EX-2『アスタとシグウェルの二年目 4』
「ちょちょちょちょちょっ!?」
風の弾丸をぶっ放した魔術師A(ガラの悪そうなリーダー格の男)は、その状態で凍りついたように硬直した。その肩を、隣に立っていた魔術師B(目つきキツい系の女)が、驚いた表情でがくがくと揺さぶる。
魔術師C(身長高めで細身の男)は口をぽっかーんと間抜けに開いており、魔術師D(小柄で温厚そうな女)に至っては魔弾の威力にもはや涙目だった。
「な、なな、なななな何してんのさ!? 殺す気っ? 殺す気なの馬鹿なのっ!?」
「い――いやいやいや俺だってビックリだよ!? こんな威力の魔弾なんて撃つ気なかったっつーか撃てねえよそもそも!!」
「じゃあなんだ今のは!?」
「知らねえよ! 秘められし俺の才能が今、覚醒したかな!?」
「それはもっとピンチのときとかに取っといたほうがいいと思うなっ!!」
「確かに!?」
いや、そういう問題じゃない、とアスタは思った。
思ったが突っ込まない。なんかもう、突っ込んだら負けな気がしていた。
「……どう思う、アスタ?」
舞い上がってコントを繰り広げる四人を、一応は警戒したままでキュオが問う。
アスタは一瞬だけ迷う素振りを見せたものの、軽く首を振りながらキュオに答えた。
「どうもこうもなあ……直撃してたら、ヤバいなんてモンじゃなかったのは事実だけど」
「アスタの防壁、一撃で砕いてたもんね。とんでもない威力だよ」
「俺じゃ真正面からは防げんぞ、あんなデタラメな威力の魔弾。込められてる魔力量で質を超えられる」
「わたしにだって無理だよ……シグ並みとまでは言わないにせよ、それに近いくらいだったもん。あれを防ぐには、それこそ儀式場でも作らないと」
「……で、あれ、演技だと思うか?」
視線が向く先には、ぶっちゃけ隙だらけの四人の魔術師。
先ほどの魔弾が本当に実力通りなら、確かに余裕があるのも頷けるが。どうもそういう感じではない。
「演技じゃ……ないんじゃないかな。そんなことする意味、ないし」
「それはそうだが……」
だとするのなら。魔術師Aが牽制のつもりで撃った魔弾が、なぜか必殺の威力を持っていた、ということになってしまう。
本人の実力を大きく超えた魔弾。それを、本人さえわからないまま撃てるものだろうか。謎すぎた。
だが、やはり彼らにそんな実力があるようには思えない。
「……アスタ。後ろ、見てみて」
キュオの言葉に従って、アスタはちらと背後を見た。一応は敵である四人から視線を外すのは怖かったが、とりあえず攻撃してくるつもりはないようだと判断する。
小屋の壁を突き抜け、魔弾は背後の森にまで飛んで行ったようだ。背後にはその被害の様子が見えているが、それ以外に何か新しい発見があったようには思えない。
魔術師たちは未だに、慌てた様子のまま会議(?)を繰り広げている。もう本当に怖がった振りをして帰ってしまおうか。
半ば本気で思うアスタに、キュオが告げた。
「おかしいと思わない?」
「何もかもおかしいと思うけど、そうじゃなく?」
「後ろの森のこと。あれだけの魔弾が飛んでったのに、まだ結界が残ってる」
「…………」
「あの程度の結界だったら、力尽くで壊されててもおかしくない……ううん、壊れてないほうがおかしいよ。でも、結界はまだ残ってる。ヘンだと思うでしょ?」
「……確かに」
結界魔術とは、言い換えるならば境界を設定する魔術だ。
勘違いされがちではあるけれど、結界魔術は空間魔術と厳密にイコールではない。境界を、すなわち結界の内と外とを区切る魔力の隔たりを創る魔術であって、何も直接的に《空間》という概念に干渉しているわけではない。決して異空間そのものを生み出しているわけではないのだから。
いわば、それは目に見えない魔力の壁を、仕切りを作る魔術だということ。どちらかと言うのなら、それこそアスタが先ほど使った障壁のほうがまだ近い。
だから結界は、その《境界》を強引に破壊してしまえば、力尽くで突破することが不可能ではない。
アスタたちが先ほど見つけた結界は、この屋敷の周囲を囲う形で作られていた。つまり魔弾は、結界の境界部分まで確実に飛んで行ったということ。境界線にまで届いている以上、直撃すれば破壊されてしまうだろう。
にもかかわらず、この一帯を覆う結界は健在だ。
アスタが見る限りでは、この程度の粗末な結界など、あの魔弾を受ければ穴が開くどころが全体が崩壊してしまうレベル。とてもじゃないが耐え切れない。キュオの言う通り、確かにそれはおかしかった。
――それがどういうことか。
「結界の、出来そのものが偽装されていた……いや、あの粗末な結界とまったく同じ部分に、もうひとつ高度な結界があったってことか」
「――それも、わたしたちが魔術を使っても気づけないレベルに高度な、ね」
だとするのなら、それはまずい。
結界とは領域を覆うもの。覆うということはつまり隠すということであり、その存在に気づかせない結界が最も優れているとされる。
なぜなら魔力で創り出すモノにもかかわらず、その魔力を察知させないという矛盾を肯定するモノであるから。
「それは……つまり、あれか」
「うん」アスタの呟きに頷くキュオ。「あの人たちの上には、それを張った魔術師がいるってことになるね」
「……やばいんじゃないの?」
「やばいね。戻ってくる前にどうにかしないと、たぶん――わたしたちじゃ、手も足も出ない」
「なら――決まりだな」
「決まりだね」
互いに視線を交わし合い、ふたりは改めて前を見据える。その先にいる魔術師たちを。
彼らのほうも、話し合いは終わったのか、さっきより静かにはなっていた。
「――さ、さて! 実力差はわかっただろう? 降参するなら今の内だぞ!」
そんなことを言う魔術師Aに、キュオが笑顔で答える。
「そうだね。確かに実力はわかったよ。うん、かなりピンチみたいだ」
「だ、だろ!? だからほら、悪いことは言わねえから早く――」
「だから」すっと、キュオの視線が細くなる。「悪いけどこっちも手加減しない。最速で倒して、シグを連れて逃げることにする」
「あれえぇぇぇぇぇっ!?」
「行くよ。殺さないように気をつけるから、受け身くらいは自分で取ってね」
「いや、ちょっ、あれっ!? なんでそうなるの!?」
「えいっ☆」
直後、キュオが男に跳びかかる。
一瞬で距離を詰め、懐に潜り込むキュオ。その右手を後ろに伸ばされており、
「――歯を、食い縛ってたほうがいいと思うな」
それが遅れて身体を追い抜くよう、間に向かって振り抜かれた。
ずん――、という重い音が小屋の中に響く。咄嗟に腕を交差させた男の、その防御を上から撃ち抜くように、キュオが腕力を解放した。
「ぶげっ!?」
その一撃は、それでも手加減されたものだったのだろう。そもそも防御が間に合うように、一瞬だけ間を作ったのは意図的なものだ。
しかして侮れる一撃ではない。元より魔術師の膂力を外見から判断しようというほうが間違いなのだから。華奢な体躯とはいえ、その肉体は相応に鍛え上げられている。ましてその筋力は、並の魔術師を上回る魔力で強化されているのだから。防御を間に合わせた魔術師Aは、その防御の上から思いっ切り吹き飛ばされ、背中から壁に直撃して気を失った。
「は、い……?」
呆然とする魔術師B。目の前で起こったことの意味が、理解できていないかのように口を開けている。
その彼女が、吹き飛ばされた男にいちばん近かったことは、果たして幸か、それとも不幸か。いずれにせよ、そのときにはキュオがもう、彼女の肩に手を触れていた。
「やあっ☆」
という可愛らしい掛け声の直後、びくん! と全身の筋肉を痙攣させて魔術師Bが床に倒れ伏す。
まるで強烈な電気に撃ち抜かれたみたいな様子だった。実際には電機ではなく、キュオの掌から呪いを流し込まれていたのだが。物理で吹き飛ばされるのと、果たしてどちらがマシだろう。
「お、おいおいおいおいおいおい、おかしいだろ強すぎかよ!? しかも姐さん並みに容赦ねえ!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ! どうすんの!?」
「どうするもこうするもなくない!? だってこれ俺たち勝てなくないっ!?」
「今こそ都合よく覚醒するときじゃないの、ほらがんばれっ!」
「無茶言うな!?」
瞬く間にふたりを倒され、残ったCとDが驚愕に慌てふためく。
その様子はやはり隙だらけで、もはやキュオが手を出すまでもない。
「……はにゃ?」
ふらり、と。突然、残ったふたりの内、男のほうががくりとふらめいた。まるで酔っぱらいのように。
立っていることさえままならなくなった彼は、そのまま頭から俯せに倒れてしまう。
「――え? あの……あれ?」
もうわけもわからず目をぱちくりとさせるDの耳に、
「……ぐぅ」
届いたのはCのいびきだった。
「って寝てるし!?」
破れかぶれに叫ぶD。Cを昏倒させたのはアスタの仕業で、キュオが注目を集めている間に眠りの魔術を起動していただけなのだが、そんなことには気づけない。
仲間を全てやられてしまい、もう震えるしかないDの目の前で、笑顔のキュオが拳を握ってこう告げる。
「――さて、と! どうする? まだ続ける?」
「あ、え……嘘ぉ……?」
「嘘じゃないよ。でもまあ、どうしてこんなことしたのか、教えてくれるなら見逃してあげるけど」
「……お、教えない。な、なな、仲間を売るわけには、わたし……その」
「え?」すっ、とキュオが拳を動かす。「ごめん、なあに? 聞こえなかったよ」
それだけでびくっと肩を震わせる女性は、もうなんだか脅されているようにしか見えないとアスタは思った。
というか脅されている。
「……キュオ、怖っ……」
思わず呟くアスタ。肝心なところで我慢できず余計なことを言った男に、
「アスタ。今なんか言ったかな?」
振り返った少女が笑みを向けた。可愛らしい満面の笑顔だった。そのほうが怖かった。
「何も言ってないです」
「ホントに?」
「ええ。さっすがキュオさんは頼りになりますね、と言おうと思っていました。はい」
「そっか、ならよしだねー」
キュオが視線を戻したので、アスタはほっとひと息をつく。
今後、彼女には極力、逆らわないで生きていこうと誓いながら。
「――で? どうしてシグを攫ったのかな?」
「…………」
「黙ってるとわからないよ。それとも、やっぱり言えない?」
「…………」
「……あれ? あの、もしもし? 聞いてますか?」
「――――」
ばたん。と、女性が気絶して倒れてしまった。
なんかいろんなことが、許容量を超えていたらしい。
「……さすがキュオネさんだぜー」
棒読みでアスタは言う。キュオはアスタを振り返って、
「いや、ええ……さすがに傷ついたな」
「だって怖えもん。キュオに笑顔で脅されたら、俺だって気絶するよ、たぶん」
「人聞きが悪いなあ。脅してるつもりなんてなかったのに……」
「うん、まあそんな気はしてた」
だからこそ、素でより怖ろしいということなのだが。
それはもう言わないほうがいいだろう、とアスタも学んでいた。
ともあれ、これでこの場所を守っていた魔術師は全員、突破したということになる。事情を聞くことはできなかったが、その辺りは大した問題じゃないだろう。あるいはシグが知っている可能性もある。
四人が背にして守っていた、上に続く階段にアスタは目を向ける。
「シグは上だっけ。とっとと連れ帰って、あとのことは任せておこうぜ」
「……そだね。最悪、拠点は移さなきゃかもだけど、シグがいればどうとでも――」
そこまでを話した瞬間だった。キュオが目を見開いて硬直する。
その気配に気づいたのは、アスタとキュオで同時だった。それも当然、なぜならソレに、気配を隠そうなどという考えは一切なかったのだから。そうする必要を、ソレはきっと感じていない。
当然だ。彼女にとって、障害とはどかして通るものではないのだから。彼女が歩いてさえいれば、障害のほうから身を引いて当たり前だったのだから。彼女はただ、そこにそう在ればそれでいい。
「――ったく。面倒背負わされたと思ったら、今度はこれかよ……オレぁ虫の居どころが悪いってのに。どいつもこいつも……ああもう、本当にさあ! ああ!?」
壁に開いた大穴。声はその先から届いてくる。
乱暴な口調とは異なり、その声の主は明確に女性だとわかる。ただ、性別などこの際どうでもよかった。
――アスタは、あるいはキュオも。
その声の主を人間だなんて、思えなかったのだから。
怪物だ。ゆっくりとこちらに歩いてきたのは、間違いなくバケモノの類いだった。
「……で? テメェらさ、オレの身内に手ぇ出したっつーことは当然、覚悟はできてるっつーコトでいいんだよな、オイ? いやほら、オレも温厚で通ってっからさ、覚悟のねえ奴に手ぇ上げんのもどうかと思うワケ。な?」
「アス、タ……まず、い。かも?」
「かもっていうか……嘘だろ、オイ……」
肩が震える。それに気づいて初めてアスタが、自分が怯えているのだということを自覚した。
思わず左手で右の肩を抱く。だが、合わせた手のほうも震えているのだから意味はない。自覚してなお、その恐怖を抑えることがアスタにはできなかった。
現れた魔術師の魔力、その存在の密度は、それこそシグやマイアに匹敵する。ならばその強大さにが慣れていると言えないこともなかったが――違う。身内と敵では、明確に。
これほどの存在から、これほどの敵意を向けられた経験がアスタにはなかった。
いや。敵意というよりそれは怒気だ。誰もにわかるほど強烈な《憤怒》だ。
怒っている。怒りがある。
その矛先が自らに向いていることにアスタは恐怖していた。
「いや、つーか質問に答えろよ。訊かれたことには答えろって習わなかったのかよ。それとも知ってて無視してんのか、なあ? それはもうケンカ売ってるってコトでいいよな? いいな? ならぶっ飛ばすけどいいな、オイ?」
まるで太陽のような、橙色の髪が特徴的な女性だった。
すらりとした細身は美しく、どこか完成された肉体美のようなものを服の上からも感じさせる。
だが、纏う空気がその一切に矛盾した。彼女の気配は獣のそれだ。血に植えた、けれど誇り高き孤高の狼のような鋭い雰囲気。それが魔力と混ざるように空気を震わせ、彼女の周囲で陽炎の如く揺らめいている。
「……えと。久し振り、でいいのかな。覚えてる、わたしのこと?」
キュオが言った。ということは知り合いなのだろうか、と一瞬だけ安堵するアスタ。だが、
「知らねえよ。知るかテメェのことなんて? あ? なんだそれ喧嘩売ってんのか売ってるよな買うぜオイ」
「あー……忘れられちゃってるのかあ。それとも頭に血が上ってて気づかれてないのか」
「ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃうるせえなさっきから。喧嘩売ってるよな? 売ってるだろオイ」
「それしか言わない……売ってないよ」
「じゃあオレが売る。買え。買わなくても押し売るけどな。イライラしてんだよこっちはマジでよ」
左手を右肩に置き、右腕を女性はぐるぐると回す。次いで首をごきごきと鳴らし、その威圧感たるや不良どころか完全に若き悪の幹部といったレベル。
会話が通じる余地などなく、つまり避けられない戦いがそこにあった。
アスタは知らない。彼女が誰で、いったいなんと呼ばれている魔術師であるのかということを。
だが、知らずとも通じるものはあった。元より、見た印象からつけられるから《二つ名》は広まるのだ。
――狼のようだ、とアスタは思った。
その通り、彼女は狼と呼ばれている。
当時、オーステリアやその近辺に多かった冒険者崩れの若い魔術師を腕一本で纏め上げた女傑。
それはクランではなかったが、結果的には国内でも最大規模の魔術師集団をひとりで治めている頭目の魔術師。
「んじゃ、とりあえずブッ飛ばすことにしたから。――歯ぁ食い縛れクソガキども」
その名を、セルエ=マテノといった。
※おまけコーナー/当時を振り返って(注:読まなくてもいいです)※
アスタ「いやあ……怖かったなあ、セルエ」
セルエ「嫌ぁぁぁぁ……あのときの話はやめてぇぇぇぇ……っ」
アスタ「もうなんかね。キャラ違うとかいう次元じゃないよねいろいろと」
セルエ「黒歴史なの! もう葬られた過去なの!」
アスタ「だから結婚できないんだよ」
セルエ「――あ?」
アスタ「ほら! ほらそういうとこ、ほらっ! みんな大好きセルエせんせーから出ていい声じゃないよそれ! ぜんぜん葬られてないよ! むしろ俺が葬られるかと思ったよ今!」
セルエ「ううぅぅぅぅ……いいもん! いつかわかってくれる王子様が現れてくれるもんっ」
アスタ「誰か貰ってあげてほしいなあ……」




