S-17『新米冒険者ネリムちゃんの事件簿 9』
前話、あとがき誤字っててごめんな!?
「七星――だと。本物の……?」
「そうだよ。別に信じてもらおうとは思わないけど、できれば信用して、それで諦めてほしい、かな」
「……馬鹿を言え。本物がこんなところに来るわけあるか」
「ま、信じないか――でも、誰も動かないよね」
キュオネは言う。それはその通り、なのだろう。
――というより動けるわけがなかった。
最初に動いた人間は、つまり最初に標的になるのだから。それも、あそこまで残酷な魔術の餌食に。誰だって、それが自分になるのは嫌だった。
「何してもいいよ。どんな魔術を使ってもいいし、子どもたちを人質に取ろうとしてみてもいい。させないから。何をやっても、ひとつずつ、全部わたしが砕いていく。全員の心が折れるまで、残酷に踏み潰していくからね。――それが嫌な人から投降して」
「悪いが、そうはいかねえよ」
「だろうね」キュオネは淡々と呟いた。「じゃあ、手前からいこうか」
言うが早いか、キュオネが駆ける。その速度は一流の格闘者並みだ。
立ち直りの遅かったひとり――キュオネの死を直接、確認した男だった――が、無防備に側頭部を蹴り抜かれる。
吹き飛ばされた彼は、床を滑って吹き飛ばされた。そのまま部屋の入口付近、偽《紫煙》たちが纏まって立っている側に吹き飛ばされる。
思わず、彼らは飛ばされてきた男を避けた。
そう大した威力じゃない。痛みだって、それほどではないだろう。
だが。
「い――あ、ぁああああああ痛えっ、があっ、痛え痛え痛えああああああああ、ぎあぁっ、助っ……誰かっ、いぎいあああっ、痛ぇあああっあっ」
キュオネに蹴り飛ばされた男が、床でのたうち回りながら呻き、叫び、異常なまでの苦痛を訴えている。
残酷な光景。
それを前にキュオネは、求められてもいない解説を言葉にする。
「痛覚を増幅させたからだよ。とっても痛いだろうね。痛いけど気絶もできないだろうね。わたしの攻撃は掠り傷でもこうなるから、毒ナイフくらいに注意してね」
いっそ淡々とした少女の様子が、より怖気を掻き立てた。
誰も動けない。
目の前の少女に対する恐怖感もある。そしてそれ以上に、ここまでの魔術をいともあっさり成立させる、その技量が恐ろしかった。
本物の七星旅団員か。そんなことはもはやどうでもいいことだ。
本物だろうと、偽物だろうと――勝てない相手なら変わらないのだから。
――まずいな。
と、偽《紫煙》は思う。だから言った。
「何ビビってやがる、お前ら。そいつは治癒魔術師なんだろ?」
「…………」
「てことはだ。直接触れない限り、何もできないってことじゃねえか。――ここから撃て。もう商品も気にするな。それで終わりだ」
言って偽《紫煙》は踵を返す。
どうしたのかと視線で問う部下たちに、彼はひと言。
「――森精種の野郎がいねえ。そこの女とグルだったんだろう。探し出して始末つけてくる」
「ああ、ばれちゃったか」
やはり淡々とキュオネは言った。
その様子を眺めて、偽《紫煙》はあえて笑う。
「その態度も脅しの一環か? 意味ねえよ。そうやって振る舞ってること事態が、お前らに人質が通用することの何よりの証じゃねえか。お前ら潰して商品取り戻して、それで終わりだ。なんのこたぁねえ」
――やれ。
それだけ言って男は部屋を出、部下たちはそれに従った。
全員が再び魔術を起動する。
彼の言う通りだ。キュオネは人質がいる限り、絶対にそれを庇わなければならない。結局のところ、治癒魔術でできることは治癒だけだ。決して戦いに使うものではないのだから、本来。
確かに強い。一対一で勝てる魔術師などこちら側にはいないだろう。だが、そんなことはなんの関係もない。周りに寝転がっている子どもが、人質として機能している時点で脅威じゃなかった。
魔弾を一斉に打ち込めば、それで終わる。
こちらを脅して足を止めさせたこと自体が、飽和されることを恐れての行為でしかない。
それさえわかれば――元よりただの若いガキだ。なんの問題もない。本物の七星旅団が、こんなところにいるものか。
踵を返した偽《紫煙》の背後で、
「――■■■■■■■!!」
絶叫が、木霊した。
言語にならない叫びは、ただ苦痛を訴えるだけのもの。
それらが全て、自らの部下から発されたものであることに、さすがの彼も足を止めて振り返った。
「……馬鹿、な」
部下の全員が、一斉に、悶え苦しみながら倒れ伏していた。
何をされたのかさえわからない。彼にもわからなければ、実際に何かをされた連中だってわかっていない。
だから。やはり、説明する必要のないことを。
キュオネ=アルシオンが言葉にする。
「わたし、さっきまで死んでたの、忘れたの?」
「何、を……言って」
「治癒魔術で死ねるわけないじゃない。当然、生き返ることもできないよね、治癒は蘇生じゃないんだから。――だったらわたしが、治癒以外の魔術を使ってたの、察しはついたはずだけどな」
「お前……お前は」
「――うん。わたしは確かに治癒魔術師だけどね。でも、それだけじゃないんだ。病気で死んだみたいに死ぬのは、これ……呪いだよ。呪術。呪術で自分を殺しながら、治癒魔術で身体機能を維持する。ま、一歩間違えば本当に死ぬけどさ。魂さえ残ってれば、まあ、復活じゃなくて治癒の範疇だから。ぎりぎり」
絶句した。頭が狂っているとしか思えない。
先ほど彼女が蘇生したことを、彼らは確かに驚いたが、当たり前のように本当は死んでいなかっただけだと見なした。
――まさか本当に、自分の魔術で仮死状態に持ち込んでいたなどと誰が思おうか。
思いついてもやろうと思わない。やろうと思ったってできるわけがない。自らを殺して生き返るなど、そんな魔術は次元が違う。
それに気づいてさえいれば、彼らだって思っただろう。
「殺す覚悟……だっけ。違うと思うなあ、わたし。魔術師にはそんなもの必要ないよ。必要なものがあるとすれば、それはむしろ、死ぬ覚悟のほうじゃないかな。なんて、さっきまで死んでたわたしが言えば、説得力あると思わない?」
――間違いない。間違いなく本物だ。
こんなに頭の狂った魔術師が、本物でないなどあり得ない――。
「だから言ったのに。わたしは、七星でいちばん残酷だって」
倒れ伏す魔術師たちは、全員が自らの魔力に神経を冒されている。
もともと、魔力は毒なのだから。あれほどの時間があって、あれほど彼女の行動を眺め、声を聞いていたのだから。
縁ができるには充分だ。
その繋がりがあれば――呪術は簡単に成立する。
取り囲んで遠距離から魔術を撃てばいい。誰だってそう思う。キュオネだってそれくらいわかっている。
――だから、それが落とし穴だった。
極めつけなのは、例外なく全員が同じ症状を受けていることだ。目を背けていた彼以外は――魔術師ではないものまで全員が。
感覚を共有したかのように、同じ苦しみに呻いている。
それが、キュオネ=アルシオンの魔術。
セブンスターズの呪術使い。リグをして、七星で最も敵に回してはならないとされる魔術師の戦い方。
「……ま、待ってくれ……悪かった。見逃っ、見逃してくれ……っ」
もはやなりふりさえ構わず、偽《紫煙》は命乞いをする。
キュオネは頷いた。あっさりと。
「いいよ。じゃ、連れてきた子どもたち、どこにいるのか吐いて」
「――むこっ、向こうに隠し部屋が、ある……そこに、全員纏めて隠してあるから――だからっ」
「嘘ですね」
背後からの声に、キュオネが驚いて振り返る。
ネリムだ。彼女はキュオネの顔を見て告げる。
「キュオネさん、今のは嘘です」
「う、嘘じゃな――」
「この人はわたしに《紫煙の記述師》だと名乗ったとき、右腕の親指がやたら動いていました。思い返せば、それは嘘をついていたときだけです。癖なんでしょう」
「な――」
「というのは嘘ですが」
ネリムは笑った。キュオネをまっすぐに見て。
「本当に嘘だったようですね」
「どうして……」
呆然と呟くキュオネ。本当に驚いたような表情だった。
「えっとですね。さっき部屋を出ようとしたとき、その人、廊下の左側に視線が向いてたんです。そっち入口ですよね。わたし、運ばれてくるとき起きてから知ってるんです。でも、おかしいじゃないですか。リグさんがキュオネさんの仲間なら、ひとりで外に逃げるわけないんですよ。なら、本当に探しに行くなら、建物の中に入るほうを見なきゃ変だと思ったんです。――たぶん、初めからひとりで逃げるつもりだったんでしょう」
「……あ。えっと、それはすごい観察眼だけど、でもそうじゃなくて」
「はい?」
首を傾げるネリムに、キュオネは問う。
「えと、だからその……わたしのこと、こわくないの?」
「――はあ。いやまあ、そりゃ絶対に敵には回したくないと思いましたけど。でも敵じゃないですし」
「いや、そうじゃなくて……」
「でもキュオさん、わざとああやって残酷な手段取ったんでしょう? 見せしめだって言ってましたけど、あんなことしなくても、こんなに強いならよかったはずです。それでも誰かに見せようとしたんなら、それはきっと、わたしに見せようとしたんだろうなあ、って」
「…………」
「わたしのこと、助けてくれたじゃないですか。でも、あのときに起きたの、たぶんわたしが死ぬのわかってて、それでも引かないの見て、それはよくないって教えてくれようとしたんですよね」
もしもキュオネが、そしてリグがいなければ。
ネリムは確実に死んでいた。彼女は「もっと早く助けられた」と言ったが、そもそも騙されて来たのはネリムの責任だ。
それは危うい。窮地に自己を曲げない強さは否定されるべきものでなくとも、力が伴わなければ無意味だ。我を通せるのは強者だけ。
それでも助けてくれた彼女に、ネリムは応えなければならないと思った。
「……なんていうか。頭、いいんだね、ネリムちゃん」
「そうですか……? よく脳天気だとは言われますけれど」
「――その通りだと思うがな」
そのとき、入口のほうから声がした。
リグが立っていた。偽《紫煙》を背後から締め上げて、話を聞いていたらしい。ネリムは笑顔を見せて言う。
「リグさん! よかったです!」
「……何がだ」
「リグさんが悪者じゃなくてですよう。わたしもう悲しくって」
「そうか……悪かったな、黙ってて。お前だけ逃がしてやろうかとも思ったんだが、結局それもしなかった」
「そんな特別扱いされても、困っちゃいます。わたし、よかったと思ってるんですよ、リグさんやキュオネさんと、いっしょにお仕事できて」
朗らかに笑うネリム。それは本心からの言葉だった。
巻き込まれただなんて考えない。仮にそうだとしたらむしろ、喜ぶべきだろう。
だって――本物の七星旅団に会えたのだから。
結局、それが理由だった。
本当は確かに、ネリムだってキュオネを恐ろしいと思ったのだ。どんな理由であれ、彼女はそういう行為ができる。
それはきっとネリムには、一生できないことだろう。それが本物の魔術師ならば、確かにネリムでは、どう足掻いたってその場所に届かない。
けれど――それでも、彼女は確かに、ネリムの憧れの魔術師だった。
なら、その気持ちを信じようと思ったのだ。
「それでリグ、どうだった?」
小さく笑って、キュオネがリグに問う。
彼は肩を竦めて、
「とりあえず、罠の類いは軒並み外してきた」
「なる。偽物さん、わたしを罠に嵌めようとしてたのか。結界の中ならできるだろうからね」
「しかし、こうも複雑だと、どこに囚われてるのか探すのは骨が折れそうだな」
「……そっか。でも急がないとね」
「ああ。一刻も早く探し出してやらないと――」
「――あれ、リグ? 何やってんだ、こんなとこで?」
そのとき。またしても、場違いな声が入口のほうから聞こえた。
振り返ったリグは、その目を細めて小さく言う。
「お前こそ……なんでここにいる?」
「なんでって、ちょっと魔力を追ってきたんだけど、こっちこそまさかお前らがいるなんて――」
「その声……アスタ?」
「あん?」
廊下を駆けてくる足音。ネリムが見ていると、やがてリグの横からひとりの男が顔を出した。
見覚えのある顔。思わずネリムは叫ぶ。
「えっ、露天商さん!?」
「――お、あのときのお客さん、と……なんでキュオ?」
「こっちの台詞すぎるなあ……」
「ん? あれ? お知り合いなんですか?」
混乱する三人だった。
こほん、と咳払いをしてキュオネ。
「とりあえず……アスタはどうしてここに?」
「ああ。そっちの子がつけてる首輪あるだろ。それ、マイアの魔具でさ。渡しっぱなしになってたの思い出して追ってきたんだ」
「まーたわけわかんないことを……ふたつ聞くけど? ひとつ目になんでここわかったの? 天然の竜脈結界だよ、その中の首輪の気配を、まさか王都から追ってきたとか言わないよね?」
「いや、そうだけど」
「やだアスタ、蹴り飛ばしたい」
「なんで……」
「わたしの苦労が台無しすぎるからだけど」
この男がいれば、こんなに簡単にこの場所がわかるのか。
――いやまあ、アスタと教授ならできるだろうけど。メロとセルエも、下手したらできそうだなあ……マイアとシグは……無理だろうけど。
キュオネとしても、もう苦笑するほかない。
「来るならもうちょっと早く来てよ……」
「……見たとこ、戦ってたみたいだな」
「そうだよ。アスタいたらもっと遙かに楽だったんだけど。なんでそう絶妙に遅いの。何しに来たの」
「そんなこと責められても知らないんだけど……あと一応は外の見張り眠らせたりとかしたんだけど……」
「うるさいよもうばか。で? なんでわざわざ追ってきたの? 別にその首輪取り返そうとかじゃないよね、マイア作なら」
「え、ああ。使用説明をしようと思って……」
「それだけ……?」
「……作ったのマイアだぞ」
「ごめん納得した。それは急ぐね」
仲よさげに会話するふたりに、ついていけないネリムは首を傾げた。
「えっと、お知り合い……なんですか?」
「ん、ああ」悪戯っぽく微笑み、キュオネが言った。「紹介するね。アスタ=プレイアス。――本物の《紫煙》さんがこちらです」
「ぶぇほっ!?」
むせた。思いっきり。
「えほっ――うえぇっ!? 露店主さんが……紫煙の、えぇっ!? 本物の!? 五大迷宮の一角を攻略した伝説のクランの一員がこの人!? マジで!?」
「キャラ濃いなー」
「あのあのあのファンなんですけどサイン貰ってもいいですか!?」
「そんなもんねえよ……」
ちょっと引いているアスタだった。まあ、意趣返しはこのくらいでいいだろう、とキュオネは思う。
それからアスタに向き直り、両手を合わせてこう言った。
「ね、アスタ。せっかく来たんだから手伝ってよ。この結界の中に、隠されてる部屋とかあると思うんだ。そこに、子どもが何人か捕まってるはずなの。アスタなら探せるでしょ? 見つけてあげて」
「――ん、ああ。そりゃ構わないけど。お前らは?」
「わたしとリグはちょっとやることあるから」
「はあ。そうけ」
「これからここに、お客さんが来るらしいからね。お出迎えしてくる。だからアスタは、この子といっしょに捜し物、お願い」
ネリムは再び噎せ込んだ。
※
建物の中で、ネリムは憧れの魔術師とふたりきりになっていた。
いや、それを言えばキュオネもそうなのだが、彼女とは初めから仲良くできていたのに対し、露店主さんに対してはこう、ちょっといろいろ失礼を働いてしまったような気がする。
それで割と狼狽えていたのだが、「何があったのか」とアスタに問われて、ひと通り説明せざるを得なかった。
逆に言えば、話すことがあった分だけよかったのかもしれない。それがなければ、むしろよっぽど気まずかっただろう。
壁やら床やらに、よくわからない文字を刻み込んでいるアスタを見ながら、ネリムはコトの顛末を語り終える。
なるほどな、とアスタは笑い、
「そりゃキュオに怒鳴られるわけだわ……本当、何しに来たんだ俺、って感じだな」
「いやまあ、知らなかったんなら仕方ないと思いますが……」
「ま、最後に役に立ったみたいでよかったよ……っと、うわ危ね、こっち魔力溜まりになってるな。本当どうなってんだここ?」
などと言いつつ、手際よく結界を解体していくアスタ。
複層構造の、しかも半ば自然発生の結界をどんどん解きほぐしていくその姿は、確かに伝説の魔術師らしい凄まじさだった。
というかレベルが高すぎて意味がわからない。
「――それで?」
ふと、アスタがそんな風に言う。
ネリムは目をぱちくりとさせた。
「これからどうするんだ、お前?」
「どう、とは……」
「仕事探してたんだろ」こちらを見ずに彼は言う。「冒険者になるつもりなのか?」
「――いえ」ネリムは首を振った。「わかっちゃったんです、今回ので。わたし……たぶん、冒険者には向いてません」
「……、そっか」
「あ、でも悔しいとかじゃないんですよ? もともとわたしが冒険者になろうと思ったのは、単なる憧れだったんで。キュオさん見てたら、ああ、わたし何も考えてなかったんだなって。だから、それは、なんか違うなって思ったんです」
「……じゃあ、これから何を?」
「キュオさんから聞きました。この組織がずっと人攫いを続けてて、売られた人もいるんだってこと。今回はみんな助けられたけど、今回より前に売られちゃった子たち、それでもまだいるんだって。――だからわたし、それを探し出したいって思ったんです。わたしも売られかけましたから」
「なるほどね……」アスタは、それを聞いて笑った。「なんか悪いな、俺の偽物がやったことで」
「手口の一環ってだけでしょう? 七星の皆さんの責任じゃないじゃないですか」
「まー、それもそうなんだけどなー……お前、まだ王都にいる?」
唐突な質問の切り替わりに、面食らいながらもネリムは答えた。
「えと、はい。そのつもりですあ、一回は実家に戻ろうと思うんですけども、これからも王都を拠点にしようかなって……ああ、お金まったくないの忘れてた……」
「んじゃこれ」と、アスタがネリムに、一枚の紙片を手渡す。「もともとこれを渡そうと思って来たんだよ――っと、この部屋だな。キュオを呼んでくるか……俺が行くよりいいだろ。ああいや、これトラップか? ……うわ、これ、そこで寝てた連中程度が使える魔術じゃねえぞ……解けっかな」
「……えと。これは?」
アスタに渡された紙には、何か建物の位置が記されていた。
「帰省が終わったら、そこ訊ねてみてくれ。そこに変な男が住んでるんだが、俺の名前を出せば、きっと知恵を貸してくれる」
「どなたです?」
「ユゲル=ティラコニア」アスタは普通に言った。「七星の三番。俺らは教授って呼んでる」
「……なんか感覚が麻痺してきました」
「そりゃいい」
目の前を眺めたままアスタは言う。
結界の解き方を模索しているようだ。
「俺もしばらくは王都にいるから、なんかあったら来いよ。あの場所でまた露店でもやってる。――ああ、首輪の使い方はあとで教えるな」
「いいんですか、本当に頂いてしまって」
「もうお前にしか使えないよ。むしろ押しつけて悪かった」
「いえ、そんな――」
「それもう捨てられないから、一生」
「なんですかそれ、呪いの魔具みたいな……」
「――……」
「……え、本当に?」
「そういえば」アスタは咳払いをした。「名前、なんていうんだっけ?」
「露骨に話題を変えましたねっ!?」
「ははっ」
「というか……そういえば、名前言ってませんでしたっけ」
「ああ。なんだか、いいとこのお嬢さんなんじゃないかとは思ってんだけど」
「……それでは」
こほん、とひとつ咳払いをして。
それから――彼女は、自分の名前を、彼に告げる。
これからのち、しばらくの付き合いになる友人に対して、それが最初の名乗りだった。
「わたし、ネリム=ギルヴァージルといいます! これからよろしくお願いしますね、アスタさんっ!」
ほんの少しだけヒントは出したけど、ラストのこれは読めなかったと思うな。思う。思いたい。どーでしょ?
というわけで、ネリム編全九話(想定の三倍)でしたー。
ありがとうございます。需要がわかんない。
で、以下、今後の予定です。
とりあえず次回からは後生に突入……ではなく、もう少し続きます。
まあ短編っていうか半ば本編なんですが。
以前よりご要望の多かった『七星旅団編(+α)』を、ここで書いておこうかと。
全七話予定(あくまで予定)です。
一話ごとに一年、アスタが異世界に来てからの話をば。
では次回、七星旅団編第一話。
『アスタとマイアの一年目』でお会いしましょう。
活動報告もございますので、よければ。
ではではー。




