4-43『雷の化身』
――フェオ=リッターは、自分の弱さを知っている。
学んだからだ。理解しようと試みたからだ。自らが客観的に見て、いったいどこに立っているのかということを。
精神的な意味ではない。いや、確かにそういった部分の成長もあった。かつて自尊と自負を拗らせ、ただ他人に突っかかることしかできなかった彼女はもういない。
そして、弱さを知るということは、同時に強さを知るということだ。自分という概念を一個の物体、装置として捉え、それを十全に、最高のパフォーマンスで機能させる。戦いとは突き詰めればそういうことだ。肉体を武器とする者にとっては。
彼女の強みは、その速度と鋭さだ。
その観点から言えば、フェオの一撃は十全に最高速を成し遂げていた。
通じるかどうかなんて、そんな些末は考慮しない。通じなかったら次に行くだけだ。この場で彼女を倒しきろうと彼女は考えていなかった。
防がれることは考慮している。躱される可能性も予想していた。その程度のことで、フェオの心は折れたりしない。どんな魔術を使われようと、彼女の意表は突けないだろう。
――それが、魔術であったならば。
ひと息に足らぬ間で距離を詰め、瞬きすら許さず剣を放つ。そうして描かれた白銀の軌跡は、開いたままの瞳にすら捉えれぬ鋭さを持っていた。
その一撃を。
金星――レファクール=ヴィナは片手で掴み取った。
その対応は考えていなかった。
右手を左に伸ばし、ピンと張った指でフェオの剣を白刃取る。力なんてほとんど入っていないだろう、いや、たとえ全力を込めたところで筋力なんてたかが知れていそうな細腕で――斬撃の威力が殺される。
「な――」
それでも。それでもその行為が魔術による不条理ならば、フェオは驚かなかっただろう。
そういうこともある、と。
わからないことが、理解できないことが起こる。という前提をフェオは踏まえていたからだ。理解できないのなら、驚かない。
――理解できたから、驚いた。
レファクールは魔術を使っていない。彼女が行使した力を、ヒトは武術と呼んでいる。彼女は本当に、ただ肉体の機能だけでフェオの斬撃を受け止めた。今にも折れそうなほど脆い、鍛えられているようには到底見えない肉体で。
フェオの剣は、そのまま片腕だけで押し返されるレファクールが右手を前側にするよう半身を捻り、フェオの懐に飛び込んだ。
素人でも、それが致命的であることは悟れるだろう。
判断は咄嗟だった。いや、フェオは判断すらしていない。ただ反射的に動いただけだ。驚いていようと、動きまで硬直はさせていない。
押されて揺らいだ半身を、フェオはそのまま後ろに倒す。同時に、腕を交差する形で伸びてきたレファクールの左手を、フェオは片足で蹴り上げる。弾かれた腕から魔弾が撃たれ、結界の空に吸い込まれた。
そのまま後転の動きで距離を取り、フェオは動きを止めず左に駆ける。
広い通りも、戦いの場とするには狭すぎる。辺りの人間は、場の危機感を察知していたのだろう。とう逃げ出していたが、それでも暴れるには狭かった。
通りの脇の店。外側に設置された木製の円卓に飛び乗る。
「――重力、軽減!」
簡易詠唱。円卓に突いた左足に、強く力を込めて蹴る。
魔術の苦手なフェオだったが、剣を使った高速戦闘を得意とする彼女にとって、大規模な魔術が使えない程度のことは弱点になり得ない。相手にそれを許さなければ、あとは簡単な魔術さえ使えればいい。
体重の軽減。兎のように跳ね回ることを後押しする術式を糧に、フェオは円卓を踏み台に加速して、建物の壁を駆け上がる。
かつて迷宮で、石人形の胴体を駆け上がったときのように。
一気に三階分――屋上付近まで垂直に駆けたフェオは、最後の一歩で、中空に向けて躍り出る。
夜の空で、身体を捻り反転するフェオ。頭を地に、足を天に向け。
「重力――加重ッ!!」
そのまま稲妻のように落下する。地面に立つレファクールと、目が合った気がした。
レファクールが構えを取る。
やはり、どう見たって鍛えられた肉体ではない。だが、少なくとも彼女の持つ格闘の実力は本物だ。筋力は魔術で誤魔化せるかもしれない。だが技術だけは不可能だ。それは魔術では代替できない。
だからフェオは、剣を――投げた。
斬りかかると見せかけての投擲。それさえレファクールは軽く躱す。半身を捻り、それだけでフェオの銀剣は石畳に舗装された地面へ突き立つ。
そして、その剣に雷が降り注いだ。
まるで避雷針のように。後を追ってきた雷撃が、剣を通り地面に抜けていく。
レファクールは硬直した。指の先さえ動かせない。それは驚きからではなく、身体を通り抜けた電気が筋肉の動きを強制的に止めたからだ。
――雷属性の、拘束魔術……。
理解したときにはすでに遅かった。その頃には身体も動くようになっていた。止められる時間はわずかだったのだろう。
だが、その一瞬で充分だった。
そのときにはもう、フェオが地面に降り立っていた。
――バチッ。
という音がフェオの掌から聞こえる。彼女の右手が帯電していた。
「鼠は疾る――」
その痛みに顔を歪ませることなく、フェオの掌底がレファクールの腹を打つ。
レファクールの肉体が、弾かれたように痙攣し、直後に吹き飛んだ。
建物の壁に背中から激突するレファクール。彼女の視界には、すでに地面から剣を抜き放つフェオの姿が見えていた。
「――殖え続ける」
詠唱。省略された術式の粗を、魔力の量で補填する。
逆手に柄を握り、切っ先を地面から抜くと同時に縦一閃。下から上に剣が払われた。
同時に溢れた出した魔力の量は膨大。振るわれる銀剣は最速で線の軌跡を描き、それを追うように雷が放たれた。
幾重にも枝分かれしたそれは、まるで魔弾の飽和射撃が如く空間を埋め尽くしていく。威力よりも命中性を重視したそれは、しかしながら雷撃のひと筋さえ人間ひとりを殺傷し得る威力がある。
加減はしない。殺せなくても構わないが、ここで打倒できるに越したことはないのだから。
彼女とて冒険者。甘えなど持つつもりはない。
そして、雷撃の渦がレファクールに直撃した。
立ち昇る埃と土煙。それでも、フェオは油断などしていない。
目の前の女性を、フェオは一個の怪物と認識する。飛び込んで追い打ちをかけないのは、相手が無傷である可能性さえ考慮していたからだ。
防いだか、躱したか。あるいはダメージを食らったのだとしても軽傷かもしれない。重傷だったとしても、それこそ怪物のように再生しておかしくない。本心からそう考えていた。それでも、わずかにでもダメージを与えられているのなら。
そのときは、その隙に逃げ出してしまおう。
――その思考自体が、フェオにとってはひとつの失策だった。
「――酷い、ことを……しますね」
ゆらり、と。晴れた土煙の向こう側で、《金星》――レファクール=ヴィナが立ち上がる。咄嗟に防御として使ったのだろうか、右腕の大半が完全に焼け焦げていた。
フェオの一撃は確かに効いていた。それこそ七曜教団の幹部にさえ通用するほどに。
彼女の失策とはつまり、相手をあまりにも格上に――バケモノのように思いすぎていたということだ。最後の一撃を加えてすぐに逃げ出していれば、おそらく逃亡は可能だっただろう。追撃をしていれば、あるいは殺しきることは不可能でも、しばらく行動停止に追い込むくらいはできたかもしれない。
言うなれば彼女は、レファクールを打倒し得る唯一の機会を逃したということになる。
というより、これはレファクールのほうがフェオを舐めすぎたということだろう。七星の六番目、《紫煙》の近辺にいる者として把握こそしていたものの、教団はフェオ=リッターを脅威として考えてはいなかった。
これは誰も知る由のないことだが、教団が学院生の中で脅威になり得ると考えていたのは四人だけ。そのうち《排除すべき》として見ているのは、ウェリウス=ギルヴァージルただひとりだった。
残る三人――つまりレヴィ=ガードナー、ピトス=ウォーターハウス、そしてシャルロット=セイエルに関しては、殺すわけにはいかないのだから。
もっとも彼らの判断通り、以前までのフェオならば教団の脅威にはなり得なかった。あくまでも、魔術師としての彼女は格が低い。今のように、戦闘に多数の魔術を織り交ぜて戦うようなことはできなかった。長い詠唱や儀式的な行動の補助なくして、フェオは強力な魔術を発動できないのだから。
それは今も変わらない。一朝一夕で魔術は上達しない。彼女が魔術を連発できたのは、技術が向上したからではなかった。
単純に、魔力の量が増えたからだ。
より正確に言えば、アスタからの吸血によって本来なら持ち得ないほどの魔力を今の彼女は持っている。何より彼女が使うのは、大半が雷属性の元素魔術――つまり最も簡単で、力押しでもどうにかなる魔術だったことが大きい。膨大な魔力量にかこつけて、術式の粗を塞ぎきったわけだ。反動も多く、雷は自分さえ傷つけるが、大した問題にはならなかった。
粗の多い術式は本来、妨害される。ちょっと魔力をぶつけて揺さぶってやれば失敗するし、詠唱や儀式が必要なら物理的に邪魔もできる。それが書き換えの精度を競う以上、記述の間違いを指摘してやれば魔術は発動しないのだ。
だが、それも魔力の量と高速での機動に合わせれば弱点たり得ない。むしろ割り切れる分、強みだとさえ言える。
レファクールにとって、それが完全に計算違いだった。
「――ああ。まったく……この右腕はもう、二度と使い物になりませんね」
互いにひとつずつの誤算。とはいえレファクールは片腕を完全に破壊されており、もちろんほかの部分にもダメージの影響は出ている。
一方、フェオは相手の戦力が見積もりより低かったということなのだから、それは言うなれば《嬉しい誤算》の類だろう。そして実際、あの一撃でも殺しきれなかったことは事実だ。フェオは人間に直接手を下したことはなかったが、攻撃には躊躇いがなかった。あったのだとしても、それでも殺せるだけの一撃だった。
――にも、かかわらず。
この状況で、不利なのは間違いなくフェオのほうだ。
「本当に……仕方がありません。予想外ではありましたが、ええ。どうせ予定が早まるだけのことですからね」
言うなりだった。なんの躊躇いもなく、レファクールが自分の腕を引き千切る。焼け焦げた右腕の付け根を左手で握り、それを文字通りに捻り切る。痛みなんて、まるで感じていなかった。
ぶちり。肉の潰れる嫌な音が、フェオの鼓膜を不快に撫でる。
ぞっとした、とまでは言わない。その程度のことならば、平気で行う連中だ。フェオが直接に相対したことのある教団の人間は少ないが、その基準をほかの教団員に適用することに抵抗はない。狂っていることは知っている。
フェオが驚いたのは、だから、行為そのものではなかった。
千切られた腕。その根本から流れ出た血液が、赤い色ではなかったからだ。
――金色だった。
少なくとも、そう見えるような色だった。
もはや血液には見えない。酸素を運ぶことができるかどうかという以前に、まず体液とは思えない。フェオには、それが蛍光色の塗料にしか見えなかった。
粘性を持ち、てらてらと輝くそれは、確かに血液に似てはいた。実際、アスタの血を直接喉に流し込んでいるフェオにとって、それは色以外は見慣れたもののようだったし、血液に対する抵抗感も少ない。フェオにとって血液とは、感覚的には飲み物とそう変わらない。美味しいと、味覚がそう判断するからだろう。もちろん気軽に飲めるものではないが、ときおり文字通り《血に渇く》ことがあるくらいだ。
それでも気持ちが悪かった。
飲みたいとは絶対に思えなかった。
レファクールは変わらず、何を考えているのか読めない表情で、千切り取った右腕を無造作に投げ捨てる。彼女の目の前の、黄金色に輝く血溜まりに右腕が落下し、びちゃりと気味の悪い水音を立てる。
「何、を……して」
思わず呟くフェオだった。それが最大の失敗だ。魔術師が口にしていい言葉ではなかった。
魔術は神秘であり、幻想であり、何をしているのかわからないからこそ魔術たり得る。タネの割れた魔術には価値がない。
無理解を、不可解を、相手に悟らせてしまった時点で。
魔術師は死んだも同然だ。
「……見ていればわかります」
果たして。レファクールは呟いた。
それは宣告だ。この時点で、フェオはもう逃げる手を失った。
腕が、彼女の目の前で溶け始めていく。それは形を失いながらも徐々に肥大化して――周囲の魔力を集めていく。
どんどんと。どんどんと。人間大になり、身の丈を越え、ついには建物の屋根を越える大きさに。巨大な、黒い色をした、物質化した魔力の塊。
加えて、ソレは吸い集めた魔力を電気に変換しているらしい。バチバチと音を立てる火花となって、魔力が災害に変わっていく。
――雷は破壊の力。神の裁きにたとえられる。
あらゆる神話で、あらゆる宗教で、あらゆる伝承で、雷の脅威は語られているのだから。
ソレは、つまり、その概念的再現だ。
空を飛んでいた一匹の魔物が、運悪くその災害に巻き込まれた。粘性のある黒い塊に近づいた魔物が、その火花の余波だけで感電死し、呑み込まれていく。吸収されたのだ。まるで、食事でもしたかのように。
――そうだ。フェオは理解する。
これは――目の前のこの不定形の物体は。
「生き……て、る」
「ええ」
レファクールは、やはり感情のわからない笑みでもって頷く。答え合わせをするみたいに。
それに合わせるかの如く、巨大な粘性の塊が、徐々にヒトガタに近づいていくのが目に見えた。直立する巨人。立体化した影のような。
巨人はその腕に槌を持っていた。威厳はなく威圧を持ち、聖性などなくとも神聖さを感じさせる。
「――名のない雷神」
レファクールは言った。見上げるほどの――それこそ迷宮で見た石人形さえ遙か上回る巨体を、慈しみに満ちた瞳で見やりながら。
「いったい、どこから――いや」
転移魔術を使われた、ということだろうか。いや、違うはずだ。
これは呼ばれてきたのではない。今、この瞬間に生まれたものだ。根拠があったわけでもなく、フェオはただ直感した。
フェオが気づいたということに、レファクールも気づいていた。
「そう。これは私から生まれた、私の子。私の中には、たくさんの魔物が住んでいるの」
「……どういうカラダしてるわけ?」
「肉体について、とやかくは言われたくありません」レファクールは、ほんのわずかだけ憤慨したような表情を見せた。「貴女、《水星》に――あの汚れた売女に会ったのでしょう? その台詞は彼女に言えばいい」
「…………」どっちもどっちだ。
フェオは思ったが、それを告げることに意味は感じない。だから別の言葉を述べる。
「この街に魔物を放ったのは、アンタってこと?」
「そういう言い方をすれば」一瞬の間。「そうなります」
「……、」
「ともあれ、ここはこの子に任せるとしましょう。神にまで近づいた子です――ほかの子も、この子の中で生きられるのなら幸せでしょうから」
魔物を――目の前のソレを魔物と呼ぶのかどうかは別として――我が子とまで呼ぶモノを、彼女はあっさりと戦場に放置する。巨人に殺されるほかの魔物に対する憐憫など、彼女は一切持ち合わせていない。
レファクールは片腕を失ったままの姿で踵を返す。巨人の雷撃に焼かれたらしく、出血はいつの間にか止まっていた。
「――さて。では役割も果たしたことですし、そろそろ私も《木星》と合流しなければ」
「させるわけ――」
咄嗟に追い募ろうとするフェオ。ただでさえアスタを放置してきているのだ、まして《金星》を合流させるわけにはいかない。
だがレファクールは、もはやフェオを一瞥さえしなかった。
「――好きにおやりなさい、愛しき我が子」
瞬間。巨人の口に当たる部分が開かれ、魔力が集中していくのがわかった。
そして直後――神の一撃が放たれる。
それは落雷だ。原初の時代から神の代名詞となっている破滅の概念。人類では決して抗えない、天の力。
フェオがそれを回避できたのは、ひとえに偶然による部分が多かった。
夜だったこともあるだろう。吸血鬼の本能が覚醒しつつあることも大きい。彼女が元より、雷属性に適性を持つ元素魔術師だったこともある。
フェオが取った行動は単純だ。
彼女は咄嗟に、持っていた剣を天高く振り上げた。まっすぐに、天を突くように――それを避雷針の代わりにして放り投げる。
「――穴蔵に、戻れッ!!」
そして同時、全速力で通りを駆けた。その一撃から逃れるために。
幸運だったのは、その攻撃がフェオただひとりを狙った、ごく小規模なものだったことだろう。威力は凄まじくとも、その範囲が狭ければ回避できる可能性も生まれる。その代わりに、剣は完全に破壊されたが。
――不幸だったのは、それでも回避しきれなかったことだろう。
ほとんど倒れ込むような形で、フェオは攻撃の範囲から飛び出した。とにかく逃れようと、頭から地面に滑り込む。
それでも――それでも間に合わなかったのだ。
雷属性の魔術は、比較的に簡単とされる元素魔術の中でも扱いが難しいほうの魔術だ。まずもって適性を持つ人間が少なく、よってその感覚を習うことが望みにくい。高い攻撃力と文字通り雷速の速さを持つ攻撃性能の高い属性ではあるが、その分だけ自らを巻き込むこともあり得る。
「……づ、ぁ――ぎぃ……っ!!」
呻くフェオ。悲鳴はなんとか飲み込んだが、それでも痛みは凄まじい。涙は堪えられなかった。
俯せに地面へと倒れ伏した彼女は、その視線を自らの下半身にやる。足の先に。けれどその惨状は、目にする前から察していた。
左足首の先が、ない。
いや、存在はしている。今のところは、かろうじて。真っ黒な炭に変えられたそれが、足首から少しだけ離れたところに落ちている。
ほかの部分が無事だっただけ、幸運と言うべきなのだろう。魔物が下した雷の一撃は、説明するなら概念魔術だ。通常の雷とは少し違う。触れた部分は確実に炭になって崩れるが、それ以外の部分には影響がない。
流れ出た血はわずかだった。負傷する先から電圧に焼かれ、その出口を潰してしまったらしい。
「ぐ――、ぶっ」
いや、どうやらそんなこともなかったようだ。体のところどころに裂傷と火傷がある。色が黒くなっている部分もあった。
迸る不定形の雷は、確かに右足以外にもダメージを与えていたらしい。喉の奥から零れ出た赤色を見て、誰かみたいだと思わず苦笑。
立ち上がれなかった。もう走ることはできない。剣を振って戦うことなど、不可能と断言するべきだろう。
痛みを堪えれば、魔術くらいは使えるかもしれない。それでも精神状態に左右される魔術は、その精度を、効果を大幅に下げるだろう。そもそもフェオの魔術は、あえて肉体や剣に雷を纏わせているわけではない。
そうしなければ使えないほど下手だから、仕方なく行っているだけだ。
この状態で、仮に魔術が使えたとして――果たして目の前の巨人を打倒できるものだろうか。フェオは考え、そしてそれが考えるまでもないことだとすぐに悟る。
不可能だ。そんなことは絶対にできない。
精神論云々ではなく、可能性として確実に零。そこまでの魔術の腕を、フェオは所持していないのだから。
何より相手は雷の巨人――つまり、フェオ程度の雷では通じない。
詰んでいた。
彼女ひとりで覆せる状況では、すでになくなってしまっている。
レファクールはすでに消えていた。どこへ消えたのか確認さえできていない。
ただ、それにも意味があったかどうか。巨人はこちらを向いている。すでにその口には魔力が集まって、二度目の雷撃が準備されている。
もはや抗うこともできなかった。フェオはただ、自らの命を奪うだろう一撃を、呆然と待っていることしかできない。
救いがあるとするのなら、苦しまずに即死できるだろうことくらいか。それを救いと呼ぶこと自体を、欺瞞とは見なさない前提ならば。
状況は進む。フェオは時間の流れを遅く感じたが、目の前の現実は止まらない。
そして。雷が、神の一撃が放たれる。
それは彼女の目の前で弾け、その視界を白く塗り潰した――。
 




