1-15『使い魔の創り方』
「そうか……」
俺は坦々と呟いた。答えを貰ってから、なぜ訊ねたのかを自分で疑問している。
――恐れているのだろうか、俺は。
彼女に問われることを。彼女に糾弾されることを。
シャルの父の亡骸を見つけた人間だから。
「世間にゃ、まだ出回ってない情報のはずだけどな。どこで知った?」
「それ、言わないとダメかな?」
「……いや、そんなことは」
「ならいいじゃん。そんな話、今はさ」
訊かないのだろうか。父の死に様を。俺に。
もちろん、答えられることなんて限られている。あの傍若無人を形にしたような、反則の塊みたいな魔術師がいったいなぜ命を落としたのか。俺はほとんど知らなかった。
ある日、突然あの男は死体となっていたのだから。
共に行動していた俺にとってさえ、それは青天の霹靂だった。
「……何? もしかして最初のときのコト、気にしてる?」
横を歩くシャルが、上目遣いに俺へと訊ねた。彼女はわずかに頬を掻くと、参ったとばかりに苦笑する。
「冗談だよ。あんまり気にしないでもらえると助かるんだけどな」
下手な演技だった。本心でないことが嫌でもわかる。
ただ、彼女もこの迷宮の奥で、あえてその話を持ち出すつもりはないようだ。
むしろこんなところで話を振った、俺のほうが間違いだったと思う。
「悪かったな、妙な話を蒸し返して」
「別に。いいよ、なんか微妙な関係なのも事実だしさ」
「……そうか。そうだな」
「うん。……そうだね」
頭を下げて、そして俺は気を入れなおす。
――切り替えよう。
まずは、この状況を打破することが先決だ。ほかのことは生還してから考えればいい。
「――端に寄ろう。現在位置を確認する」
俺は告げた。とにかく敵を避けることが重要だ。
三十層ともなると出現する魔物の数は少なくなるが、その分、強さのほうは跳ね上がる。
「少し待ってくれ。地図出しといて、そしたら一旦明かり消して」
「……わかった」
しばし間があったものの、シャルは素直に頷いた。
迷宮の中では、俺の判断に従ってくれたほうが助かると見込んだのだろう。
そう思わせておかないと、俺のほうが見捨てられかねない気もするが。
「消すよ」
「了解」
シャルが合図とともに魔術の明かりを消し去る。光源は俺の持つ煙草の火だけになり、視界のほぼ全てが闇に沈んだ。
その火をインクに、煙草をペンに見立てて、俺は中空に印刻する。
炎の軌跡でルーンを描き、魔術を発動させるのだ。
「さて……《雹》はあまり使いたくないもんだが。まあ《保護》と《主神》、あと《欠乏》でどうにかなるだろ。《秘密》は今の魔力じゃ、どうせ制御できないだろうし。こんなところか」
ぶつぶつと俺は独り言つ。どのルーンを使うかの選択は状況や魔力量、実力にも左右されるのだが、結局のところは感覚による要素がいちばん大きい。
《A》、《Z》、《N》のルーンを宙に刻み、それを魔力で有機的に結びつける。
これで最低限、休めるだけの結界が作れることだろう。名づけて《ANZ結界》。そのままである。
「よし……明かりつけてくれ」
シャルに告げて、再度明かりを戻してもらった。なぜか怪訝な表情のシャルが見える。
まあ、ルーンがわからなければ、何をしていたのかもわからないのだろうが。俺は口頭で告げておく。
「結界を張った。光も漏れないし、体力の回復にもなる。まあ多少の時間稼ぎにはなるだろ」
「……ホントになんでもできんだね」
「そうか? まあ、器用貧乏ってヤツだ」
自重するように呟いて、それからシャルの地図を借り受けた。
周囲の地形、その記憶と地図を照らし合わせる。幸い、というべきかはわからないが、三十層ともなると規模が広がった分、道の入り組みも減っている。現在位置はすぐにわかった。
確認のために感知や走査の類いの魔術を使用したいところだが、魔力の匂いで近場の魔物を誘き寄せるのも馬鹿らしい。
……いや、そもそもそれ以前の問題かもしれない。
「そろそろ魔物の一体くらい、見つけてもいい頃だよな」
「そう、だね。これたぶん――」
「――ああ。この階層からも魔物がいなくなってる」
そう考えたほうが自然だろう。
本当に、いったい何が起こっているのやら。さっぱりわからない。
これからどうするべきなのかも。
「とりあえず、まず外部との連絡を試してみるか」
俺は、この迷宮の攻略中に拾った魔晶をひとつ取り出した。
人の手が加わっていないからか、転移の際に弾き出されることはなかったようだ。
煙草の火を揉み消し、俺は魔晶の改造に取り掛かる。
「義姉さんほど上手くは創れないだろうけど……まあ、セルエならわかってくれるだろう」
しばし、俺は魔晶に貯められた魔力を、印刻の応用で改変する。
何度目かの挑戦でようやくの成功を収めてから、俺は同じものをふたつ製作した。
できれば、使わなくても済むと嬉しいのだが。
「なあ、シャル。使い魔創れるか?」
「使い魔? ……何目的の?」
「連絡用の。戦えなくていいから足速いヤツ」
「……まあ創れるけど」
「あ、創れるんだ」ダメ元で訊いたが僥倖だ。「んじゃ、そいつにこれ持たせて地上まで送ってくれ」
俺は今し方、改造を施した魔晶のひとつをシャルに手渡す。
シャルは怪訝に思いながらも、一応は言う通りにしてくれるつもりらしい。魔晶のひとつを手に取ると、そこに魔力を流し込んでいく。潤沢な魔力を持つ魔術師でなければ、この使い方はできなかった。
要するに俺は無理。
しばらくすると、無色の魔晶が、黒い球体に手足がついたみたいな見るからに謎の生物へと変貌を遂げていた。なんだろう。掌サイズの真っ黒なボール? といった感じだ。
「……何これ?」
「《クロちゃん》よ」
シャルは真顔で言った。……そっか、クロちゃんか。
「これ、シャルの趣味?」
「うるさいな。属性なしの魔晶を媒介に生物型なんて難しいんだよ」
「いや文句はないけど。むしろ充分。さすが優等生だ」
「何? 褒めてんの?」
「もちろん」
使い魔とは、その《核》となるモノ――生物の死骸や、年月を経た道具、あるいは魔晶など――に主人となる魔術師の魔力を注ぎ、擬似的な生物として操るものの総称だ。
即席の使い魔では単一かつ単純な目的行動しか取らせることはできないが、核の質と術式の手間によっては、第二の自分とも言うべき分身さえ作り出すことも不可能ではない。
「んじゃ、クロちゃんに俺からもプレゼントと行こうか」
「――?」
きょとんと首っつーか全身を傾げるクロちゃん(地味に可愛い)に告げて、俺もルーンを刻み込む。
《車輪》と《栄光》に、《成長》と《軍神》。
今の俺に重ねられる印刻の最大数だ。
ほとんどお守りみたいなものだが、これでクロちゃんも地上までは持つだろう。
「学院まで頼む。上手く運べば、助けが来るかもしれない」
「……わかった」
頷き、シャルがクロちゃんに命令を刻んでいく。たとえるなら、それはロボットにプログラムを書き込むようなものだ。
命令を受領したクロちゃん。
彼(彼女?)は身体を丸めると、そのままギュインッ! と高速で転がっていく。
そう動くのかい。
思わず心中で突っ込んだが、それ以上に俺は感心を覚えていた。
――思っていたよりずっと速い。
外見は何かと思ったが、使い魔まで高レベルで創れるとは驚きだ。この分なら、おそらく二十分程度で地上まで辿り着くだろう。
何事も頼んでみるものだった。あるいはシャルの本職は《人形師》なのかもしれない。
「念のため、あと追って入り口のほう見てくるよ」少し気分をよくしながら俺は言った。「もしかしたら、誰かそこで待ってるかもしれない」
「……ならわたしも行く」
「別に休んでてもいいけど。いたらちゃんと呼びに来るし」
「いいから」
「あ、そ」
そうまで言われては食い下がる理由もなかった。
俺たちは連れ立って、ふたつ角を折れた先の階段を目指した。
※
「――――…………」
上層への階段のところで、特に誰かが待っているということはなかった。
まあ、それは予想できていたことだ。そう上手くコトは運ぶまいと。
だが俺たちは思わず、階段の前で呆然と立ち竦んでしまう。周囲の危険性を忘れ、目の前の光景の異常性にただ囚われてしまったように。
「そんな……!」
と、シャルが絶望の声を漏らしていた。俺もまた似たような心境だ。
――目の前の階段はすでに階段ではなく、かつて階段であった何かへと変貌を遂げている。
そう、階段は崩れていた。
瓦礫の山に埋められて、通り抜けることができなくなっているのだ。
自然に起こることではない。何も階段それ自体が崩れているわけではないのだ。迷宮の破壊などそもそも不可能に等しかった。
つまり、階段を埋めている多量の瓦礫は、明らかに別の場所から運び込まれたものなのだ。
ここまで至ればもう、認めざるを得ないだろう。
俺たちは、何者かの悪意によって迷宮の底に閉じ込められている。何者かに囚われてしまっていた。
――つまり。
この迷宮のどこかに、俺たちとは別の魔術師が隠れ潜んでいる。
「使い魔のサイズ小さくしといて正解だな……」
だが、場合によっては魔術師に使い魔を撃墜される可能性もある。
「一応、使い魔がやられたときは、わたしにもわかるようになってる」
「そうか。なら、そのときは教えてくれ」
「……わかった」
願わくは、この事態を引き起こした《誰か》に、使い魔が見つからなければベストなのだが。
その《誰か》が、明確に俺たちを狙ってきているわけではないだろう。
おそらくは無差別に。迷宮で、ある程度以降の深さまで進入した魔術師を狙っている。
理由はなんだ。ただ殺したいだけ、ということはないだろう。
おそらく、何かしらの計画を邪魔されないためだ。それが何かまではわからないが――、
「まずい。やっぱりほかの連中を」捜そう。
と、俺が言いかけた刹那である。
――突然、背後から金切り声に似た悲鳴が轟いてきた。
弾かれたように振り返る俺とシャル。そう複雑な構造ではないとはいえ、その声の方向を一瞬で判断するのは反響のせいで難しい。
だが、その場所まで駆けつけない選択肢はなかった。
「――走るぞ、シャル!」
叫び、返事は待たずに走り出す。シャルは後ろからすぐついて来た。
「今の悲鳴は……」
「いや、たぶん人間の声じゃない!」
「……じゃあ魔物?」
「ああ。魔物同士が共食いしてるんじゃなけりゃ、たぶん誰かしらいるはずだ!」
索敵を全開にして疾駆する。
といっても、自動で敵を見つけ出すあの魔具は転移の際に紛失してしまっている。
だから今、頼りにしているのは己が感覚だ。魔力の流れ、生物の気配――わずかな情報を感知する経験と勘を総動員して、声の聞こえた方角へ走る。地図なんて見ている余裕もない。
魔物を避けるための索敵で、魔物を探しているのだから間の抜けた話だ。
途中、足元の石畳がすっと沈み込む場所があった。この手の感覚が何を意味するか、言うまでもなくわかっている。
トラップだ。迷宮に仕掛けられた、侵入者を拒むための罠。
おそらくは転移式の罠だろう。迷宮の入り口にあったものと同じタイプの。
それが発動する刹那――、
「――うぜえ!」
と俺は踏み抜いた足で魔術をかけた。《氷》には固定や停滞の意味もある。それを用いて、魔力の流動そのものを凍結させた。
先ほどの不意打ちならともかく、いつか罠に行き当たると予期していれば無様に食らいはしない。
「……うっそぉ。信じらんない……足の動きだけでルーンを、っていうか今、起動してる術式の魔力だけ止めて強引に――」
背後でシャルが何事かを言っているが、俺は全て無視した。
あんなものは小技だ。迷宮以外ではほぼ役に立たない。その程度で驚いているうちは、一流の冒険者になど到底なれないだろう。
いや、シャルが冒険者志望なのかどうかは知らないのだが。
罠を文字通り踏み越えていくと、やがてだだっ広い広間のような空間に出た。
学院の試術場並みに広く、天井の高い空間だ。
なぜか光源がある。青く仄暗い、火の玉じみた光が四方の壁で整然と列を成している。
その下に――ひとりの少女がいた。
「ピトス! 大丈夫か!?」
その少女――ピトスに向かって叫ぶ。
彼女は壁に背を預けるようにして、肩を押さえながら蹲っている。
呼吸は荒い。どこか怪我をしているのかもしれなかった。
慌てて駆け寄る俺たちに、ピトスの鋭い声が飛ぶ。
「――来ちゃ駄目っ。上っ!」
普段の彼女からは想像もできないほど切羽詰った声。それに促されて、俺たちは視線を上に向けた。
――そして、そこに炎の主を見つけてしまう。
「嘘……だろ……!?」
思わずそんな言葉を漏らした。迷宮で漏らすその言葉は、いっそ敗北宣言にも等しい。
広い空間の上空には、全長にして二、三メートルほどの巨大な鳥の魔物がいた。
どうしてその巨大な姿に、今の今まで気がついていなかったのか。
全身を青白い炎に包み、たゆたうように浮かんだまま、こちらを堂々と見下ろしている魔物。
――不死鳥。
それは魔物の中でも最上位に位置する――《幻獣》と呼ばれる怪物だ。
位階としては間違いなく最強種の一角。魔竜種や真狼種、吸血種などとも並び称される神話級の存在。
階層で表すなら――実に千層クラスの強さを持つバケモノだった。




