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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第四章 王都事変
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4-26『開幕を告げる明星』

 レファクールに連れられる形で、アスタとパンは町を出た。

 湖とは反対側。ちょうど、アスタとパンが初めて出会った林道の方向に三人で向かう。

 その間、会話は特になかった。

 三人のうち、いちばん口数が多いのは本来ならパンだ。だが彼女は今、町から住人が消えたことで頭がいっぱいだ。元より年上には人見知りする性格でもある。道中、彼女が口を開くことはなかった。

 そうなると三人に会話はなくなる。レファクールはあまり喋るタイプではなく、どちらかというと物静かというか、もう少し表現を選ばなければ何を考えているのかわからない部類の人間だと言える。

 もちろん、アスタは何度も会話をしたことがある。自分から雑談などを振るレファクールではないが、それでも声をかければ答えてくれる。魔術師の先輩として、何度か相談に乗ってもらったこともあった。

 アスタだって別段、物怖じする性格というわけでもない。言うことは言えるタイプだろう。

 それでも言葉が消えていたのは、考えたいことがあったから。

 その点で言えば、ずっと静かだったことも、むしろ都合がよかったと言えるだろう。

 砂利っぽい道の上を歩く、じゃらじゃらとした音だけが響いていた。


 郊外に出るまで、ほかの魔物に襲われることはなかった。

 ときおり、気配は感じていたのだが。アスタたちが魔竜ドラゴンに呑まれて迷宮に行ったのと、ちょうど入れ替わるようにして魔物が放たれたのだろう。

 町の周辺には、魔物らしき魔力の気配がひしめくように蠢いていた。

 けれど、こちらの存在には気づかなかったのか。魔物たちが、アスタら三人の行く手を阻むことはなかった。


「…………」


 考えることは、多かった。

 アーサーに言われたこともそうだが、それ以外にも。

 結局、説明されたところで理屈はあまり理解できなかったのだが。それでも彼は――自力で気づけ、と。そう言ってアスタを送り出したのだ。

 ならば、あとはアスタが考えるしかない。


「――ここまで来れば、ひとまずは安心でしょう」

 レファクールが言ったそんな言葉に、アスタの意識が浮上する。

「この道をまっすぐ進めば、いずれ別の町に辿り着きます。そこの管理局に事態を伝えてきていただけますか」

「そんな……っ」

 パンが憤るように叫ぶ。町の住人たちを、家族を見捨ててひとりで逃げるなんて、そんなことはできないと。

 意見としてはアスタも同感だ。何よりアーサーとマイアを迷宮から出すという目的は、未だ達成の目処すら立っていない。

 このまま逃げるなんて、できないのだ。

 けれどアスタは、言葉を募らせようとするパンを遮って言う。


「いいんですか?」

「ええ」レファクールは頷く。「私もふたりを捜していたんですよ。なんだか大変なことになってしまいましたが、とりあえず、ふたりだけでも見つかったのは僥倖です。このまま逃げてください」

「……レファクールさんは、どうするんですか。これから」

「私は」ひと息、間を空けてから答えた。「ひとまず町の皆さんを捜そうかと。住んでいたはずの人たちが影も形もなく消えてしまうなんて、真っ当な事態だとは言えませんから」

「……そうですか」

 頷き、アスタはパンに向き直った。

 それから、ことさら明るめの口調で告げる。

「だそうだから、じゃあ俺たちは行こう」

「え……いやでも、アスタっ」

「いいからいいから」

 パンだけに目を向けて。ちょうど、レファクールからは死角になるように。

 アスタは言う。

「俺たちが残ったところで、足手纏いになりかねないしね。ほら」

「……、わかった」

 納得したわけではないのだろう。

 それでも、アスタが何かしらの考えを持っていることは表情から伝わったらしい。パンは小さく頷いた。

 アスタは笑顔を作り、パンの背を前に押しながら言う。

「そんじゃ、ほら、行こうぜ」

「わっ。ちょっと押さないでよ、アスタ……!」

 背中を押して、パンを道の先へと歩かせる。

 まるで、レファクールとパンの間に、自分の身体を挟むみたいに。


 パンは戸惑っていた。

 なんだかアスタの表情が硬い。何かを考えているようで、けれど何を考えているのかがわからない。

 ただ、それでもパンはアスタを信じることにした。

 何か根拠があったというわけじゃない。それでもアスタはきっと、少なくとも自分よりは、たぶん頭は働くのだろうと。なんとなく、根拠なくそんな信頼があった。

 あるいはあの迷宮で、アスタが魔物を前に一歩も引かず、パンを庇って戦ったことが念頭にあったのかもしれない。

 だから。


「――《巨人(Thurisaz)》」


 アスタがいきなり、なんの前触れもなく、突然レファクールに攻撃を始めたのを後ろ目に見て、パンは心底から驚愕した。

 その攻撃が、途中でレファクールに迎撃されたことにも、だ。


「なあ――っ!?」

 雷の棘と、無色の魔弾が中空で激突し、火花を散らす。砂利の地面に、アスタは足でルーンを記したのだ。

 それを見て、遅れてパンは理解する。

 今のは、アスタが攻撃して、レファクールが迎撃したのではない。むしろ、その逆だ。

 レファクールの攻撃を、アスタが防いでいたのだった。

 でなければ、速度で勝る雷撃が、互いを隔てた距離の真ん中で弾けたりするはずがない。

「…………」

 一向に驚いた様子もなく、アスタは無言で、無表情でレファクールを見つめている。対するレファクールのほうもまた、その内心を表情から窺い知ることはできない。

 ただ、彼女は静かに口を開いた。


「――いきなり、危ないじゃないですか」


 思わず。パンは、ぞっとした。背筋を怖気が貫いた。

 何か変わったことがあったわけじゃない。どころかレファクールの反応は至って普通だ。この期に及んでなお、普通の範疇に留まっている。

 それ以上の異常などないだろう。

 攻撃したのだとしても、されたのだとしても。普通の、それまでと一切変わり映えのないことを口にするほうがおかしかった。

 その変化のなさが、パンにとって恐ろしかったのだ。

 アスタは応えずに答える。


「……やっぱり、アンタだったのか」

「何が、でしょうか?」

「とぼけるなよ。今回の件の黒幕がに決まってる」

「黒幕だなんて」言い募るアスタに、レファクールは無表情だ。「なんのことを言っているのかわかりませんよ」

「いきなり攻撃しておいて?」

「貴方が攻撃しようとしたからです。私も冒険者の端くれですから。攻撃の気配には敏感なんです。アスタくんこそ、なんのおつもりで?」

「……、」

 白々しい。そう思った。だが理屈は通っている。魔術師ならば確かに、魔力の気配を読めるだろう。

 アスタは押し黙った。議論をする気はないと、そう主張するみたいに。

 だが、疑問はパンも同じなのだ。なぜレファクールがこちらを攻撃してきたのか。アスタはそれに、どうして気がついたのか。

 その答えは、アスタが自ら口にした。


「――レファクールさん。あんたが湖に残してきた絵、見たよ」

「嫌ですね。未完成の絵はあまり見てほしくないのですが」

 本心で言っているのだろうか。だとしたところで、とぼけているようにしか聞こえないレファクールの言葉など、アスタはまるで気にしない。

 だからそのまま続けた。

「あの絵には、レファクールさんが見ていなかったはずの魔竜ドラゴンが描かれていた。つまり、あんた知ってたんだろ? あの場所に、魔竜ドラゴンが眠っているってことを」

「……だとしたら、どうだって言うんですか?」

「だとしたら、あんたが俺たちふたりを連れて絵を描きに向かったのは、いかにも不自然じゃないか。あんな場所に、子どもをふたりも連れていくなんておかしいだろ?」

「ヒドいですね。ふたりが喧嘩しているみたいだから、仲直りの場所を提供しただけだというのに」

「わざわざ魔竜ドラゴンが棲んでいる湖で? それも、そのことを俺たちには一切伝えずに?」

「ということは、貴方たちだって知っていたんでしょう? 知っていて隠していたんでしょう? 私も同じです。無用なことを言って、かえって問題を招くことは避けたかっただけですよ」

 並行線。何を言ったところで、レファクールはのらりくらりと躱す。

 そのことに、意味があるとは思えない。アスタはすでにレファクールを敵だと断定している。何を言われたところで、認識を変えることはない。

 にもかかわらず、レファクールは弁解をやめようとしなかった。


「……なら、どうして俺たちを探しに来なかった? 町に異変が起きたことはわかったんだろ。なら、普通なら真っ先に湖へ戻るだろう」

「現状の確認を優先しただけです」

「確認が速すぎるな。俺たちが町に戻るまでに、あんたと別れてから猶予なんてほとんどなかった。あの短時間で、町の様子を全て見終わったっていうのか?」

「何も目で見て回る必要はないでしょう。魔術の中には、人を捜す効果を持ったものだってあります。急いでいたのは、それこそ貴方たちふたりを早く見つけるためです」

「んじゃ、どうして《水瓶亭》に来た? 俺たちを捜すなら湖だろ」

「空を飛んでいた魔物が、落ちるところを見ていましたから。誰かがいるだろうと思ったんです」

「……だったら」アスタはそれでも言葉を続けた。「どうしてあの場所に来る前から、エドが死んでいることを知ってたんだ」

「それは――」

「もちろん前に見ていたからだな。そりゃそうだ。で、どうやって見た? あの場所にはずっと魔物がいた。まるで死体に群がるハゲタカみたいにずっと。……でもさ。そもそもさ。エドのこと、誰が殺したんだよ?」

「――――――――」

「……レファクールさん。エド殺したの、あんたじゃないのか?」


 アスタは口を閉ざし、

 パンが息を呑み、

 そして――レファクールが微笑んだ。

 嫣然と美しい、それは、嗜虐的な微笑だった。


「仕方がありません、か」

「……何?」

「私、無駄は嫌いなんです。無駄のあるモノは嫌いで、面倒なコトは嫌いで……だから、人間って嫌いなんです」

 口調が変わったわけじゃない。纏う雰囲気だって、特筆するほどの変貌があったとは言えない。

 それでもこのとき、アスタは明確に《何か》が切り替わったことに気づいていた。

 それはパンもまた同じだ。先程感じたのと同じ種類の、しかしずっと強い怖気が、全身へ纏わりつくように粘るのをパンは感じていた。

「……せっかく、優しくしてあげようと思ったのに。これだから人間は嫌いなんです。美しくない美しくない美しくないから――」


 だから。


「――すみませんね、アスタくん。パンさん」


 彼女は。


「ここで、死んでもらってもいいですか――」


 きっと初めから、そういう人間だったのだろう。



     ※



 ――レファクール=ヴィナ。

 彼女がのちに、七曜教団の《金星》を名乗ることを。


 このとき、ふたりはまだ知らない。

四日目です。

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