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EX-1『アスタとマイアの一年目 3』

「今回は、この三人でここに入ろうと思うんだー」

 マイアが言う。

 アスタはそちらに振り返り、シグも同様にしていた。

「アスタはまあ、とりあえず私たちの後ろについてくればいいよ。危ないからね」

「なら連れてこないでほしかったんだけど……」

「何ごとも経験、ってね」マイアは笑って。「でも一応、はい、これ」

 と、アスタに何かを手渡した。

 受け取ったアスタは、首を傾げてマイアに問う。

「これは……?」

 手渡されたのは小さなブローチだった。紫色の宝石があしらわれており、わずかに魔力が感じられる。

 いわゆる魔具マジックアイテムというヤツなのだろう。マイアは一度だけ頷き、言った。

「私は錬金魔術師アルケミストだからね」

「そう聞いてたけど……」

 そもそも錬金魔術師アルケミストというのがどういう者なのか、アスタにはいまいちわからなかった。

 なんかこう道具作りとか得意なんだろう、という程度の理解しかない。そういえば、マイアが魔術を使っているところを、アスタはほとんど見たことがなかった。

 一度もないわけではないが、かなり切羽詰まった状況だったこともあって、何をしていたのかまったく覚えていない。


「その魔具さえあれば、もし中ではぐれちゃっても居場所がわかるからね。助けに行ける」

「はぐれたらその時点で死にそうなんだけど……」

「アスタも一応は魔術師なんだから」マイアは軽く微笑んだ。「自衛くらいは、せめてできるようにならないと。ま、大して大きな迷宮ってわけでもなさそうだから、たぶん大丈夫だとは思うけどねー」

「死亡フラグにしか聞こえないんだけど……」

 ぼやくアスタだった。わざわざ口に出したのは、言っておけばフラグを回避できるんじゃないかという、ほとんど願掛けみたいな皮算用だ。

 マイアに手渡されたブローチを、喉の下あたりにつけておく。

 それを見て取ったマイアは、「さーて」と笑顔を見せて、アスタとシグに告げる。


「――それじゃ、行こうか」



     ※



 迷宮の第一層目は、広間のような構造になっていた。

 外から見るよりもずっと広いが、それでもアスタの認識で言うなら、学校の体育館よりは少し狭いかな、という程度のもの。この広さでただ上に続いているだけならば、そうそう迷うこともないのでは、と思う。

 ――ただ上に続いているだけならば、だ。


「はは、またいきなりだねー」

「ふむ……」

 呟くマイアとシグ。

 三人の視線の先に広がる空間は、パッと見るだけでは円状の壁に囲まれた広間でしかない。

 ただ、壁には全て複数の階段があった。上に続く階段もあれば、下に続く階段もある。それがとにかく壁一面を埋めるように、いくつも存在しているのがわかる。

 塔、という構造的に、こんな風に壁際に階段があるなんて本来はあり得ない。

 下に続く階段はまだいいだろう。地面に潜っていくと思えば、そういう構造でもあり得ないとまでは言わない。だが、上に続く階段などどう作るというのか。そんな出っ張りは、少なくとも外からは認識できなかった。

 さすがは迷宮、と思えばいいのか悪いのか。とにかく《迷宮》という言葉の通り、立ち入る者を惑わせようとする構造になっていることは確かなようだ。


「いくつかある階段のうち、どれかひとつが正解っていう感じ……なら、優しいほうだよね」

「どういうこと?」

 首を傾げたアスタに、答えたのはシグだった。

「ここから見える中に正解があるとは限らないということだ」

「迷宮は、部外者の侵入を防ぐために複雑な構造をしてるわけだからね」受けてマイアが続ける。「迷宮は、必ずしも踏破できるようには作られていないってこと」

「なるほど……」

 考えてみれば当然の話ではあるのだろう。

 ゲームとは違うのだから。冒険に来る者を待ち構え、謎さえ解けば宝物が手に入る、なんて風に決まっているわけではない。

 侵入者は迷わせ、撃退するために迷宮が存在している。確かにヒトが造ったモノである以上、隠された場所まで辿り着くことができれば、莫大な価値を持つ宝や、今は失われた魔術の研究成果などを手に入れることがないわけではない。冒険者が富を欲し、迷宮に挑戦するのはそれが理由だった。


 ――だからといって、ヒントを手に入れれば進み方がわかるような仕組みになっているとは限らず。

 場合によっては、答えを知らない限り絶対に奥には進めない構造もあり得るということ。単純なところで言えばかけた本人にしか解けない魔力結界が張られているなどで、これに至っては答えがわかっても進めない。

 その場合、果たしてどうするのか。答えはひとつだ。

 横紙破りをするしかない。

 術者本人以外の立ち入りを拒む結界ならば、その結界を解除(丶丶丶丶丶丶丶)破壊すること(丶丶丶丶丶丶)ことが正攻法(丶丶丶)なのだ。

 錠を開く鍵が存在しないのだから、扉ごと壊して進むしかあるまい。


「……さて、どうなってるかなー」

 呟き、マイアが入口からいちばん近い階段へと近づいていく。下へ続く階段だった。

 アスタの横合いで、シグが言った。

「どちらかと言うのならこの階段の中に正解があるほうが厄介……というか面倒だな」

「そういうもん、なのか……?」アスタは訊ねる。「どれかが正解なら、最悪でも総当たりで解けるだろ」

「逆を言えば総当たり以外に答えを見つける方法がないだろう」

「ああ……」


 探知系統の魔術では、瘴気に汚染された迷宮の中で、しかも層を超えて先を調べることが難しい。瘴気の濃度が変わるということは、そこに境界ができる(丶丶丶丶丶丶)ということで、言い換えれば繋げられた別の結界になっているようなものだからだ。

 Aという結界の内部から、Bという結界の内部を調べる難易度は非常に高い。少なくともシグとマイアには不可能だった。アーサーにだって可能かどうか。

 さらに問題。仮に可能だったとしても、先の構造がわかったところで、それが正解なのかどうかまではわからないということだ。すべて同じ構造をしていた場合はそこで積むし、全て違ったとしてもそれは同じだ。というか、仮にひとつだけ違う構造の部屋に続いていたとしても、それが感知魔術を見越した罠でないとは断言できない。

 もっと根本的なことから見直さない限り、正解のルートを魔術で見つけることはできないのだ。


「だったらほかに道が隠されているほうがまだ見つけやすい。見つけてさえしまえば結界を壊すなりなんなりして力尽くで通り抜けることも可能だからな」

 ――無論それだけの実力があればという前提だが。

 そう語るシグだった。迷宮での冒険に、どうやらかなり慣れているらしい。

 ふと思いついて、アスタはシグに訊ねてみる。

「もしかして、シグは冒険者なのか?」

「ああ」シグは首肯した。「といっても局付きだが」

「……どういうこと?」

「俺は管理局に正式に所属している王国公認の冒険者でな。だから普通フリーの冒険者とは違い管理局から給料という形で報酬が出る。極論、迷宮になど一切入らなくても喰うには困らんというわけだ」

「へえ……すごいな、そんなのもあるのか」

 冒険者を志すアスタにとっては、貴重な先達の参考意見だった。場合によっては、その進路を目指すことになるかもしれない。

 だがシグは首を振り、けれど感情は特別に見せず淡々とこう口にする。

「自由はなくなる。指定はないが、どこかひとつの街に常に滞在していなければならない。移動するたびに許可を得ねば旅をすることすらままならんし、絶対に得られるとも限らん。報酬がある分、迷宮での稼ぎは気を使わねば嫌われるし、問題があれば兵士の如く駆り出される。いわば冒険者という立ち位置のまま就く特殊な王国騎士のようなものだからな。騎士よりは自由だが冒険者よりは束縛される。そんなところか」

「なるほどね、いろんな仕事があるもんだな。……あれ?」

 と、そこでアスタは首を傾げた。今の言葉の通りならば、

「こんな風に、マイアと迷宮に来てもいいものなのか?」

「いやよくない」しれっとシグは言った。「だから無許可で来た」

「おい」

「この程度ならばそれでも問題ないほうだからな。元が冒険者だ、束縛のしすぎは却ってよくないと管理局もわかっているのだろう。意外と緩いぞ、その辺りは」


 このときのシグの言葉は確かに事実ではあったが、誰もに適用される事実ではなかった。

 彼が割に自由な振る舞いを許されているのは、ひとえにシグウェル=エレクという魔術師がそれだけの特権を認めさせるほどの魔術師であるからにほかならない。

 これで意外に魔術師は、特に冒険者などという職に就く荒くれ者は、いわゆるところの《最強論争》というものが好きなのだから。いちばん強い魔術師は誰か、なんて話題は酒の肴によく話される。

 その話題の俎上に、当時まだ二十歳かそこらの若造が頻繁に乗せられること特記すべき事実だろう。

 シグウェル=エレク。その二つ名を《魔弾の海》。

 近接戦闘最強との呼び声高きグラム=ペインフォートに対し、遠距離戦闘最強として名を挙げられることの多い魔術師だった。


「――ところで」

 と。そんな事実を知らずに呆れるアスタを尻目にして、シグはふと呟く。

 本当になんでもないような口調で。


「マイアが、どこかに消えたな」

「――は……?」


 言われ、アスタは咄嗟に振り返った。見れば先ほどまでマイアがいたはずの場所から、確かに誰もいなくなっている。

 慌てて辺りを見渡すも同じ。いつの間にか、マイアがどこにもいなくなってしまっていた。


「え、なんで? まさかひとりで先に行ったとか――」

 そんなはずがないと思いつつ、アスタは零す。

 その言葉が途中で遮られたのは、やはり、そんなわけがなかったからだ。

「うお……っ!?」

 突如として、全身を揺るがすほどの振動に襲われた。

 咄嗟にアスタは床に膝をつく。というより、バランスを崩して倒れかけたと言うべきか。

揺れてるな(丶丶丶丶丶)

 シグが言う、その言葉の通りだった。

 揺れているのだ。まるで地震でも起きたかのように、迷宮が。

 それが地震ではないということに気づいたのは、アスタの視界に明らかな異変が映されていたから。

 迷宮の壁が、回転している(丶丶丶丶丶丶)

 鈍く大きな音を立てて、床と迷宮がずれ始めていたのだ。階段の設置された迷宮の壁が、その階段ごと回転している様はいっそ異様だ。建造物の内部で起きていい事態ではない。


 揺れは、そう時間をかけずに収まった。

 回っていた壁も止まる。変化で言うなら、ほんの十数度ずれたというくらいだ。

 それでも壁が回転し――おそらくは階段の進行方向がずれた――という事実は驚愕のひと言だ。

 ここがただの建物ではなく、迷宮という名の魔窟であることをアスタは強く自覚する。

 その程度には、衝撃的な光景だった。


「……ふむ。さていったい何が起こったのか」

 一方、大して驚いた様子も見せないシグは、言いながら階段のほうに寄っていった。

 先ほどマイアがいたはずの位置で、それはつまりマイアが見ていた階段とは別のひとつだ。上に向かって続いている。

 その奥から――黒い、何かが飛び出してきたのは、シグが階段の前に立った直前だった。

「シグ!?」

 それに、シグが捕らえられる。

 飛び出してきたのは、帯状の黒だった。自在に動く影、とでも表現すればいいだろうか。立体感がなく、現実味がない。魔術で作られたものであることは明らかだ。

 それが見た目通り、帯としての役割を果たす。避ける間もなくシグの身体を、両腕ごとぐるぐるに縛りつけ、影は彼の自由を奪う。

 表情には出ないタイプなのか、シグはやはり一切驚いた様子もなく、首だけでアスタを振り返って言った。

「すまん」

「お、おい……っ」

「捕まっ――」

 た、と言い切る前に、シグの身体が引っ張られる(丶丶丶丶丶丶)

 ゴム製の帯が縮まるような勢いで、何をすることもなくシグは階段の上へと消えて行った。

 慌てて追おうとするアスタではあったが、その瞬間。

「……っ! また!?」

 再び、壁が回転し始める。

 先ほどと同じように階段が少しだけずれ、シグの上って行った階段を隠してしまう。

 ――つまり。

 迷宮に、アスタひとりが取り残される形になってしまったということ。


「――え……おい、シグ? マイア!? う、嘘でしょ……!?」


 呆然と、消えたふたりの名をアスタは呼ぶ。

 だが答えは当然ない。ひとりになった迷宮の中で、アスタの声が空虚に反響するだけだった。

 ――まずい。というか、いくらなんでも予想外すぎる。

 アスタは無意識のうちに、マイアから貰ったブローチを握り締めていた。

 だが、もはやこれはなんの役にも立たない。だって想定されていないからだ。

 アスタがはぐれるのではなく、マイアとシグがはぐれるなどという事態、考えていたわけがないからだ。


「…………」


 為すすべもなく、アスタはただ辺りを見回す。はぐれたふたりを、いないとわかっていてもなお探すかのような――縋るかのような行いだった。

 当然、その視線の先に人影はない。ただ意味がないというわけでもなかった。

「……はは」

 小さく、アスタは笑った。現実逃避だったのか、それとも余裕がでてきたのか。後者であればいい、と思った。

 考えてみれば、これは当然の光景だったのかもしれない。そんな風に冷静な思考が、少なくともこのときのアスタにはあった。

 視線の先。先ほどまで立っていた、入口のすぐ手前。

 その場所から――出入口が消えてしまっている。

 当たり前だ。だって、壁が回転しているのだから。いくら魔術を学びたてのアスタでも、壁を壊せば迷宮から出られるわけではないことは理解できた。そもそも迷宮はほぼ破壊不可能だが。

 つまるところ、要するに。

 魔術なんてほとんど使えない状況で、頼りになる魔術師ふたりとはぐれてしまい、しかもそのふたりが簡単に罠にかかってしまうほどの迷宮で、逃げ道すら消えてしまった上で。


 ひとり、取り残されてしまったということになる。

この頃のアスタ不憫すぎるな。

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