S-13『新米魔術師ネリムちゃんの事件簿 5』
更新再開です。
本年もよろしくお願いいたします。
待ち合わせの場所に向かうと、そこでネリムは懐かしい顔を見つけて大仰に驚いた。
懐かしい、といってもほんの数日ぶりではあるのだが。それでも、知る者のないこの王都で見知った顔に出会えた喜びを、彼女は全身で表現する。
「あれっ、リグさんじゃないですか! まだ王都にいらっしゃったんですねえ」
「お前……ネリム。どうしてここに……」
「もちろんお仕事ですっ!」
嬉しそうに跳ねながら駆け寄ったネリムとは対照的に、美形の森精種――リグの表情は苦々しげだ。ネリムを疎ましく思っているようではなかったが、決して再会を好ましく思っている風でもない。
彼はネリムから視線を切ると、その矛先を同行してきたキュオネに向ける。どこか鋭利とも言える目つきだ。
「おい、なぜお前がこいつといる?」
「なぜって言われてもなあ」一方のキュオネは、ネリムが会ったときからずっと変わらない、穏やかで警戒心を解かせる笑みのまま答えた。「偶然としか言いようがないよ。ちょっとお話しして仲よくなって、そんで同じお仕事してるってわかったから、ここまでいっしょに来たってだけ。リグのほうこそ、ネリムちゃんとは知り合いなんだ?」
「……まあ、いろいろあってな」
「何それ」キュオネは笑う。「リグのほうこそよくわかんないじゃん」
「…………」
「ま、いいや。そゆこともあるよね」
あっさりと納得するキュオネ。元より大して気にもしていないという風だ。
そんなことよりも、と彼女はネリムに向き直り、相変わらずの笑顔でこう告げる。
「そろそろみんな集まってくると思うから、ごめんだけど、それまで待っててくれる?」
「あ――はい。結構な人数がいらっしゃるんです?」
「そうでもないよ。五、六人くらいかな。集まったら移動するからねー」
そう言ってキュオネは道の真ん中のほうに向かう。目立つところに立ち、集まってくる人を待つ様子だ。
見るに、どうやら今回の仕事の中でも、キュオネは中心のほうに立っている人物らしい。知り合いであるらしいから、ともすればリグもそうなのだろうか。
そんな風に思ってネリムは彼のほうを見たが、
「…………」
リグは何も言わず、どこか不機嫌そうに腕を組んだまま立っていた。いかなネリムでも、声をかけるのが少し躊躇われるほどの様子である。
何も言えなくなったネリムは、わずかな居心地の悪さを感じながら時間を待った。
※
しているうちに、やがてキュオネの言葉通り、数人の人間が集まった。
全員がネリムと同じくらいか、場合によっては少し下くらいの年齢の若者たちだ。いずれも魔術師見習いといった装いで、共通点といえばそのくらいだ。
「んーと、これで全員かな? 正直、把握できてないんだけど、ほかに来そうもないし、そろそろ行っちゃおっか」
キュオネが言う。彼女のほうも、ここに来る全員を把握しているというわけではないようだ。
ネリム自身、形としては飛び入りに等しい。そんなものなのだろう、と特に気に留めることはなかった。
管理局には通達していない仕事だという話だし、若い人間が多いことも、その辺りが理由だろう。
「それじゃ早速だけど、街の外まで行くからついて来て。外に馬車が止めてあるから、その護衛がみんなの仕事だよ」
「中には何が入っているんですか……?」
「それは秘密」片目を閉じて、いたずらっぽく微笑むキュオネ。「魔術師の仕事をやるんなら、その辺りは気にしないことも大事だよ」
「はあ……そういうものですか」
「ま、特に取り扱いに注意がいるモノってわけでもないし、あんま気にしなくて大丈夫」
仮にも七星旅団が関わっている仕事なのだから、まさか違法なモノということもあるまい。
とはいえ、あまり他人に知られたくないことであるのも事実であるらしく。大方、迷宮探索に使う希少な道具が何かだろうとネリムは当たりをつけていた。
連れ立って街の外まで向かう。先頭はキュオネ、いちばん後ろにリグ、間をネリムたちで埋めるような形だ。集められた若者たちは、誰も期待と不安が半分ずつ混ざったみたいな表情を見せている。ネリムと同じで、これが初めての仕事という魔術師が、ともすれば多いのかもしれない。
そんなことを冷静に観察できるくらい、ネリム自身には少し余裕が生まれている。年の近いキュオネや、世話になったリグがいっしょにいることで、調子が出てきた気分だった。
やがて外門を出て、城壁沿いに少し進んでいくと、二台の馬車に行き当たる。そこにはひとりの男が立っていて、こちらに気づくと軽く会釈するように頭を下げた。
後方にいたリグが前に出て、男に近づくと二言三言、言葉を交わす。わずかなやり取りがあったのち、リグから何か袋のようなものを受け取った男は、そのまま街へ戻るように立ち去っていった。
首を傾げるネリムたちに、キュオネが告げる。
「馬車の見張りをお願いしてあったんだよ。その報酬を渡したから、ここからはわたしたちの仕事ってわけ」
「なるほど……」
「さて、ここからは二手に分かれるよ。片方の馬車はリグが、もう片方はわたしが運転していくから、それぞれに乗ってついて行ってね。目的の町は、ここからふたつ隣の≪サンジャノス≫ってところ。何ごともなければ一日ちょっとで着くし、まあたぶん何ごともないんじゃないかな」
「……あの、七星旅団のヒトたちは――」
と、集まった少年たちのひとりが言う。ネリムもそれは気になっていたところだ。
やはりみんな、七星旅団の噂を聞いてこの仕事を請けているらしい。
「彼らは別行動だね。ほかにもやることがあるみたい」
とキュオネ。残念だが、現れないのだからそうだろうとは考えていた。
元より、話ができただけでも幸運だと思っているのだ。これ以上を望むのは罰当たりだろう。
「やっぱりネリムも、七星旅団のメンバーに会いたかった?」
キュオネが首を傾げて問う。ネリムは頷き、
「まあ……本音を言えばそうですね。やっぱり、憧れなので」
「……、そっか。ごめんね、わたしたちで」
「い、いえ! もしいっしょの馬車になんか乗ったら、緊張してお仕事にならなくなっちゃいますよ!」
「ええ、そんなに?」
「もちろんです!」勢いきってネリムは頷きを連打する。「≪冒険者は冒険をしない≫なんて言われることが多い中で、七星旅団は本物の冒険者ですよ! 安全ばっかり気にして迷宮に入らない、名ばかりの冒険者たちとは大違いなんです! 憧れてるヒトは多いと思いますよ!!」
「……そうなんだ」
「はい!」思い切り頷いて、それからネリムは慌てて首を振る。「あ、いえ、すみません。別にキュオネさんたちが偽物の冒険者だと言ってるわけではなくてですね……その」
「あはは……いやいや、気にしなくていいよ。そっか、本物か――なるほどね」
何かを噛み締めるみたいに、うんうんとキュオネは繰り返し首肯する。なるほどそうなのか、と。
「キュオネさん……?」
「あ、ごめん。ちょっと考え込んじゃって。まあ彼らも、報酬の受け渡しには現れると思うし、この仕事も危険なことなんてほとんどないはずだから。魔物が迷宮外に出る、なんて話もこの辺りじゃぜんぜん聞かないしね」
「……そんなことがあるんですか?」
「なくはないよ。飽和することがあればね。まあちょっとした旅に、ついでにお金もついてくると思ってよ」
それじゃあ別れようか、とキュオネが言って、それぞれを適当にふたつの馬車に振り分ける。
ネリムは、リグが運転するほうの馬車に乗ることになった。
※
道中、会話らしい会話はなかった。リグは終始無言だったし、なんとなく声をかけづらい雰囲気だ。
代わりに、危険らしい危険もなかったことが幸いといえば幸いか。もともと滅多なことでは危険など起こり得ないが、それでもときおり盗賊らしき一団や、はぐれの魔術師なんかに襲われることがないわけではない世の中だ。確率的には、運がいいというよりも、悪くなかったという程度のものだろうが。
いっしょに荷台に乗った、同い年くらいの少年たちとはそれなりに打ち解けた。いっしょの馬車に乗ったのは、ひとつ下の少年がひとりと、もうひとつ下の年の少女だ。それぞれ別の村から、冒険者を志して王都までやって来た――まあ、ネリムと同じような背景であるらしい。冒険者になるのに王都は関係ないということを、知らなかったのは何もネリムだけじゃないようで、ちょっとだけ安心してみたり。
結局、とりあえず王都で職を見つけて(仕事を探す|だけ(丶丶)ならば難しくはない)、それなりに安定した暮らし自体はできているという話だが、やはり冒険者になる夢を捨てきれず、この仕事をきっかけに別の町へ移ることを決意した、というのがふたりの話だ。誰も大して事情は変わらない――いや、むしろ|そういう人間(丶丶丶丶丶丶)を狙って集めたと考えるべきだろうか。
さすがは七星旅団。後進に手を差し伸べてくれているのかもしれない。
そうやってお互いの身の上を話し合ってみたり、あるいは荷台のほんの片隅に積まれ、覆いの掛けられた荷物の正体を推理してみたりするうちに、やがて夜になった。
その頃には話題も尽きている。出発したてのときは、それでも周囲を警戒する真似をしてみたりと意気込んでいたのだが、意味がないことは早々に悟っている。
久方振りに、御者台のほうからリグが声を発し、
「今日はここで休むぞ。交代で寝るから、順番を決めておけ」
それだけを言った。ネリムはふたりに先を譲り、初めは起きていることを選ぶ。
なんだか目が冴えていたのだ。それはこうして初めて冒険者らしい仕事に従事しているからかもしれないし、あるいは久し振りの馬車の旅に少し興奮しているのかもしれない。もちろん、別の理由かもわからなかった。
馬車から出て、星の瞬き始めた夜空の下にネリムは飛び出す。
キュオネたちの馬車は先行しており――二台で進むほうが目立つという話だ――今はもっと先で休んでいることだろう。
外で見つけたのは、焚火の前で蹲るみたいに起きている、リグの姿だけ。
「…………」
少しだけ、迷うネリムだった。リグがどうしてか、こちらとのコミュニケーションを避けていることは察している。
だが、それはなんだか納得がいかないのだ。理由がわからないことはもやもやする。明け透けではっきりとしたネリムの性質は、わからないということが嫌いな彼女の性格それ自体に基づいていた。
まだ村にいた頃、気になったリグの正体を本を漁って突き止めたことだって、結局はそれが理由だ。わからない、という状態を我慢できないから。どんなことでもはっきりさせたい、という衝動をネリムは生まれつき持っているらしい。
その方法に、最も端的でまっすぐな方法を選んでしまうことは、果たして彼女のいいところなのか違うのか。
いずれにせよネリムにとって、リグは間違いなく友人だ。種族が違っても、年が離れていても、そんなことは関係がない。
話がしたいと思うのだから、声をかけることはきっと、間違ってなどいないはずだ。
「――リグさん」
だから、ネリムは声をかけた。
そこにいることはすでに気づいていたのだろう。リグがゆっくりと顔を上げる。
その表情をやはりまっすぐに見つめながら、ネリムは言った。
「ちょっと、お話しませんか?」
「…………はあ」
と。小さく、けれど明らかに溜息を零すリグの姿が、ネリムにはなんだか嬉しかった。
だって、それは王都までの道中で何度となく見た、リグ本来の飾ることのない姿だったから。




