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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第四章 王都事変
130/308

4-20『挿話/からっぽのヒトガタ』

 ――強い。

 それが感想で、それが事実で、だからこそ何よりも不可解だ。


「……っ! これ(丶丶)、ほんとに私……?」


 とてもそうとは思えない。いや、思えないも何も、目の前の黒い輪郭が自分であることはすでに確信している。

 そのはずだったのに。

 放つ魔術放つ魔術、全てが同じ魔術で相殺される。同じ大きさ、同じ威力、同じ軌跡の攻撃を、目の前の影はそっくりそのまま返してくる。

 迷宮攻略の前。あの試術場で、アスタに向けてウェリウスの魔術を模倣してみせたように。今、目の前の影は、シャルの魔術を模倣する。

 それだけなら千日手――つまりは互角のはずだ。

 そうでなければ理屈に合わない。けれど、シャルは明らかに押されていた。拮抗するどころか、食い下がるだけで精いっぱいだ。


 なぜなら、自分の魔術は全て返されてしまうのに。

 影は、シャルが知らない魔術も使うのだから。


「……っ! ああ、もうっ!!」

 苛立ちが声に変わる。それだけ追い込まれているのだろう。

 多彩な魔術。同じ術式はひとつとしてなく、次から次へと新しい攻撃がシャルを狙って襲い来る。使える魔術もあれば、使ったことのない魔術も含まれていた。自分の影という割には、ずいぶんと芸達者だと思う。

 どこか《天災》の戦い方にも近いが、彼女の場合、同じ相手に対しては基本的に同じ魔術を使う。こうまで何度も術式を変えるなど、天災でさえしていなかった。

「……なん、で……っ!」

 歯噛みする。ささくれ立つ心を自制できない。

 自分は強いと信じていた。正確には、そう思い込むことで生きてきた。


 だって、それしかなかったから。



     ※



 最も古いシャルの記憶は、狭苦しい一室で目覚めたときのものだ。

 ふと気づいたとき、シャルは見知らぬ部屋の寝台ベッドの上に、仰向けになって寝そべっていた。

 壁には魔具の明かり。窓はない。おそらくは地下なのだろう、石造りの部屋は、たとえるなら牢獄を思わせる雰囲気があった。

 ただし、その割には物で溢れている。

 至るところに本、本、本。あるいは書類じみた紙が散乱して足の踏み場もない。ずぼらな学者の研究室、とでも表現すれば伝わるだろうか。

 部屋の端には木製の角机。その前には椅子があり、その上にはランプと一冊の大きな本。何度も閉じ開きされたのだろう、ほかの書物と比べても一段と使い古された感がある。


 ――いったい、ここはどこなのだろう。


 最初にシャルはそう思った。

 見覚えのない部屋だ。なぜだか懐かしい感覚はあるけれど、記憶に引っかかるものはない。

 そう――そこで続いて記憶を気にした。

 自分の名前は思い出せる。シャルロット。それが名前だ。

 けれど、それ以外に思い出せるコトが何ひとつない。姓は不明。年齢も不明。生年月日も不明――自らに纏わる記憶がまるで残っていない。

 それが記憶喪失と呼ばれる症状であることはわかった。

 生活史健忘。そう、シャルには知識があった。社会に関する常識が、世界に関する情報があった。

 だが、どうしてか自らに纏わることに関しては、名前以外に思い出せない。

 自己が消えている。

 まるで、初めから存在していないかのように。


「いっ、たい……何が」

 そう呟いた。声は出せた。それが自分の声であるかどうかもわからないけれど。

 もう何年も喉を使っていない気がする。その割に、声は掠れていなかった。

 部屋を見回す。

 出口らしき扉はあった。鍵穴が見えるが、いざとなれば壊すことは可能だろう。別段、魔力は感じないただの扉だった。

 しばらく考え込んでから、シャルは目に留まった机に向かう。

 その上に置かれていた一冊の本が、なぜだろう、とても気になった。

 寝台ベッドを下り、狭い部屋を、荷物を避けながら歩いた。肉体は十全に機能している。今すぐにだって走り回れるだろう。

 ただ、自らの意思で動く手足が、自らのモノだという認識だけが欠落している。どこか高いところから、俯瞰するヒトガタを操作する気分。

 白く細い腕。それよりさらに白い髪も、視界の端で揺れている。纏う衣服もやはり白で、何もかもに色が、そして現実感がない。


 机の上に置かれた本。重たいそれを手に取った。

 表紙は白紙。これも白だった。なんの本なのかさえわからない。

 ただ、裏表紙に、ひとつの名前が記されているだけだ。


 ――アーサー=クリスファウスト。


 それは日記帳であり、そして研究記録だった。

 アーサー。時間の魔法使い。

 その日記を、シャルは長い時間をかけて読み耽った。そうしていくつかの事実を知る。

 日記には、彼の娘の名前があった。記述はほとんどなく、ただ名前と、その名前の持ち主が娘であるという事実だけ。

 シャルロット=クリスファウスト。

 それが、魔法使いアーサー=クリスファウストの娘の名前。


 だからシャルは、自分が魔法使いの娘なのだと知った。


 ――魔法使い(イプシシマス)

 それが、世界にとってどのような存在なのかは知っている。

 全ての魔術師の頂点。第零位階の超越者。

 自分は、その娘なのだから。

 だから当たり前のように、彼女もまた魔法使いを目指すことにした。

 魔法使いの娘ならば、魔法使いを目指して当たり前だ。さいわい、記憶はなくとも、魔術の知識ならば相応にあるらしい。

 なら自分は魔術師になるべきだ。


 どうせ、ほかには何もないのだから。


 それからおよそ一年間。たったひとりで、シャルは魔術の修練に明け暮れた。

 別に、ずっと部屋の中にいたわけじゃない。扉を出て、地上に続く洞窟を越えれば、その先には建物があった。それを出れば街がある。地方の、そこそこに栄えた、そこそこの街。

 つまりこの研究室は、ある街の地下に造られたものであったということだ。

 お金ならあった。衣料品も食料品も、買うにはまったく困らない。

 おそらく、父が残してくれたのだろう金貨。正直、一生遊んで暮らせる程度の量は余裕であった。

 ただ、それに甘んじるつもりはない。目覚めて三ヶ月も経った頃には、すでにシャルは一人前の魔術師になっていた。

 日銭は自力で稼げる。その街に迷宮はなかったが、管理局傘下の組織を頼れば、魔術師向けの仕事が山ほどある。シャルほどの実力があれば、容易に身を立てられたのだ。

 その街で一年過ごした。

 魔術の知識は、父が残した蔵書でいくらでも学べる。学んだ術式は、仕事で試せばだいたい上手くいった。覚えられる限りの魔術を、シャルは貪欲に学んでいったのだ。


 ただ――父が残した時間に関する魔術だけは、どうがんばっても修得できなかった。


 一年が経つ頃には、街の中では名が売れていた。

 シャルには自覚がなかったが、その容貌は息を飲むほどに美しい。ヒトを寄せつけない性格がなければ、惚れる男の数人は出たことだろう。

 あるいは――あまりにも美しすぎたのかもしれない。

 ともあれ、シャルは顔を知られたが、一方のシャルは他人の顔を覚えなかった。人間関係というものを、初めから切り捨てていたからだ。

 その頃のシャルは行き詰まっていた。

 研究室の蔵書に記載されていた魔術は、もう全て覚えてしまった。父の魔術を除いた全てを、だ。

 その頃には、だが父の罪業(丶丶)についても噂に聞いていたし、だから父の魔術が使えない理由にも気づいていた。けれど、それ以外にシャルが覚えられない魔術はない。


 だが、やはり、それだけなのだ。


 使えるだけ。使うだけならシャルにはできる。

 けれど使いこなせない。なんでもできたが、何においても一番になれない。それが悩みだった。

 これといって苦手な魔術はないが、特別に得意な魔術もない。使い魔の

扱いに関しては群を抜いていたが、どれだけ使い魔を上手く扱えても、それは自分の力じゃない。少なくともシャルの認識では。

 このままではいけない。そんな漠然とした焦燥に苛まれていた。

 その頃、ちょうど七星旅団セブンスターズという冒険者クランの解散が世間で騒がれていた。

 世界には、彼らのように伝説とまで呼ばれる魔術師がいる。

 翻って自分はどうだ。こんな田舎の街で、ただ日々の糊口を凌ぐだけ。


 ――魔法使いの娘ともあろう自分が、こんなことで本当にいいのか?


 いいわけがない。このままでは絶対にダメだ。

 だが――どうすればいいというのだろう。

 何かが欲しい。何かひとつ、自分だけに許された何かが。

 何もない自分が、それでもこの世界に存在したという証が欲しい。

 記憶なんていらない。過去なんてどうでもいい。

 未来も不要だ。自分がないなら死んでもいい。そんな命に意味はない。

 シャルロット=クリスファウストは、ただ命の価値を求めていた。


 ちょうど、その頃だった。

 オーステリア魔術学院の噂を聞いたのは。



     ※



 ――ついに一撃を受けてしまう。

 頬にひと筋、傷が走る。切れた薄皮の向こうから、赤い血がわずかに流れ出た。

 頭の上に座る使い魔から、気遣うような意思が流れてくる。


「……ありがと。でも大丈夫だから」


 息を切らせながらも、シャルは気丈に微笑みかけた。

 だが、このままではジリ貧だ。このままでは、目の前の影に勝てない。

 魔術の技量自体は拮抗しているはずだ。けれどその幅で負けている。彼女の魔術は相殺されるのに、こちらは向こうの魔術を相殺できない。

 負ける。まただ。また負ける――。

 学院に来てからと言うもの、シャルは常に負けっぱなしだ。


「そのままで、本当にいいのかい――?」


 ふと、声がした。誰の声だろう。少なくとも目の前の影ではない。

 少しだけ考え込んで、すぐに気づいた。

 フィリー=パラヴァンハイム。二番目の魔法使いの声だ。


「……何か、用……?」

 息も絶え絶えになんとか答える。目の前の影は止まっていた。

「何。ちょっとしたアドバイスだよ。私はこれでも、弟子以外の若者には優しいからね」

 年齢のわからない声。童女にも老婆にも聞こえる違和感。思えば彼女は見た目からして、ころころと年齢を変えていた。

 だが、それはそれで不思議な話だ。

 二番目は空間の魔法使いであり、時間の魔法使いは三番目――シャルの父だ。時間に関する魔術は、絶対に彼にしか使えない。それが、彼の罪なのだから。


「何。空間と時間は、元より相互に影響し合うものだからね。別に不思議でもないだろう」

 魔法使いの笑い声が届く。心を読まれたようで、その不愉快さにシャルは表情を歪ませた。

 それがまた魔法使いを楽しませたらしく、からからとしたフィリーの笑い声が聞こえた。

「とはいえ確かに、時間の領域に手を出せるのはあの坊主だけ。それは間違いじゃない。私の年齢が変わるのは、あの坊主が残した悪戯のせいさ。解こうと思えば、解けないこともないけどね。面白いから残してある」

「…………」

「まあ、そんなことはどうでもいい」

 ――相当のことだと思うのだが。

 少なくとも、どうでもいいで済ませる話でない、とシャルは思う。

 というか、会話の次元が違いすぎて、もう何を言ったらいいのかわからない。

「今はお前の話だ。ほかは些末だろう?」

「……」

「お前に必要なのは自覚だよ、魔法使いの娘。空間せかいから目を逸らすなよ」

 突然だった。魔法使いの声音が、決定的に変質する。

「空間の魔法使いとして、その欺瞞は見過ごせない」

「――」

「何をこんなところで燻ぶっている。お前なら対処法がわかるはずだ」

「…………」シャルは、そして前を見た。

 自分とまったく同じ輪郭を持つ影。

 創られたヒトガタ。

「……そんなはずない。だって、あの影は私に使えない魔術を使ってる」

「お前に使えない魔術はひとつもない」

「な、何を言って……」

「例外は、あの小僧の時間魔術程度だろうさ。アレは確かに例外だ。あの馬鹿が――空間干渉を自分だけに限定してしまった以上。時間の概念に干渉できるのは、世界でただひとり、アーサー=クリスファウストだけだ」

 けれど。

 空間の魔法使いは続ける。

「ほかの可能性ならお前は持っている。器用貧乏? 馬鹿を言え。器用なことは利点だろうが。何を腐る必要がある。可能性を見るということは先を見るということだ。止まるな歩け前に進め。同じ空間に止まり続けるなど馬鹿のすることだ。ひとつの魔術を極められないなら、数を極めればいいだけの話だろう。お前には――それができるのだから」

「……数を、極める」

「可能性を窮めるなというコトさ」フィリーは笑った。「ヒトは全て、存在している以上は空間を埋める。あの影は、お前という空間そんざいを二重にして創り出したものだよ。だから――アレはお前だ。アレにできて、お前にできないことはない。ならば」


 ――意志を持つ、お前のほうが強いだろう。


「ただ魔術を使えるだけでは意味がない。ああ、確かにその通りだ。だが使えなくても意味はない。それもわかるだろう? あとは意思が肝要だ。使われるな、使え。なぜ使うのかを考えろ。魔術なんざ道具だ。同じものでも、使い手によって価値を変える。使える魔術が価値を決めるんじゃない。使える魔術によって、お前が価値を創り出すんだ。使われるままでいるな。創られただけでいるな。お前が――そちらの側に回れ」

「なんで……そんなに」

 反発する気持ちなんてない。ただ、どうしてそこまで親身になってくれるのか、それだけが疑問だった。

 この場所を訪れたのは、フィリーに呼ばれたからだ。相手は空間の魔法使い。彼女の許しなくして、足を踏み入れるのは不可能だ。

 なぜなのだろう。

 シャルは当然、フィリーと面識なんてない。アーサーはフィリーと付き合いがあったようだが、その関係で目をかけられたとも思えない。そもそもピトスまで呼ばれる理由にはならないだろう。

 だが、それ以外の接点など、それこそ思いつくのは彼女の弟子(ウェリウス)の知人だというくらいだった。それも、理由としては弱い気がする。


 そんな疑念は、やはり魔法使いには筒抜けだったらしい。

 またしても心を読んだかのように。

 魔法使いは笑みを浮かべ――もちろん顔なんて見えないけれど、どうしてからそれがわかる雰囲気で――語る。


「まあ、理由はあるさ。そもそもあの地下室に、シャルロット、あんたを運んだのはこの私だからね」

「なっ――」

「おっと、理由は訊くんじゃないよ。あんたの正体に関してもだ。それは私が口を挟むコトじゃない。私はあくまで中立だ。偏った空間には立たないからね。だから本当は今回だって、手を挟むつもりはなかったんだ」

「……なら」

 気にならない、といえば嘘になってしまう。あの部屋で目覚める前の記憶をシャルは何ひとつ持っていない。

 あつらえたみたいな空間で、用意された通りに魔術を学び、まるで創られたかのような道を歩んできた。それ以外には何もない。

 けれど、訊ねたところで、フィリーはきっと答えない。彼女の口を割らせることは、シャルにはきっとできないだろう。

 だから――これだけを問う。


「なら、どうしてなんですか?」

「……あの馬鹿弟子の、友人になってくれたんだろう?」

「ウェリウスの……?」

 友人、と言えるほどの関係だろうか。わからない。

 ずっと人間関係を断ってきたシャルには、友人という言葉の意味が理解できない。

「いいんだよ、それで。難しく考えることはない。それで――それで充分なのさ」

 フィリーの声が、なぜか遠く聞こえた。それはシャルに話しかけているというよりも、誰か別の相手を思っているよう感じられる。

 だから、問いは考えるよりも先に出ていた。

「……ウェリウスは、どうして貴方の弟子に?」

「拾ったんだよ」フィリーは苦笑する。「それだけだ。奴は捨て子でね、本当は貴族の出身なんかじゃないのさ」

「……それは」

「そう、奴は養子なのさ。もともとギルヴァージルは魔術の才を強く求める家系だ。こと元素魔術に関して言えば、あいつの才能は完成されてる。これ以上は存在しないと、そう断言してしまっていいほどにね。それだけの才ならば、ギルヴァージルだって拒みはしないよ。その辺りは、意外なほどに寛容な家なのさ」

 ウェリウスの秘密。自分のことを語らない彼の背景を、彼の知らぬところで聞いてしまった。そのことに、わずかな罪悪感がある。

 フィリーは気にしていないらしい。ただ静かに言葉を続けた。

「あいつには才能があり、そして目的があった。どんな才能ある魔術師だろうと、目的なくしては成長もないからね。あいつはその点、完璧だったと言えるだろう。それがいいか悪いかはまた別の話だが、ともあれあの馬鹿は私に弟子入りを願い、私はそれを許した。――奴がまた、十にも満たない頃の話さ」

「それ以来、ずっといっしょだった……?」

「そんな綺麗なものじゃないさ。所詮は利害の一致だよ。行き場を見失っていたガキがいたから、拾って小間使いにした。それだけさ」

「…………」

 シャルには、それだけだとは思えなかった。

 彼女に人間関係はわからない。だって、ずっとひとりだったから。

 それでも、いや、だからこそ思う。

 幼いときに助けられ、それからずっと生きるすべを教えてくれた女性。力のなかった彼を庇護し、その彼にできた友人を不器用に喜ぶ彼女を。


 母親と、そう呼ぶのではないだろうかと。


 それは理屈じゃない。ただ、どうしてかそう思っただけだ。

 きっとフィリーは否定するだろう。ウェリウスだって、素直に頷くとは思えない。だからきっと、シャルも口にはしないだろう。

 けれど――その関係は、きっと親子のそれなんじゃないだろうか。

 そう思った。そう思ってしまった。

 だからこそ同時に、考えてしまうことがある。


 ――ならば。顔を合わせたことさえないシャルとアーサーは。

 果たして、親子と呼べるものなのだろうか。

 やはり、シャルにはわからなかった。わかるはずも、なかったのだ。


「さあ、無駄話は終わりだ。そろそろ戻りな」

「……ありがとう、ございます」

「礼なんて言うんじゃない」フィリーはもう笑っていない。「いつかあんたは、この日のことを後悔するかもしれない。それも近いうちに」

「そんな……」

「私はそれがわかっていて、それでもただバランスのためだけにあんたをここに呼んだんだ。それを知ったとき、あんたが私を恨まないとは言い切れないね。――だから、礼なんて言うんじゃない。いいね?」

 その言葉を最後に、フィリーの気配がふっと消失した。

 それと同時、目の前の影が再起動する。掌に魔力を集中させ、またしても見たことのない術式を構築し始める。


 ――それがどうした。


 知らぬ術式なら、今このときに学べばいい話だ。元より術式を読み取るのは、アスタとも張り合えるくらい得意なのだから。

 人真似は得意だった。

 空っぽだから。だからこそ、吸収するのは簡単なのだ。

 目で見る。術式を解読、精査、再構築し、相手の魔術を相殺する。

 そうだ――自分に覚えられない魔術なんてない。

 嘘でもいい。思い込みでも構わない。試すだけならタダだろう。


「……術式解読。改変事項模倣」


 言葉にする。まるでひとつの呪文のように。

 脳の裏側に痛みが走った。体内で何かが暴れている。

 その一切を無視して、シャルは片手を前に伸ばす。頭上に留まっていたクロちゃんが、何かを察して地面に下りた。


「術式内容、火炎球の創造。速度、規模、魔力量精査。座標設定。誘導性能付加。追尾対象、固有魔力色。――成立三秒前」


 遅い。遅い遅い遅い遅い遅い。

 術式の模倣では足りない。もっと速く。成立より先に解読を完了しろ。

 覚えろ。真似ろ。魔術なんて全て世界の書き換えだ。

 ――ならば、その文章を読むだけでいい。

 読むことさえできれば、あとは同じ術式カタチを描くだけ。


「――二。一」


 刹那。火炎の魔弾が、同時に(丶丶丶)放たれた。

 あとから追いかけたはずのシャルが、影と同時に魔術を成立させる。単純な相殺を越え、それはもはや、鏡写しのようでさえある。

 必然の結果として、互いの魔術は真正面から激突していた。

 相殺。

 まったく完全に、寸分違わず同じ魔術の衝突だ。互いに打ち消しあい、その効力は霧散する。


「……でき、た……」

 一瞬だけ呆然としそうになる。だが、それでもまだ(丶丶)足りない。

 これでは引き分けだ。これだけでは勝てはしない。

 勝つにはさらに、もっと上に行く必要がある。速度で勝るか、威力で勝るか、それとも魔術の質で勝るか。

 けれど相手は自分なのだ。同じ魔術は使えても、勝る魔術は使えない。

 いや、それ以前だ。たとえ勝てても、それはただのぶつけ合いだ。自分より弱い魔術師には勝てても、実力で劣れば負けてしまう。

 問題はそこじゃない。土台、初めからシャルは唯一ひとつを極めるのには向いていない。

 ならば――上回るすべはただひとつ


「……同じ道具でも、使い手次第で価値は変わる……」


 要するに、相手よりも上手く(丶丶丶)道具まじゅつを使えればいい。

 それさえできれば、シャルはもっと上に行ける。

 自分より強い魔術を持つ相手だろうが、相手より上手い使い方をすれば勝てる。それさえ突き詰めることができれば。


「……私は、もっと強くなれる――」


 目の前の黒い影が。輪郭だけで、表情は持たない黒のヒトガタが。

 そのとき、にやりと微笑んだような気がした。

Twitterをご覧になってくださった方はご存知かと思いますが。

……なんか、こう、連続更新をすることになりました。


6/24~6/30の七日間。毎日更新します。


ちなみに6/24がなんの日かご存知でしょうか。

全世界的にUFOの日? まあ、それもそうですけれど。


あと僕、誕生日なんですよね。


……おかしくね?

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