4-20『挿話/からっぽのヒトガタ』
――強い。
それが感想で、それが事実で、だからこそ何よりも不可解だ。
「……っ! これ、ほんとに私……?」
とてもそうとは思えない。いや、思えないも何も、目の前の黒い輪郭が自分であることはすでに確信している。
そのはずだったのに。
放つ魔術放つ魔術、全てが同じ魔術で相殺される。同じ大きさ、同じ威力、同じ軌跡の攻撃を、目の前の影はそっくりそのまま返してくる。
迷宮攻略の前。あの試術場で、アスタに向けてウェリウスの魔術を模倣してみせたように。今、目の前の影は、シャルの魔術を模倣する。
それだけなら千日手――つまりは互角のはずだ。
そうでなければ理屈に合わない。けれど、シャルは明らかに押されていた。拮抗するどころか、食い下がるだけで精いっぱいだ。
なぜなら、自分の魔術は全て返されてしまうのに。
影は、シャルが知らない魔術も使うのだから。
「……っ! ああ、もうっ!!」
苛立ちが声に変わる。それだけ追い込まれているのだろう。
多彩な魔術。同じ術式はひとつとしてなく、次から次へと新しい攻撃がシャルを狙って襲い来る。使える魔術もあれば、使ったことのない魔術も含まれていた。自分の影という割には、ずいぶんと芸達者だと思う。
どこか《天災》の戦い方にも近いが、彼女の場合、同じ相手に対しては基本的に同じ魔術を使う。こうまで何度も術式を変えるなど、天災でさえしていなかった。
「……なん、で……っ!」
歯噛みする。ささくれ立つ心を自制できない。
自分は強いと信じていた。正確には、そう思い込むことで生きてきた。
だって、それしかなかったから。
※
最も古いシャルの記憶は、狭苦しい一室で目覚めたときのものだ。
ふと気づいたとき、シャルは見知らぬ部屋の寝台の上に、仰向けになって寝そべっていた。
壁には魔具の明かり。窓はない。おそらくは地下なのだろう、石造りの部屋は、たとえるなら牢獄を思わせる雰囲気があった。
ただし、その割には物で溢れている。
至るところに本、本、本。あるいは書類じみた紙が散乱して足の踏み場もない。ずぼらな学者の研究室、とでも表現すれば伝わるだろうか。
部屋の端には木製の角机。その前には椅子があり、その上にはランプと一冊の大きな本。何度も閉じ開きされたのだろう、ほかの書物と比べても一段と使い古された感がある。
――いったい、ここはどこなのだろう。
最初にシャルはそう思った。
見覚えのない部屋だ。なぜだか懐かしい感覚はあるけれど、記憶に引っかかるものはない。
そう――そこで続いて記憶を気にした。
自分の名前は思い出せる。シャルロット。それが名前だ。
けれど、それ以外に思い出せるコトが何ひとつない。姓は不明。年齢も不明。生年月日も不明――自らに纏わる記憶がまるで残っていない。
それが記憶喪失と呼ばれる症状であることはわかった。
生活史健忘。そう、シャルには知識があった。社会に関する常識が、世界に関する情報があった。
だが、どうしてか自らに纏わることに関しては、名前以外に思い出せない。
自己が消えている。
まるで、初めから存在していないかのように。
「いっ、たい……何が」
そう呟いた。声は出せた。それが自分の声であるかどうかもわからないけれど。
もう何年も喉を使っていない気がする。その割に、声は掠れていなかった。
部屋を見回す。
出口らしき扉はあった。鍵穴が見えるが、いざとなれば壊すことは可能だろう。別段、魔力は感じないただの扉だった。
しばらく考え込んでから、シャルは目に留まった机に向かう。
その上に置かれていた一冊の本が、なぜだろう、とても気になった。
寝台を下り、狭い部屋を、荷物を避けながら歩いた。肉体は十全に機能している。今すぐにだって走り回れるだろう。
ただ、自らの意思で動く手足が、自らのモノだという認識だけが欠落している。どこか高いところから、俯瞰するヒトガタを操作する気分。
白く細い腕。それよりさらに白い髪も、視界の端で揺れている。纏う衣服もやはり白で、何もかもに色が、そして現実感がない。
机の上に置かれた本。重たいそれを手に取った。
表紙は白紙。これも白だった。なんの本なのかさえわからない。
ただ、裏表紙に、ひとつの名前が記されているだけだ。
――アーサー=クリスファウスト。
それは日記帳であり、そして研究記録だった。
アーサー。時間の魔法使い。
その日記を、シャルは長い時間をかけて読み耽った。そうしていくつかの事実を知る。
日記には、彼の娘の名前があった。記述はほとんどなく、ただ名前と、その名前の持ち主が娘であるという事実だけ。
シャルロット=クリスファウスト。
それが、魔法使いアーサー=クリスファウストの娘の名前。
だからシャルは、自分が魔法使いの娘なのだと知った。
――魔法使い。
それが、世界にとってどのような存在なのかは知っている。
全ての魔術師の頂点。第零位階の超越者。
自分は、その娘なのだから。
だから当たり前のように、彼女もまた魔法使いを目指すことにした。
魔法使いの娘ならば、魔法使いを目指して当たり前だ。さいわい、記憶はなくとも、魔術の知識ならば相応にあるらしい。
なら自分は魔術師になるべきだ。
どうせ、ほかには何もないのだから。
それからおよそ一年間。たったひとりで、シャルは魔術の修練に明け暮れた。
別に、ずっと部屋の中にいたわけじゃない。扉を出て、地上に続く洞窟を越えれば、その先には建物があった。それを出れば街がある。地方の、そこそこに栄えた、そこそこの街。
つまりこの研究室は、ある街の地下に造られたものであったということだ。
お金ならあった。衣料品も食料品も、買うにはまったく困らない。
おそらく、父が残してくれたのだろう金貨。正直、一生遊んで暮らせる程度の量は余裕であった。
ただ、それに甘んじるつもりはない。目覚めて三ヶ月も経った頃には、すでにシャルは一人前の魔術師になっていた。
日銭は自力で稼げる。その街に迷宮はなかったが、管理局傘下の組織を頼れば、魔術師向けの仕事が山ほどある。シャルほどの実力があれば、容易に身を立てられたのだ。
その街で一年過ごした。
魔術の知識は、父が残した蔵書でいくらでも学べる。学んだ術式は、仕事で試せばだいたい上手くいった。覚えられる限りの魔術を、シャルは貪欲に学んでいったのだ。
ただ――父が残した時間に関する魔術だけは、どうがんばっても修得できなかった。
一年が経つ頃には、街の中では名が売れていた。
シャルには自覚がなかったが、その容貌は息を飲むほどに美しい。ヒトを寄せつけない性格がなければ、惚れる男の数人は出たことだろう。
あるいは――あまりにも美しすぎたのかもしれない。
ともあれ、シャルは顔を知られたが、一方のシャルは他人の顔を覚えなかった。人間関係というものを、初めから切り捨てていたからだ。
その頃のシャルは行き詰まっていた。
研究室の蔵書に記載されていた魔術は、もう全て覚えてしまった。父の魔術を除いた全てを、だ。
その頃には、だが父の罪業についても噂に聞いていたし、だから父の魔術が使えない理由にも気づいていた。けれど、それ以外にシャルが覚えられない魔術はない。
だが、やはり、それだけなのだ。
使えるだけ。使うだけならシャルにはできる。
けれど使いこなせない。なんでもできたが、何においても一番になれない。それが悩みだった。
これといって苦手な魔術はないが、特別に得意な魔術もない。使い魔の
扱いに関しては群を抜いていたが、どれだけ使い魔を上手く扱えても、それは自分の力じゃない。少なくともシャルの認識では。
このままではいけない。そんな漠然とした焦燥に苛まれていた。
その頃、ちょうど七星旅団という冒険者クランの解散が世間で騒がれていた。
世界には、彼らのように伝説とまで呼ばれる魔術師がいる。
翻って自分はどうだ。こんな田舎の街で、ただ日々の糊口を凌ぐだけ。
――魔法使いの娘ともあろう自分が、こんなことで本当にいいのか?
いいわけがない。このままでは絶対にダメだ。
だが――どうすればいいというのだろう。
何かが欲しい。何かひとつ、自分だけに許された何かが。
何もない自分が、それでもこの世界に存在したという証が欲しい。
記憶なんていらない。過去なんてどうでもいい。
未来も不要だ。自分がないなら死んでもいい。そんな命に意味はない。
シャルロット=クリスファウストは、ただ命の価値を求めていた。
ちょうど、その頃だった。
オーステリア魔術学院の噂を聞いたのは。
※
――ついに一撃を受けてしまう。
頬にひと筋、傷が走る。切れた薄皮の向こうから、赤い血がわずかに流れ出た。
頭の上に座る使い魔から、気遣うような意思が流れてくる。
「……ありがと。でも大丈夫だから」
息を切らせながらも、シャルは気丈に微笑みかけた。
だが、このままではジリ貧だ。このままでは、目の前の影に勝てない。
魔術の技量自体は拮抗しているはずだ。けれどその幅で負けている。彼女の魔術は相殺されるのに、こちらは向こうの魔術を相殺できない。
負ける。まただ。また負ける――。
学院に来てからと言うもの、シャルは常に負けっぱなしだ。
「そのままで、本当にいいのかい――?」
ふと、声がした。誰の声だろう。少なくとも目の前の影ではない。
少しだけ考え込んで、すぐに気づいた。
フィリー=パラヴァンハイム。二番目の魔法使いの声だ。
「……何か、用……?」
息も絶え絶えになんとか答える。目の前の影は止まっていた。
「何。ちょっとしたアドバイスだよ。私はこれでも、弟子以外の若者には優しいからね」
年齢のわからない声。童女にも老婆にも聞こえる違和感。思えば彼女は見た目からして、ころころと年齢を変えていた。
だが、それはそれで不思議な話だ。
二番目は空間の魔法使いであり、時間の魔法使いは三番目――シャルの父だ。時間に関する魔術は、絶対に彼にしか使えない。それが、彼の罪なのだから。
「何。空間と時間は、元より相互に影響し合うものだからね。別に不思議でもないだろう」
魔法使いの笑い声が届く。心を読まれたようで、その不愉快さにシャルは表情を歪ませた。
それがまた魔法使いを楽しませたらしく、からからとしたフィリーの笑い声が聞こえた。
「とはいえ確かに、時間の領域に手を出せるのはあの坊主だけ。それは間違いじゃない。私の年齢が変わるのは、あの坊主が残した悪戯のせいさ。解こうと思えば、解けないこともないけどね。面白いから残してある」
「…………」
「まあ、そんなことはどうでもいい」
――相当のことだと思うのだが。
少なくとも、どうでもいいで済ませる話でない、とシャルは思う。
というか、会話の次元が違いすぎて、もう何を言ったらいいのかわからない。
「今はお前の話だ。ほかは些末だろう?」
「……」
「お前に必要なのは自覚だよ、魔法使いの娘。空間から目を逸らすなよ」
突然だった。魔法使いの声音が、決定的に変質する。
「空間の魔法使いとして、その欺瞞は見過ごせない」
「――」
「何をこんなところで燻ぶっている。お前なら対処法がわかるはずだ」
「…………」シャルは、そして前を見た。
自分とまったく同じ輪郭を持つ影。
創られたヒトガタ。
「……そんなはずない。だって、あの影は私に使えない魔術を使ってる」
「お前に使えない魔術はひとつもない」
「な、何を言って……」
「例外は、あの小僧の時間魔術程度だろうさ。アレは確かに例外だ。あの馬鹿が――空間干渉を自分だけに限定してしまった以上。時間の概念に干渉できるのは、世界でただひとり、アーサー=クリスファウストだけだ」
けれど。
空間の魔法使いは続ける。
「ほかの可能性ならお前は持っている。器用貧乏? 馬鹿を言え。器用なことは利点だろうが。何を腐る必要がある。可能性を見るということは先を見るということだ。止まるな歩け前に進め。同じ空間に止まり続けるなど馬鹿のすることだ。ひとつの魔術を極められないなら、数を極めればいいだけの話だろう。お前には――それができるのだから」
「……数を、極める」
「可能性を窮めるなというコトさ」フィリーは笑った。「ヒトは全て、存在している以上は空間を埋める。あの影は、お前という空間を二重にして創り出したものだよ。だから――アレはお前だ。アレにできて、お前にできないことはない。ならば」
――意志を持つ、お前のほうが強いだろう。
「ただ魔術を使えるだけでは意味がない。ああ、確かにその通りだ。だが使えなくても意味はない。それもわかるだろう? あとは意思が肝要だ。使われるな、使え。なぜ使うのかを考えろ。魔術なんざ道具だ。同じものでも、使い手によって価値を変える。使える魔術が価値を決めるんじゃない。使える魔術によって、お前が価値を創り出すんだ。使われるままでいるな。創られただけでいるな。お前が――そちらの側に回れ」
「なんで……そんなに」
反発する気持ちなんてない。ただ、どうしてそこまで親身になってくれるのか、それだけが疑問だった。
この場所を訪れたのは、フィリーに呼ばれたからだ。相手は空間の魔法使い。彼女の許しなくして、足を踏み入れるのは不可能だ。
なぜなのだろう。
シャルは当然、フィリーと面識なんてない。アーサーはフィリーと付き合いがあったようだが、その関係で目をかけられたとも思えない。そもそもピトスまで呼ばれる理由にはならないだろう。
だが、それ以外の接点など、それこそ思いつくのは彼女の弟子の知人だというくらいだった。それも、理由としては弱い気がする。
そんな疑念は、やはり魔法使いには筒抜けだったらしい。
またしても心を読んだかのように。
魔法使いは笑みを浮かべ――もちろん顔なんて見えないけれど、どうしてからそれがわかる雰囲気で――語る。
「まあ、理由はあるさ。そもそもあの地下室に、シャルロット、あんたを運んだのはこの私だからね」
「なっ――」
「おっと、理由は訊くんじゃないよ。あんたの正体に関してもだ。それは私が口を挟むコトじゃない。私はあくまで中立だ。偏った空間には立たないからね。だから本当は今回だって、手を挟むつもりはなかったんだ」
「……なら」
気にならない、といえば嘘になってしまう。あの部屋で目覚める前の記憶をシャルは何ひとつ持っていない。
あつらえたみたいな空間で、用意された通りに魔術を学び、まるで創られたかのような道を歩んできた。それ以外には何もない。
けれど、訊ねたところで、フィリーはきっと答えない。彼女の口を割らせることは、シャルにはきっとできないだろう。
だから――これだけを問う。
「なら、どうしてなんですか?」
「……あの馬鹿弟子の、友人になってくれたんだろう?」
「ウェリウスの……?」
友人、と言えるほどの関係だろうか。わからない。
ずっと人間関係を断ってきたシャルには、友人という言葉の意味が理解できない。
「いいんだよ、それで。難しく考えることはない。それで――それで充分なのさ」
フィリーの声が、なぜか遠く聞こえた。それはシャルに話しかけているというよりも、誰か別の相手を思っているよう感じられる。
だから、問いは考えるよりも先に出ていた。
「……ウェリウスは、どうして貴方の弟子に?」
「拾ったんだよ」フィリーは苦笑する。「それだけだ。奴は捨て子でね、本当は貴族の出身なんかじゃないのさ」
「……それは」
「そう、奴は養子なのさ。もともとギルヴァージルは魔術の才を強く求める家系だ。こと元素魔術に関して言えば、あいつの才能は完成されてる。これ以上は存在しないと、そう断言してしまっていいほどにね。それだけの才ならば、ギルヴァージルだって拒みはしないよ。その辺りは、意外なほどに寛容な家なのさ」
ウェリウスの秘密。自分のことを語らない彼の背景を、彼の知らぬところで聞いてしまった。そのことに、わずかな罪悪感がある。
フィリーは気にしていないらしい。ただ静かに言葉を続けた。
「あいつには才能があり、そして目的があった。どんな才能ある魔術師だろうと、目的なくしては成長もないからね。あいつはその点、完璧だったと言えるだろう。それがいいか悪いかはまた別の話だが、ともあれあの馬鹿は私に弟子入りを願い、私はそれを許した。――奴がまた、十にも満たない頃の話さ」
「それ以来、ずっといっしょだった……?」
「そんな綺麗なものじゃないさ。所詮は利害の一致だよ。行き場を見失っていたガキがいたから、拾って小間使いにした。それだけさ」
「…………」
シャルには、それだけだとは思えなかった。
彼女に人間関係はわからない。だって、ずっとひとりだったから。
それでも、いや、だからこそ思う。
幼いときに助けられ、それからずっと生きるすべを教えてくれた女性。力のなかった彼を庇護し、その彼にできた友人を不器用に喜ぶ彼女を。
母親と、そう呼ぶのではないだろうかと。
それは理屈じゃない。ただ、どうしてかそう思っただけだ。
きっとフィリーは否定するだろう。ウェリウスだって、素直に頷くとは思えない。だからきっと、シャルも口にはしないだろう。
けれど――その関係は、きっと親子のそれなんじゃないだろうか。
そう思った。そう思ってしまった。
だからこそ同時に、考えてしまうことがある。
――ならば。顔を合わせたことさえないシャルとアーサーは。
果たして、親子と呼べるものなのだろうか。
やはり、シャルにはわからなかった。わかるはずも、なかったのだ。
「さあ、無駄話は終わりだ。そろそろ戻りな」
「……ありがとう、ございます」
「礼なんて言うんじゃない」フィリーはもう笑っていない。「いつかあんたは、この日のことを後悔するかもしれない。それも近いうちに」
「そんな……」
「私はそれがわかっていて、それでもただバランスのためだけにあんたをここに呼んだんだ。それを知ったとき、あんたが私を恨まないとは言い切れないね。――だから、礼なんて言うんじゃない。いいね?」
その言葉を最後に、フィリーの気配がふっと消失した。
それと同時、目の前の影が再起動する。掌に魔力を集中させ、またしても見たことのない術式を構築し始める。
――それがどうした。
知らぬ術式なら、今このときに学べばいい話だ。元より術式を読み取るのは、アスタとも張り合えるくらい得意なのだから。
人真似は得意だった。
空っぽだから。だからこそ、吸収するのは簡単なのだ。
目で見る。術式を解読、精査、再構築し、相手の魔術を相殺する。
そうだ――自分に覚えられない魔術なんてない。
嘘でもいい。思い込みでも構わない。試すだけならタダだろう。
「……術式解読。改変事項模倣」
言葉にする。まるでひとつの呪文のように。
脳の裏側に痛みが走った。体内で何かが暴れている。
その一切を無視して、シャルは片手を前に伸ばす。頭上に留まっていたクロちゃんが、何かを察して地面に下りた。
「術式内容、火炎球の創造。速度、規模、魔力量精査。座標設定。誘導性能付加。追尾対象、固有魔力色。――成立三秒前」
遅い。遅い遅い遅い遅い遅い。
術式の模倣では足りない。もっと速く。成立より先に解読を完了しろ。
覚えろ。真似ろ。魔術なんて全て世界の書き換えだ。
――ならば、その文章を読むだけでいい。
読むことさえできれば、あとは同じ術式を描くだけ。
「――二。一」
刹那。火炎の魔弾が、同時に放たれた。
あとから追いかけたはずのシャルが、影と同時に魔術を成立させる。単純な相殺を越え、それはもはや、鏡写しのようでさえある。
必然の結果として、互いの魔術は真正面から激突していた。
相殺。
まったく完全に、寸分違わず同じ魔術の衝突だ。互いに打ち消しあい、その効力は霧散する。
「……でき、た……」
一瞬だけ呆然としそうになる。だが、それでもまだ足りない。
これでは引き分けだ。これだけでは勝てはしない。
勝つにはさらに、もっと上に行く必要がある。速度で勝るか、威力で勝るか、それとも魔術の質で勝るか。
けれど相手は自分なのだ。同じ魔術は使えても、勝る魔術は使えない。
いや、それ以前だ。たとえ勝てても、それはただのぶつけ合いだ。自分より弱い魔術師には勝てても、実力で劣れば負けてしまう。
問題はそこじゃない。土台、初めからシャルは唯一を極めるのには向いていない。
ならば――上回るすべはただひとつ
「……同じ道具でも、使い手次第で価値は変わる……」
要するに、相手よりも上手く道具を使えればいい。
それさえできれば、シャルはもっと上に行ける。
自分より強い魔術を持つ相手だろうが、相手より上手い使い方をすれば勝てる。それさえ突き詰めることができれば。
「……私は、もっと強くなれる――」
目の前の黒い影が。輪郭だけで、表情は持たない黒のヒトガタが。
そのとき、にやりと微笑んだような気がした。
Twitterをご覧になってくださった方はご存知かと思いますが。
……なんか、こう、連続更新をすることになりました。
6/24~6/30の七日間。毎日更新します。
ちなみに6/24がなんの日かご存知でしょうか。
全世界的にUFOの日? まあ、それもそうですけれど。
あと僕、誕生日なんですよね。
……おかしくね?




