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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第四章 王都事変
133/308

4-23『時間の魔法使い』

 ――兄さんはさ。


 という、声が聞こえた。それが夢、あるいは妄想、もしくは幻覚の類いであることに、明日多はすぐ気がついた。

 なぜならそれは、地球にいるはずの妹の声だったのだから。


 ――兄さんはさ。何かに必死になったことがある?


 変わった妹だった。まだ小学生なのに、兄を「兄さん」と呼ぶこと自体が、少なくとも明日多の周りでは珍しい。

 ときおり、自分よりも妹のほうが年が上なのではないか。そんな風に思うことさえあった。


 ――なんだよ、突然。妙なこと言って。


 一ノ瀬明日多がそう答える。

 今の自分ではない。当時の自分が、首を傾げてそう訊ねた。

 これは過去だ。決して手では触れられない、時間の壁の向こう側。妹はよく意味のわからないことを訊いたものだ。哲学的というか、観念的というか。もう少し悪く言えば大人ぶったような、答えのない質問。


 ――いいじゃない。答えてよ。


 妹が笑う。どこか奇妙に冷めた雰囲気があるが、それ以外は至って普通の少女だった。

 いや、普通という意味で言えば、明日多のほうがそうだ。

 なんの背景もない、普通と言うほかないほどに平凡な一般人。学業でも運動でも、そこそこに優秀で、けれど一番ではなくて。友人がそれなりにいて、たまに失敗もするし、ときどき褒められたりもする。

 そんな人間。

 妹のほうは頭がよかった。明日多よりは間違いなく。普通、というには賢かったが、異常というには足りない程度。まあ、優秀だったのだろう。

 そのことに劣等感を抱いたことはないし、かといって誇りに思ったこともない。それはそういう事実であり、そしてそれだけの話だった。

 ただ、そういう妹だった。


 ――必死、かあ。そういえば、ないのかもしれない。


 そのときの明日多はそう答えたようだ。

 もう覚えてはいない。ただ、いつも正直に、なんとなく思ったことを、そのまま口にしていたという記憶はある。


 ――私はさ。必死になれる何かって、きっとそのヒトを形作る、とても大切な何かなんだろうなって思うんだ。


 そして明日多が何かを答えたとき、妹はその返答に対して感想を口にしない。

 その代わりに、どうしてそんなことを訊いたのかだけ答える。


 ――だってそれは、そのヒトがとっても大事に思う何かなんだから。大切にしている何かなんだから。それって、きっとすごく大事なことなんだと思うんだよね。


 妹は言った。小さな子供が、それらしい受け売りを口にしただけ。

 そう考えるのが普通で、けれど明日多はそう思わなかった。

 きっと、それが彼女の本心なのだろう。いつも、そんな風に思った。

 だから答える。


 ――そっか。

 ――そうだよ。

 ――俺にもいつか、必死になれる何かが見つかるかな。

 ――見つかるよ。いつか、きっと。


 記憶の中にいる妹は、優しい微笑みを作っていた。

 けれど、いったいどうしてだろう。

 その外見も、年齢も名前も何もかも――思い出すことはできないのだ。


 ――まあ、どうでもいいか。



     ※



 意識が浮上する。自分の身体が、何か暖かくてとても優しいモノに包まれていることを明日多は知覚する。

 ただし背に感じるのは硬質な感触だ。

 アスタはそこで初めて、自分が意識を失っていたのだと気がついた。


「……ここ、は……?」


 目を薄く開く。それと同時に、鼓膜を揺さぶる声があった。


「アスタっ!?」

「……ああ。パンか……」

 呟く。徐々に回り始める思考が、現状への認識を深めていった。

 すなわちここが迷宮で、そして先程まで恐ろしい怪物と向き合っていたという事実が――。

「……!」

 咄嗟に跳ね起き、辺りを見回す。

 どうやら、この場所は広間になっているらしい。周囲は相変わらず同じような壁に囲まれているから、おそらくあの通路を抜けた先にあった部屋なのだろう、と判断する。パンが連れてきてくれたのか。

 ――このところ気絶してばっかりだなあ。

 そんなことを思いながら、ひとまずの安全を確認して息をつく。


「……よかった」

「なんにもよくない、このバカアスタっ!!」

「えっ……?」


 呟いた瞬間、パンに一喝されてアスタは身を固くした。

 視線が、パンの表情へと釘付けになる。

 彼女は涙を流していた。耳を赤くし、瞳は細く、明らかに怒りの表情を浮かべている。

 いったいなぜ怒鳴られてしまったのだろう。

 アスタにはわけがわからない。わからないはずがなかったのに、そこまで感情の機微に疎いはずがなかったのに――このときのアスタにはわからなかった。

 その異常を一切自覚することなく、アスタはただただ問う。


「パ、パン? どうか、した……?」

「どうかしたじゃないっ!」叫ぶパン。「どうかしてるのはアスタのほうだよっ! いったい何考えてるの、頭おかしいんじゃないの!?」

 アスタの反応は、パンの逆鱗に触れていた。

 当然だろう。アスタの行為はほとんど自殺に等しかった。偶さか上手く運んだからいいようなものの、一歩間違えばいとも簡単に死んでいた。

 まして最後には、半ば自爆の形で魔獣に攻撃し始めたのだから。

 傍らで見ていたパンが、どんな気持ちになったことか。

「あんなことしてたら、命がいくつあっても足りないんだからっ! どうして無茶するの、バカなの死ぬよ!」

「…………」

 確かに、と。そう、普通にアスタは思った。

 言われてみれば、先程の自分の行為は異常だった。何かがずれている。

 もちろん、ああでもしなければ死んでいたことは間違いない。パンを守ろうという気持ちもあったし、何より自分自身が死にたくなかった。逃げ切ることができなかった以上、あの魔物を撃退することこそが、生き残る

ための唯一の方策だと今でも思っている。

 だが、だからといって。

 思いついたから、それで捨て身の反撃に移れるかといえば、きっと普通はそうじゃない。

 実際、初めて魔物と対峙したとき、アスタはほとんど何もできなかったのを覚えている。魔術を覚えたから、などという問題ではない。

 ヒトは危機に直面したとき、そう簡単に冷静な対処はできないのだ。身が竦んで動けなくなり、恐慌で思考が回らなくなる。そちらのほうが正常だ。

 パンを庇って突進を受けるまでなら、まだしも勢いでできないことはないだろう。だが、折れた腕を盾代わりにし、流れ出た血で自分ごと燃やすなど常軌を逸している。まともな人間では思いつかないし、仮に思いついたところで実行できない。


「……まあ、結果的には助かったんだし、よかったんじゃないか?」

 結局、アスタはそう言った。そう答える以外になかった。

 あのときの行動を、少なくとも後悔はしていない。確かに自分でも驚くような選択をしていたが、それでも選び取った――勝ち取ったモノ自体は間違いじゃなかったはずだ。

 恐怖はなかった。あるとすればそれは死ぬことに対してであり、決して魔獣に立ち向かうことに対してではない。

 思い返した今もそうだ。やはり恐怖は浮かばない。どころかあのとき、アスタは痛みさえ自覚していなかった。

 自分という存在が、ただ《その場を生き延びる》ことだけを考える装置にでもなったかのような感覚。

 異常で構わない。正常なままで死ぬよりは、異常になって生き残るほうをアスタは選ぶ。


 ただまあ。

 そんな答えに、パンが納得するかどうかは別の話だ。


「よかったわけないじゃんかっ!」

 突然。パンに、胸を叩かれた。

 弱々しい、威力なんてほとんどない一撃。震える手が胸を打ち、アスタは言葉を失った。

 その手はアスタの肉体ではなく、心を叩くものだった。

「あのまま……死んでたかもしれないんだよっ。わたしが治せる怪我にも限度があるんだから……」

「……治してくれたのか」

 そういえば、身体はだいぶ楽になっていた。

 右腕を貫いた傷や、折れた骨。それに突進を受けたときの身体の痛みが消えている。完全になくなったわけではないが、それでも、あのままなら死んでいておかしくなかった傷だ。相討ちにならなかったのは、あくまで

パンの治癒魔術があったからに過ぎない。

「……骨は、割と綺麗に折れてたから、完治とはいかないけど動かすくらいなら」

「本当だ……」

「身体のほうも、そこまで重傷じゃなかったから。ただ、牙の傷は――」

 涙を拭いながら説明するパン。それを聞いてアスタは、視線を自らの右腕に向ける。

 動きは十全だ。鈍い痛みは残っているが、ほとんど動かなかった先程よりは遙かにマシだろう。ただ、傷痕はくっきりと残っていた。

 戦いに麻痺していたときよりも、痛みとしては今のほうが強い。だから堪えないとは言わないものの――まあ、魔獣から生き残った代償だと考えるならば、安いくらいだとアスタは思った。


「やっぱすごいな、パンは。ここまで治せるなんて」

 実際、本当に凄まじい。治癒魔術は治癒魔術で、かなりおかしいだろうとアスタは思う。火傷の痕なんて、もはやあったことさえわからない。

「……そうだよ」パンは俯いていた。「わたしのほうが強いんだから。アスタがあんなことする必要ないもん」

「そうだな、ありがと。おかげで助かったよ」

「ありがとじゃない、ばか。ばかばかばかばかばか」

「わかった、悪かったってば!」

 ぽかぽかと力ないパンの殴打に、アスタは抵抗できない。

 平謝りだ。

 頭ではわかっている。確かに先程の自分は、どこかおかしかったと。

 だが――それが感覚として納得できないのもまた事実だった。

 もし同じ場面に出くわせば。

 アスタはきっと、また同じ行動を選ぶことだろう。

 もちろん、できる限りパンには心配をかけたくはないと思っているが。無傷で危機を脱するだけの力を、今のアスタは持っていない。


「ごめんって。次は気をつけるから」

「……ホントに?」パンはアスタを睨みつける。「ぜんぜん信用できないんだけど」

「俺だって、別に死にたくてやったわけじゃないんだから」

「……次はわたしが戦うから」

「いや、それは――」

「嫌とかじゃないから! そもそもわたしのほうが強いし! アスタは後ろで静かにしてればいいのっ!!」

「んじゃ、そうならないように、早いところここを抜け出そうぜ」

 そう話を纏めた。実際、あくまでも目的はそこだ。

 次なんて、ないほうがいいに決まってる。

 さすがにパンも、この状況で言い合いを続けている余裕がないことは理解しているのだろう。まだ納得しきってはいない様子ながら、頷くことでアスタに応じた。

 痛む身体を押し、アスタは立ち上がる。傷が治ったからといって、それは怪我がなかったことになるわけではない。

 右腕も、どころか全身にも、なんだか鈍い違和感はあった。

 それを極力、気に留めないようにする。パンも、何も言わず続けて立ち上がった。


 またしても足音が聞こえてきたのは、ちょうどその瞬間だった。


「――お前ら、こんなところで何してやがる……」

「ん? ってアスタ!?」

 ふたり分の声。男と女がひとりずつ。気づいたときには声をかけられていた。その両方にアスタは聞き覚えがあった。

 何かの予感。得体の知れないものに突き動かされてアスタは振り返る。

 そこに立っていたのは、

「パンちゃんまで……ちょっとちょっと、どうしてこんなトコいんの!?」

「マイア、か……?」

「そうだよ。お姉ちゃんだよ……とか言ってる場合じゃないけど」

 錬金魔術師――マイア=プレイアス。

 あの迷宮で別れた彼女の姿が、そこにあった。ということは、この場所はやはり森の奥にあった迷宮なのだろうか。

 そして、もうひとり。

「……そうか。やっぱりこうなったか……クソ。ふざけやがって」

 額は血で塗れ、左の脇腹が抉れ、そして右腕は肩から先が完全に消失している――ひとりの魔法使いの姿。

 アーサー=クリスファウストだった。


「……お、おい、どうした!?」

 先程のアスタと比較してさえ重傷のアーサーに、アスタは慄然とする。

 魔法使い――世界でもトップクラスの魔術師なのだと聞いていた。その詳細は知らないアスタでさえ、目の前の男がどこか常識から逸脱した怪物だということは察している。

 その男が今、明らかに死に体で立っている。

 ちょっと想像できない事態だ。いや、この傷で立って普通に歩いているという時点で、そもそも異常ではあるだろうが。

「あ? 別に大したことねえよ。こんなもん問題にはならん」

 にもかかわらず、そんなことを平然と宣うのだから馬鹿げている。

「掠り傷って……そんなレベルじゃ」

「心配してくれるとは、お優しいじゃねえか」明らかに不機嫌に、いっそ皮肉げな様子の魔法使い。「でも実際、問題ねえよ。そりゃ俺だって人間だからな、致命傷を放っとけば死ぬが……肉体の概念時間は止めてある。この傷が影響を及ぼすことはねえ」

「…………何言って」

「時間なんて所詮は観念だ。厳密にゃあ存在すらしてねえ。意識しなきゃ影響も受けねえってことだよ。そんなこともわからねえのか、馬鹿め」

 ――今なんで罵倒されたんだろ。

 思わず現実逃避するアスタ。もちろん、それどころではない。

 とんでもないことを、至極当たり前のようにアーサーは言った。

 時間を、止める。

 いや、動いている以上は厳密に言えば違うのだろうが、魔術とはそんなことまで可能なのか。もはや何に驚いていいのかさえわからなかった。


「ま、そういうことだから、この人のことは心配しなくても大丈夫だよ」

 彼といっしょに来たマイアもまた、あっけらかんとした様子で言った。

 マイアがそう言うのなら、もう、そういうことにしておくべきなのかもしれない。ちょっと処理しきれないとアスタは思った。

「それより、ふたりはどうしてここに? 街にいたんじゃないの?」

「あ、ああ……えっと。実は――」

 アスタは、この場所に来た顛末を話した。といっても話せることなど、あの竜に飲み込まれたと思ったら、なぜかこの場所にいた――という程度のことしかないのだが。

 魔獣に襲われたことは、意図的に伏せておいた。

 もちろん、このふたりならアスタの怪我を見れば何があったくらいは察するだろう。ただ、そうであるからこそ、あえて言葉にするのはなんだか違うと思ったのだ。

 その間、パンは何も言わなかった。


「……なるほど。は、要はあのババアの仕込みってことだな……クソが。やってくれやがるぜ」

 説明を終えると、なぜかアーサーが吐き捨てるようにそう言った。

 首を傾げるアスタには答えず、アーサーはそのまま考え込むような様子で黙ってしまう。怪我はしているのに血が流れていない、という奇妙さが印象に残った。

「んー……しっかし妙なことになったねえ」

 と、マイアがそんな風に言った。

「妙っていうかなんていうか……俺からすれば、この世界自体が何もかも妙だけど」

「世界……?」

 首を傾げるパン。そう言えば彼女には言ってなかったっけ、と迂闊にも口を滑らるアスタ。パンにはわからないだろうが。

 そこで、聞いたマイアが首を振る。

「いや、そういうことじゃなくて、さ」

「……ん?」

「話を聞く限りじゃ、アスタとパンちゃんが魔竜ドラゴンに呑まれてから、まだそんなに時間は経ってないってことだよね? 少なくとも、この迷宮で何日も過ごしたわけじゃない。合ってる?」

「え? ああ、まあ、たぶん」少し考えてから答えた。「そりゃまあ気絶してたわけだから、厳密にはわからないけど……マイアと別れた日の夜に魔竜ドラゴンに呑まれて、そのあと迷宮で起きてから……まあ、そんなに時間は経ってないと思うけど」

 そうだよね? と起きていたはずのパンに確認を取る。

 アスタの問いに彼女も頷き、同じ認識であることを認めた。

「……やっぱりか」マイアが眉根を寄せる。「でも、それはおかしいんだよ」

「おかしい、って言われても」

 何を言われているのかわからず、アスタは首を傾げた。

 その疑問の答えは、マイアがすぐ口にする。


「――だって私たちは、もう七十時間近く迷宮を彷徨ってるんだから」


 一瞬、言われた意味がわからずアスタは静止する。

 七十時間近く――とマイアは言った。およそ三日ほどということだ。

 だがそれはどう考えても計算が合わない。マイアが迷宮に入ってから、あの魔竜ドラゴンに呑まれるまで、どう多く見積もっても一日は経っていない。確かにそのあとアスタは気絶していたが、その二回を合わせたところで七十時間なんて経っているわけがない。

 この隔絶はどういうことだろう。

 わけがわからない。そもそも三日経っていると言われても、実感がなさすぎて重大さが伝わってこないのだ。

 確かに不思議ではある。

 が、だからどうしたとも思えてしまう。


「――別に、そんなことは不思議でもなんでもねえよ」


 吐き捨てるような声。アーサーだ。

 彼は先程からすこぶる機嫌が悪いらしい。まあ体中が怪我、と言うレベルではないくらいの負傷だかけなのだ。機嫌がいいはずもないが、どうもそれだけが理由ではないように思われる。


「あの魔竜ドラゴンは、どうせあのクソババアの仕込みだからな。あの女、バランスは取っても決定的なことは何もしねえ……クソ、マジで覚えてろよ……いつか隠れ家暴き出してメチャクチャにしてやる」

「それ誰のことです、師匠?」

「ババアはババアだよ」眉根を寄せるアーサー。「つーか俺のことを師匠なんて呼ぶんじゃねえ。お前なんざ弟子にした記憶はねえ」

「いいじゃないですかー。三日もいっしょに閉じ込められた仲でしょ?」

「何が閉じ込められた仲だボケ。つーか食料も持たずに迷宮に入ろうとか思うんじゃねえよアホか。誰が恵んでやったと思ってる」

「やだなー、師匠。そこで感謝の弟子入りじゃないですか」

「いっぺん死ねクソボケ」

「――ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!」

 こちらを放置して話し始めるふたりに、アスタは咄嗟に割って入った。

 話が見えない。だが、なんだか不味いという予感だけがある。その言い難い感覚が不愉快だ。


「いったい、何が起こってるんですか。どういう事態なんですか?」

「どういうもクソもあるか」アーサーは吐き捨てた。「お前も馬鹿なりに悟ってんだろ。俺たちは閉じ込められた。この迷宮にな。どうあっても出られない運命になってんだよ。さて、いつまで続くか知らんがな」

「運命、って……」

「その間に外がどうなってるかなんざ、想像できんだろ。ここに魔物がいねえんだ、どこに行ったかはわかるだろ」

「ど――どういうことですかっ!?」

 アーサーの言葉に、大きな反応を見せたのはパンだ。

 当然だろう。彼の言葉は、近場の町を故郷とするパンにとって影響が大きすぎる。

 だがそんな心情など、この魔法使いを前にしては意味を持たない。

「あ? つーかお前誰だよ、ガキ」

「わっ……わたしは」

「あー、まあいいどうでもいい知ったことじゃねえ。いいか、あの町の人間だってんなら聞け。この先はお前らにかかってる」

「何を……」

「俺たちが脱出できない以上、もうお前らに託すしかねえんだよ。これ以前の三日間に存在していないお前らにしかできないことなんだ」

「……アーサー?」

 アスタにも、パンにも。アーサーが何を言ってるかがわからない。

 マイアには理解できているのだろうか。それも不明だ。

「悪いが詳しい説明はできない。三日後の俺から(丶丶丶丶丶丶丶)それを聞いたという事実があってはならんからだ。だから――どうにかしろ。いいよく聞けよ? 今から三日前、俺たちはこの迷宮に閉じ込められる。その歴史を変えられるのは、三日間世界から切り離されていたお前らだけだ」

「い、言ってることの意味が――」

 アスタは狼狽え、パンは身を固くしている。

 マイアは黙り込んだまま難しい顔で何も言わず、だからこの場で口を利くのは、魔法使いただひとりだった。

「わからないか? いやアスタ、お前にはわかるはずだ。よく聞け」


 時間の魔法使い、アーサー=クリスファウストは。

 あっさりと、そしてこう告げた。


「――お前らふたりを、今から三日前の時点にまで戻す」


「は……?」

「三日の間に歴史を変えろ。さもなくば――あの町が滅ぶぞ」


 こちらから視線を逸らしているマイアが、なぜだか、そのときのアスタには印象的だった。

 ハッピーバースデー俺。


 今日から七日間連続更新です。

 ストックはありません。


 ……おおぉ……。

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