S-12『新米魔術師ネリムちゃんの事件簿 4』
「――ま、要するに単なる荷物運びなんだけどね」
そう《紫煙》は言った。相も変わらず、いかにも爽やかげな笑みを絶やさない。
コミュニケーション能力の高い人なのだろう、とネリムは思う。実力の高い魔術師――特に家系を重ねたのではない一代限りの特異な才能を持つ者――は人格的に、よく言って風変りな特徴を持つことが多いとネリムは文献で読んだことがあった。
さて、七星旅団は、噂で聞く限りは全員が魔術系の貴族や名門の出身ではないという話だったが。まあ、なにせ伝説のチームである。きっとみんな人格者なのだろうと、彼女は都合よく解釈する。
そして都合がいいというのなら、彼の申し出はまさに渡りに船だった。
「近くの町まで、荷物を運んでもらいたいんだ」
仕事自体はよくあるものだろう。管理局所属の冒険者ならば、こういった雑用じみた仕事が回ってくること自体は少なくない。
問題があるとすれば、ネリムは別に管理局に所属しているわけではないことだが。
「魔術師に頼むのは、まあ護衛の意味も兼ねてなんだけど。あんまり管理局の手は借りたくないし、この件に関わる人間の数も増やしたくないからね」
――あ、もちろん違法なことじゃないよ?
彼は冗談めかして笑う。そんなことは、もちろんネリムだって心配していなかった。
「ま、いろいろ事情があってね。そんなわけだから、報酬には色をつけさせてもらうけど。どうだろ?」
「わたしで……大丈夫なんですか?」
「むしろ君だからいい、みたいなとこがあるかな」
かの《紫煙の記述師》にそうまで言われて、嫌な気分になるはずもなく。
とはいえ疑問といえば疑問だったのだが、それに関しては彼がこう続けていた。
「――いろいろ言ったけど。要するに、単純にお金をケチりたいだけだったりしてね」
「お金……ですか」
「うん。多めに払うとは言ったけど、それだって管理局の魔術師に頼むよりはずっと安いだろう? 最近、いろいろと入り用だったからさ。節約できるところはしていこうってだけ」
「……まあ、迷宮の攻略にもお金はかかりますよね……」
「そういうこと。仕事を探してるって話だったし、だったらどうかな? って思ったんだ」
「そういう事情でしたら」
引き受けるのも吝かではない――というか是非とも関わりたい。
はっきり言って、最初から断るつもりなどネリムには微塵もなかった。たとえどんなに簡単で、どんなに低賃金の仕事だろうと、それで七星旅団と少しでも関わりができるのなら、断るなんて選択肢を彼女は持たない。
なんなら無報酬だっていい。憧れの魔術師の手伝いが少しでもできるというのなら、こちらから頭を下げてお願いしたいくらいの心境だ。
「――そっか、そんじゃお願いするよ! ありがとう!」
彼は人好きのする笑みを浮かべ、ネリムの手を取って振る。
突然の接触にあっさりとどぎまぎするネリムだが、それも束の間、すぐに手は離され、彼は立ち上がると言う。
「さっそくで悪いけど、昼に城門の前まで行ってくれるかな。そこに俺たちの仲間が待ってるからさ、詳しい話はそこで聞いてくれると助かる!」
「え、あ――はい」
「俺はほかにも仕事あるからさ。勧誘とか、あと諸々の雑用とか。てなわけであとよろしく、ネリムちゃん! そんじゃねー!」
言うが早いか、彼は疾風のように宿から去っていく。
残されたネリムは、それからふと思い出したようにひとりで呟いた。
「――あ、そうだ……返しに行かないと、これ……」
言いながらネリムは首に手をやる。そこには昨日、あの店から持ち去ってしまっていた首輪型の魔具がある。
昨夜、体を清める際に外して、そのまま机の脇に置いてあったのだ(と、思う。詳しくは覚えていないのだが)。失くしても申し訳ないので、結局つけておくことにしていた。
昨日の露店主は、今日も同じ場所にいるだろうか。
向こうでも、ネリムが持ち帰ってしまったことには気づいているはずだ。となればこちらを捜している可能性はある。その望みに賭けて、もう一度あの場所に行ってみることにした。
※
――いなかった。
距離が離れていても、店が出ていないことには気づくネリム。
昨日、あの露店主が店を構えていた一角が、今日はぽっかりと空いている様子だ。
何か手掛かりでもないかと、ネリムはその場所まで行って見回してみる。が、当たり前かもしれないが、特に何かが見つかるということはなかった。
「困ったなあ……まさか、放置してどっか行っちゃうってことはないと思うんだけど」
「――あれ、どうかしたの?」
「うひゃいっ!?」
突如として背後からかけられた声に、ネリムは文字通り跳び上がって驚いた。魔術師の割には周囲が疎かというか、基本的に迂闊な少女である。
とはいえ王都。近くの通行人たちは一瞬だけ彼女に視線を向けたものの、すぐ興味をなくしたように歩き去っていく。この程度では、話のネタにもならないのだろう。
振り向いてみると、そこにはネリムより少し年上だろう、ひとりの少女が立っていた。その姿に二度目の驚きがあった。
――なにしろ、ものすごく可愛らしい。
同性のネリムでさえ思わずときめいてしまうほど、それは完成された《美少女》だった。にもかかわらず衆目をあまり集めないのは、騒いだネリムのほうに視線が行ったからか、あるいは彼女の存在感が希薄だからか。
そう、どこか儚げな少女だった。明るい笑みに、活発そうな装い。一見して虚弱そうには見えないのに、どうしてだろう、少しでも目を離した瞬間には消えてしまいそうな――そんな雰囲気を纏っている気がした。
「あ、ごめんね。驚かせちゃったかな?」
少女が言い、ようやく再起動したネリムは慌てて首を振った。
さすがに初めての経験だ。――まさか、同じ女の子に見惚れてしまうなんて。
「何か捜してるみたいだったからさ。ちょっと気になって、声、かけてみたんだけど」
と少女。ネリムは、まるで操られてしまったかのように口が動くのを感じていた。
「え……ええ。実はそうなんです、けど……」
「探し物……というか、待ち合わせかな?」
「あ、いえ、待ち合わせてるわけじゃないんです。でも人を捜していて」
「この辺りにいるの?」
「昨日はそうだったんですけど……」
自分の口が、こうもあっさりと事情を説明していることに、ネリムは自分で驚いていた。
それこそ精神干渉系の魔術で、洗脳でもされてしまっているみたいに。そんなわけがないとは思うけれど、それでもこのときネリムの口は軽い。
彼女の纏う雰囲気が、自然とネリムの警戒心を解いているかのようだった。
「その人って、さ」少女が言う。「もしかして、古ぼけた外套を着た、魔具売りの男の人じゃないかな?」
「ご、ご存知なんですか!?」
捜していた人間の容貌を、まったくのノーヒントで当てられて驚愕する。
絶句するネリムに、少女は「ああ、違う違う」と苦笑して続ける。
「実はわたしも、その人のこと捜してるんだ。この辺りに店を出してたって話だから、もしかしてと思って訊いてみたの」
「あ、ああ……露店主さんのお知り合いの方なんですね」
「そゆこと! でも、その分じゃ貴女も、どこにいるかまでは知らない、か」
「え、ええ。返さなければいけないものがあったので」
ネリムは事情を説明する。露店主の知人だという少女は、特に驚いた風もなく頷いた。
首に巻いたままになっている魔具に、ともすれば見覚えがあったのかもしれない。
「んー……そういうことなら、じゃあいっしょに捜さない? って言いたいとこなんだけど。わたし、これからちょっとお仕事があるんだよねー」
話を聞いて、少女は腕を組んで考え込む風だ。
「え、ああ。いえ、大丈夫です。ありがとうございます。わたしも、これから仕事がありますので」
「あれ、そうなんだ?」
「ええ……そうだ、もし見つけたらご連絡しましょうか?」
「あ、うん。それはありがたいんだけど――」
少女はきょとんと首を傾げ、なぜかまじまじとネリムを見つめ始めた。
――顔が近い。あとなんかいい匂いがする。
盛大に狼狽するネリムだった。逃げようにも逃げられないし、こんなことで照れている自分もどうかと思うし、なんだかもういっぱいいっぱいだ。
やがて、しばらくあってから少女は顔を離して言う。
「――君って、冒険者?」
「あ、いや違うんですけれど……ちょっと、あー、その」
説明しづらい。というか、説明するわけにはいかない事情なのだ、こればかりは。いくら聞き上手の彼女にだって、話せないことはある。
どんなことであれ、請け負った仕事の中身を漏らすわけにはいかない。そんなことは目の前の少女だって――よく見れば旅慣れた装いだし、きっと冒険者なのだろう――わかっているはずだ。今回の場合は、その仕事を請けた経緯さえ話せないというだけで。
だが、このときも目の前の少女は、あっさりとこんなことを言う。
「もしかして……昼に城門の前で待ち合わせ?」
「……、……ということは、お姉さんも、ですか?」
「――あー、ああ……なるほどなあ。そういうことかあ……」首を傾げたネリムに、少女はなぜか溜息をつく。「結果的に大当たりを引いたってことなんだけど……いや、これはもうわたしじゃないよね。いや本当、逆にすごいよ、感心する……どういう星の下に生まれたんだろ」
「……はい……?」
「ごめん。言わずにはいられなかったただの独り言だから、気にしないで?」
一転して笑顔の少女に、ネリムはそれ以上、何も言えなかった。
世辞ではなく可愛い笑顔なのだが、どこか妙に威圧感があるというか。これでごり押されると、なんだか逆らえなくなってしまう。
「それにしても、すごい偶然だね?」
微笑む少女。とはいえさすがに強引というか、話題を変えた感が強かった。
まあ言及するほどのことでもないだろう、とネリムは判断し、頷く。
「そう、ですね……驚きました」
「それじゃ偶然ついでに、せっかくだしいっしょに行こうよ? わたしも、年の近い女の子がいてくれたら嬉しいしさ。いろいろお話し、しよ?」
「わたしも、ちょっと心強いです」ネリムは頷く。「お恥ずかしながら、魔術師として仕事をするのはこれが初めてなので……」
「……、そっか」頷き、そして少女は言った。「そうだ。名前、教えてくれないかな? これからいっしょに仕事するんだし、知らないまんまじゃ不便でしょ?」
「おっと、これは失礼です。確かにまだ名前を申し上げておりませんでした」
――失敬です、とばかりに頭を下げるネリム。
こういうところの順応の速さは、彼女のいいところでもあり悪いところでもある。
とはいえ確かに、名乗らずにいるのは失礼だろう。そういう礼儀を、これで意外と気にするタチなのだ。育ちのよさ、と言うのはいささか疑問だが。
目の前の少女のほうも、頷いてこんなことを言う。
「名前を聞くなら、まず先にこっちが名乗らないとだよね」
姿勢を正し、少女はこちらに片手を伸ばして言った。
「――わたしはキュオネ。キュオネ=アルシオンっていうんだ。キュオって呼んでね?」
ネリムは差し伸べられたその手を、笑顔でとって笑う。
どうあれ。この街で友達ができたのなら、それはいいことだと思ったから。
感想欄にいろいろご意見を頂いております、ありがとうございます。
さて、今回の短編に関して私から言えることはひとつですね。
「知ってた」をご用意してお待ちください。
 




