終わりを刻むはずだった。

 魔王を滅ぼす存在さえ、この世界に現れることがなければ。


 繰り返そう。

 ――それ(丶丶)を的確に表現する言葉を当時、人々は持っていなかった。

 だから、それが正しいのかどうか、実のところはわからない。それに名前はなかったが、かといって呼び名をつけないわけにもいかなかったのだから、仕方なく、それらしい命名を行っただけだ。


 すなわち――勇者と。


 彼の記録もまた、後世にはほとんど遺されていない。

 だが、それでも魔王よりは詳細な記録が、勇者の側には残されている。

 彼は人間で、そして魔術師だった。取り立てて目を引く才能のない、当時としてはごく平凡な才覚しか所持していない、単なる一般人だった。


 だが、彼はあるときから瞬く間にその能力を開花させると、そのなんでもない(丶丶丶丶丶丶)能力のままで魔王に立ち向かい、これを滅ぼしたのだ。

 人間が――人類種ヒューマンが、森精種エルフが、地精種ドワーフが、獣人種ワービーストが。その他のあらゆる種族たちが。

 その尺図を地上に取り戻し、再び世界の覇者として返り咲いたのである。


 詳細は不明だ。魔王と呼ばれた存在と、勇者と呼ばれた存在との戦いの記録は、暗黒のうちに歴史の闇へと葬られ消えた。

 人類はその歴史を抹消した。その壮絶な戦いを、なかったこと(丶丶丶丶丶丶)に変えたのだ。

 過程は歴史の山に埋もれ、遺されたのはただ結果のみ。

 勇者もまた、世界を救ったことで用済みとされてしまったのだろう。役目を終えた英雄は、平和な世の中で決して望まれない。偉業の果てに名前さえ失った彼は、人知れずどこかで命を落とし――そして転生した。

 今もなお、歴史の陰からひっそりと、人類を守護しているという。


 だから我々は、その功績に最大限の敬意と畏怖を込めて、彼のことをこう呼ぶのだ。

 一番目の超越者。

 世界を救った――《運命の魔法使い》と。


 ――私は(丶丶)

 ここでひとつの仮説を提唱したいと思う。


 魔王と英雄は、実のところ同一の存在(丶丶丶丶丶)だったという説だ。


 両者が敵対していたことは変わりない。

 だが彼らには、わかっているだけでもひとつ、着目に値する明白な共通点がひとつあった。

 すなわち、魔の王があらゆる魔術を扱うことができたことと。

 すなわち、勇の者があらゆる魔術を扱うことができたことだ。


 本来、それは魔術師にとっての到達点とされている。

 魔術をひとつ修得するということは、言い換えるなら不可能をひとつなくすということなのだから。

 全能に、一歩近づくということなのだから。

 ゆえに魔術師は、あらゆる魔術を習得することで全てを可能の枠内に当て嵌め、全能に至ることを目標とする。それが不可能と理解していながら、神への階を昇る背教者レネゲイド


 けれど。

 やはりそれは不可能なのだ。

 そんな権能が、人類に与えられているはずがない。

 与えられていいはずがなかった。


 にもかかわらずそれを可能とする者がいるのなら――その才能を持つということを、世界から認められているというのなら――それは本来、同一の理由があるからではないだろうか。

 なんらかの理由があったからこそ、世界はふたりの超越者をもたらした。

 その目的は、きっと本来なら同じはずだ。敵対することを目的に創り出されたとは考えにくい。神が一柱しか存在しないという前提に基づけば、だが。

 しかし。現実として一方は魔王になり、一方は勇者になった。両者は明確に敵対した。


 ここで着目したいのは、魔王と勇者の発生(丶丶)時間的間隔タイムラグが存在することだ。

 魔王が世界を滅ぼす寸前になって、勇者はようやく現れた。それが意味するところを、厳密に判読することはできない。ゆえにここから先も、私は推測によってのみ物語ることを前置いておこう。

 たとえば善神と悪神、二柱の神が代理を立てて戦ったのかもしれない。

 たとえば本来なら魔王に任じた役割を、彼が裏切ったために勇者を生み出さねばならなかったのかもしれない。

 いずれにせよ、彼らのような存在が同じ時代に存在したことを、単なる偶然として片づけることなど私は潔しとはしない。

 世界はなんらかの目的がなければ、あるいは自らさえ滅ぼすような存在の登場を認めることがないだろう。


 彼らは同一の起源を持ちながら、けれど真逆の方向に歩んでいった存在だ。


 私はそう結論づける。

 無論、それがあっている保証などどこにもない。これは私が少ない資料を基に考察を重ね、推測によって導き出した単なる仮説でしかないことを、ここに繰り返し記述しておくことにする。

 場合によっては、盛大に的を外している可能性だってあるだろう。仮説を立てるならば、それは破綻なく突飛でなければならないというのが私の主張――いや主義だからだ。


 だが。あるいはだからこそ。

 私は問いかけたい。

 もしもこの仮説が一面の真実を掠めるものであるとするなら。


 では果たして、世界はなぜ二対の特異点を内包したのかということだ。

 そしてその目的は、果たして達成されたのか(丶丶丶丶丶丶丶)ということだ。


 もしもまだ果たされていない目的があるとすれば、そのとき、この世界は――。




 ――著者不詳(《T.M.》と見える掠れた奇妙な署名サインあり。解読不能)。

 蔵書名『暗黒時代の謎』序文より抜粋。

 オーステリア学院禁書庫保蔵。閲覧権限最上級限定指定封印図書。持ち出し厳禁。

 というわけで、第五章開幕です。よろしくお願いします。

 過去編の残りはいずれ短編章3にてまた。

 なお、まだご覧になっていない方は、一話戻ってみると面白いかもしれません。


 それと活動報告がございます。

 書籍版の三巻について。よろしければご一読ください。

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