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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第四章 王都事変
120/308

4-10『教授』

 今週は余裕があるので更新です。

 教授とシルヴィア。そのふたりと合流した俺たちは、そのまま連れ立って馬車まで戻ることにした。彼らもこれから王都に戻るのだという。

 途中でグラムさんとも合流し、旅の仲間はこれで七名となる。

 どうもふたりは徒歩かちでここまで来たらしく、乗り物はないらしかった。目的地が同じである以上、別れていく必要もない。さいわい馬車にはまだ余裕があったため、同じく乗っていくこととなった。

 旅は道連れ――というか、この場合、教授は初めからそこまで考えていたのかもしれない。

 それくらいのことは平気で計算してあるだろう。この男ならば。


「――んが」

 馬車に入るなり、教授はものの数秒で意識を手放した。相変わらずどこででも寝るおっさんだ。

「……七星旅団セブンスターズのヒトたちって、みんなこんなのばっかなの……?」

 もういっそ感動したというか、戦慄したという風にフェオが零し、

「フェオ。憧れはね、時として残酷な現実を生むものなんだよ……」

 なんだか悟った風にシルヴィアが言った。

 ――ねえ失礼じゃない? 俺を一緒にしないでほしいんだけど。

 そういった抗議の視線をふたりに向けると、

「いや君もヒトのコト言えないだろう」

「そうだよ……ていうかこっち見ないでよ……」

 姉妹揃って、冷たい視線を突き刺してきた。

 何、この扱い。

 これ以上の抵抗は無為と悟り、俺は眠りこける教授を叩き起こす。


「――教授。いきなり寝るな起きろ。起きろって!」

「なんだアスタ、うるさいな……お前には常識ってものがないのか」

 他人の馬車に乗るなり自宅みたいにくつろぐ奴がそれを言うか。

「教授とメロとセルエとマイアとシグにだけは俺それ言われたくねえんだけどなあ!」

 あとレヴィとウェリウスとピトスにも言われたくないわ。

 アイリスはいい。何言われても許す。

「『だけ』の範疇広すぎだろ……」

 一応とばかりに突っ込む教授だった。

 いやまあ、確かに言わんとせんことはわかるけれども。

「初めて見る顔もあるわけだし。自己紹介くらいしてくれ、頼む。間が持たない」

「そうだな。確かに、それはいい考えだ……」

 呟くと、教授は億劫そうに状態を起こし、

「――ユゲル=ティラコニアだ」

 それからまた寝ようとした。いや待て。


「それだけか……」

「うん? ああ、そうだな……ほら、そっちも名乗れ」

 俺が突っ込むと、忘れていた、とばかりに教授はフェオへ視線を向ける。

 それで終わりなのかよ、という意味で言ったのだが、まあもういいか。言ったところで聞くような人格をしていない。

 対して視線を向けられたフェオは、慌てたように頭を下げる。

「あ、えっと。フェオです。フェオ=リッター」

「覚えた。そうか、似ていると思ったが、リッターということは」

「ああ。私の妹だよ、ユゲル」

 シルヴィアが答えた。

 どうでもいいが、シルヴィアは教授をユゲルと名前で呼んでいるらしい。

 なんだか微妙に含むところがありそうな感じだ。

「そうか。確かに顔は似てるな、顔は」

 と、これまた含むところがありそうなニュアンスで教授。シルヴィアは頬を引き攣らせて、

「どういう意味だ……」

「気にするな。――胸は勝ってる」

「どういう意味だあ!」

 キレるシルヴィアだった。

 もう一発で理解する。振り回されてるんだろうな、教授に……。

 そういえば、シルヴィアはかつて七星旅団セブンスターズに助けられ、そのまま騎士職を辞して冒険者に転身するほどの憧れを持っていたのだったか。

 ……ごめん。本当にごめん。


「で、そちらの女の子はどちらさん? 見るに――うん。なかなか事情がありそうだが」

 教授は怒るシルヴィアを完全に無視して、今度はアイリスに目を向けた。

 アイリスは、こちらはさすがと言うべきなのか、ある意味で傍若無人極まりない教授に一切狼狽えることもなく答える。

「アイリス……です」

「なるほど」言って教授は、視線を俺に向け直す。「隠し子か。やるじゃないか」

「お前マジで何を言ってんの!?」

「母親は誰だ? フェオか」

「はふぇ!?」

 途端、耳まで真っ赤に染めるフェオ。

 反応しすぎだろ……。

「違うから……」

「じゃあ学院の誰かか? 手紙を読んだ限り、上手いことやってるみたいじゃないか。俺はてっきり、アスタは嫁探しに学院に行ったのかと思ってたが。いい考えじゃないか」

「どう読んだらそうなるんだよ」

「いや。だってあの手紙、女の名前しかなかったし」

「…………」

 やめて。なんかその言い方だと、俺ものすごいクソ野郎みたいだから。


「ていうか、あの手紙読んだんならわかってんだろ」

「ああ。マイアが連れ出した子だろう」

 あっさりと言って、教授はアイリスに視線を戻す。

 やはりからかっていたらしい。

「なるほど。こいつはまた厄介だな。……アスタ、あとでこの子、俺に貸せ」

「……なんかわかったのか?」

調整(丶丶)がいる」教授は答えは端的だ。「まったく……この意地の悪さ。どこぞの同業を思い出す。不愉快だ、悪い考えだよ」

 教授はまっすぐにアイリスを見ている。アイリスもまた、その視線を正面から受け止めていた。

 こと魔術の知識において、俺では教授に逆立ちしても及ばない。まあルーンしか修めてこなかった俺と、およそあらゆる魔術に手を出してきた教授とでは差があって当然だ。


『――もう少し早く、俺の元に連れてくるべきだったな』


 唐突に。頭の中に声が響いた。

 教授の声だ。

 いわゆる念話の魔術だ。特定の相手にだけ声を届けるため、密談には適している。

 つまり、わざわざ聞かれないようにしているということ。


『気づかなかったのも無理はない。が、それでもお前は気づくべきだったな』

『……そんなに不味いことか?』

『何を以て不味いとするかは知らんが――永くないぞ、この子』


 驚きを表情に出さないようにするので、精いっぱいだった。

 息が詰まる。

 あるいは予感していたかもしれない事実なのに。


『……どこか悪いのか、アイリスの身体は』

『いいや。わかっていることを訊くな、悪い考えだ。身体に問題があればお前だって気づいただろう。彼女はどこも悪くない。彼女は何も悪くない――ただ初めから、永く生きられない存在として完成されているだけだ。だから厄介なんだよ』

『…………』

『連中の悪辣さを甘く見たな。道具に寿命は要らないと、奴らがそう考えることを予測できれば――気づけずとも悟れたはずだ』


 その通り、なのかもしれない。

 先程、教授が言った言葉が痛烈な皮肉として俺に突き刺さる。

 ――てっきり嫁探しでもしているのかと思った。

 それは俺がこれまで、何もしていなかったという意味の言葉だった。


『……アイリスは、助けられるのか?』

『だから、何を以て助けるというのかという話だが。まあ俺なら延命は可能だ』

『……頼む』

『どれほど腑抜けているのかと思ったが』

 そのとき、ふっと教授が笑みを作ったのが俺にはわかった。

 七星旅団セブンスターズの最年長は伊達ではない。

 いわば彼は、俺たちにとって、きっといちばん上の兄だったのだから。

『案外、前を向いているようじゃないか』

『そうかな。結局、何もできてない』

『だが間に合わないわけじゃない。そもそもお前は、自分でできなければ、できる誰かを使えるのが強みだろう。……長かったな』

『メロに横っ面を殴られてね。いつまでも腐ってられなかったんだよ』

『立ち直ったんならいい。そうか――メロも相変わらずみたいだな』


「――さて。情報共有と行きたいところだが」

 念話の終わりと被せるように、教授が口を開いた。

 彼は視線を今度はエウララリアに向けると、割に丁寧な口調で言う。

 まあ態度は大きかったが。むしろ王女よりも。

「申し訳ありませんが、王女殿下。少し魔力を使いすぎたようですので、しばらく休ませてもらいます」

「……え、ええ。もちろん構いません。手綱はグラムが握っていますので」

「野営地に着いたら、またお話をしましょう」

 ――ただ。と教授は先に伝える。


「先にこれだけはお伝えしておきます」

「……なんでしょう?」

「見つかった、一番目の魔法使いの死体ですが――」


 教授は瞳を閉じて、眠る体勢に入りながら言った。


「――あれはニセモノです」



     ※



 夜半。俺たちは焚火を囲みながら、まずは情報共有をした。

 といっても、交わせる情報など高が知れている。俺のほうからは七曜教団の判明している能力や目的、その外見など。教授から王都での事件について話を聞いた。


 一番目の魔法使いの遺体は、王都にある魔法使いの生家で見つかったらしい。

 すでに誰もおらず、空き家となっていた建物だが、つい最近になって魔法使いが帰ってきたという情報が飛び込んだのだ。

 そんな大物とあらば、王国側も放置してはおけない。さっそく訊ねたところ――そこで死体となっている一番目の魔法使いを発見した。

 明らかに他殺だったという。

 全身を切り刻まれ、原型すらほとんど留めていない死体だった。

 それはそのまま王国に回収されたものの、判明したことは魔術師に殺されたらしい、というところまでだった。


 そこに首を突っ込んだのが教授――ユゲル=ティラコニアというわけだ。


 魔術師の実質的な最高位階、《魔導師メイガス》の地位にいる教授は、当然ながら社会的地位が高い。

 ありとあらゆるコネを総動員し、教授は魔法使いの死体が安置されている場所へ行くとそのまま検死を行ったのだとか。

 結果、判明したことは。


「――あの死体は偽装フェイクです。途轍もなく高度な錬金魔術でもって鋳造された人造の死体。誰が用意したかまではわかりませんが、あれほどの精度となれば気づく人間はまずいないでしょう」


 何の思惑があって魔法使いの死体を偽装したのか。そこまでは不明だ。

 だが少なくとも、誰かが一番目の魔法使いを死んだと見せかけようとした。それだけは間違いないらしい。

 その犯人として最も有力なのは――。


「……当然、本人ってことになるな」

 俺の言葉に頷いて、教授が続ける。

「ああ。いくら死体を偽装したところで、本物が出てきては意味がないからな。もちろん当人を捕らえるなりしていれば別だが……それができる人間は、それこそ世界にふたりだけだろう」

「結局、大して進展もしていないわけか」

 魔法使いがかかわっている以上、犯人は同じ魔法使いしかあり得ない。絶対に。

 ならば下手人はアーサーか、フィリーか、それとも一番目当人か――もしくは可能性は低いものの、確認されていない《四番目の魔法使い》が現れたのか。

 どう広く見積もっても、ほかの可能性はないだろう。


「――ところで、教授はどうしてあの迷宮に?」

 話がひと段落したところで、俺は訊ねた。

 出不精の教授だ。興味さえ傾けば行動力は人一倍だが、逆を言えば用もなく自宅を離れたりしない引きこもりでもある。

 当然、なんらかの意図があって訪れたはずだ。

「言っただろう、ただの調査だ」問いに、教授はあっさりと答えた。「七曜教団の連中が迷宮そのものに結界を張って、自らの研究室にしていることはわかっていたからな。そしてこの辺りで使われていない迷宮として、あの塔は最適だった。もしかしたらと睨んだわけだが――当たりだったようだな」

 もっとも、だいぶ前に放棄された研究室だったらしいが。

 そう教授はつけ加える。迷宮なんていくらでもあるのだ、同じところに固執する理由はないのだろう。


「……犯罪を目論む魔術師の集団が、最近めっきり減っているのを知ってるか?」

 と、唐突にそんなことを教授が言う。初耳だった。

 エウララリアは知っていたのか、頷いて答える。

「はい。もっとも、そのほとんどが死体となって見つかっているようですが……今回の件と関係があるのですか?」

「潰されてるんだろうよ。正義の味方気取りの連中に」

「……まさか」

「ああ。七曜教団が、犯罪者を殺して回っている可能性は高い」

 俺が渡した煙草を吸いながら、教授はわずかに空を見上げる。

 満天の星空が仰げる、空気の澄んだ夜だった。

 にもかかわらず、俺たちの会話はどこまでも黒く淀んで、血生臭い。

「だから今、この近辺で何かが起こるのなら――もう七曜教団の仕業と決め打って問題ないだろう」

「なんのつもりで、そんなこと……」

「世界を救うと言い張っているんだろう? その一環のつもりじゃないのか。いい考え、とは言えないが」

「……その行為そのものが犯罪だろう」

 思わず呟いた俺に、教授が横目で視線を向ける。

「善悪が法律だけで決まるわけではあるまい」

「…………」

「別に連中の行動を肯定する気はない。ただまあ――思うところはある」

「……なんだよ?」

 問いに教授は答えない。ただ何かを思い起こすかのように、


「そういえば一番目の魔法使いは、かつて《勇者》と呼ばれていたんだったな――」


 吐き出した煙が、言葉とともに夜の空へと溶けていった。



     ※



 早々に眠ったみんなと、見張りをするというグラムさんを残し、俺はひとり、焚き火の周りで煙草を吹かしていた。

 魔術では、さして役に立てない俺だ。せめて見張りくらいはグラムさんと交代でやらせてもらうつもりだった。

 そこに、馬車のほうから歩いてくる人の気配が三つ。

 エウララリア、フェオ、そしてアイリスの三人が、まだ起きているようだった。


「……まだ寝ないのか?」

 ずいぶん打ち解けたものだ、と思いながら声をかける。

 エウララリアが微笑し、どこか拗ねたような口調で言った。

「酷いです、アスタ様。お話しくださると言ったのに」

「……え、何が?」

 素でそう返してしまった俺に、エウララリアは頬を膨らませる。

「そんなこと言って。アスタ様の昔話、今夜も楽しみにしていたんですからね?」

「……ああ。ええ……まだ聞きたいのか?」

「当たり前です。まだぜんぜん聞けていないじゃないですか」

 後ろの二人も同様らしく、エウララリアの言葉に頷いている。

 まあ、そこまで聞きたいというのなら、約束だ。続きを話してもいいだろう。

 ことさら大きく煙を吐き出し、それから俺は彼女たちに向き直った。


「――じゃあ、昨日の続きから話そうか」

「お願いします」


 めいめいに、焚き火の周りを囲んで座る。

 それを確認してから、俺はゆっくりと語り出した。


「あの街に行って、だいたい半月が経った頃のことだった――」

 明日もあるよ!

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