EX-3『アスタとユゲルの三年目 2』
突如として現れた謎の少女……いったい何者なんだ……。
謎の少女を追って表に出た俺は、通りで仁王立つ朱髪の少女をすぐに見つけた。
彼女は何かを探しているかのように、辺りをきょろきょろと見回している。俺のことなど眼中にもないという様子だった。
……さて。
あらかじめ言い訳しておくと、何も俺は頭に血が上って彼女を追ってきたわけではない。違うから。いやいや、こんなまだ十歳とかそこらのガキ相手にムキになるほど、俺だってガキではない。いやマジで本当に。
ではなぜ追ってきたかといえば、そこに違和感があったからだ。
彼女は、背中側から壁にぶつかって、そのまま店内に飛び込んできた。言い換えればそれは自分の意思ではなく、何者かに吹き飛ばされてきたから――攻撃された結果だから、と推測できる。まさか自分からはやるまい。
ならばこの朱髪のクソガキ、もとい童女のことは措くとしても、それ以外の、あるいはそれ以上の被害が俺たちに降りかかってこないとも限らないわけだ。
それは見過ごせない。教授も、それがわかっていたから俺を送り出してくれたはずだ。彼女があちこちを見回している様子も、俺の推測を裏づけるひとつだろう。
とりあえず、俺は彼女に向かって声をかける。
「――おいそこのクソチビ」
「あ?」
おっと。いけないいけない、彼女を怒らせてどうするというのか。
俺は年上の、そう、いわばお兄さんだ。こんなことで怒るなんて大人げない。そうだろう?
「……あー、えっと……そうだ。お前、名前は?」
「なんでアンタにそんなこと言わないといけないわけ?」
「俺は名乗ったぞ」軽く肩を竦める。「お前だって魔術師だろ? 名乗られたってのに返さないの? いや、別にいいよ俺は、それでも。うん。でも、え? マジで? マジで答えないの? へー。へえーっ?」
おっと鼻から笑いが以下略。
うん。どうも俺これ冷静じゃねえな?
ちょっと自覚した。うん。でもやっぱいくら相手が子どもだろうと、いきなり顔面ぶん殴られたら俺じゃなくてもキレるでしょう。ここで俺が怒ってやること、それ自体がいわば優しさの裏返しではあるよね。
「そっかそっか。いや、いいんだ、気にしないで。そうだよね、名乗らないよね。うん。怖いもんねー、知らない相手に名前を教えちゃうとかねー。いや、これは配慮が足りなかったかなあ?」
それはそれとして盛大に煽る。
いや違う。これは計算に基づく行為なのだ。現に少女は肩を震わせ、
「――メロ=メテオヴェルヌ」
そう、肩を大きく震わせながら名乗った。
笑っているわけじゃない。これは明らかに怒っている。
「んじゃメロ。お前さ、急に店に飛び込んできたけど、あれどういうこと?」
「そんなことアンタに関係あるわけ? なんなの、何? なんで急に馴れ馴れしく声かけてくんの」
「そりゃ俺はほら、善良な王都の一市民として? 店が荒らされたとあっちゃ騎士団に通報しないといけない義務とかある」のかどうか知らんが。「しかし、メロはどうも吹き飛ばされてきたみたいだからね。そこはほら、事情を聞いてやろうっていう――」
「話長い」メロが言った。「あと喋り方キモい。顔もウザい。ていうか全般的に馴れ馴れしい。あたしがどこで何してようとアンタに関係ないでしょ。ウザい。うるさい。消えろ。もう一発殴られたいわけ?」
「――――…………」
「あたし、アンタに構ってやれるほど暇じゃないんだけど。見逃してやったんだからとっとと消えてよ。雑魚には興味ないから」
うん。
よし。
こいつ泣かそう。
「ぐだぐだうっせーなクソガキ。粋がってんじゃねーぞコラ。テメーやったことわかってんのか? あ? 器物破損だぞ犯罪だボケ。せっかくの飯時をテメーが邪魔してんだよオイ? あ? 弁償して帰れ」
「――もういい」
少女は俺から視線を切り、軽くその腕を振るった。
魔弾。
が、同時に発射される。少女は一切の容赦なく俺を攻撃してきた。馬鹿め。
んなもん通じるか。
「――《防御》――」
煙草の煙で、目の前に盾を構築する。攻撃してくるだろうことは読めていた――というより、そのために煽ったと言っていい。
盾と魔弾は互いにぶつかり合い、相殺し合って砕け散った。
俺は笑う。
「あれ? あれあれぇー? その雑魚に攻撃防がれちゃってますけどぉー?」
ムカつくだろう。なにせこの煽りはマイア直伝である。アイツは本当に人を苛立たせる天才だ。
ただ、言葉ほど俺に余裕はなかった。むしろ頬が引き攣るのを抑えるので精いっぱいだ。
なにせ、まさか盾が砕けるとは思っていなかったのだから。この少女――メロの魔力量が多いことはわかっていた。だから大目に魔力を込めたつもりだったのだが、……え? あんな適当な魔弾で砕かれるの?
――やばくね?
「……ふうん」
と、メロが小さく呟く。その双眸がすっと細くなった。
やばい。怒らせるために煽ったのに、この女、むしろ冷静になりやがった。
それは戦闘経験値が高いことの証明みたいなものだ。この歳でいったいどれほどの修羅場を抜けているのか。
「防ぐんだ、今の。へえ、ちょっと意外だったよ」
「……偉そうに言いやがる」
「強いか弱いかくらい見ればわかるからね。その差もわかんないで突っかかってくる辺り、ただの馬鹿かと思ったけど、案外冷静じゃん。見直したよ」
ごう、と風が巻き起こった。
自然のものじゃない。メロが――この小さな少女の発する魔力があまりにも膨大すぎたせいで、彼女を中心にエネルギーが弾けたのだ。
……なんなんだよ、こいつ……。
強いかどうかは見ればわかる。メロはそう言った。
それは一面において真実だ。強者のオーラを見抜くとか、筋肉の突き方から戦闘力を見抜くとか、そういうオカルトじみた理由じゃない。できるかもしれないが、少なくとも俺には難しい。
だがこの世界では、戦う人間はほぼ間違いなく魔力を纏っている。
わかるのはその異常さだ。量だけじゃない。質だけでもない。その両方が合わさってできる雰囲気で、俺たちは相手の実力を悟る。
俺は弱いからこそ、窮地を見抜くことに長けていた。幸い身の回りにバケモノが事欠かなかったこともあり、こういう怪物の気配はなんとなく察することができたのだ。
これまで気づかなかったのは、彼女の関心が俺にまったく向いていなかったから。
だが今、彼女はおそらく俺を敵として認識した。その意志のベクトルがこちらへと向いた。
――やばい。やばいやばいやばいやばいマジでやばい。
マイアやシグ、セルエやキュオネ、そしてユゲルと同じだ。
奴らだけが持つ異常な気配をこいつは持っている。奴ら以外からは感じたことのなかった威圧感。魔力の異質さ。
天才と呼ばれる魔術師だけが持つ――異常性。
「ま、ならいいか。アンタで我慢してあげる」
メロが言う。喉が渇くような感覚を俺は味わっていた。
「……なんの話だよ」
「アレに比べたら下がるけど、アンタでいいって言ってんの。どうせ大したことないだろうけど、ま、暇潰しくらいにはなってよね」
「なんだよ、お前……戦闘狂か何かかよ」
「似たようなもんじゃない? 魔術師に生まれたんだよ?」
メロが、笑った。
それを見た瞬間――ただそれだけで、俺はほとんど反射的に魔術を起動していた。
辺りがどうとか街中だとか、そんなことを考慮している余裕は一切ない。突き動かされるように俺は叫んだ。
「――《太陽》」
「喰らえ――ッ!!」
同時、メロも叫んで、なにがしかの魔術を励起する。
何をされたのか、俺には最後までわからなかった。
それより先に、俺の意識は白い光の中に呑まれ――途絶えてしまったからだ。
※
「――うぉわあっ!?」
叫びと同時に跳び起きた。何が起きたのかわからない。
気づくと、どうやら俺は先ほどの店の中にいた。まだ壁に穴が開いている。
「え、は――何が?」
呟いた俺に、答える声がひとつ届く。
「起きたか。起きたらさっさと消費してくれないか」
「教授?」別れたときと同じように、テーブルに向かって酒を飲む白衣。「え、何が起きた?」
俺の呟きには別の声が答えた。
アーサーじゃない。奴はいなかった。
「おはようアスタ久し振りだな元気だったかしかしいい店だ飯が美味い」
「……シグ、か?」
「なんだ俺のことを忘れたのかアスタ。そこまで強くは撃たなかったはずだがな」
シグウェル=エレク。
食事の約束をしていた男が、いつの間にか普通に合流していた。
「いや……相変わらず早口だな、と思っただけだよ」
答えて俺は立ち上がる。
気づいたのは、どうやら俺が気絶していて、その状態で床に投げ出されていたということだけだ。
「――つか。え? ちょっと待て。今、俺のこと『撃った』とかなんとか言った?」
「正確には『そこまで強くは撃たなかった』だな」
シグは飯を食いながら言う。
いや、そういうこと訊いてるんじゃねえから。
俺は疑念の視線をシグに向けるが、奴は堪えるどころかまず気づく様子すらなくもしゃもしゃ飯を食っている。
それから言った。
「どうした? 満腹なのか?」
俺は頭を抱える。
「……教授、説明頼む」
「ふむ」シグとは別の意味で、教授は話が非常に早い。「まずこの店は俺の金で貸し切った。壊れた内装の補填も俺がすることになっている。だからお前も遠慮なく、この店の売り上げに貢献しろ。それがいい考えだ」
見てみれば、瓦礫や木材を、小さな使い魔たちが運んでいる。
教授の魔術だろう。こうもあっさりできるような魔術ではないが、そういうことを教授に突っ込むほうが間違っているのでそこはスルー。
俺はテーブルの上の串焼き肉を引っ掴み、齧りながら頷いて続きを促す。
教授は言った。
「……お前もなんだかんだで染まってきたな」
「え、何が?」
「いやなんでも。順応性が高いのはいいことだ。話を戻そう。――シグが最近、どうも妙な子どもに付き纏われているらしくてな。まあそこで寝っ転がっている奴のことだが」
「え? ――うおっ!?」
さきほどの少女が――メロ=メテオヴェルヌとやらが。
床にひっくり返って気絶している。さすがに若干の同情が芽生えた。
「何度か襲われて、そのたびにあしらっていたそうだがな。さっきまた見つかったらしく、勢い余って店内に吹き飛ばしてしまったそうだ――そいつが」
「シグかよ!?」
「食事の邪魔をされると思うと腹立たしくてな。つい」
淡々と答えるシグだった。コイツはマジで飯を食うことしか考えてないな。
ついじゃねえよ。ついで店のほう壊してどうするんだ。
などと突っ込む気力もない。俺は諦めて、さらに続きを促した。
もうなんか読めてる気がするけど。
「その後、お前が店を出て行ってその子どもに絡んだわけだが。隙だと見做したらしくてな」
「――うん、わかった。俺ごと撃ったわけだ」
「そういうことだな」
と、ふたり揃ってそう言った。そういうことだな、じゃないんだけどなあ……。
まあ、いいか。あのまま戦うよりは、確かに俺ごと纏めて吹き飛ばしたほうが被害は少なかろう。
シグの攻撃は規模と威力が高すぎるが、狙い自体は性格だ。たぶん上から地面に向けて、メロといっしょに気絶させられたという辺りだろう。俺の防御力も成長したもんだ。はっ。
やってらんねー。
※
こともなくなってきたことは実際、成長だろう。
順応してきたというか。この程度の事件はもはや事件じゃない。俺にとって日常茶飯事になりつつある。
シグも最近は手加減が上手くなってきた(俺を実験台にした)からか、怪我どころか体の痛みすらほとんどない。武術の達人が華麗に気絶させるような、絶妙な力加減で俺とメロをのしたわけだ。
というわけで、当初の予定通り野郎三人で食事を開始した(足下に気絶した童女ひとり)。
壁には穴が開いており、店内は荒れまくっているが、店主のオッサンはどうも教授の知り合いらしく、なんだかんだで許してくれた(シグが遠因という点だけは伏せる教授だったが。俺は知らんぞ)。
というわけで以下、野郎三人の会話である。
「――で、シグ。お前のほうは最近どうしてるんだ?」
「特にどうしているということもないな。管理局のほうの仕事をしているくらいで――暇なものだ」
「ああ、それで目ぇつけられたんだな、あのヘンなのに。姉貴とは連絡取ってねーの?」
「しばらくは音信不通だったがどうも王都に戻ってくるらしいことは聞いた。魔法使いと一緒だったらしい」
「あのクソジジイですら、姉貴からは逃げようとする辺りスゲーよなマジで……」
「そっちはどうだ?」
「俺のほうも、姉貴がいないから平穏なもんだ。たまにキュオと出かけたりするけど、それ以外は普通に冒険者やってる。ああ、でも教授の研究の手伝いとかはやってるかな」
「セルエとアスタに頼んでおいてな。このふたりなら、今はもう突破できない迷宮を探すほうが難しいくらいには完成している。いい傾向だ」
「ふむそうか」
「ま、そりゃ《魔法使い》と《魔弾の海》と《魔導師》に、三人がかりで鍛えられりゃな……お世話になりまして」
「最近は皆に会っていないからな。そういえば王都にみんないるんだったか」
「マイアは知らんが、キュオネはいるはずだ。セルエは引き籠もってるが」
「は?」
「くっ……いや、そうなんだよ、シグ。教授の紹介でさ、王都の貴族と見合いに行ってきたんだって、セルエ……ああ、もうこれすっげ面白くて。思い出すと笑いが」
「アイツなら引く手数多だろう普通に考えて」
「魔術師としては文句ない上に器量もいいからな。性格もまともなほうだ、普段は。そう思って紹介したんだが」
「なんか舎弟とかが乱入してきて、結果的にブラックのほうが出てきて暴れ回ったらしいぜ……見合い相手も悪くない物件のはずだったんだけど、もうドン引きされたとかなんとか――くっ、駄目だ面白い」
「落ち込んで自棄酒してるアイツは、もはや別の人間みたいになってきてるな」
「灰色セルエだ……ハイブリッドだ……ふひひひひひっ」
「お前割と鬼だなアスタ」
「……いや。会ったときは笑えなかったんだけどね? 部屋に閉じこもって隅っこでしゃがみ込んだまま、片手に盃持って『ねえ、アスタ……私ってもしかして魅力ないのかな』とか言われてみろよ。もう言葉がねえよ……」
「舎弟にはモテるのにな」
「アレはなんか違うだろ。いや確かにめちゃくちゃ慕われてるけども」
「ふむ。ところでそういうお前はどうなんだアスタ」
「うえぇっ!? お、おお……シグにそんなこと訊かれるとは思わなかった」
「お前キュオネ狙いじゃなかったのか」
「はあ!? は? 違ーし? 別にそういうんじゃねーし!? 何言ってんだし教授!?」
「アイツ結構いい身体してるぞ」
「ホントに何言ってんだ!?」
「というか俺はてっきりふたりはもうできてるものだと思ってたが」
「……、……いや。そういうんじゃないから。マジで。てかそういうシグはどうなんだよ? 付き合い長いんだろ、姉貴とは」
「幼馴染みだからな」
「……付き合ってんの?」
「いや」
「…………ていうか、あの、あれじゃないの?」
「あれってなんだ」
「いや、だから、その……好きなの、マイアのこと?」
「好きだが」
「お、おう……そうか。おう」
「……」
「……」
「おい。なんでふたりして黙る。言いたいことがあるなら聞くぞ」
「いや別に」
「ガキだと思っただけだ」
「ガキって……」
「人間なんていつ死ぬかわからんぞ。魔術師なんざ余計にそうだ――さっさと子ども作っておくのも魔術師の役目ではある」
「いや、教授はそういうこと簡単に言うけどさあ。相手がいねーよ相手が」
「だからキュオネは」
「しつこいな!? だから俺、キュオのこと好きとかそういうのねーから別に!」
そんなことを話していた。
そして、そこまで話したときだった。
背後から、やけに透徹した声が聞こえてきたのは。
「――へえ? そうなんだぁ、ふーん……」
俺は唐突に用事を思い出した。
「あ、悪いふたりとも俺ちょっとこれから行くところが――」
「やだなあアスタ」
がしっと。
背後からナニモノかに両肩を掴まれヒィ。
「せっかく来たのに、もう帰っちゃうなんてヒドいなー」
耳元で声がするヤバい怖い死ぬ。
全身が震えてきた。なんかもう携帯電話のバイブレーションみたいに痙攣している。
俺は肩を押さえられたまま、ぎちぎちとゆっくり背後を振り向いた。
きゅおねさんがい
ま
し
た
ぇ
ぇ
ぇ
。
教授が言う。
「呼んどいた」
「聞いてないですけどぉ!?」
「言ってないからな」
しれっと教授は盃を傾ける。
両肩を掴む手に、徐々に力が込められていくのを感じていた。
俺は言う。
「あ、えっと……奇遇だね?」
背後のキュオが笑顔で答えた。
「やだなあ。呼ばれてきたのに奇遇も何もないよー?」
「そうだよね何言ってんだろね俺あはははは」
「あははっ。アスタってば面白ーい」
「いや。はは、あの、えっと、いい天気ですねしかし今日はね」
「そうだね」
「キュオネさんにおかれましてはご機嫌麗しゅう的なね?」
「そうだね」
「あはははははははははっ」
「ところでアスタ」
「あっはい」
「――なんだか面白い話してたみたいだね?」
「…………。してたかなぁ?(裏声)」
死んだかなあ?
おかしい。何かがおかしい。
俺は何を間違ったのか。
もはや硬直する俺の視線の先――店に開いた壁の中から、さらにふたつ人影が入ってくる。
「おっすー! やあやあみんな久し振り!!」
「――――」
片方はマイアだった。片手を挙げて、朗らかな笑顔で乱入してくる。
そして。
もう片方の手で、セルエの襟首を引っ掴んで引きずりながら。
……えええぇぇぇぇぇ……。
「なんだ、みんな揃ったな。呼んだはいいが来ないかと思ってた。――ふむ、あの方の仕業かな」
教授が言う。
「あ、すみませーん、おかわりー」
シグが言う。
「やー、最近はもう大変でさー。あ、店員さんこっちに泡ふたつー。セルエも飲むよねー?」
マイアが言う。
「――――」
セルエは気絶していた。
「――――」
謎の少女も足元で気絶している。
「ね、アスタ。隣、座ってもいいよね?」
キュオネは笑った。
「……はい」
俺は気絶したかった。
なんだこれ。
※
そして。俺たちは半壊した店内で宴会をした。
途中で謎の少女――メロも起き、そしてなぜか加わった。本当になんでだ。
「ねーねーマイ姉ー。あたしそっちのも食べたいー」
「いいよー、はい」
「ありがとー」
「あはは! 君いいなー面白いなー! メロちゃんだっけ?」
「うんそー。マイ姉も面白いよねー。ねえ、あとで戦わない?」
「そーゆーのはシグがやるんじゃない?」
マイアとメロは一瞬で打ち解けている。
なんなんだよ。早すぎるだろ適応が。ついて行けない。
俺はもう、ただただ静かに売り上げに貢献し続けるだけだった。ほかのことなんでできやしない。
だって。
「ねえ、ほらアスタ、これも美味しいよ?」
「あの……えと、もうお腹いっぱいかな、的な」
「――へえ?」
「風に思ったんですけどやっぱり食べたいかなーみたいなー?」
「そっか。じゃ、わたしがあーんしてあげるね?」
「それはちょっとほら」
「――へえ?」
「大歓迎ですともやったね! 男冥利に尽きちゃうぜ☆」
「あーん」
「うわーん」
隣の席の女の子が怖すぎるんですもの。
やめて。ハイライトの消えた瞳で「――へえ?」って言うのホントにやめて。マジで怖い。
などと言えるはずもなく。キュオも怒り出すでもなく。
彼女は終始、笑顔で俺の口に食事を運び続けてくださった。何これ拷問?
――と、まあ。
そんなこんなで宴もたけなわを過ぎ、外が暗くなってきた頃だ。
割とでき上がりつつあるマイアが、俺たちに向かってこんなことを言った。
「――そうそう! 私さ、みんなに言おうと思ってたことがあるんだよ」
――あ、これどうせろくなことじゃないな。
と、たぶん全員が思った。おそらくメロ以外は。
それでも代表するように教授が問う。
「なんだ?」
「そう! よくぞ聞いてくれましたっ!!」
盃を持ったままマイアは立ち上がる。
それを大きく掲げると、姉貴は瞳を輝かせる。
いつも俺たちを巻き込んで、冒険に引っ張っていくあの笑顔で。
「――冒険者のクランを作ろうと思うんだ、私たちで!」
「クラン……?」
「そう! 私たちならさ、きっとすっごく大きなことができると思うから――楽しい冒険ができると思うから。だから私は、そのためのチームを作ろうと思うのだよ!」
だから。
と、マイアは言った。
「――そのチームに、ここにいるみんなに入ってほしいんだ」
六人それぞれがこう答えた。
「いいぞ」
「いや俺仕事あるし無理」
「んー。みんな次第かなー」
「絶対に嫌です」
「俺も嫌だ」
「え、それあたしも入ってんの?」
「シグだけ!?」
衝撃を受けるマイアだった。
いや、当たり前だろ。どうせロクなことにならないのわかりきってんのに、入るわけがない。
むしろなぜ受けると思っていたんだろう。
「ええ、なんか違わないそれは? ノリ悪くない? 今のはみんなで団結する流れじゃないの?」
「入っただろ」
「ひとり入ったそうだ。そろそろ帰るか」
「そうだねー」
「そんなことより彼氏が欲しい……」
「つーかメロ。お前はここの弁償、自分でどうにかしろよ」
「は? なんでアンタに指図されなきゃいけないの?」
「ほぼ無視だコレー!?」
頭を抱えるマイアだった。たまにはそうやって落ち込んでいてほしい。
とまれ。
そんなこんなで、俺たちの休日は終了する。こういうことが、おおむね俺の日常だった。
※
こののち、諦めないマイアに、結局は全員が引きずり込まれることになるのだが。
それは未来の話。
セルエとの抗争があったり、メロとの決闘があったり、魔術師の違法集団と命を賭けて戦ってみたりと――そんな物語が起きてから、ようやく俺たちは結集する。我の強いこいつらは、そうそう誰かに従ったりしないわけだ。
とはいえ。
あとになって思えば、結局のところ、チームなんて形に意味はなかったのだろう。
解散を迎えるそのときまで、俺たちが離れることはなかったのだから。
永遠に七人が揃わなくなるまで。
離れなかった俺たちにとって、形式を作っておくこと以上の意味がこの集団にはなかった。
――後世に(脚色して)語られる、七星旅団結成前夜の物語である。
この頃のアスタくんは、本編のアスタさんよりかなり子どもですな。




