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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第四章 王都事変
122/308

4-12『錬金魔術師』

 昨日は帰宅難民になって更新できませんでした済みません。

「いやー、助かった助かった! あーりがーとさんよーう!」

 結局、こちらが用意した食料を、少なくとも明日多の分は消費し尽くしてから女性は笑顔で片手を上げた。

 別に構わないのだが、なぜだろう、なんとなく損した気分になるのは。

 彼女が胸に提げている赤いペンダントが、妙に目に留まる。

「ふぅー……いや、まさか行き倒れるとは思ってなかったなあ」

「……何があったんですか?」

 快活に笑う女性だが、明日多たちが通りかかっていなければと思えば割と洒落になっていない。なんというか全般的に軽かった。

「いやー、湖があるって聞いてたからさあ、釣り糸でも垂らしてれば魚の一匹は釣れるって踏んでたんだけどねえ……」

 しみじみと呟きながら、女性は視線を少しずらす。

 その先を見れば、確かに釣り竿らしきものが地面に固定されている。金属製の、やけに凝った作りの頑丈そうな釣り竿だ。即席で作ったもののようには見えない。

 ということは、この女性はわざわざ釣りをするためにこの湖を訪れたのだろうか。

 明日多が首を傾げていると、その少し後ろでパンが「それは……」とわずかに呟きを零すのが聞こえた。

 彼女は先程から、明日多の少し後ろで、服の袖を掴んでおどおどとしている。あれだけ明るく、積極的に明日多へ声をかけてきたときからは、想像もできないほどの様子だ。町の中でも人気者の少女だけに、この反応は意外だった。

 同年代ならばともかく、意外と大人に対しては人見知りするのかもしれない。

 とはいえ、まったく話せないというほどでもないのだろう。パンは女性にこう告げる。


「……無理ですよ。だって、この湖には――」

「うん。魚どころか、植物さえ水の中にはいない。少し驚きだよ」

 言われて明日多も湖面へ目をやる。

 確かに、少し異様なほどに澄んだ湖だとは思っていたが。確かに水の中からは、生きたモノの気配が感じられない。まったくの無音の世界が、その中には広がっている。

「……面白いなあ。普通じゃないよ、これは」

 言うなり、女性は湖畔に近づいて水をひと掬い、その手に取る。

 そこに顔を近づけ匂いを嗅ぎ、次の瞬間。

「ん――」

 その水をひと息に口へ含む。

 思わず身体を硬直させる明日多。いや、行為としてはただ水を飲んだだけなのだが、話の流れがそこに不穏なものを感じさせている。

 しばし、口の中で転がすように水を味わった女性は、それからごくりと湖の水を嚥下する。

「うん、ただの水だね。多少の魔力は感じるけど、逆を言えばそれくらいか」

 ――どうしたもんかなー。

 女性は自分の世界へ没頭したように俯き、口の中でぶつぶつと言葉を呟いている。とりあえず、変わり者なのだろう、ということは一発でわかった。

 逆を言えば、ほかのことはまったくわからない。


「……あの」

 それなりに迷ったものの、明日多は女性に声をかけることにした。

 もう放って帰ってもいい気はしたのだが、さすがにそれは抵抗がある。町の人間ではないようだし、場合によっては、お世話になっている《水瓶亭》へ新しい客をひとり呼び込めるかもしれない――なんて打算もあった。

「ん――ああ、ごめん。どしたん少年?」

 女性に声をかけられる。相手だって充分に少女で通る年齢なのだが。

「あ、あー……えっと」

 しかし、実のところ話すことなんて特に思い浮かばない。

 だから大した考えもなく、単に話の取っ掛かりを探すだけのつもりで明日多は訊ねる。

「そうだ、お名前は……?」

「私?」

 軽く首を傾げると、それから少女はどこか楽しそうに微笑んで言う。

「では名乗ろうか。私の名前はマイア。――マイア=プレイアス」

 どこか誇らしげに。少女は自らの名を名乗る。

「いずれ、世界を手にする魔術師さ」

 そして一方、明日多の反応は酷く淡泊だ。

「へえ、そうなんですか。すごいですね」

「……おっとー? 予想外に反応が薄いぞ?」

 まあ異世界人ってそういうものなのだろう、などと微妙にずれた考えの明日多ゆえに、その女性――マイアの大言壮語も大して気に留めることがなかったのだ。

「……まあいいけどー」微妙にテンションを下げるマイア。「それで、君たちの名前は?」

「明日多……です。後ろにいるのはパン」

「なるほど。兄妹って感じじゃなさそうだけど……あ。もしかしてデート?」

「そんなところですかね」

 適当に答える明日多。否定するのも面倒そうだったためだ。

 しかし、答え方が悪かったのか。マイアは「何それ、つまんない反応ー」と唇を尖らせるし、見ればパンすら微妙に不機嫌そうな表情をしている。

 ちゃんと否定したほうがよかったのだろうか。

 誤魔化すように、明日多はさらっと下手くそに話題を変えた。

「それで、そのマイアさんは、いったい何をしにここへ?」

「ふむ……まあいいか。いや実は私、ヒトを探してるんだよね」

「ヒトですか?」

「そう」

 女性は笑って、その名を呟く。


「――アーサー=クリスファウストっていうんだけど」



     ※



 このとき、いくつかの偶然が重なった。

 誰かならばきっと、それを指して運命と呼ぶのだろう。


 明日多は、かつて会ったアーサーのフルネームなど完全に忘れていた。西洋風の長い名前は、明日多にとってかなり覚えにくいものだった。

 思い出すことがなければ、きっと気づくことなく知らないと答えていただろう。

 けれどこのとき、明日多はアーサーのフルネームを思い出した。

 だから――その名を答えてしまう。


 パンは、もちろんマイアが出した言葉の持つ意味を知っている。これでも魔術師見習いであり、ならば三人の魔法使いくらいは知っている。

 このとき先んじて口を開いていれば、あるいは明日多は何も答えなかったことだろう。

 けれどパンは、明日多より先に反応を返すことがなかった。

 だから――何も言わなかった。


 マイアは当然、何か期待して訊ねたわけじゃない。いくら有名人とはいえ、アーサーの名を知っているのは魔術師くらいだし、目の前のふたりはまだ子どもだ。

 だから訊いたのは単に流れだった。あるいは食事を分けてくれた、その例代わりに面白い話を聞かせようとでも考えたのか。本来ならば訊かなかっただろう。

 けれどマイアは、結論としてその名を口にした。

 だから――答えも耳にする。


「――ああ。そのヒト、少し前に会いましたよ」

「え……?」「な――!」

 驚きはふたつ。前者はパンで、そういえば明日多が、《アーサー》という魔術師の弟子なのだと言っていたことを思い出す。

 後者はマイアだ。まさか、あの神出鬼没の魔法使いと出会った人間がいるなんて。完全に予想さえしていない。

 そして、両者の驚愕は奇跡のように連鎖した。

「もしかして、アスタが弟子入りしたっていうの、あのアーサー=クリスファウストだったの!?」

 パンが言った。まさか目の前の、文字を読むことさえ覚束ない少年が、あの魔法使いの弟子だなんて思わなかった。

「え、ああ――えっと」

 逆に明日多は狼狽える。弟子だと言ったのは単に流れだ。本当は別に弟子じゃない。

 だが――その言葉にいちばん反応したのは、ほかならぬマイアだった。


「弟子……ですって?」

 がしり、とマイアから力強く両肩を掴まれる明日多。

 なんだか表情が怖い。明日多は普通に怯えていた。

 だがマイアは、明日多の心情など一切気にも留めずに問う。

「名前。名前を教えて」

「……明日多、ですけど……」

「そう。どんな魔術が使えるの? 得意分野は? 専攻は?」

「え――あのいや、魔術なんて使えないんですけど……」

「魔術が使えない――!?」

 マイアの叫び声が、広い湖の景色を轟かせた。

 オーバーなリアクションだ。とはいえ、事情を知ればマイアを必ずしも責められまい。

 なぜならば、

「この私が、苦節九十日ちょっと! 逃げられ続けているというのに!?」

「あの、」

「魔術も使えないキミが!? 魔法使いの弟子っ!?」

「いや、」

「なーんでなのさあ――っ!」

 がくがくがくがく。肩を強く揺すられる明日多だった。

 なんだかものすごい力である。

「むぅ。でもまあ、そういうこともあるのかなー。変わり者だし、あの人も」

 かと思いきや今度は納得し、ぱっと手を離すマイア。

 彼だって、マイアにだけは《変わり者》などと言われたくはないだろう。そう明日多は思った。もちろん口には出さなかったが。


「え……えっと。マイアさん、は、あのアーサーってヒトの弟子になりたいんですか?」

 とりあえず解放された隙に距離を取って、警戒しながら明日多は問う。

 マイアは首肯し、それから続いて首を横に振る。

「マイアでいいよー」

「……はあ」

「なんならお姉ちゃんでも可!」

「遠慮しておきます」

「そりゃ残念」笑って、それからマイアは問いに答える。「まあ相手は魔法使い(イプシシマス)だからねー。いろいろと面白いコト知ってそうだし。当然じゃない?」

「まあ、よくわかりませんけれど」

「途中までは追ってきたんだけどねー。どうにも撒かれちゃって。往生してたところなんだよ」

「あの、実は俺、別に弟子ってわけじゃないんですよ」

 いたたまれなくなって、明日多は結局、暴露した。

 背後でパンが「ええっ!?」と驚く気配があったが意図的に聞こえなかったことにし、話を続ける。

「ただ、危ないところを助けてもらったってだけで」

「……助けられた(丶丶丶丶丶)?」

 だからなんでもないんです、と。そう続けようとした舌が固まる。

 そのとき、マイアの表情がどこか剣呑な色に変わったからだ。

「あのアーサー=クリスファウストに? 本当に?」

「え? ええ。なんか怪物……魔物? に襲われてたところを助けてもらって、んでお金を貰ったりとかして」

「……そんなことするヒトかな」

 どうやらマイアには、魔法使い(アーサー)が人助けをしたということ自体が疑わしいらしい。確かにいろいろと傍若無人そうだった、とは明日多も思う。

 とはいえ一応は恩人だ。擁護しようかと口を開くと、

「まあ、確かに煙草の火を額に押し当てられたりしましたけど。でもそれも――」

「――ちょっと見せて」

 その瞬間、マイアは問答無用とばかりに明日多の額へ手を伸ばした。

 髪を押し上げ、つけられた火傷の痕を見る。

 彼女は真剣な表情で、しばらくの間、明日多の傷を見続けた。顔が近い、と狼狽える青少年あすただったが、マイアはそれを斟酌しない。

 しばらく見聞し続けた彼女は、やがて納得したように手を離すと、それからことさら明るい表情で明日多を見詰めた。

 息が詰まる。その視線が、なぜか重たい。

 言葉を忘れた明日多に、マイアがゆっくりと問いを放つ。


「君さ。何者?」

「何者、って……」

「――どこから来たの(丶丶丶丶丶丶丶)?」

 気づかれたのだろうか。一瞬、そんな疑問が明日多の脳裏を駆け抜けた。

 異世界人であると知られることに、いったいどんな問題があるのか。明日多には特に思い浮かばない。

 むしろこのとき考えたことは、もしマイアがそれに気づいたのならば、あるいは地球に帰る方法を彼女は知っているのかもしれない、ということだ。

「……ま、いいけど」

 結局、明日多はそれを訊けなかった。

 それより先に、マイアのほうが話を打ち切るように呟いたからだ。

「でも、そっか……なるほどね。なんだか面白いことになってるみたい。来て正解だったかな、これは」

「何を……言ってるんですか」

「ん? そうだね、さしあたってはとりあえず!」

 にたり、と笑みを浮かべるマイア。快活で奇麗なその笑みが、どうしてだろう、そのときの明日多には、なんだか酷く恐ろしいもののように思えた。

 あるいはこの時点で、彼女となんらかの波長が合っていたのだろうか。本能的な部分でマイアという人間の理不尽さに、気がついていたのだろうか。

 いずれにせよ、一ノ瀬明日多に、マイア=プレイアスを止めるすべなどあるはずなく。

 襟首を引っ掴まれる明日多。その明日多の袖を掴んでいるパン。

 ふたりは、揃ってマイアの笑顔を見ていた。

 だから。


「――いっしょに探しに行こう、ぜっ!」


 次の瞬間、そのまま湖に飛び込んだマイアを、止めることなどできなかった。



     ※



「――~~~~ッ!?」

 顔に、喉に、体の全てに。湖の水がぶつかって弾ける。

 それは瞬く間に明日多の中へと入り込んできて、呼吸の自由を奪おうとする。

 なぜか視界は、やたらと開けていた。

 だから、満面の笑みをこちらに向けるマイアも、きちんと両の眼が捉えている。


『大丈夫大丈夫』


 ふと、マイアの声が聞こえた。

 水の中にもかかわらず。やけにはっきりと届く声。息が泡に変わることもなく、マイアは自然にこちらへ意思を伝えてくる。

『落ち着いて。ちゃんと息はできるようにしたから』

『――――』

 言われて、そして気がついた。それくらいには動転していた。

 だが確かに息ができる。周囲の水も、どうしてだろう、よく見れば明日多を濡らしてはいない。その温度を感じることもなかった。

 たとえるなら、無重力の中にいるかのような。

『これは……いったい』

 思わず呟く明日多。けれどその声は音にならず、代わりに意思は魔力となって、ふたりへと音を伝えている。

 いつの間にか繋がれた魔力の経路ラインが今、三人を結んでいた。

『私の魔術。というか、これのお陰だね』

 マイアが胸のペンダントを指で軽く弾く。赤い宝石が嵌められた、金属製の装飾品だ。

『これでも私は錬金魔術師でね。いろんな効果を持った魔具アイテムを創るのは得意なんだよ』

『……結界。それも、動きに合わせて移動してる――』

『お、せいかーい! 環境適応の魔具。いやー、今のところ最高傑作と言ってもいいくらいの出来だからね! ところでパンちゃんは、もしかして魔術師だったり?』

『……いちおう。見習いだけど』

『まあ、ふたりとも魔力は持ってるみたいだしね。ちょうどよかったかなー』

 何かを企むかのような笑みを見せるマイアに、ぞっとしない気分の明日多だ。

 一方、曲がりなりにも魔術の知識を持つパンは、マイアがどれほど高度な魔術を行使しているのかが理解できていた。

 見かけによらず、と考えるのも失礼かもしれないが。

 どうやらマイア=プレイアスは、それなりに高位の魔術師であるらしい。


『さて、それじゃあ下に行こうか』

 あっさりと、なんでもないことのようにマイアは言う。

 それに反応したのはパンだった。

『そんな……だ、駄目よこんなの……っ』

『え、どうして? ただ潜ってるだけだよ?』

『だ、だって、この湖は女神さまのおられる神聖な湖だって――』

『神聖、ねえ……』

 ちらりと視線を下に向け、疑わしげな口調でマイアは呟く。

 むっとしたのか、睨むような視線を向けるパンに、錬金魔術師は小さくこう答える。


『――いや。その割には、見るからに邪悪そうなのがいるものだなー、と』


 ――え?

 と、疑問に思った明日多は咄嗟に水底へ眼をやる。

 そして、そのことをすぐに後悔した。

 なぜなら、そこには。

『な、なん……だ、あれ……?』

 巨大な蛇に似た怪物が、大きな顎を開いて待ち構えていたのだから。

『――魔竜ドラゴンときたか。水竜ってところだろうね。あいつがココの主かな』

『いや、そんな悠長なこと言ってる場合か!?』

 叫ぶ明日多。もはや年上だからと言って、敬語を使う余裕すらない。

 思い出したのは、この世界に初めて訪れたときに襲い来た怪物のことだ。見ればひと目で理解できる。あれは、人間にとってどうしようもない敵だ。悪だ。

 そして目の前の魔竜ドラゴンもまた、アレと同じ概念モノであることは本能が伝えている。凶悪さで言えば、むしろ上回っているくらいだろう。

 どうしてこの女は余裕そうなのか。

 まさか、彼女ならばこの魔物を倒すことができるのだろうか。

 一縷の望みが明日多の脳裏に光を射す。


『いや、アレ、やっばいなー……手持ちの魔具じゃ勝てっこねえー……』


 そして、その期待をかけた当人が闇を引きずり戻してくれた。


『何してくれてんのアンタ!?』

 明日多は叫ぶ。この状況、実は思っているよりだいぶピンチなのではと。

 だがマイアは笑みを浮かべたままで、

『いや、だってあんなのいるなんて予想外だし。何かあるとは思ったけど、まさかこんなところに魔竜ドラゴンがいるとか思う?』

『思わないけどさあ!? そうじゃなくて、早く逃げようって! まずいって!!』

『そうだね。うんまあ、逃げるくらいならなんとかするからさー。大丈夫大丈夫、お姉さんを信じなさいよ』

『引きずり込んだ本人がそれを言うか――!?』

『あうあうあう』

 ぎゃあぎゃあ喚く明日多。その袖を握り締めて狼狽えるパン。

 そして、まるで反対に楽しげなマイア。

『いやいやいや。やっぱり、冒険ってのはこうじゃないといけないよ』

『なんでそんなに楽しそうなんだよ!?』

『――楽しくない? 本当に?』

 瞬間、マイアは明日多をまっすぐに見据え、そんな風に訊ねてきた。

 楽しいわけがない。そう即答するはずだった明日多の口が、けれどその瞬間、硬化して言葉を飲み込んでしまう。

『見ればわかる。君はきっと、そういう道を(丶丶丶丶丶丶)歩くと思うよ』

 否定の言葉が出てこない。知った風な口を利くなと、怒ることなどできなかった。

 ――そう。何かがおかしいのだ。

 魔物に殺されかかったとき、明日多は明らかに死を覚悟して、絶望の淵に立っていた。

 けれど今はどうだろう。自分は絶望しているだろうか。恐怖を覚えてはいないのだろうか。

 いや、確かに怖い。あんな怪物から、どう逃げるべきなのかなんて見当もつかない。

 にもかかわらず――どうして、こんなにも余裕があるのだろう?


『て、ていうかそんなこと言ってる場合じゃないと思うんですけど――!!』


 思索に沈む明日多を、パンの叫び声が引きずり戻す。

 見れば目の前で、魔竜の口元に何かが集まっていく感覚を覚えた。それが魔力の気配であり、すなわち攻撃の前兆であることを、このときの明日多はまだ知らない。

 けれど、何かとんでもない危険が迫っているのだということだけは、彼の本能が察していた。

『――大丈夫だよ』

 マイアが、静かに口を開く。

 その言葉が心強い。彼女が言う《大丈夫》という言葉には、まるで魔法のようにヒトの心を落ち着かせる力がある。

 彼女は懐に手を突っ込むと、そこから何かを取り出して小さく呟く。

『――壱番。解放――』

 次の瞬間だった。

 魔竜の口から強烈な光の奔流が発射され、明日多たち三人を一瞬にして飲み込んでいく――。

 強烈な衝撃があった。どちらが上でどちらが下かもわからなくなるほどに、強烈な水の流れに全身が巻き込まれてしまう。


 気づけば明日多は、その勢いに意識を手放してしまっていた。

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