EX-3『アスタとユゲルの三年目 1』
――どうも俺の周りには《天才》が多いな?
と。異世界生活も三年目を迎えたところで俺は気づいた。
いや割と前から気づいてはいたのだが。改めて考えてみると、こう、やけに遭遇率が高い気がする。
まあ魔術師など結局は才能の仕事であるわけで、その前提を鑑みてみれば、プロの野球選手が周りを見て「みんな野球上手いな」とか言うようなものなのかもしれないけれど。
どうなんだろう。それとは少し違うと言われれば違う気もする。
「…………」
そんなことを、洗顔の途中に考えるのもおかしいか。
洗面所で顔を洗って、目の前の鏡を睨みながら俺は思う。
黒い髪に黒の瞳――まあ正確な色を言えば日本人の光彩は茶色らしいと聞いたことがあるが――見慣れているはずの自分の顔。一ノ瀬明日多、改めアスタ=プレイアスの顔。
何か違和感があるわけでもない。でも、たとえば今、もし地球に帰ることができたとして。
果たして家族や友人たちは、俺だと気づいてくれるのだろうか。
成長期だった俺だ。身長も伸びていれば顔つきだって変わっている、はずだと思う。今さら地球に帰ろうだなんて考えは持っていないけれど、それでもそんなことを、少しだけ俺は考えた。
――最近の俺は割と平和だ。
魔術の実力は、マイアたちの友人だという男、ユゲル=ティラコニア――マイアたちが使うあだ名を借りて、俺は教授と呼んでいる――に師事して以降、めきめきと伸び始めた。
東に行っては前人未到の迷宮を荒らし回り、西に行っては悪行を働く魔術師たちを成敗し――と、修行の名目で行った無茶は数知れない。何回死ぬかと思ったかわからないくらいだ。
そのたびに俺は血を吐き続け、今ではマイアに「アスタも吐血キャラが立ってきたね☆」などと言われてしまうくらいである。大半はお前の暴挙に巻き込まれてんだよぶっ飛ばすぞ、と思う俺だったが、なんかもう三年の間に格づけが済んでしまったというか、マイアに逆らおうなんてつもりは完全に消し飛ばされているのだった。
……弱いなあ、俺……。
とはいえ、さきほども言ったが、最近は割と平和なのだ。
主にマイアが大人しいというのが理由だろう。むしろほかの理由はないという気がする。
自分ひとりならば、冒険者として生きていけるだけの技量は身に着けたと言える。もちろん、それでもあのクソ馬鹿姉貴は、たまにふらりと顔を出すなり、俺を冒険の名目で死地に追い込むのだが……あれ? これ別に平和になってきたんじゃなくて、俺が窮地への対応力を身に着けただけ、とか?
……。
まあその点は考えないでおくとして。
実際、魔術の実力、というか魔術師としての力量が伸びたことは間違いない。
自分でも少し驚くくらいだ。魔術という大枠には才能のなかった俺だが、どうやらこと印刻に限れば適性を持っていたらしい。一点特化型の才能を持つ魔術師は、むしろ万能型の魔術師より全体数としては多いと聞く。
今や俺は印刻だけで、並みいる冒険者の中でも上位に位置する実力を獲得しつつある。
ある、はずだ。たぶん。
自信を微妙に持てないでいるのは、俺の周りにいる人間が軒並み世界レベルの魔術師であるせいだろう。マイアもキュオネもシグもセルエもユゲルも、一対一で戦うのなら俺では勝ち目がほぼゼロだ。もちろんそれ以外にも、冒険者の中には強い魔術師がいくらでもいた。
低い魔術の実力を、戦いという分野でなんとか誤魔化しているのが現状だ。
幸い、その点において印刻という魔術は俺に合っていた。魑魅魍魎どもが跋扈する世界の中でも、なんとかやっていけるくらいには。
「……腹減ったな」
寝惚けた頭を振るいながら、顔を拭きつつ俺は呟く。
時計を見るに、朝というには少し遅い。いや少しじゃないな。すでに時刻は午後の三時くらい(地球換算)を過ぎていた。朝どころか昼にも遅いじゃねえか。
「なんか作るか……いや面倒臭え、どっか食べに行こう」
頭を働かせるため、わざわざ口に出しながら一度部屋まで戻る。
それから俺は一階に下りた。居間を覗くが、どうやら誰もいないらしい。
俺が今いるのは、この国の王都と呼ばれる都市。荘厳な王城が中心にそびえ立つ、最も栄えた城下町だ。
魔術師には、王国が定める《位階制度》というものがあり、マイアたちの知り合いであったユゲル=ティラコニア――教授とあだ名される彼が、その第一位階《魔導師》の地位にいるのだという。
その上位である第零位階《魔法使い》の座が特殊であることを鑑みれば、教授は実質的に王国最高峰の魔術師であるということができる。そこに師事できたというのだから俺は幸運だ。
それは、基本的な魔術を全て極め終わったとされる者の位階。国内に、たった十名しかいない魔術師の頂点。
だからこそ他者に魔術を指導することが――魔を導くことが許される。ゆえの《魔導師》。
若くしてその地位に至ったユゲルは、ゆえに知り合いの中でもトップクラスの社会的地位を持っている。言い換えれば金を持っている。
そこを無料で間借りしていた。王都の一等地に持ち家があるなど、俺たちの中ではユゲルだけである。
いかに高い実力があろうと、冒険者の稼ぎは基本的に運だ。未踏の迷宮から財宝や魔具を持ち帰るなど、実力以前に都合のいい迷宮を見つけることのほうが難しい。
研究で王国に貢献し、ただいるだけで月給の入るユゲルがいちばん稼いでいた。というか、ほかの連中は意外と貧乏である。
「――起きたか、アスタ。ちょうどいい」
そのユゲルの声が、家の入口のほうから聞こえてきた。
普段から着こなしている白衣姿に、持ち前の気遣い皆無な無精髭。これでこの男、めちゃくちゃモテるのだから始末に負えない。確かに顔立ちは整っているが、それにしたって女遊びが激しかった。
「教授か。またどっか女の家でも行ってたのか?」
肩を竦めて俺は問う。朝帰りなんてざらだった。
一方、ユゲルは珍しく表情を歪めた。
「……まあ、女の家にいたという一点だけは事実と相違ない。悪い考えではあるが」
「はあ?」
「同僚のところに行っていてな。魔術の研究について少し議論……というか口論していた。そのうちに朝が来てな。まったく無駄な時間だった、悪い考えだ畜生め」
「教授と同レベルで話すって……同僚ってのは、同じ魔導師の誰かってこと?」
「あんな女のことはどうでもいい」
ばっさり。よほどストレスを溜め込んできたらしい。
教授にしては、ずいぶん珍しい様子であると言えよう。
「何? 仲悪いの?」
「いいや」俺の問いに教授は首を振る。「そういう次元ではない」
「次元って……」
「魔術師としてのノートを俺は尊敬している。だが考え方はまるで合わん。水と油だな――いや、月と地面か」
教授は基本的に何言ってるかわかんないことが多いので、俺は特に追及したりはしない。
とりあえず、ノートという魔導師級の女性魔術師と酷く相性が悪いらしい、ということだけ理解しておいた。それ以上は必要ないし、というかここまでだってどうでもよかった。
「――そんな不愉快な話はどうでもいい。アスタ、お前、メシは食ったか?」
教授はふん、と吐き捨てると、それから全て忘れたように声の調子を変える。
話題の転換が著しく早い。この辺りはマイアやシグにも共通する特徴だと俺は思っていた。
一方でキュオネはセルエなんかは、普通に話している分には割とマトモなんだが。もちろん普通に話していないときはふたりともアレで十二分に頭おかしいから、結局のところ俺の知り合いは変人ばかりなのだが。
俺も普通の知り合いが欲しいものである。真人間の俺としては、ときおりついて行けないことがある。
そんなことを考えながら俺は言った。
「いや、まだだけど。これから作ろうか外食でもしようかー、って迷ってたところ」
「ちょうどいい」
教授は言う。「いい」「悪い」をはっきり言うのが、教授の話し方の特徴ではあった。
「さっきシグを見つけてな、食事に呼んである。お前もいっしょに来い。たまには奢ってやる」
「あ、マジで? ラッキー」
教授の奢りなら、きっといい店に行ける。俺だって自分の食い扶持くらいは稼いでいるが、食事に関してはどうしてもおざなりになっていた。
王都のお高そうなお店とか、ひとりで行くのちょっと抵抗あるんだよなあ……。かといって誘う相手もいないし。
「――よし、準備して来い」
教授が言う。早くしないと置いてかれるパターンだと俺は読んだ。
「わかった、着替えてくるから少し待っててくれ」
そう答えた俺に、教授はふと目を見開いて、それから小さく笑って言った。
「別に気取った服など着てくる必要はないからな。行くのは小さな料理屋だ」
「なんだ。教授の奢りっていうから、もっとなんか貴族御用達的な店に行くのかと思ったよ」
「お前ひとりなら連れてってやっても構わなんがな」教授は軽く肩を竦める。「言っただろう? シグも来ると」
「……そりゃ無理だ」
納得して頷いた。シグの食う量に合わせていては、とてもじゃないがそんな店には行けまい。
少しだけ待っててくれ、と告げて二階に戻る俺に向けて、教授はどこか違う方向を向きながらこう言った。
「……暴食は大罪だったか。それに合わせるなら、アスタ。お前は強欲といったところか?」
「だったら教授は色欲じゃねえの」肩を竦めて俺は言う。「で、憤怒はセルエ辺りって感じかな」
「その場合、マイアが怠惰でキュオネは嫉妬といったところか。意外と合っている気がするな」
「そうか? そのふたりは、あんまそんな感じしねえけど。ていうか、どちみちひとり足りねえじゃねえか」
「……そうだな」
教授は静かに頷いた。なんだか微妙な反応という気はしたが、特に追及することでもないだろう。
なんの話なのか、そもそもよくわからなかったし。
――それにしても、この世界にも《七つの大罪》の概念はあるんだなあ、と俺は思う。
相変わらず、よくわからないところに共通点のある異世界だ。
※
教授と連れ立って向かったのは、王都の大通りから少し外れたところにある小さな酒場だった。
昼間から酒を飲む人間は、さすがに王都ゆえかほとんどいない。冒険者の多い街ならそうでもないのだが、王都に管理局はないのだから。代わりに王国騎士ならいるが、こちらは昼間は働いている。
とまあ、そんなことはさておき。俺は店に入った瞬間、割と大きめの驚きに襲われていた。
店の中に、知っている男の顔がひとつあったのだ。
「……いないな」
と、教授が言う。俺が思ったこととまったく逆のことだった。
俺はむしろ、「なんでいる?」と思ったのだが。
「――おう、来たかお前ら。そらこっちだ、さっさとしろ」
そいつがこちらに手招きをする。俺は隣に立つ教授の顔を見上げたが、
「いや、俺もまったく知らなかった。そんな顔で見られても知らん」
「……マジでなんでいるんだよ」
「んなことを、この俺に向かって疑問するほうが間抜けだろ。いちいち気にしてんじゃねえよ」
あり得ないほどデカい態度で椅子に踏ん反り返りながら、昼間から酒をかっくらう謎のオッサン。
いやまあ、謎のオッサンというか。
俺にとって最初の師匠――《魔法使い》アーサー=クリスファウストだったのだが。
「王都に来てたのか……?」
仕方なく、選択肢なく師匠と同じテーブルに着く。教授も特に異論なく、というかなんらの緊張なく普通に隣に座り込んだ。
俺の問いに師匠は小さく笑い、酒を飲みながらこう言った。
「さっきな。お前らがちょうど来ると思って、時間を合わせてやったんだよ――感謝しろ」
――なぜ俺ですらさっき来ることを決めたばかりの店に、先回りできているというのか。
なんて疑問を、まさか《時間》の魔法使いを相手に持つべきではないだろう。この男にできないことを、探すほうがむしろ難しい。
「ああ、別に何しに来たってわけでもねえ。たまには弟子の様子を見てやろうと思っただけだ」
そう言いながら、師匠はその視線を教授に向けて笑う。
教授は表情を変えず、ていうかなんなら割と無視して店員に注文などしていた。
「気になる奴らも揃うことだしな。あとほら、ただ酒飲めるし」
「ここは地方から取り寄せた酒が美味いですよ。いくつか頼んでおいたので、乾杯と行きましょうか」
「お、わかってんじゃねえかよユゲル。おらアスタお前も飲め」
「未成年なんだけど……」
「は? だから?」
そうだね。年齢制限とかなかったですね、この世界にはね。
そのままふたりは、普通に酒盛りを開始した。
俺、ご飯を食べに来たんだけどなあ……。
※
「――あァ、つまり迷宮ってのは本来、その成り立ちによって分類すべきモノだって話か」
「ええ。深度や生息する魔物による分類に意味はない。起源の古さも考慮すべき部分ではありますが、そちらは付随でしかないわけです」
「お前、クッソ、嘘だろマジかよ。俺がそこに到達するまでどんぐらいかかったと思ってんだ。ったく、これだから天才ってのはやってられねえよなあオイ」
「時間の魔法使いに言われては恐縮するしかありませんが。――さて、どこまで聞いていいものやら」
「やめろやめろ馬鹿。頭よすぎるのがお前の弱点だ、知りすぎた運命は確定する。つーか俺だってお前と実際のとこ大差ねえよ。時間魔術ってのは何も簡単に過去に戻れるとか、そんな都合のいい分野じゃねえんだよ。わかるだろ、そこは一番目がすでに塞いでやがる」
「まあ。私自身は別に知識欲があるというわけではありませんからね――これで俗なもので」
「それはむしろお前の強みだろう。お前の技術には一番目だって追いつかねえよ。お前に太刀打ちできるとすれば、まあ言って二番目くらいだろうな」
「その辺りはマイアの特異性でしょうがね」
「あァ……あいつはあれで怠惰だからな。そこが逆にアイツを生かしてる――いや活かしてるんだろうが、けどなあユゲル。それはそれだけじゃねえぜ、お前。つーか、そうか、知らねえのか」
「…………」
なんかこう、何ひとつ何言ってんだかわからない話題で、アーサーとユゲルが盛り上がっている。
俺はまるで追いつくことができず、無言で食事を進める以外になかった。知識の量に差がありすぎて、はっきり申し上げますと「は?」って感じ。
……早くシグ来ないかなあ……。
俺はそう願っていた。シグならたぶん、このふたりの会話について行けるということはないだろう。アイツは結構バカだから。
「――っと、そろそろだな」
そんなときだ。ふと、師匠がそんな風に言って口角を歪めた。
教授が無言で盃をテーブルに置く。俺はやはり意味がわからず、アーサーに向けて訊ね――、
「何が――」
ようとしたところで、店の外から爆音が響いてきた。
どがん!
と。それこそ何かが爆発したかのような音が、盛大に店の中へと響く。
同時に店の壁が破壊され、通りのほうから何かが店内に吹き飛んできた。
「――え、えええぇぇぇぇぇ……!?」
呆然とする俺だった。いや、無理もないと自己弁護するが。
前触れなく、壁を突き破って女の子がひとり、店の中へと飛び込んできたのだから。
驚かないはずがないと言っていい。
店内騒然。そりゃそうだが。
客数が少なく、怪我人がいなかったのは幸運だったろう。表通りに面する壁面に大穴が空き、店の椅子やテーブルを薙ぎ倒して倒れ込んでいる、ひとりの小さな女の子がいた。おいおい。
「ちょ、大丈夫か!?」
俺は立ち上がり、慌ててそちらに駆け寄っていく。
店の中に倒れていたのは、朱い短髪の女の子だった。まだ小学生くらいだろうか。こんな目に遭っては、大怪我をしていてもおかしくない――というか生きているかどうかも怪しい。大事件だ。
少女は仰向けに倒れ込んだまま、目を閉じている。どうやら呼吸はしているようだし、また目に見えるような傷もどうやらないようだ。ただ、それで安心していいわけではないだろう。
と、少女がいきなり目を見開く。
黄金の双眸が、顔を覗き込む俺とばっちり向き合った。意志の強そうな瞳。可愛らしい表情だったが、黙っていてもその勝気さがわかるようなかんばせだった。
俺は狼狽えながら後ろを向く。ふたりに助けを求めようと思ったから――なのだが。
教授は、まったく気にした様子もなく盃を呷っていた。おい。
師匠に至ってはいなかった。あのクソジジイ、今の一瞬でどこかに消えやがった嘘だろ信じられねえ。
仕方なく俺は視線を戻し、少女に向かって訊ねる。
「お、おい……大丈夫か?」
「――アンタ誰?」
はっきりした口調でそう問われた。とりあえず、あまり怪我はしていないのだろうか。
この辺りで、俺は若干の疑問を感じ始めた。
まず傷がまったくないことがすでに不自然だ。店内を薙ぎ倒すほどの勢いで飛び込んできたのだ、無傷ということはさすがにあるまい。そこまで考えたところで、彼女が纏う膨大な量の魔力に気がつく。
……なんだ、こいつ……?
こいつより魔力の多い人間など、俺にはシグくらいしか思いつかない。それくらいの量を持っている。
その事実に思い至り、驚く俺に少女が言う。
「誰って訊いたんだけど。何? ていうか邪魔なんだけど」
「……そりゃすまんな」
何コイツ? 何? 喧嘩売ってんの買うよ?
こっちは気遣って来たというのに。若干イラつきながら俺は言う。
「俺はアスタ=プレイアスっていうんだが――」
「うるさい訊いてない」
「あ?」
「ていうか言ったよね?」
腹立つことを宣いながら、少女は。
こちらを、それこそ動くゴミでも見るかのような目で睨みつけながら。
「――邪魔っつったじゃん」
「ぶっ――!?」
俺は背後に吹き飛ばされた。テーブルを巻き込みながら、体中をしたたかに打ちつける。
だがそんな痛みよりも、顔面を殴り飛ばされたことのほうがショックとしては大きかったと言っていい。
そう。
殴られた。
顔面を。
助けに行ったはずのクソガキに。
……へーえ?
クソガキはこちらのほうなど一瞥もせずに、歩いて外へと戻っていく。壁の穴から。
俺はそれを無言で見送った。口元を拭ってみると、どうやら少し切ってしまったらしく、指の先に赤がついた。
俺はそれを見送ったまま、小さく教授に向かって言う。
「――なあ。これ、俺が悪いのか?」
「ああ……まあ気にするな。俺が弁償してやろう」
「そっか、ありがと教授。さすが話が早い」
立ち上がり、俺は懐から煙草を取り出す。
それに火をつけて、ひと息。完全に怯えきっている店員さんに向けて言う。
「すみませんね。店ぼろぼろにしちゃって」
「――え、あ、いえ……その、大丈夫ですか……?」
「ええ、心配しなくても大丈夫です」
その通り。
心配することなど何もない。
「あのクソガキは、俺がなんとかしますから」
「いや、あの……そういうことじゃな」
「さて!」
店員にも断った。後始末は教授がどうにかしてくれる。クソジジイは知らん。
何があったかわからないが、いきなり店を荒らしたクソガキには、とにかく落とし前をつけさせねば。
「アスタは、実は意外と血の気が多いよなあ……下手したらセルエより」
教授が小さく呟く。
嫌だな。それは大いなる風評被害。俺ほどの紳士はそうそういない。つーかまだなんもしとらんっちゅーに。
何かするのはこれからである。
ああ、そうだ。俺は紳士であるからこそ、やらかしたクソガキには人の道を説いてやる必要がある。
つまるところが要するに。
「――あのクソガキぶっ飛ばす」
俺は、壁の穴から外へと向かった。
「一話で終わる」とは。
いや、「知ってた」とか言わせませんけどね?




