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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第四章 王都事変
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4-54『夢』

 深く、そして暖かい微睡みの中にいた。

 心地のいい倦怠に包まれている。このまま、いつまでもこうしていたいと、一ノ瀬明日多はそう思った。もしもそれが許されるのなら、それ以上の幸せなどないとさえ。

 けれど、どこからか誰かの声が聞こえた。

 声が聞こえた、ような気がした。


 ――アスタ、起きて。


 聞き覚えのある声だった。耳朶を揺さぶるのではなく、心に直接届いているみたいな声。

 けれど、それがいったい誰の声なのか、明日多には思い出すことができない。

 だから忘れることにした。大事な誰かの、忘れてはならない声だったはずなのに。

 そのことを明日多は認識できない。その違和感には気づかなかった。


「――起き、て……アスタ。朝……だ、よ?」


 再び、どこからか声がする。今度ははっきりと耳に届いた。

 微睡みから意識を浮上させると、明日多は薄く目を開く。その途端、飛び込んできた光に、思わず顔を覆っていた。

 朝の光だ、と明日多は思った。朝になったからには起きなければならない。

 声に言われた通り、明日多は上体を起こす。柔らかなベッドの感触には、抗いがたい誘惑があったけれど。それでも、もう、時間なのだから。


 そうして視界に飛び込んできたのは、あまり広くない部屋の風景。

 どこかのアパートだろうか。学生のひとり暮らしには、ちょうどいいくらいだと思う。

 足の方向、部屋の隅に机がひとつ。その上には参考書や文庫本が置いてある。古い型のパソコンも一台置かれていた。

 部屋の真ん中にはローテーブル。クッションがいくつか投げられていて、その上には真新しい灰皿も置かれていた。使われていない様子だ。枕元には、充電器に繋がれた古い携帯電話。冷蔵庫があり、片づいたキッチンがあり、小型のテレビが設置され。脱ぎ捨てた服がある。

 どこからどう見たって、それは平均的な学生の住まいといった様子だ。

 違いはひとつだけ。

 ベッドの横にちょこんと正座する、幼い少女くらいだろう。


「……おはよう、アイリス」

 明日多はそう言って声をかけた。

 そう。彼女はアイリスという名前だ。この部屋で一緒に暮らしている……義理の妹だ。

 義妹……だったのだろうか。妹ならほかに、血の繋がった相手がいたような気がするのだけれど。どうだっただろう。よくわからない。

 その違和感には気づかなかった。


「ん。おはよ、アスタ」

 両手で明日多の身体をゆさゆさと揺さぶっていた少女は、義兄の覚醒に気づくと目を細めて喜んだ。表情があまり変わらず、自己主張の少ない子だったが、最近はその微妙な変化がわかるようになっている。

 ……最近?

 さて、そもそも彼女とはどこで出会ったのだろう。現代日本において、義理の妹と同棲するような事態にはそうそうならないと思うのだが。そういうこともあるのだろうか。

 そういうこともあるのだろう。事実、そうなっているのだから。

 その違和感には気づかなかった。


「朝ご飯にしようか。ちょっと待ってて、なんか作るから」

「ん」

 言葉少なに頷いた少女。それでも、わずかに表情を綻ばせていることに気づいて、明日多もまた小さく笑った。

 なぜだか、それがとても尊いもののように思えたから。

「お皿、用意……するね」

「任せたよ」


 だから。

 その違和感には気づかなかった。



     ■



 朝の支度を終わらせると、アイリスとは別れ、明日多はひとりで外に出た。

 どこかに出かけなければならないような気がしたからだ。

 けれど、果たしてどこに向かわなければならないのか。いまいち思い出すことができない。

 なんの変哲もない、どこまでも平凡な朝の風景。住宅街を抜けると、やがて繁華街に辿り着いた。太陽の日差しの中に、人工的な光がいくつも見えている。ごく普通の街の景色だ。

 その違和感には気づかなかった。


「あれ。アスタじゃん、おはよ」


 と、唐突に声をかけられる。振り向いていると、そこには中学生くらいの少女の姿。

 彼女も知り合いだ。明日多は笑顔を作って挨拶を返す。


「フェオか、おはよう。奇遇だな」

 どこかの学校の制服らしき装いの、長い髪を持つ華奢な少女。

 フェオ=リッター。

 彼女も、明日多にとっては知り合いのひとりだった。そのはずだ。

「珍しいじゃん、こんな早くに起きてるなんて」

 悪戯っぽく皮肉を飛ばすフェオ。もちろん、その程度で怒ったりはしない。

 その程度には親しい仲のはずだった。

 しかし、さて……彼女とはどこで知り合ったのだろう。歳はいくつか離れているわけで、だから普通には知りあうこともないと思うのだが。どうにも思い出せなかった。

 結局、そのことは考えないようにして答える。

「アイリスに起こしてもらったからな」

「自慢げに言うことじゃないと思うけど……でもそっか、あの子と一緒に住むようになったんだっけ」

「ん……ああ、そうだな」

「しゃんとしなきゃ駄目だよ、アスタ。アイリスちゃんのほうがしっかりしてるもん」

「そんなことは、ない、と思うが」

「女の子にはいろいろあるんだから。そういうとこ気が利かないからなー」

「…………」

「そだ、また今度、食事でも作りに行ってあげるよ。最近は結構、練習してるんだから」

 楽しそうに笑うフェオ。いかにも今どきの中学生だな、と明日多は思ったが、そういえば今がいつなのかも、考えてみればわからない。

 だから、考えないようにした。

「いや、いいよ。悪いし」

「そーゆー遠慮こそいらないって。いつも勉強教わってるお礼。ね?」

「ああ……」

 そういえば、自分は彼女の家庭教師をしていたんだったか。確か。そんな気がしてきた。

 その違和感には気づかなかった。


「んじゃ学校行くから、またねー」


 手を振って去っていくフェオと別れ、明日多もまた歩き出す。

 学校。そうだ、学校に行かなければならない。

 そんな気がし始めていた。

 ……しかし、学校とは果たしてどこにあるのだろう?


 その違和感には気づかなかった。



     ■



 気づけば学校に着いていた。

 広いキャンパス。そういえば自分は大学生だった。そんな気がする。

 どうやって辿り着いたのかはわからない。歩いて来たような気もするし、電車に乗ったような気もする。とにかく気づけば、名前もわからない学校に明日多はいた。

 構内を歩いていると、また後ろから声がかかる。


「アスタくん、おはようございます」

「ああ……おはよう、ピトス」


 知り合いの少女だった。同級生のはずだ。


「あれ? アスタくん、今日は一限取ってましたっけ? 珍しく早いですけど」

「ん……ああ、いや、今日はたまたま早起きしたから」

「ああ、アイリスちゃんに起こされたんですね」

 納得したようにピトスは笑った。実際、その通りだった。

「せっかくですからご一緒したいところですけど、すみません。わたしは授業なんです」

「そうか」

「ええ。またあとでご連絡しますね?」

 ――それでは。と、少女は笑顔で去っていく。

 その違和感には気づかなかった。



     ■



 大学に来たはいいものの、自分の時間割が思い出せない。

 仕方なく、明日多は時間を潰すように、構内の喫茶店を訪れていた。

 税込百八十円の安いコーヒーを注文して、席の一角に落ち着く。そのままやることもなく、手持無沙汰にただぼうっとしていた。

 しばらくすると、またしてもふと声をかけられる。


「……ここ、空いてる? どこも混んでて、座れないんだよね」


 相席を求める声。また知り合いだった。

 明日多は頷いて答える。


「ああ。いいよ」

「ありがと」


 そう言って腰を下ろしたのは、亜麻色の髪を持つ美しい少女――レヴィ。

 明日多の正面に座ると、悪戯っぽい笑みを浮かべて、


「珍しいわね、こんな時間に出てきてるなんて」

「……それを言われるのはもう三回目だ」

「それだけ意外ってことでしょ」

 彼女はくつくつと噛み殺すような笑みを見せた。

 どれほど朝に弱いという認識なのか。まあ言われているということはそういうことなのだろうから、特に反論もしなかった。

 目の前の彼女に、口で勝てる気もしない。

 レヴィは手提げから文庫本を取り出し、おもむろに開いて読み始めた。

 なんとなく、彼女の持ち物に疑問が浮かぶ。何かが足りないような気がしたからだ。少し中世的ながら、総じてセンスのいい今風のファッションに身を包んでいる。何がおかしいわけでもない。けれど、何かが間違っていると思えてしまう。

 結局、明日多は気のせいだと判断する。だから。

 その違和感には気づかなかった。


「…………」

「…………」


 お互い、無言で時間を潰した。そうしていることが苦にはならなかった。

 小さな違和感だけが積み重なっていく中で、これほど自然なことはないとさえ思える。

 そのまま、幾許かの時間を過ごした。

 会話はない。視線を交わすことさえなかった。にもかかわらず、なぜだろう、その時間を一緒に過ごしたのだという意識がある。

 やがてレヴィが言った。


「それじゃ、そろそろ行くね、私」

「ん……ああ。用事か?」

「そ。ウェリウスとかエイラとか、あとはミュリエルにミル、シュエットにスクルたちも呼んでるのよね。いろいろとやることがあってさ」

「へえ……大変だな」

「来る、アスタも? アスタなら歓迎してもらえると思うけど」

「いいよ、別に。俺も用事あるし」

「……そっか」


 レヴィは立ち上がった。軽く手を振り、なんだか優雅に立ち去っていく。


「それじゃ、またね」

「ああ……また」



     ■



 無論、用事などなかった。そもそも今の自分が、何をしているのかさえ定かではない。

 昼を前に混み合ってきた喫茶店の席を、コーヒー一杯でいつまでも占領していることに気が引けて、明日多もまた席を立った。

 とはいえ、行くところなど思いつかない。なんとなく人目を避けるように、人通りの少ないほうへと向かった。

 その先で明日多は、ひとりの少女の姿を見つける。


「何……? そんなに見てもあげないからね?」


 敷地の隅のスペースで、携帯食品みたいなものを頬張っている、白い髪の少女。

 その姿を見つめる視線に気がついて、シャルロット=クリスファウストはじとっとした視線を明日多に向けた。


「いや、別にくれなんて言ってないけど……」

「……ならいいけど」


 植木を囲うように設置されたベンチ。周囲には同じように食事を摂る学生の姿がある。知っている姿もあるような気がしたし、知らない顔ばかりのような気もした。

 明日多はなんとなく、シャルの隣に腰を下ろした。それを見る彼女は一瞬だけ不審そうな表情を作ったが、結局は何も言わなかった。

 そういえば、そろそろお昼だ。朝も早かったことだし、少し腹が減ってきた。


「……なんでここに座るわけ?」

 無言に耐えかねたみたいにシャルが言う。

 明日多は答えた。

「いや、お腹減ってきたな、と思って」

「理由になってないんだけど……」

「動くとエネルギー消費するから。省エネしてる」

「……あっそ」

 呆れたように呟くシャル。自分でも、何を言っているのだろうと明日多は思った。

 していると、隣に座るシャルが、目の前に何かを突き出してきた。

「はい」

「……何これ?」

「見ればわかるでしょ」

 こちらを見ないようにしながら突き出された腕。そこには、シャルが頬張っているのと同じ携帯食品が握られていた。


「お腹、空いたんでしょ」

「まあ……うん」

「……ん」

「いや、ん、って言われてもな」

「恵んであげるって言ってんでしょ。察し悪いな、もう」

「口で言えよ……さっきは渡さないみたいなこと言ってたじゃねえか」

「うるさいな、いらないなら別にいいんだけど?」

 顔を背けたままのシャル。

 それが彼女なりの照れ隠しなのだとわかって、明日多は思わず苦笑した。

「んじゃ、ありがたく」

「まったく……隣で物欲しそうな顔されると、わたしが気まずいんですけど」

「そんな顔してたつもりないけど」

「うっさい。いいから食べろ、ばかお義兄ちゃん」

「むぐ」

 顔に栄養食品を突っ込まれる明日多。仕方なく、差し出されるがままに咀嚼した。

 なんだか、餌づけされているみたいな気分になった。

「それにしても。お前も、もうちょいいいもの食べたらどうだ?」

「お義兄ちゃんには関係ないと思いますけど」

 皮肉っぽく《お義兄ちゃん》呼ばわりしてくるシャルだった。

 俺には義理の妹がふたりいたのか、と明日多は思う。いや、それともそういういみではなかっただろうか。よくわからない

 その違和感には気づかなかった。

 だから、差し出されるがままに食べ切った。ぱさぱさした触感で、ちょっと噎せそうになってしまう。


「……はい、水」

 それを察してか、シャルがペットボトルを渡してくれる。

 飲みかけらしいそれをありがたく受け取って、明日多は喉を潤した。

 それから言う。

「間接……」

「黙れ」

「……気にしてんのに渡したのか」

「気にしてない黙れうるさい」

 怒らせてしまったらしい。シャルにペットボトルをひったくられてしまう。

 まあ、この歳で、しかも兄妹で気にすることでは確かにない。明日多は礼だけを告げた。


「この礼は今度するよ」

「いいよ。いらない」

「そう言うなよ。そうだな、今度、食事でも行こうぜ。あんまりいいもの食べてなさげだし、お前」

「……奢りならいいけど」


 しばしあってから、シャルは頷いた。素直じゃないな、と明日多は思う。

 とはいえ、そんな約束をしてからシャルと別れた。



     ■



 結局、何をすることもなく、明日多は家まで戻ってくる。

 やはり道のりは何も覚えていない。ただ、気づけば家に戻っていた。

 帰ってみると、アイリスの姿が部屋になかった。どこかに出かけているのだろうか。

 まあ、彼女も学校くらい行くだろう。明日多の帰りが早かっただけだ。

 そう考えることにして、自室でひとり時間を潰した。


 ――それにしてもやることがない。

 暇だった。しばし迷った末、明日多は少し仮眠をとることにする。

 なんだか少し、疲れがあるような気もするし。

 目を閉じて、世界と自分の接続を断つ。

 眠るまでに時間はかからなかった。思考を奪う白い闇に包まれ、夢の世界へと落ちていく。

 その瞬間にまた、声があった。


 ――起きて。アスタ、目を覚まして――。


 目を。

 覚ませ。


「――――…………」

 目を開く。その両目を開く。

 見慣れた部屋。いや、本当に見慣れた部屋なのだろうか。

 開かれた目がきちんとモノを見ているのか。自信がなくなっていた。


「――おはよ。目、覚めた?」


 そのとき、ふと横合いからかけられる声に気づいた。

 いったいいつの間にだろう。部屋の中に、自分以外の誰かがいる。

 明日多はその方向へと目をやった。視線を向けるその前から、声の主が誰かなど、気づいていなければおかしかった。

 彼女の声を、忘れることがあってはならない。

 あるわけがない。


「…………………」


 そして。そこに立つひとりの少女の姿を、明日多はその目でしっかり捉えた。

 忘れるはずなどない。それは、彼の後悔そのものだから。


「んん……なんだろ。こうやって改めて話すとなると、ちょっと緊張しちゃうな」


 その名前を覚えている。その笑顔を覚えている。その口調を覚えている。


「――……キュオ」

「そ。キュオネだよ」


 ――久し振りだね、アスタ。

 と、キュオネ=アルシオンが微笑んだ。


 生きていた頃と何も変わらない、全てを包み込むような笑顔で。


 ――その違和感には、気がついた。



     ※



 瞬間、俺は(丶丶)――アスタ=プレイアスは、右腕を持ち上げ、自分の頬を思いっきりぶん殴った。

 キュオネは何も言わない。ただ笑顔で俺の奇行を見詰めた。

 痛みが走る。けれど、その痛みさえ本物かどうか。

 いずれにせよ、確かに、目は覚めた。

 いったい何をしていたのか。だが、ここまでとなればさすがに気がつく。どんなあり得ない夢を見せられるより。

 それは最高さいてい最良さいあくの――ずっと夢見ていた奇跡で。


 だからこそ、あり得ないのだと一発で気づいた。


「……目、覚めたみたいだね」

「ああ。……なんだよ、これ?」


 キュオは死んだ。その光景をこの目で見ていた。

 だから、こんなことはあり得ない。彼女は二度と笑わないし、その姿を俺の前に現したりはしない。


「……死んだのか、俺は」

「そんなわけないよ。アスタだって、死後の世界なんて信じてないでしょ?」

「なら……お前は誰だ」

「知ってるでしょ。わたしはキュオネだよ。うん、ちゃんとホンモノ。アスタなら、わかってくれると思うけどな」


 確かにわかった。理屈ではなく感情が、心がそうだと理解している。

 ほかの誰もが――アイリスもフェオもピトスもレヴィもシャルも、みんな偽物だった。ガワだけ再現された概念に過ぎない。当たり前だ、彼女たちが日本にいるわけがない。明らかに外国人の――実際には異世界人だが――彼女たちが日本で暮らしている光景に、疑問を覚えなかった事態がおかしい。

 だが――キュオネは違う。彼女は異常を異常と認識できている。俺と会話ができている。

 そして、その様子が。


 記憶の中にいる彼女と、何ひとつ変わってはいなかった。

 目の前の彼女が、ホンモノであることを、疑う余地が微塵もない。


「……ここは、そうか。俺は――呑まれた(丶丶丶丶)のか」

「そうだよ。ようやく思い出したね?」

 世界そのものに。あるいは運命それ自体に。

 あの世界そのものを構成する、膨大な魔力の渦。概念の集合体。

 そこには全てが存在する。全ての概念が、全ての情報が、全ての記録が、全ての想いが行き着いている。

 いつだったか、眼帯の珈琲屋から聞いた覚えがあった。


『――アカシックレコード。あるいはアカシャの年代記とも、アカシアの記録とも言う。最近じゃ、割と一般にも広く知られた概念だからな、聞いたことくらいあるんじゃねえか? 一時期、占いとかで流行ったろ、アガスティアの葉とか。違えけどまあ、似たようなもんだ』

『現代の神智学じゃよく言われる概念でな。世界の全てが、宇宙の誕生からその終焉まで――あらゆる痕跡が記録されているという。心理学的には集合的無意識ってヤツか。神様の本棚だよ。その場所には、あらゆる運命ものがたりが存在する』

運命論フェイタリズムの肯定っていうのかな。世の中に起こり得るあらゆる出来事は、全てあらかじめ決まりきっているっていう。その答えが記されている場所って感じか』

『この世界の魔術ってのは、大前提として世界の法則を書き換えて、騙すものだって言われてるわけだが……どうだろうな。この世界だと、本当にひとつの世界として存在するってことになってるんだろ、魔力の塊としてのそれが。だとするのなら魔術師ってのは、本当に運命を変えられているのかね。……まあ、疑問ではあるな』


 剥き出しになった魔力の奔流。世界のそのものを構成する情報流。

 その中に、俺は突き落されて落ちたのだ。ならばそこに、キュオがいてもおかしくはない。

 だが彼女は首を振った。それは違うのだと彼女は言う。


「……キュオ。その……っ」

「そんな顔されても嬉しくないな、わたし」

 彼女は言う。どこか怒ってみせるように、けれどまったく威圧感はなく。

 だからこそ七星の中で、誰より芯が強かった――誰よりまっすぐだった彼女の姿と、何ひとつ変わりない様子で。

「わたしの魂は、まだ還ってないんだ」

「還って……ない?」

「そう。魔力に……いや、世界に、かな。心残りがあったからね。みっともなくしがみついてるんだよ」

「それは……」

「情報の塊である魔力流の中にアスタは落ちた。だからその中から、アスタの知る人間と、アスタの知ってる世界が再現された。別に違う世界に来たわけじゃない。でも、私はそれとは別だね。もしわたしも情報流から再現されただけの存在なら、こうしてアスタと話すことなんてできなかった」

「……なら、キュオは……」

「でも、その話はあと」


 指を立てて彼女は言う。

 生きていた頃とまったく変わらない様子で。


「もちろんここから出なくちゃだけど。でもその前に、少しだけお話、しよ?」

「……話?」

「そ。いろいろ話したいこと、あるしね」

「――キュオは……」


 言いたい言葉が纏まらなかった。もしも彼女と、もう一度だけ話せるなら。

 何度も願ったことなのに。それが現実になっているというのに。何も――何も言うことができない。

 怖いからだ。俺は恐れてしまっている。


 ――俺を恨んでいないのか、と。


 彼女に訊ねることが、確認することができないでいる。

 俺のために死なせてしまった彼女に。都合のいい台詞を期待して、そんなことを訊いたりはできなかった。

 謝らなければならないのに。土下座して血を舐め、許しを乞うために命を投げ出さなければならないのに。

 いざとなったら、口さえまともに動かない。無様なこと、この上なかった。


「うん。――やっぱりね、そうだと思ってたよ」


 だがそんな俺を見て、キュオはわずかに苦笑を見せた。

 命を落としたことなんて、なんとも思っていないかのように。彼女は笑う。


「まったく。アスタは本当に世話が焼けるなあ」

「……キュオ……」

「仕方ないから、わたしが次に連れてってあげる」


 ――夢を見るのはおしまいにして。

 次は、少しだけ過去むかしを見に行こうよ。


 キュオが呟き、そして、アスタの視界は光に潰されていった――。

アスタ「十四話ほど寝てた」

キュオ「うわあ」




あ、活動報告のキャラデザ紹介、更新してます。

よろしければどうぞー。

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