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S-09『新米魔術師ネリムちゃんの事件簿 1』

「――あー。そろそろだぜ、お嬢ちゃん。いい加減に起きろ」


 そんな声が耳朶を揺さぶり、少女を夢の世界から覚醒させた。

 がたごとと揺れる世界。それが見慣れた自室の光景ではないことにすぐ気づき、遅れて自分が今いる場所を思い出した。


「お嬢ちゃんはやめてくだ……ふぁ」

 言いかけて、その途中で漏れ出した欠伸に言葉が止まる。

 固い木張りの馬車の荷台で眠ったせいだろう。身体のあちこちが軋んでいて、少女はそれを解すよう伸びをした。


「んー……っ! おはようございますっ!」


 そして、とりあえずのように言う。育ちがいいのか、あるいは性格なのか、少女は挨拶を欠かさない。誰に対してというよりも、それは自分が生きる世界に対する挨拶だ。魔術師たる者、こういった日々の生活からの気配りが大事なのだと、少女は教わっていたから。

 とはいえ、それを聞いた男は事情を知らない。当然のように、その挨拶が自分にかけられたものだと思ったし、少女も半分はそのつもりだった。

 御者台に座る男が言う。


「よくもまあ、こんな揺れる馬車の中でそこまで爆睡できるもんだ……」

「どこででも寝られるのが、わたしの特技ですからっ。それに、冒険者には大事な《技術》だと聞きましたよ、寝ることって」


 悪びれもせず、心の底から言ってのける少女に、男は苦い表情だ。


「だからってお前、ほとんど初対面みたいな男を前に無防備すぎんだろ。信頼されてるっつーよりは、いっそバカにされてる気分だぜ」

「え? ああ……あーっと」


 男の言葉に、少女もさすがに気を抜きすぎたかと自省する。

 正直、そこまで考えていなかった。

 信頼していたのもある。足がなくて困っていた彼女を、なんの見返りも期待できないのに目的地まで連れて行ってくれるというのだから。それに自分のような――こう、控えめに言って発達不足というかちんちくりんというか、認めるのも癪だが正直ちょっと残念な――女が、男のそういった欲望の対象になるなどとはまったく考えていなかった。


「い、一応、結界は張ってあったんですよ?」

 言い訳のように宣う少女。だが御者台の男は溜息をつき、

「あのクッソ下手な術式の結界を言ってんだったら、お前が寝た瞬間に壊れたぞ。なんの役にも立ってない」

「…………」

「寝ながら結界も維持できなくて、よくもまあ言えたもんだ。ちょっと嬢ちゃん、考えが甘すぎるぜ」

「あ、あはは……あの、嬢ちゃんはやめてほしいなーって」

「こんな腕のない魔術師見習い、《嬢ちゃん》で十分だろうが」


 返す言葉もなかった。

 結界魔術、というモノはとにかく種類が多く、はっきり言って《結界》のひと言で括れるような魔術ではないのだが、それでも多くは展開と維持の両方に魔力を使う。

 熟達した冒険者なら、一度張った結界など寝ながらでも維持できるモノだが、少女にそんな技量はなかった。しかも移動する馬車に空間系の魔術である結界を張るなど、たぶん起きていたって三十分も保たない。

 ぱっと一瞬で結界を張って、それを何時間も平気で維持する冒険者なんて、そうそういるものではないのだ。まして移動可能な結界を張れる術者なんて、世間にもひと握りくらいのものだろう。


「で、でもですね! えっと、おにーさんのことは信頼してましたよ? いえ本当に。マジですマジ」

「何を根拠に。言っちゃなんだが、俺の風体は割と怪しくねえか? 自分で言うもんでもねえだろうけどよ」

 その言葉の通り、御者台に座る男は全身を大きく古びた深緑の外套ローブですっぽりと覆い、頭巾フードが顔まで隠している。彼は少女が滞在していた村に行商でやって来たというのだが、その間、一度も素顔を晒していない。

 わずかに見える表情と流れるような金髪から、かなりの美形であるらしいことは知れるが、逆を言えばわかることなどそのくらいだ。怪しいと言えば確かに、怪しい振る舞いではあっただろう。

「ちょっと善人に見えたくらいで、簡単に他人を信じるんじゃねえよ。悪人ほどイイ奴に見えるもんだぞ」

 そんな説教を、なんの義理もない少女にしてくれる時点で悪い人間じゃないのだろう、と少女は思う。思うが、そんな結果論で言い訳が聞くわけでもない。

 それでも、少女が男を信じたのには、一応の根拠があるのだ。


「えっとですね、おにーさん……森精種エルフさんですよね?」

「――――」

 一瞬、男が完全に黙り込んだ。

 間違ったかな、と狼狽える少女だったが、そこで男が鋭く言う。

「……なぜ気づいた? 村で顔は見せなかったはずだが」

「どうしてと言われましても……金髪なのは見えましたし。眼も翠でしたから……」

「根拠になってねえぞ」

 確かに森精種エルフの特徴のひとつは、絹のように美しい金の髪だと言われている。森のような翠の瞳も同様だ。とはいえ金髪翠眼の人間なんていくらでもいるし、逆に金髪翠眼ではない森精種エルフだっていないわけじゃない。

 当人の言う通り、そんなことはなんの根拠にもなっていない。

 もし外見的な特徴で森精種エルフを同定できるとすれば、それは最大の特徴である尖った耳くらいのものなのだ。

「村の中で、耳は見せなかったはずだがな……まさか勘とか言うんじゃねえだろうな」

 ついに御者台から振り返り、じとっとした視線を向けてくる男。

 美形の年上男性から睨まれることに、なかなか狼狽える少女だったが、首を振ってなんとか否定した。

「い、いえ、それだけじゃなくってですね。あの、村の食堂にいらっしゃったじゃないですか」

「……驚いたな」男が目を丸くする。「そうか、食事の作法で気づいたのか」

「はい」少女は頷いた。「おにーさん、毎食必ず野菜を先に、肉は最後に食べてましたよね。まあわたしも好きなモノは最後に取っとくタイプですけど、おにーさん、食事の前に小さくお祈りしてましたし。見たことがない作法でしたけど、あれ、森精種エルフさんの作法なんですよね」

「……食事の度に来て無駄話してくと思ってたが、意外と見てるもんなんだな。まさか気づかれるとは思わなかった」

「ほかにも、歩くとき草花や虫を踏み潰してしまわないようにように気をつけてるとか、いろいろあったので。ひとつなら偶然かも知れないですけど、全部揃ったら森精種エルフさんなのかなあ、って」

「……降参だよ」

 男は苦笑し、被っていた頭巾フードをはいで素顔を見せた。

 目の覚める美形の顔の横には、森精種エルフに特有の尖った耳が生えている。それを見せると、男はすぐにまた顔を隠し、前を向いた。


「それにしても、森精種エルフの文化なんかよく知ってたな。知り合いがいるのか?」

「あ、いえ。森精種エルフの方とお会いするのは初めてです。――というか、わたし普通に知りませんでしたよ、森精種エルフさんの文化なんて」

「知らなかった……?」

「ええ。だからお屋敷の本で調べたんです。お祈りの作法、見たことがないものだったので、いったいどこの文化なのかなあ、と思って。すごく時間かかりましたけどね。森精種エルフさんの風習だとは思ってませんでしたし」

「…………」

「それで、掟を大事にする誇り高き森精種エルフさんの一族は、パートナー以外の女の子に手を出すようなこと絶対にしないはず、だったの、で……あ、あの?」

 少女の言葉に、森精種の男がまたしても黙り込んだ。

 少女もまた狼狽える。隠していたことを――隠しているということ自体に彼女は気づいていなかったのだが――暴き立ててしまったせいで、彼を怒らせてしまったのかと。

 だが、どうやらそういうわけではなかったらしい。

 やがて男は、村での滞在を合わせて十日ほどの付き合いの中で、初めて聞くような優しい声を出した。


「……世間知らずのお嬢ちゃんかと思ってたが、意外と素質はあるのかもしれないな」

「え、えっと……?」

「冒険者に必要な条件は魔術の腕や戦いの強さじゃない。もちろんそれも大事だが、それ以上に、わからないことがあったら調べるっていう態度が必要なんだよ。それが一見して下らないことであればあるほどな。魔術師は無知を恐れる。それは無知であることを恥じて認めないのとは違う。そのことが自然にできる奴は、まあ、悪くない」

「……そ、そうですか? えへへ……」

 まさか褒められるとは思っていなかったし、実際何を褒められたのかもいまいちわかっていなかったが、それでも少女は気をよくした。

 あまりにもちょろい。というか隙の多い子だった。褒めた男のほうも呆れてしまう。


「――ただ、知らないようだからひとつ言っておくが」

「え。あ、はい。なんでしょう?」

「森を出た森精種エルフってのは、つまり掟を捨てた森精種エルフのことだ。俺が掟を守ってるのは、単に長い間の習慣を捨て切れてないってだけのことだな。全ての森精種エルフが森を出てまで掟を守る奴ばかりじゃない。それはどうやら、本には書かれていないことだったらしいな」

「あっ……そうなんですか」

「わからないことを調べるのはいいことだが、ただ情報だけを仕入れて全てを知った気になるのも間違いってコトだ。生き残る冒険者ってのはな、結局のとこ、当たり前のことが当たり前にできる奴なんだ」

「…………ほわあ……」

 説教臭い、といえば正直かなり説教臭かった男の言葉に、それでも少女は素直に感動した。

 優しいヒトなんだな、と改めて思う。きっと、今度は思いこみなんかじゃない。たとえ根拠がなくたって、それでも。

 どうやら感動しているらしい視線が背中に突き刺さっていると気づいたからか、我に返った森精種エルフの男は咳払いをひとつ。言う。

「んん、悪ぃな。年取るとどうも説教臭くなる……クソ、森の長老連中のこと言えた義理じゃねえな、俺も」

「あはは。あんまり年が離れてるようにも見えませんけど。わたしだってもう十七ですよ! そんなに子どもじゃありません」

 見たところ、森精種エルフの男は二十代そこそこくらいだろう。

 そう思って告げた少女の言葉に、彼は溜息をひとつ零す。

「……目敏いんだか抜けてんだかわかんねえな、お前。森精種エルフの寿命を見た目で判断しねえほうがいいぞ」

「えっ。おいくつなんですか……?」

「八十ちょい」

「え」

森精種エルフ基準ならまだガキだがな。お前よりは遙かに上だよ」

「……おにーさんじゃなくて、おじーちゃんって呼んだほうがよかったですかね……」

 戦慄する少女だった。そりゃ自分なんて《お嬢ちゃん》だし、わざわざ手を出そうとも思うまい、と。なんとなく信頼できたのも、年の差が理由だったのだろうか。

 その反応が面白かったらしい。森精種エルフの男は小さく笑った。


「お爺ちゃんなんて歳でもねーよ、森精種エルフからすればな。それより前のほう見てみろ。見えてきたぜ」

 男の言葉に、少女は首を伸ばして前方を窺う。

 見えたのは巨大な城壁と、それさえ超えてしまう高さの建物たち。中でも群を抜いて目を惹くのは、中央に聳える巨大な城だった。

 そこが、少女にとっての目的地。滞在していた村から馬車で五日の距離にある、この国で最大の都。


「……ついたんですね、王都に!」


 その心に秘めた野望を達成せんがため、半ば家を飛び出す形で森精種エルフの男に帯同してきたのだ。

 別に、王都に来るのが初めてというわけじゃない。それでも、今まで感じたことのない強い感動が、少女の胸中を満たしていた。


「ありがとうございました、リグさん! このご恩は忘れませんっ!!」


 礼を告げる少女。《おにーさん》ではなく、初めて名を呼んで、丁寧に頭を下げた。

 男から、その様子は見えていないだろう。けれど瞳に浮かんだのか、男は軽く笑って答えた。


「俺が付き合ってやれるのはここまでだ。いろいろ大変だろうが、まあ、がんばってくれや。――死ぬんじゃねえぞ」

「もちろんです! 夢を叶えるまで、わたしは死ぬわけにはいかぬですからよ!」

 とんっ、と薄い胸を張って叩いた少女。男は答えない。

 ――少女のような人間が、果たしてその夢のせいで(丶丶丶)何人命を落としているか。わかっていても、止めはしない。

 止めたくらいでやめるようなら、彼女もここには来なかっただろう。

 その道がどれほど厳しいものであるのか、彼女もきっとわかっている。夢に溺れて現実を見失うほど間抜けでないことは察していた。

 だから告げる。少女は魔術師で、それは森精種エルフの男も同じ。

 言葉には、魔力ちからが宿るのだと知っているから。


「がんばれよ。お前なら、きっといい冒険者になれるさ――ネリム」

「あ、名前……! ……はいっ、がんばりますっ!!」


 冒険者を志して、王都までやってきた少女――ネリム。

 彼女を乗せた馬車が、ゆっくりと町の門まで向かっていった。

 彼女の冒険がこれから始まるのだ。

 憧れの――あの、《七星旅団セブンスターズ》に追いつくために。



     ※



 ――幼い頃から、ネリムは冒険者に憧れていた。

 嘘だ。

 そういうことにしただけで、実際はつい最近まで、そんなことは露ほども考えていなかった。

 そうでも言わなければ両親を説得できないと思っただけだったし、またそう言ったところで結局、両親を説得することなどできなかった。

 だから家出した。

 休暇として家族旅行に訪れた村。その別荘で過ごす期間が狙いだった。そこから王都がかなり近い。実家からだと遠いのだ。

 たまたま村に来ていた森精種エルフのリグに渡りをつけて、持ち前のバイタリティを遺憾なく発揮。彼女は王都に辿り着いた。

 誰になんと言われようと、ネリムは冒険者になるつもりだ。ほかの進路なんて一切全部何もかも、もはや考えようとさえ思わない。


 それが困難な道であることは理解していた。リグに言われるまでもなく。

 昨今、冒険者なんて名ばかりだ。

 初めは冒険者が生き残るための薫陶として広まった「冒険者は冒険をしない」という言葉は、今や単なる皮肉でしかなくなっている。

 誰も入ったことのない迷宮に挑戦し、多くの苦難を乗り越えて歴史に名を残す――だなんてこと、冒険者はまったく考えない。冒険者とは冒険する者のことではなく、冒険をしない者のことなのだから。

 自らの夢を叶え、誰かに夢を魅せる――。

 そんな冒険者は今や、絶滅危惧種と言っても差し支えないだろう。もともと冒険者になんて興味がなかったのは、それが理由と言ってもいい。


 けれど。それでも。

 それでも《本物》は存在する。本当の冒険者だって、確かにいるのだ。


 ――それはたとえば、伝説に名を刻んだあの《旅団》のように。

 前人未踏の偉業を成し遂げ、冒険者の本懐を遂げる人間だって確かに存在しているのだ。

 だから。ネリムは憧れた。

 嘘や誤魔化しなく、夢のために命さえ投げ出せる本物の冒険者に。伝説と呼ばれる七星旅団セブンスターズに。

 いつか自分も、彼ら彼女らのような冒険をしたい。そのために死ぬのなら本望だ。冒険のない人生なんて、そんなの生きている意味がない。


 ――わたしは、本物の冒険者になる。


 そんな決意を胸に秘め、ネリムはその日、家を出た。

 住み慣れた実家を、愛する故郷を飛び出して。まだ見ぬ迷宮へと胸を焦がして。

 だからやって来たのだ。国内最大の街――王都に。


 新米冒険者ネリムの冒険譚は、きっとこのときから始まるのだ。

 と、思っていたのだが。


「……………………」


 始まらなかった。それはもう、驚くくらいに何も始まらなかった。

 全てにおいて、考えが甘かったと言わざるを得なかった。

 というか楽しいことどころか、苦しいことさえ起こらないなんてさすがに考えていなかった。


「予想外です……これは予想外ですよ……!」


 ネリムは言う。そう、考えていなかったのだ。

 まさか、全ての冒険者の本拠地ホームとも言える管理局が――王都には存在しないだなんて。

 そんなこと想像すらしていなかった。


「まずいなあ。これはまずいよ、まずすぎだよ……っ。それはもう、いつだったかお土産で飲まされた《こーひー》なる飲料くらいのゲキマズ具合ですぜい旦那あ……!」


 ものすごい勢いで吐き出される独り言は、たぶん現状への逃避。

 貯めてあったお小遣いは、すでに今日までの宿泊費で消えてなくなっている。王都は物価が高く、ネリムの所持金程度、数日分の宿代と食費で全て消費し尽くしていた。

 ――だが、予想外だったのだ。

 とりあえず王都に行けば、まあなんとでもなると思っていたのに。まさか王都では冒険者登録ができないなんて予想外すぎる。

 迷宮で一攫千金! という完全なる計画がこの時点でご破算だ。なんてヒドい話だろうか。


「……いやまあ、わたしが悪いことはわかってるんだけど……」


 さすがのネリムも反省する。冷静に考えて、国王のお膝元に迷宮なんてあるわけなかった。実は王都の地下には隠された迷宮が、なんて妄想をしてみたが、そんなものは妄想に過ぎないのだから。

 いや、この状況を打破する方法はわかっている。

 この街には迷宮がない。それは仕方がない。だが、ならば迷宮がある街まで行けばいい。そこで冒険者に登録すればいい。それだけだ。

 それだけなのだが。


「……お金が」


 なかった。もう一文無し、素寒貧のレベルである。

 ぶっちゃけた話、今日食べる食事もそろそろヤバいレベルだった。馬車なんて借りるお金はないし、借りたところで操縦できない。

 だから必然、旅路は徒歩に限られるのだが、ここから近場の迷宮都市まで、どれだけ急いでも一週間はかかる。

 その分の旅費を、すでに工面できないところまで来ていた。


 早急に仕事を探さなければならない。なんでもいい。今のわたしならなんだってできる。盗賊退治でも魔物討伐でもなんでもござれだ。どんと来やがれ、都会の荒波!

 問題は、その仕事のほうが一切ないということだった。

 王都の治安はとてもいい。一応、冒険者管理局自体はあるのだが――だから、実は登録しようと思えばできることはできるのだが――肝心の仕事のほうがほとんどない。あったとしても、それは冒険者ではなく王国の騎士や魔術師が片づける。


「……どーしよ、これ……」


 最悪、生き延びるだけなら手はあった。村に帰ればいい。そこまでは馬車で三日。足さえ手配できれば最悪、絶食でもギリギリ行けなくはない。と思う。たぶん。超つらそうだが。

 だがこう、その選択肢を取るのは乙女のプライド的にアレというか。

 両親の反対を押し切って飛び出してきたのに、冒険者として挫折するどころか、冒険者になることさせできずに逃げ帰るのはさすがに嫌だ。あとやっぱ絶食三日も嫌。

 だから仕方なく、ネリムは街を歩いていた。

 もちろん仕事を探してだ。ヒトの多い王都ならば、最悪でも日銭を稼ぐくらいの仕事はなんとか見つけられる。はずだ。たぶん。きっと。お願いします。


「……それにしても、お腹が空いてきたなあ……」


 ネリムは呻く。なにせ今日は朝ご飯を抜いてしまったのだ。だってお金がないから。

 朝ご飯ナシなんて生まれて初めてである。こんなもの拷問に等しい。人権を著しく無視している。許されていいことではない。

 などと主張して、腹が膨らむのであれば誰も困らない。


 目抜き通りに立ち並ぶ商店の数々。それを横目にネリムは歩いた。

 食堂らしき建物から、料理のいい匂いが漂ってくる。その全てにネリムは羨みと恨みの視線を同時にぶつける。ほかにできることがなかった。

 なけなしの貯蓄をはたけば、それでも数日分はまだどうにかできる。だが、いかにネリムと言えど、さすがにそれはどうかと思うのだ。

 今は我慢のときだった。

 だから彼女には今、立ち並ぶ店を眺めることしかできない。


 そんなとき、ふと一点の露店がネリムの目に留まった。

 ぐう、と鳴るお腹を押さえ込み、空腹を自覚しないように意識を別の方向に――つまりその露天商へと向ける。

 特徴のある店ではない。数多い王都の店の中で、その露店は明らかに埋没していた。

 地べたに布を敷いただけの適当さ。おそらくは武器であろう商品も、その上に無造作に並べてあるだけだ。

 何より、冴えない店主の風体がよろしくない。

 くたびれた外套ローブに身を包み、明らかに不機嫌とわかる表情で座り込んでいるだけなのだから。呼び込みすらしていない。

 これで商品が売れるものか。商売を根本から舐めているレベルだ。


「うわー……」


 なんかもう浮浪者みたいだ、とネリムは思わず店主を見つめてしまう。

 それがよくなかったのだろう。そのとき、視線が彼とぶつかってしまった。

※お知らせ

 前回の登場人物紹介に、入れ忘れていた《ガスト=レイヴ》の項目を入れました。

 ごめん、ガスト。忘れてたわけじゃないんだ、抜けていただけなんだ……。

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