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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第一章 はじまりの日
13/308

1-12『迷宮考察』

「――前方。正面の角から敵二体」

 索敵に反応した敵の状況を、目視より先に言葉で告げる。

 数秒後には、少し先の曲がり角から骸骨種スケルトンが二体現れた。

骸骨種スケルトン……武器持ちか」

 武装は刀剣に盾。こちらへ気づくや否や、所持している曲刀をふりかざしながら向かい来る。

 疲れを知らず、また高い剣術の技能を持つのが骸骨剣士の特徴だ。

 近接で相手取るのは、少しばかり厄介だろう。


「シャル、お願い」

「了解」

 レヴィの言葉で、シャルが一歩を前に出る。

 そのまま両手を前にかざし、魔力の集中を始めていた。

「足止めします!」

 と叫んだのはピトスだ。設置式の罠を通路の真ん中に放つ。

 思考能力の低い骸骨種スケルトンは、微塵も警戒することなくピトスの罠を踏み抜いた。

 瞬間、魔力で構築された縄が、骸骨種スケルトンの足を固定する。

 動きを阻害され、もがくだけとなった二対の魔物に――、


「――《儀式・(Evocation)熱雷の(sixth)一矢(colors)》!」


 シャルの詠唱魔術が直撃した。雷の矢を呼び出す攻撃魔術だ。

 その威力は、矢というよりもはや砲に近いものだった。眼にも留まらぬ雷の熱線が、骸の兵士を跡形もなく消滅させる。

 攻撃の威力が高すぎて、魔晶さえ破壊してしまっていた。

 まあ、別にお金を稼ぎに来たわけではないため、問題ないと言えば問題ないのだけれど。


「索敵問題なし。進もうか」


 ウェリウスは告げて、俺たちはまた迷宮を歩いていく。

 それが、第七層における最初の戦闘だった。



     ※



 ――強い。それが俺の率直な感想だ。

 現れる魔物の話ではない。パーティのメンバーたちの話だ。


 確かに、実力があるとはわかっていた。レヴィは言うに及ばず、ウェリウスもそれに匹敵するほどの魔術師であることは模擬戦を通じて教わっている。

 ピトスは稀少極まりない治癒魔術師だし、集団における援護の立ち回りを理解していた。気弱なようでいながら、いざというときの反応は臆することなく迅速だ。結界魔術を限定的に開放することで敵を拘束する術式に応用している辺り、基礎技能の高さが見て取れる。

 シャルもまた普通魔術科セレマギカでレヴィに次ぐ実力者だという話だし、戦うところも迷宮で幾度か見せてもらった。彼女が使うのは、儀式魔術を圧縮詠唱で省略した高速破壊魔術。単純火力で比較するのなら、レヴィさえも抜き去ることだろう。


 すでに当初の目標である五層など、とうに突破してしまっている。

 もちろん、順調に向かえると思ったから、あえて抜け道の存在を教えたのだが。それにしてもだ。

 ――なんというか、順調すぎるような気がしてならない。

 それだけの実力があることはわかっていた。このパーティには、第十五層でも充分に通用するだけの実力がある。そう考えていなければ、そもそも迷宮になど入らなかった。

 だが、それはあくまで《万全の状態ならば十五層レベルの魔物とも戦えるだろう》という考えに基づくものだ。実際の迷宮では、そう上手く運ばないだろうと俺は考えていた。

 当たり前の話だが、迷宮ではいきなり十五層に挑戦できるわけではない。抜け道まで考慮したところで、戦闘回数ゼロで十五層に到達することはまず不可能だろう。

 相応の疲労や魔力の消費があって、その上で十五層に到達するのだ。本来ならば。

 だが戦い慣れていない人間が、迷宮でいきなり十全の実力を発揮することなど不可能だろう。

 瘴気への対応で常に消費する魔力、罠や襲撃への警戒で張り詰め続ける緊張感、魔物と相対することによる精神的な疲労や恐怖――。

 常に命の危険と隣り合わせにあるという状況は、想像以上にヒトの実力を縛るものだ。


 にもかかわらず、そういった様子がこのパーティメンバーには見られないのだ。

 才能だけで説明のつくことじゃない。彼らの安定感は、確実に経験からくるものだった。

 おそらくだが、こいつらは全員、少なくない回数の実戦経験があると思われる。迷宮に潜った経験があるのか――それともほかの何かか。いずれにせよ学生レベルは明らかに超えている。

 こうなると、俺の存在価値に本気で不安が芽生えてきてしまう。昨日、レヴィが言っていた『勘』とやらも、今のところ実現する様子はなかった。

 もちろん、かといって油断するつもりはないが。

 一応とはいえリーダーに指名されたのだ。その分の責任だけは果たすつもりでいる。


 だが俺が意気込む一方で、攻略は至極順調に進んでいた。

 ダンジョン進入から、およそ四十分強。

 俺たちは、第十層まで辿り着いてしまっていた――。



     ※



「……なんか、かなり広くなりましたね」

 十層に到達した当初、一変した周囲の光景を見てピトスが小さくそう零した。

 その言葉通り、目の前の通路は今、かなり広さを増している。五人全員が横に並んでも余裕で余るほどの幅に、高さも身長を数倍してなお足りないほどになっている。ひとつの通路が、廊下というより広間に近い規模にまで変わっているのだ。

「瘴気が濃ければ濃いほど、周囲の環境は変わっていく――」

 呟いたのはレヴィだ。優等生だけあって、その手の知識にもさすがに詳しいらしい。

「そして、ひとつの階層の規模が大きくなるということは、現れる魔物も巨大で強力なものが増え始める、ということ」

「大型の魔物が相手だと、さすがに余裕もなくなってくるね。どうする、まだ進むかい?」

 とウェリウス。レヴィは口元に手をやり、

「アスタはどう思う?」

「……さっきから、妙だとは思ってるんだよ。実は」

「というと?」

「いや、別に確証があるわけじゃないんだけど」

 俺は言う。そう、どうにも先程から嫌な予感が拭えない。

 レヴィの《勘》よりは明瞭に、けれどまだ言語化できるほどではない。

 そんな奇妙な引っかかりに囚われていた。

「……どうも楽すぎるっていうか、進みが順調すぎる気がする」

 レヴィは小さく肩を揺らす。

「悪いことじゃないでしょう?」

「それ単体でなら。でも何か引っかかる」

「――それは《勘》?」

「勘だね。つまりは経験則だ」

「オーケー」レヴィはぽん、と手を打って言った。「少し休憩にしましょうか」



     ※



 階段下から、少し離れた位置に結界を敷いて、そこを暫定の休憩所にする。

 階段付近は冒険者の通り道になるため、陣を敷くのにはあまり向いていないのだ。邪魔になるし――そもそも迷宮内でほかの冒険者と遭遇するのは、そんなに歓迎したい事態じゃない。

 地図を見て、上手いこと行き止まりになっている通路を捜した。

 その場所なら索敵の方向が正面だけで済む上、地図を持つ冒険者なら基本的に行き止まり方面にはやって来ないだろう。

 それは同時に逃げ場のない袋小路だという意味も持っているけれど。とはいえ、この階層に俺たちを追い詰められるほどの魔物など現れないだろう。

 と、思う。

 というよりも、現状、俺は魔物が余りにも《現れなさすぎる》ことを問題視していた。


「――うん、やっぱおかしい。どう考えたって少なすぎる」

 俺はぶつぶつと言葉を漏らす。考えを纏めるときは、口に出したほうがいいのだ。

 何より、この場所には俺以外にも、優秀な頭脳が四つあるのだから。

「今から考えごとするから、どんどん口出してくれ」

「どういう意味ですか……?」

 言葉の意味がわからなかったらしく、ピトスが首を傾げて言った。見ればウェリウスやシャルでさえ怪訝な表情をしている。

 唯一、理解しているレヴィだけが苦笑して補足を入れてくれた。

「見てればわかるわ。――癖なのよ、こいつの。考えを纏めるときぶつぶつ口に出すのは」

「そうなんですか」

「で、できれば考えに補足を入れてあげてほしいの」

「はあ……でも、補足と言われましても」

「なんでもいいから、思いついたことがあったらどんどん言ってあげて。それを纏めるのがアスタの仕事だから」

 別に仕事ではない。とはいえ、手伝ってくれるならそのほうがありがたいのも事実だ。

 さて、少し考えを整理してみるとしよう。


「今まで倒した魔物は、ほとんど魔晶が育ってなかった。つまり全部、生まれたばっかりってことだ。いくらオーステリアでも、迷宮中の魔物が狩り尽くされるなんてあり得るか……?」

 迷宮と同じで、魔物もまた年月を経れば経るほど凶悪になっていく。

 発生したばかりの魔物は弱いのだ。魔物はある程度のレベルまで急速に成長するが、今日遭遇した敵はその《ある程度》にさえ届いていなかった。どれも発生直後だろう。

「いくらなんでも敵に遭わなすぎだ。さすがに偶然じゃ片付けられない域だろう、これは」

 ――ごく一般的な中堅冒険者のパーティは、丸一日をかけて五層まで行って帰ってくる。

 それを週に二、三日もやれば充分、喰うには困らないだけの稼ぎがあるからだ。逆を言えば、それ以上は危険性リスクが高くなりすぎるということ。

 一方、俺たちはたった一時間弱で第十層にまで辿り着いている。

 強いとか弱いとかいう誤差の範疇じゃない。


「先に通った冒険者パーティが、あらかた敵を倒してしまったんじゃない?」

 レヴィが率先して推測を述べた。こんな風に口を出してやってくれ、という手本なのだろう。

 だから俺もまた、首を横に振って答える。ありそうな話だがあり得ない。それはレヴィにもわかっていたことだろう。

「普通のパーティなら、そもそも十層まで入ってきたりしない。小金目当てで来るようなところじゃない」

 この階層ではもはやリターンにリスクが見合わない。日々の稼ぎ目的で、立ち入るような階層じゃなかった。

 オーステリア周辺には迷宮区も多いし、だからこの街を拠点にしている冒険者もまた数多い。だから競合を避けるため、ある程度は他人が来なさそうな場所を選ぶこともあるだろうが――それにしたって十層は欲張りすぎだろう。

 上位の冒険者なら可能な範疇ではあるけれど。そこまで強い冒険者なら、別の迷宮を選んだほうが圧倒的にいいだろう。

 そもそもの話、稼ぎだけを目的とするのなら、オーステリアははっきり言って最低ランクの迷宮だった。通路が狭く大人数では入れない上、魔物は弱いから魔晶の質が悪く、にもかかわらずなまじ三十層もあるため深い場所では敵が強すぎる。面積は狭いのに規模だけ大きいという迷宮は、稼ぎの競争を考えた場合、条件としては最悪だった。

 俺の否定に、今度はピトスが「じゃあ」と推測を重ねてきた。

「わたしたちといっしょで、攻略を目的にしているとか」

「オーステリアは《既踏破迷宮》だ。今さら攻略したってなんの名誉もない」

「うーん……なら、わたしたちと同じで学生、とか」

「いくらなんでもオーステリアの十層クラスを軽々突破できるパーティが、学院にまだいるとは考えたくないな」

 上級生でもおそらく不可能だろう。魔術戦に強い、イコール迷宮で生き残れる、というわけでもないのだから。


「たまたまってことはないのかな?」

 と、今度はウェリウスが言った。別に順番に回さなくてもいいんだけど……。

「たまたまって?」

「たまたまはたまたまさ。偶然、僕らの進路上には魔物がいなかったって。それだけのこと」

「それ言ったらなんでもありになる気がするが……まあ、可能性としては低いな」

「どうしてだい?」

「別種の魔物は基本的に群れない。だから魔物は種族ごとに小さな集団で現れるわけだが、それらと《たまたま》ほとんど遭わないまま十層まで降りられる可能性は低いだろ、さすがに」

「絶対数が少なければそれもあり得るんじゃないかな」

「狩られて数が少ないなら、また新しい魔物が生まれるからな。結局遭うさ。それに、さっきも言ったけどそもそも狩るパーティが――」


 と、そこまで言ったときだった。

 ――今の過程で、何か見過ごせない問題を見つけた気がした。


 迷宮の魔物は、死ぬ先から新しく生産される。これは空気中の魔力の量を、その層における飽和値に留めようという結界の自動維持機能のせいであるらしい。死んで魔力に還った魔物は空気に融け、その分だけ今度は空気中の魔力が魔物に変わる。ところてんのような押し出し式のイメージだ。

 ならば、たとえ誰かが迷宮内の魔物を殺し尽くしたとしても、やはり俺たちは普通に魔物と遭遇していたはずなのだ。

 だからこそ、この状況は迷宮において起こり得ない。

 あり得る可能性があるとするのなら。

 たとえば魔物を殺すことなく、どこか別の場所に移動させたというくらいしか――。


「……………………」

 俺は思考を加速させた。何か明らかな問題を見落としている感覚がある。

 だが答えがどうしても浮かんでこなかった。一年に及ぶ学生生活のせいで、迷宮での勘が鈍ってしまったのだろうか。ほぼ唯一の取り柄だというのに。

 ――思考しろ。

 そう自らに言い聞かせる。やはりどう考えても、今回の探索はおかしいのだ。それは偶然で片づけられる違和感じゃない。絶対に、何か見落としている事情があるはずなのだ。

 そのまま実に一分強。俺は黙したまま思考を巡らせ続けた。

 皆は何も言わない。ただ静かに、俺が結論を出すのを待ってくれている。

 その信頼に――たとえレヴィを経由したものであったとしても――応えるために。

 俺は、小さく口を開いた。


「――今日はもう、帰ろうか」

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