4-37『セカイ』
「――んで」
俺たちの前にカップをふたつ置き、珈琲屋が言う。
落ち着いた調度の、雰囲気のいい店内。珈琲屋に案内されたそこは、同じ喫茶店というだけあって、《オセル》とずいぶん似た印象の店だった。もちろん違いはあるのだが、表通りの喧騒からは文字通りに一線を画したような、どこか異界じみた感覚が共通している。
「お前ら、なんで王都にいるんだ?」
黒髪の眼帯――珈琲屋にそう問われる。
だから俺は端的に答えた。
「仕事だよ。ちょっとした依頼を受けてな。お前こそ何してんだ?」
「……俺のほうも仕事だ」
珈琲屋は、なぜか俺が「仕事」という単語を発した瞬間、露骨に嫌な顔をした。
だが、フェオがいることを思い出したからか。すぐに表情を改める。これといって厳つい顔ではなく、むしろどちらかといえば童顔とさえ言えそうな珈琲屋だが、無骨な眼帯の主張が強すぎて、どうにも威圧的に見えてしまう男だ。
丸テーブルを囲う高めの椅子に、三人で腰を下ろしている。俺から見れば右手が珈琲屋、左手側がフェオという並びだ。フェオは借りてきた猫のように、両手でカップを抱えて大人しくしている。相変わらず人見知りの激しい奴だった。
「もともと、オーステリアで喫茶店を開店できたのは、恩人がだいぶ融資してくれたからでな。その恩返しってわけじゃないが、よく仕事を頼まれるんだよ」
という珈琲屋の話は、確か以前にも聞いたことがあった。
なんでもオーステリアの貴族街に住む金持ちに、珈琲好きの変わり者がいたのだという。何度か店でも顔合わせた、アイリスの友人であるモカちゃん――彼女の祖父だと聞く。
珈琲は存在はしていたものの、この国ではほとんど飲まれていないのが実情だった。仕事と趣味を兼ねて海外を飛び回っていた変わり者の彼は、そこで珈琲の味に魅了され、自身でも再現を試みていた。
だが上手くいかない。どうしても理想の味に至らない。
――そこに現れたのが珈琲屋こと、指宿錬。
彼は、地球でも喫茶店の店員をしていたのだとか。その知識と、この世界の魔術の知識が合わさった結果、化学反応ならぬ魔術反応によってドリップマシンの製作に成功してしまいやがったのだ。とんでもない話だが、事実なのだから凄まじい。
この過程で俺も手を貸していた。珈琲ではなく、主に魔術方面の知識で。
その後、オーステリアにオセルが開店。
当初は見向きもされなかったが、もともと新しいモノ好きな街の冒険者の気質辺りが功を奏したのか、あるいは珈琲屋当人の腕もあってのことか。オセルは《知る人ぞ知る名店》程度の認知度を獲得するに至った。
そこに追撃として、魔競祭へ出店したことによる稼ぎと知名度の増加。
勝利の確証を得た珈琲屋の恩人氏は、喫茶店の国内二店目を王都に出店すると決意。
珈琲屋は、その手助けをするために呼ばれたという顛末だ――と、彼は語った。
「……それにしても間が悪い」
ひと通りを話し終えると、珈琲屋は表情を歪めてそう呟く。
その言葉は明らかに、俺が同じタイミングで王都に来ていることを指していた。
「なんだよ。お前にそんなこと言われる筋合いねえぞ」
「だってなあ……」
片方だけの視線が、冷たい温度で俺に刺さる。
ちなみにフェオはもう会話に加わることを放棄したらしく、カップの紅茶を――そう、ここまで話しておいてなんだが、実は珈琲ではない――啜りながら、「あったかぁい……」と完全に我関せずを貫いている。まあ気にするまい。
「俺の認識じゃ、お前がいる場所では毎回、ロクなコトが起きねえんだよなあ」
あっさりと暴言を吐く珈琲屋。それわかるなーとばかりに頷くフェオはやはり放置で正解として、しかし言ってくれるものである。
というか、この手の風評被害は今日で二度目だった。
「やめろ。俺のことをどこぞの天災や錬金魔術師と同じみたいに言うな」
「それが誰のことかは知らねえし」珈琲屋は意に介さない。「別に、お前が問題を起こしてるとも言ってねえよ」
「言ってたようなもんだろ」
「違う。お前が起こすとは言わねえ。ただ呼んでくるだけで」
「やっぱ言ってたようなもんじゃねえか……」
というか、より厄介だった。俺の意思ではどうしようもないのだから。
だが、やはり厳密には俺の認識は間違っていた。
珈琲屋が言っているのは、単に星の巡り会わせが悪いというような意味ではなかったのだから。
「厄介な連中に、目をつけられてるんだろ?」
「……ああ。そういうことか……」
俺は顔を歪めて、けれど頷かざるを得なかった。
それは否定できない。周囲を巻き込む可能性だってあるのだから。
「実際、ここに来たのもそれ関係だしな。いや、お前に迷惑はかけねえよ。俺は」
「俺だって別に、頭のイカれた犯罪者が何をしようと、それをお前の責任にはしねえけど」珈琲屋な言葉は冷たく、的確で、ゆえに有り難い。「お前のことだから、周りを巻き込まないためにひとりでどうにかするとかなんとか、アホなこと言い出すんじゃねえかとは思ったけどな」
「うるせえな。それはもうさんざん説教された件なんだよ」
「自慢げに言ってどうする」
……その通りだった。いや別に自慢げに言ったつもりはないのだが。
俺の周りには、頼りになる奴が多いというだけのことで。
実際、今や戦闘力を完全に失っている俺がひとりでどうこうなんて言えるわけがない。
「――《七曜教団》だっけか。世界を救う、とはまた大きく出たもんだな、しかし」
都合上、ある程度までの事情は珈琲屋にも伝えてあった。
この男はこの男で、自分では魔術なんてほとんど使わないくせに、どうしてか神話やら宗教やら、もしくはオカルト方面の知識にやたら造詣が深かったりする。
昔は、もしかしてこの男、その手の拗らせた青春を送っていたのではないか、なんてことを考えたりもしたものだ。もっとも、その知識がこの異世界でさえ役に立っている以上、余計な発言はできなかったのだが。
どうせだ、と俺は考える。
今後のことを思案するに辺り、珈琲屋の意見も参考にしようと俺は思った。
「……なあ。世界が滅ぶ、ってどういう意味だと思う?」
なんとなくの問いではあった。だが同時に以前から気になっていた部分でもある。
平和な世界ならば救われる必要なんてない。救われる必要があるということは、そう考える人間がいるということは――裏を返せば、救わなければ滅ぶと見做されているからだ。
だが単純に考えて、世界なんて概念はそうそう滅ばない。
人類が滅ぶとか、王国が滅ぶというのならまだわからなくはない。だが、ことは世界だ。枠組みとしては非常に大きい。その点が少し気になっていた。
単純な言い回しの問題なのだとは思う。思うのだが、一方で彼らは本当に世界を救うつもりでいるのではないか、と思えることもあったのだ。凶悪な犯罪、周到な実験――それらに際するモチベーションがどこに起因しているのか。気にならないとは言えないだろう。
そう考えての問いだったのだが、問われた珈琲屋は鼻で笑った。
「知るかよ。そもそも世界ってなんだ?」
「……なんだって訊かれても」
個人を主体にした価値判断の基準を、俗に世界と呼ぶこともある。自らを王とした独裁世界観。だがそれは個で完結するがゆえに、他者による救済を必要としない。そんな概念にはそもそもそぐわない。
この場合の世界とは、もっと単純に――俺たち内側の人間を囲う、大きな枠組みそのものだと考えていいだろう。
そう告げると、珈琲屋は酷くあっさりと頷いた。
「だろうな。教団の連中にとって、この世界は確定的に滅ぶものだってことなんだろう」
「だからって……世界が滅ぶ、なんて言われてもな」
どうにもピンと来ない。国家間の戦争で人類が疲弊する、という意味合いとは次元を異にしていることは明白だ。
――こう言ってはなんだろうが、いわゆるファンタジー的な創作物では馴染みのお題目ではあった。魔王に滅ぼされようとしている世界を、選ばれし勇者が救う――というような。
ただ、たいていの場合、そこで滅ぶのは《人類》であったとしても《世界》ではない。それは主観だ。観測の主体が滅んだとしても、観測対象が滅ぶというわけではない。
人類が滅んだところで世界は滅ばない。
では果たして、彼らはその観測の主体である人類を守ろうとしているのだろうか。
――それは、ちょっと頷けない考えだった。
なぜなら彼らは、ヒトに犠牲が出ることを是としている。
多数のために小数を切り捨てる、という発想でさえないだろう。明らかに非人道的な手法に手を染めているし、場合によってはただ殺すためだけの行為すら選んでいる。
それは救世主という言葉から連想されるほど、綺麗なモノでは決してない。
単純に考えるならば、世界を救うなどというお題目のほうが嘘であると見做すべきだ。
「……まあ、もともと話の通じなさそうな連中ではあったんだが。《木星》にしろ《水星》にしろ」
間違いなく狂っていた。理性的な狂気に染まっていた。
だが。だからといって狂人の戯言と、簡単に切り捨てることはできない。
あのクソ師匠が――アーサー=クリスファウストが関わっている以上は楽観できない。自分の死体を偽装してまで身を隠した……いや。うん……?
「――……」違和感があった。
そういえば、《死体を偽装した》人間ならもうひとりいた。
一番目の魔法使いだ。俺はその件について調べるため、王都まで来ているのだから。
《魔法使い》が、ふたり揃って自分の死体を偽装する。この共通点は、果たして無視してもいいものだろうか。
――いや。そもそも同じことなのか……?
むしろ逆ではないだろうか。一番目の魔法使いは、世間から身を隠すために死体を偽造した。実際、教授の存在がなかったら、彼は本当に死んだものとして扱われただろう。
一方、アーサーの死は(その偽装は)公になっていない。死体を見つけたのは俺で、その遺体は勝手に埋葬してしまったからだ。死体を見つけた、ということ自体は管理局に――俺の身許がわからないようにして――報告してある。
実際、以降アーサーは本当に表舞台から姿を消している。異次元空間に引き籠もっているという噂の二番目や、情報のほとんどない一番目とは違い、三番目であるアーサーはそれまで普通に表舞台へと顔を出していた。
その消息がぷっつり途絶えたのだ。
死んだという噂は流れたし、いわゆる裏側で公然と流布する情報では実際に死亡したということになっている。シャルだって、どこかでその話を聞いたから、父親が死んだものと考えていたのだろう。
だが――世間的にはあくまでも生きている。アーサーは世間からではなく、俺たちから姿を隠そうとしたわけだ。七星旅団から。
そして今、奴は七曜教団と関わっている。
つまり、一番目とはある意味で逆のパターンだということだ。
それが何を指しているのか、なんてことはわからない。単なる偶然かもしれない。
……わからないこと、ばっかりだ。
「だあ――もう。わっけわかんねえ――!」
頭を抱えて俺は叫んだ。開店したばかりにもかかわらず、あるいは開店したばかりすぎるせいか、店内に客はいなかった。
というか珈琲屋も普通に席へ座っている辺り、本当はまだ開店前なのかもしれない。
もっとも、でなければ初めから、こんな会話はできなかったろうが。
「……わからないにしても」
ふと、そこでフェオがここに来て初めて口を開く。
中途半端なところで手が止まった俺に、フェオは静かな視線を向けながら、
「わたしは、それでもあいつらのことは許さない」
「……、」
「だからついて来たんだし。あいつらと戦うっていうんなら、わたしだって協力する。悪い言い方をするんなら、アスタがあいつらに目をつけられているっていうのは、わたしにとって都合がいいわけだし」
「……まあ、そうかもな」
「お姉ちゃ……姉さんはあまり気にしてないみたいだけどさ。それでも姉さんの――わたしたちの銀色鼠を、あいつらは滅茶苦茶にした。それだけだよ、わたしが許せないと思うのは。世界がどうとかなんて、わたしにとっては、あんまり関係ないんだと思う」
彼女にとっては、そうなのだろう。
フェオが教団と敵対している理由はあくまで復讐――いや、筋を通すためなのだろう。
因果応報。目には目を、ならば歯には歯だ。
少なくとも冒険者にとって、報復とは正義である。そのせいで水星と無謀な戦いに挑むほどには、彼女にとってクランの存在は大きかったということなのだろう。
まあ、あれ以来、ある程度は吹っ切れてくれたのだとは思う。もちろん教団に対する怒りはまだ残っているが、それでも無茶な真似に出ることくらいは自重してくれるはずだ。
そのために、俺を利用しているというのならそれでもいい。
俺だって、彼女には世話になっているのだから。
「まあ、なんだっていいけどな。がんばってくれよ。世界なんかのためじゃなく、俺たちみたいな一般人のためにな」
一方の珈琲屋は、そう気に留めているわけでもないらしい。
小さく溜息をつきながら、あっさりとそんな風に言ってのけた。
「……まあ言いたいことはわかるが、お前、一般人か?」
俺は、そんな風に口を挟む。珈琲屋の主張に別段、思うところはないからだ。
――個人的には、力を持つ者の義務という概念を俺は信仰していない。
戦う力を、強い力を持っているからといって、弱い者のために戦わなければならない、なんて決まりはないのだから。七星旅団という集まり自体、そういう個人主義の人間ばかりだった。
なんの意味もなく、ただ危険な五大迷宮に挑んだのだって、それができたら楽しいだろうという程度の浅い理由からだった。
七曜教団と敵対したのも、その初めまで遡れば、単に向こうからちょっかいを出してきたからということに過ぎない。今となっては本気で止めるつもりでいるものの、それはフェオやアイリスに――あるいは自分の信念に――ただ肩入れしているだけのことだ。
「俺は一般人だよ」
あっさりと珈琲屋は言う。
異世界人、という背景を持つ時点で、その主張は通らないような気もするのだが。
「お前みたいなのと一緒にするな。――そうだろ、伝説の魔術師さんよ」
「……それ、お前に言われると皮肉にしか聞こえねえんだが」
「いや、本当に尊敬しているさ」
珈琲屋はそこで初めて、自身の前に置かれたカップを手に取った。
ひと口啜り、よくわからない風に表情を変えて、けれどすぐに戻すと呟く。
「言葉も通じない、知る人間も誰もいない――そんな状態で異世界に落とされて、それでも伝説と呼ばれるまでの魔術師になるなんて。俺にはそんなこと絶対に無理だ」
「……異世界?」
きょとん、と首を傾げるフェオ。俺と珈琲屋は、揃って意図的に無視をした。
「お前だって、こうして異世界で喫茶店なんて開いてんじゃねえか。俺からすればそのほうが凄え」
「俺はまだこの世界に来て二年も経ってない。初めの時点で、お前より年齢は重ねてたさ。何より初めから言葉も通じたしな」
そう。以前にも話した気がするが、その点は俺と珈琲屋の決定的な違いだった。
俺がアーサーの魔術の力を借りて一から言語を覚えたのと違い、珈琲屋は異世界の言葉がなぜか初めから理解できたのだという。
まるでその知識を、誰かから頭に直接、叩き込まれていたかのように。
異世界の言語を、そして文字を、学ぶまでもなく十全に理解できていたという。
「恩人にも世話になったし、俺は恵まれてたよ。お前と同じ状況なら、きっと間違いなく死んでたね。俺はこの世界の魔術をほとんど扱えないし。――なあ、煙草屋」
珈琲屋が首を傾げる。
煙草屋じゃねえよ、というお決まりの台詞を、俺は口にすることができなかった。
「――俺たちは、どうしてこの世界に紛れ込んでしまったんだと思う?」
「どうしてって……なんかこう、たまたま」
「たまたま? 偶然に呼び出されただけの人間が、たまたま世界でも屈指の魔術師に成長して、こうして世界の危機らしきものを守るような戦いに巻き込まれるのが偶然か? 《ああ勇者様、どうかこの世界をお救いください》――って、誰かに呼び出されたと考えるほうが普通じゃねえのか?」
――神隠し、という言葉があった。
この世界にではなく、地球に。突如として行方不明になる人間。そういった逸話は、世界各地に昔から存在していた。
日本で言えば、《マヨヒガ》と呼ばれる世界に迷い込む人間もあったという。あれも一種の異世界転移なのではないか――かつて珈琲屋が俺に語った知識だ。
珈琲屋は告げる。
「俺には、とてもそうは思えない。お前が異世界から誰かに――いや、何かに呼び出されたことには、初めから理由があったんじゃないかと、そう思えてならない」
「……何か、って……」
「まあ根拠はねえけどな。《私があなたを呼び出しました》なんて奴が出てきてくれるなら話は簡単なんだが。そんな奴はいなかったしな。――でも、お前はきっと、何か理由があってこの世界に呼び出されたんじゃないのか? それは、その《七曜教団》ってものを作り出した連中も同じだと思うんだよ」
――なぜなら。
と、珈琲屋は言葉を続ける。
「この世界に《水星》だの《金星》だの、そう呼ばれる惑星はない」
「――――」
「なぜならここは地球じゃないし、つまりこの世界は太陽系に属していない。地球によく似た星はあるさ。ここがそうだ。あとは太陽みたいな星と、月っぽい星もある――が、それらは全て違うものだろう。固有名詞としての太陽や月じゃないんだ、この世界に存在する、その言葉は」
「……なら」
「ヒントとしては、その時点で充分だったんだけどな。あとはそう……さっきお前に訊かれたことだが、俺からも問い返そうか。――お前、世界が滅ぶって言われて、じゃあどんなことを想像する? どうなれば世界は滅ぶと思う」
俺が想像するのなら、それはきっと、文字通りのこの世界そのものの終わりだと思った。
国が滅ぶとか、人類が死に絶えるとか、もっと大きく惑星そのものが崩壊するとか。そういった物理的な要因による滅びを俺はきっと想像しない。
それはこの世界に、魔術などという概念があるからだろう。
なんらなかの魔術的な事象によって、世界という概念そのものがなくなってしまうような。崩壊とか、滅亡とかいうよりも、それは消失という感覚に近い。
けれど、それを答えるよりも早く珈琲屋は言う。
「いや、お前に訊くより、そっちの彼女に訊いたほうがいいかもしれないな」
水を向けられ、フェオが狼狽える。
だが珈琲屋は意に介さず、こう訊ねた。
「――フェオさん、でいいんだよな。あんた、どう思う? 世界が滅ぶってのは、どういう状況だと想像する?」
「え……えと。いきなりそんなこと訊かれましても……」
「想像でいいんだ。クイズじゃない。思ったことさえ答えてくれれば」
「……なんだろ。隣の国と、大きな戦争があって、多くの人が死んじゃう、とか……あんまり思いつかないけど」
「いや、それでいい。だって、普通はそうだろう?」
珈琲屋はそう断言した。
俺の想像は、普通ではないと。
「お前だって本当はそうだったんじゃないのか? 少なくとも地球に住んでいた頃、世界が滅ぶと聞かされたらどう思う? 巨大な隕石が降ってくるとか、世界大戦が起こるとか、まあ宇宙人が攻めてくるでもいい。貧困な発想だがそんなところだろう。とにかく、普通ならそういう、物理的な崩壊を想像する」
「……それは」そうかもしれない。
では、なぜ俺はそういった発想をしなかったのか。
珈琲屋は言う。
「世界という概念の崩壊を想像するのは、普通、世界がふたつ以上――複数存在することを、知識として知っている人間だけだ」
暴論、なのだろうか。俺はそうは思わなかった。
確かにそうだ。少なくとも地球にいた頃の俺だったら、そんな観念的な滅びは想像さえしなかっただろう。
ならば――つまり。
珈琲屋が言いたいことは、こうだ。
「――お前は。教団の連中は……少なくともそのトップは」
「ああ、そうだ」
言いかけ、そして止まった俺に、珈琲屋は静かに語る。
「――俺たちと同じ地球人。そう考えるのが普通だろうよ」
俺は言葉を返せない。
だから珈琲屋はこう続けた。
「……冷めちまったな」
おそらく。それは本当に言おうとしていた言葉とは別のもので。
けれど結局、奴はそんなことだけを言った。
俺は静かに頷く。珈琲屋は苦笑し、イスから立ち上がって言った。
「まあ、そう気にするな。単なる思いつきだ、別に根拠はない」
「……そうだな。まあ、教団の中に、地球人がいる可能性は高いんだろうが」
「そうだったところで関係ない。だからどうした、という話だろ」
「ああ……そうだな」
手元のカップに視線を落とし、それから珈琲屋が俺に問う。
「どうする。入れ直して来ようか?」
俺は無言で首を振り、その提案を断った。
そんな気分には、どうしてもなれなかったから。
――だって、そうだろう。
もし教団を作り出した誰かが、世界を滅ぼすために存在する異世界人ならば。
ならば俺は。
それを止めるために、同じ異世界人として呼ばれたのかもしれない。
珈琲屋は、きっと、そんな風に語るつもりだったのだろう。
奴は昔から、そう考えていたのだろう。
だとすれば――俺は、いったい。
■今週の茶番
フェオ「(どうしよう、何言ってんのかぜんぜんわかんない……!)」
あ、活動報告を書いてありますので、よろしければ。




