XX-X『×××××××』
――世界とは、文字によって記述されたひとつの絵画である。
圧倒的な情報量を持ちながら、けれどその大半が秩序だっていながらに混沌とした、判読不明の言語によって構成されたひとつの大渦。成立する矛盾した情報書庫。理論と才覚の両方が合わさって初めて解読可能となる、巨大な運命の螺旋。まるでそれ単体が、一個の生物であるかのような。
それは魔術師にとって常識と言っていい前提だ。
理屈を学び、それを感覚によって再現し、世界というひとつの情報を改竄する技術。その行為を指して魔術と呼び、それを可能とする人間こそを魔術師と称す。
詐欺師であり改竄者。
全界記録の年代記への接続者。
そんな存在は本来、世界に存在していてはならない。
なぜなら、彼らは物語の登場人物でありながら、自らを内包する物語そのものを書き換えてしまう者なのだから。そんな行い、許されていいはずがない。
いわば不具合。
世界が滅びを迎えるに当たって、自ずから生み出した救世主。世界への干渉権限を世界そのものから与えられた、特異点と表すべき存在。
そう。魔術とはすなわち、ひとつの主人公特権だ。
魔王を打破する勇者のように。戦いを終結に導く英雄のように。
彼らは世界を救う。そのための機能を世界そのものから与えられた装置であり、歯車。
文字通りの救世主である。
彼らは世界に後押しされている。強い力を持ち、固い信念を抱き、どんな窮地にも折れることがない。
なぜなら世界の主人公だから。
その目の前には、前に歩む力を与えてくれる心強い師匠が現れることだろう。その向かう先を忘れることがないように、先を照らしてくれる先達に恵まれることだろう。ともに進み、ときには競い合うように切磋琢磨できる同輩と出会うことだろう。彼が庇護するべき、そして導くべき後進も添えられることだろう。どんな窮地にも輝きを失うことがないよう、最後に恋人でも配置されていれば完璧な布陣だと言っていい。
お膳立てられた道を歩けば、成功など初めから約束されている。
いや、それ以外は許されないと言うべきか。
救世主であることを強制された存在は、その役目を担うだけの能力は持っていても、それ以外の一切の自由を許されていない。本来そうあるべきだから。
ゆえに。
そうして世界を救ってしまえば。
――主人公など、あとの世界では用済みだ。




