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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第四章 王都事変
165/308

4-55『過去』









       ※



「――アスタっ。ほら、起ーきてっ?」


 意識を浮上させたのは、聞き慣れた友人の声だった。

 だが身体を揺り動かしてくるキュオに、俺は逆らっていたかった。

 だいぶん疲れていたからだ。昨日も遅くまで作業をしていたし、しかもなんの成果もない無為な作業だった。というのも俺は、義姉であるマイアが後先考えず作りすぎた魔具を、どうにか捌けないものかと奔走していたからだ。

 要するに尻拭いである。錬金魔術師アルケミストとしてのマイアは確かに腕がいいが、その方向に適性が偏り過ぎているせいで問題も多い。作り出す魔具の効果が強すぎて、そう簡単に処理できないのだ。

 そのくせ本人は何も考えちゃいないから、その皺寄せが俺のところまで巡ってくる。

 昨日まで、どうにかできないものかと頭を悩ませ続けていたのだ。


「あー? 起きてるのに無視したなー?」


 楽しげなキュオの声。俺が無視したことを、彼女はむしろ喜びで迎えたような風情だった。

 誰にでも優しく、いつも朗らかな彼女は、基本的に社会不適合者が多い七星の中で、たぶんいちばん常識的で良識のある人間だとは思う。

 とはいえ、そういう人間こそ、得てして敵に回してはいけないもので。

 まあ、そんなことまで考えていたわけじゃないけれど、このときもキュオは俺を叩き起こすのに最も簡単な方法を選んでいた。


「このわたしを無視するとはいい度胸だっ! 仕方ないなあ、この手は使いたくなかったけど……」

「――ちょ、待っ……」

 この辺りで嫌な予感を察知し、反射的に起き上がる俺だったが。

 時すでに遅し。

「やっちゃえ、メロっ!」

「あいさー、キュオ姉っ!!」

 満面の笑みで飛び込んできたメロの頭突きを、同じく頭で思い切り受ける羽目になった。

 ごちん、などという擬音で誤魔化すには強すぎた勢いに、目尻を涙が濡らしていく。


「うきゃあっ!?」

 呻くメロと、

「いっ――てえ、なあオイっ!!」

 喚く俺。絶妙すぎるタイミングで上体を起こしてしまったのが災いし、お互いに額をぶつけ合わせる結果となっていた。

 当然、納得のいかない俺は叫ぶ。

「なんで飛び込んでくるんだよ! 起こすにしたってもう少しあるだろ何かっ!!」

「うるさいなあ! そっちこそいきなり起きないでよ、ぶつかっちゃったじゃんか!!」

「こっち被害者ですけど!? ――おら、どけっ!」

 結果的に、寝台ベッドで寝ていた俺の胸にダイブする形となったメロを、足で床に叩き落とす。そんなじゃれ合いの様子を、少し離れたところからキュオが見ていた。


「あははっ。ふたりとも、だいじょぶ?」

「キュオ姉ぇー、アスタがヒドいー」

「よーしよし。ほら、頭診せてごらん、メロ?」

 叩き落とされたメロは、そのままキュオに抱きついて泣き言を言う。言いたいのはこっちなのだが、いつもの光景なので何も言わなかった。

 七星の中では断トツに若いメロは、世間で言われている風評とは裏腹に、仲間内ではこうして年相応に甘えてみせることが多かった。特に歳が近いからだろう、それでもマイアやシグたちには弱味を見せないメロも、キュオには非常によく甘える。


「――ん。これなら魔術で治すまでもないね」


 いつも柔らかい、花の咲いたような微笑みを見せているキュオも、そんなメロを拒絶したことなど一度もない。

 その様子は本当に仲のいい姉妹のようで、まあなんと言うか、朝から眼福ではあった。


「おはよ、アスタ。起こしに来たよ、ねぼすけさん?」

「……おはよう、キュオ。そりゃどうも……って、そうか。もう昼か」

「外を見ての通りだね。お天道様だって、とっくに天辺まで昇っちゃってるよ」


 いつだって彼女は笑っていた。そんなキュオが、個性だけは迸っている七星のメンバーを纏めることに、ひと役買っていることは誰もが認めよう。

 黒が薄まったような鈍い灰色の短髪に、夜のような色をした双眸。髪は活動的に後ろでひと纏めにしてあり、常から浮かべる柔らかく温かな笑みとは裏腹、活発な印象のある少女だ。

 怒らせると、怖いのである。


「ほら、顔洗ってきて。教授が……ていうかマイアが呼んでる。全員集合だよ」

「教授が来てんのか。てことは、セルエも?」

「そういうこと。お疲れのところ悪いけど、要件はわかってるでしょ?」

 俺は頷き、ふとマイアの横のメロに視線を落とす。

 彼女は一瞬だけきょとんとしたあと、にひ、と悪戯っぽい笑みで俺を見返した。


 ということは、つまり。

 ようやく(丶丶丶丶)


「教授が、王都から許可、もぎ取ってきたって」

「……どんな手管使ったのか知らんけど。そっか、下りたのか、許可」

「そういうことだね」


 キュオが笑い、メロが笑い、だから俺も笑ってみせた。

 そう。かねてからマイアが主張し続けてきた願いが、ついに叶ったというのなら。


「――五大迷宮の攻略が、ついに始められるんだよ」



       ※



「アスタ。久し振り」


 笑顔で手を振ったセルエに、俺も片手を挙げて答える。

 泊まっている宿の一階に降りたところだ。キュオとメロは先に行っていて、俺は身支度を整えていた。

 一応、鍵のある部屋だったのだが、キュオとメロが普通に入ってきていた辺り、俺のプライバシーの守られてなさ具合がわかるというものだ。逆をやったら殺されるというのに。いや、やるつもりもないけれど。

 おそらくマイア辺りが、魔術で合い鍵でも拵えたのだろう。魔術的な対策のない、物理的な錠などマイアを前にはないも同然だ。ミステリ系の物語には出せないタイプの人間である。

 ……魔術師という時点で無理だろうが。


「久し振り。研究のほうはどう?」

「ん、順調だよ。一応、ひと段落したし、これからはこっちに専念できる、かな」


 教授と違い、別に本職の研究者というわけでもないセルエ。だが彼女は教員を目指しているらしく、座学方面に専念するということでしばらく俺たちと別れていた。

 七星の中ではただひとり――万能型の教授を除いて、という意味だが――精神干渉系の魔術に秀でた適性を持っているのがセルエだ。パーティの役割分担においても、そちら方面を一手に担っている。

 とはいえ専門ではないことも事実で、おそらくは精神系魔術の知識と技術を伸ばすために、冒険者を休業していたのだろう。


「タイミングがいいのか、悪いのか……」

 俺は苦笑。セルエの研究がある程度終わったところで、都合よく教授が許可を取ってくるのだから、なんとも言えない感じではあった。

 セルエもまた小さく笑い、

「まあマイア先輩は、一度決めたら終わらせるまで絶対に折れないからね。ちょうどよかったんだと思うよ。アスタも知ってるでしょ?」

「……ああ。よく知ってるよ」

 こういう偶然を、あるいは奇跡を、マイアは当たり前のように引き当てる。

 その幸運っぷりたるや、神様に愛されているかのような具合だ。まるで物語の主人公のように、彼女は自分にとって都合のいい状況を呼んでくる。

 本来、そう簡単には取れないはずの五大迷宮立ち入り許可を、こうもあっさり認められたのも同じ要因だろう。もちろん、教授の力も大きく働いたことだろうが、それ以上に俺は、義姉マイアがそれを望んだからだと思っている。


 もともと、五代迷宮を制覇しようと言い出したのはマイアである。

 彼女はこの七星旅団セブンスターズ団長リーダーで、ならばマイアの方針に俺たち団員は従うほかない。あるいは世界そのものさえ、彼女が望むことならば許すだろう。

 マイア=プレイアスが、五代迷宮に入りたいと願ったのだ。

 その可能性は、必ず俺たちの前に開けてくる。

 あるいは、その許可を奪い取ってこれるだけの権力を持つ教授が七星にいることさえ、マイアにとって都合がよかったからだと思わせるほどに。


 彼女は世界に愛されていた。


「……まあ単に、俺がそんな風に思ってるだけかもしれないけど」

「どしたの、急に?」

 小さく嘯いてみせた俺に、首を傾げるセルエ。

 俺は「なんでもない」と小さく首を振り、別のことを訊ねた。

「それで、ほかのみんなは?」

「ん、ああ。教授の別荘」

「別荘……?」

「買ったんだってさ。これから使うだろうからってことで」

「金持ちめ……」

 わざわざ集まるためだけに、家一軒を丸ごと買うとは恐れ入る。

 権力を持つ魔術師というものは、ここまでのことができるのだった。


「迷宮の攻略に成功すれば、わたしたちだってお金持ちになれるかもよ?」

 冗談めかして微笑んだセルエに、俺は肩を竦めて答える。

「成功すれば、ね」

「あれ、ちょっと意外だな。もしかして自信ない?」

「そういうわけじゃないけどさ」

 わずかに首を振る。俺だって、前人未到の大偉業を、自らの手で成し遂げてみたいという欲望が、まあ、ないわけではないのだから。


「……とりあえず、足だけは引っ張らないように気をつけるよ」

「そういうこと言うと」

 セルエは軽く息をついた。

 なんだかじとっとした視線を俺に向けて、

「みんな怒るよ。特にキュオが。メロもかな」

「……セルエは?」

「アスタが怒ってほしいなら、私も怒ってあげるけど」

「いや……遠慮しとく」


 キュオとはまた違った意味で、セルエも怒らせると怖いから。



       ※



 セルエの案内で、教授が買ったという別荘に向かった。

 おそらくこの一件以降使われないだろうその建物は、見た目には大きいが古びている。売りに出されていたのだが、これくらいしかなかったのかもしれない。

 どう思えばいいのか微妙なまま、ふたりで中に入っていった。


「ただいまー、先輩。アスタ連れてきたよー」


 中に入るなりセルエが言った。失礼な。

 俺はじと目を彼女に向ける。


「どういう意味だよ……」

「いや、アスタが逃げないように見張っておいてって」

「……クソ姉貴め」

「違う違う。マイア先輩だけじゃないよ。――全員の総意だった」

「……」

 俺は黙った。なんかもう、全方位から信頼されていない。

 まあ、迷宮攻略に連れて行かれそうになるたび、逃げ出していた俺が悪いのだが。


「今回は逃げないよ」

「うん」俺の言葉に頷くセルエ。「知ってる」

「さっきと言ってること違うじゃんか……じゃあなんで見張ったんだよ……」

「寝坊したからだけど」


 ぐうの音も出なかった。


 そんな間抜けなやり取りを経て、みんなが待っている一室に向かった。

 奥のソファに座り、若干疲れた様子で目を閉じている教授。入口の近くに腰かけ、いつも通り何かしら食べているシグ。真ん中辺りで微笑みながら、こちらに小さく手を振ったキュオ。その隣で「ふたりとも、遅ーい!」と笑顔で宣うメロ。俺の背後にはセルエ。

 そして。


「――来たね」


 部屋のいちばん奥、火のついていない暖炉の前に、腕を組んで立っている女性。

 俺にとっての義理の姉にして、七星旅団セブンスターズ団長リーダー

 マイア=プレイアス。

 彼女はふっと顔を上げ、全員を一瞥してからにやりと笑う。


「では、会議を始めようか」


 俺は言った。


「いや、そういうのいいから」

「え、ええー……せっかく感じ出してみたのに」


 ぶう、と唇を膨らませる、親愛なる我が姉上殿。

 こういった気取りが大好きな、格好つけしいなのだった。


「似合ってないから。むしろアホっぽい」

「あ、アホっぽい……言うに事欠いてアホっぽいだとう……?」


 マイアがああいうのを始めると、無駄に話が長くなることはわかりきっている。

 だから止めた俺だったが、彼女はそれが気に食わなかったらしい。


「言ったな、寝坊のくせに! 寝坊のくせに!」

「誰のせいだと思ってんだよ……。姉貴が後先考えずに作った魔具を、なんとかお金に変えようと奔走してたのは俺だぞ」

 冒険者としてはまあ、そこそこ稼いでいるマイアだが、彼女は儲けたお金を湯水の如く新しい魔具の開発に費やしてしまう。

 そのくせ、それを新たにお金に変えることには欠片も興味がないので、もうなんというかどうしようもない。

 それはマイアもわかっているらしく、彼女は「くっ」と目を逸らして言った。

「争いは何も生まない……っ!」

「そういうのいらないって言ってんだけど」

「シグー! シグウェルさーんっ! 挑戦前から、早くも旅団分裂の危機だよー!?」

「ふむまあ心配するな」

 相変わらずの早口でシグが言う。

 彼とマイアは、実は幼馴染みなのだが。


「たぶんアスタのほうが正しいんだろうが、それでも分裂したときはお前のほうについてやろう俺だけは。やったな安心しろ」

「釈然としないっ!」

 いちばんの古馴染みに裏切られ、うがーっ! とくずおれるマイアだった。

 心底どうでもいい。

 だが、マイアの暴走を止める人間など、この旅団には存在しないのだ。戦えば彼のほうが強いのに、なぜだかシグはマイアに逆らわない。唯一年上で、マイアを窘められる教授は、この手の騒ぎだと完全スルー。なおキュオは微笑でセルエは苦笑、残るメロは呵々大笑と――総じて役には立たないのである。

 よって司会進行の補佐は、基本的に俺の仕事だった。


「……緊張してんのか?」

 だから。俺はそう訊ねた。

 訊ねたというよりは確認だった。

「うぐ」

 とマイアは口籠る。それから辺りを見渡した彼女は、同じことに全員が気づいていたと知ったのだろう。たはは、とバツが悪そうに頭を掻いた。

「あっちゃー、ばれてたかー……。シグ以外には、気づかれないかと思ったんだけど」

「それは俺たちを舐めすぎだな」

 教授――ユゲル=ティラコニアが言う。

 のそり、と疲れ気味の顔を上げ、マイアに視線を投げて彼は、

「それなりに長く、それ以上に濃い付き合いだ。お前の様子くらいわかるさ」

「んーと。ま、喜ぶトコだよね、ここは」

「好きにすればいい。が、もし舞い上がって攻略に失敗して、俺が取ってきた許可を、というか俺の苦労を水泡に帰してみろ。――お前の魔具を全部改造するからな」

「それはノー!?」

 狼狽えるマイア。単純な魔術の技量で教授に敵う人間は、七星どころか世界中を探してもほとんどいない。同じ《魔導師メイガス》級の中でさえ一、二を争うその知識量と技術力は、ある点において魔法使いさえ上回るのだから。


「――オッケー。ごめん、気合い入れてく」


 ぱちん、とマイアは自分の両手で、頬を挟むように引っ叩いた。

 姉貴なりの、気合いの入れ方だったのだろう。案外、体育会系だった。

 それからマイアは俺たちに向き直ると、改めて全員の顔を見回してから告げる。


「私たちが――七星旅団セブンスターズが結成した目的が、ようやく果たせる目前まで来たよ」


 この旅団はかつて、マイアがアーサーに言われて集めた仲間たちだ。

 彼女にとって、それは友人を集めて、いっしょに遊ぼうというだけの団体だ。組織なんてとても言えない。普段はそれぞれ好きに活動していて、たまに何か揃ってやるというだけ。

 俺たちには、それで充分だったのだ。

 きっとこれ以上ない、最高の遊び仲間として。


 ――何か、大きなことをみんなでやろう。

 誰も行ったことのない場所に、最初に辿り着いてやろう。


 俺たちの動機なんて、所詮はその程度だった。

 高尚な目的や、人生を賭けるに値する何かがあるというわけじゃない。

 ただ、遊びに行こうというだけだ。

 やりたいことを、魔術師らしく、やり遂げる――。

 その点で、俺たちの意見は一致している。そのために必要なことだったら、なんであれ惜しもうとは思わない。


「――でも。わかってると思うけど、それでも改めて言っておくね。これは私のわがままだから。危ないことなんてわかりきってる。できるわけないって誰もが言う。でも、そうじゃなければ意味がない。ほかの誰でもない、私にとって意味がない。――この七人でなけきゃ、私が嫌だってだけなんだよ。それでも」


 それでも。


「それでも付き合ってくれるかな? 命懸けになるってわかってる場所まで。全滅するかもしれないってわかってる場所まで。――私といっしょに、遊びに行ってくれる?」


 マイアの言葉に、誰も、何も言わなかった。

 改めて言う必要を感じなかった。

 そんなことはわかりきっているのだから。彼女のわがままに付き合わされるのなんて、もう何度目なのかわからない。


 ――それが嫌なら、この旅団はとっくに崩壊している。


「ありがとう。それじゃあ――やろう。本気でやろう。私たちで、あの迷宮を突破しよう。この世界に、私たちの名前を刻んでやろう――!」


 返答は、そこで初めて、珍しく六つとも揃ったのだった。



       ※



 ――およそ一ヶ月後。

 俺たち七人は、五大迷宮の一角、《地》のゲノムス宮に乗り込んだ。

 美少女ふたりに毎朝起こしてもらってるとか……。

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