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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第一章 はじまりの日
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1-11『迷宮初戦』

 指先に魔力を集中させる。その現れである無色の光が、人差し指の先で輝きを放っていた。

 一定間隔で設置された魔力燈ランプを除けば、この迷宮に光源はない。地下へ地下へと進んでいく仄暗い迷宮の中で、魔力の光は目立つものだ。

 もちろん、光源があるだけ充分マシだが。迷宮を囲うような形で成立したオーステリアだからこそ、迷宮の中にも光源が確保されているわけだ。


「――――」

 俺は魔力を灯した指で壁面をなぞる。

 直後、壁に刻まれていた魔術陣が反応する。石造りの壁面に円形の紋様が浮かび上がって、魔術式が起動した。

 魔力によって書き換えられた術式プログラムに従い、壁はまるでSF小説の扉のように、重い音を立てながら床の下へと沈んでいく。印刻ルーン魔術師という職業柄、術式の把握はそれなりに得意だ。かつては師に連れられ幾度となく迷宮に潜っていた経験もあり、この手の小技は慣れたものだった。

 ……地球のゲームで言うなら、たぶん《盗賊シーフ》とか《探検家レンジャー》辺りの立ち回りなのだろう。本職はあくまで魔術師メイジだというのに。

 異世界に来てまで目立たない俺だった。


 やがて、壁の奥に隠されていた階段が姿を現す。

 隠し通路には当然、明かりになるものがない。まるで奈落へと続いているかのような、暗く重苦しい雰囲気の階段が下へ下へと続いていた。

 俺は後ろを振り返って言う。

「――レヴィ、明かり頼む」

「了解」

「ピトスとシャルも、できれば光を作っておいてくれ。何人かで分けて保持してたほうがいい」

 中央の三人にそう頼んだ。俺と殿のウェリウスは索敵のほうに魔力を使うべきだろう。

 周囲を旋回するように、ふよふよと浮かぶ光の玉。冒険者ならばほぼ習得必須と言っていい術式だった。剥き出しの魔力をそのまま用いているため、頼りなく弱々しい光だが、何もないよりは遥かにマシだろう。


「この先の通路を降りれば七層だ。一気に瘴気が濃くなるから、気をつけろよ」

 俺は言う。レヴィが訊き返すように、

「罠とかはないのよね?」

「ああ。この手の隠し通路はたいてい、この迷宮を作った張本人の仕込みだって話だからな。持ち主が自分で通る道に、わざわざ罠なんて仕掛けないだろう」

 もっとも年月を経て、今では魔物の蔓延る通路となってしまっているが。

「なるほど。一気に三十層いちばんしたまで降りられないのは、盗難対策のためかしらね」

 興味深いとばかりに推測を深めるレヴィに、俺は苦笑を返す。

「かもしれないけどな。その辺りは、魔術史学の教授にでも訊いてくれ。俺は知らん」

「……ま、近道できるに越したことはない、か」

「すぐ閉まる。ほかのパーティに見られても面倒だからな、そろそろ行こう」

 隊列を組み直し、連れ立って下へと歩いていく。

 階段はまっすぐ続いていた。広さ自体は廊下とそう変わらない。


「罠がないとは言ったが、魔力がある以上、魔物はいると思う。たぶん誰も通ってないから、普通に数出てくるだろうし。用心はしておいてくれ」

 振り返らずにそう告げる。もっとも、誰も油断はしていないようだが。

 通常の順路ルートを取らずに、あえて誰も使わないような道を選んだのが功を奏したのかもしれない。逆にそれで、全員が気を引き締めたようだ。


 ――と、直後。

 腰に提げていた石の装飾品アクセサリが、ちりんと揺れた。

巨人スリサズ》、《財産フェイヒュー》、《保護アルシズ》のルーンを組み合わせて創った、索敵用の装備である。

 この辺りの組み合わせの意味は、術者の解釈に依る部分が大きい。同じルーンでも刻む対象物によって効果が異なったり、解釈が強引になるほど効果が減少したり、ていうかそもそも発動しなかったり――印刻術が超高難度の魔術とされる所以である。


「反応があった。前、距離は六。数は三――飛行型だな」

 オーステリアの低層に現れる飛行形魔物は、確か蝙蝠を模したタイプのしかいなかったはずだ。魔物の多くは、なぜか実在の動物に似通った姿を取ることが多い。

 そしてその機能もまた、動物のそれを拡大解釈したような性能を持っている。

 蝙蝠型(タイプ=バット)と呼ばれる魔物の場合、暗闇に適応し、牙で噛みついた対象から魔力を吸収することが大きな特徴だろうか。

「念のため、魔力を直接放出するタイプの術は使わないほうがいいだろうな。吸われる可能性がある。――レヴィ」

「了解、代わるわ」

 報告に応じ、レヴィが一歩を前に出た。逆に俺は後ろへ下がり、レヴィと位置を交換する。

 そのとき、後方のウェリウスが鋭く言葉を発した。

「後方からも敵だよ。数は二。――挟まれたね」

 ……ち、面倒な。

 タイミング悪く、俺たちが通ったあとに魔物が発生したらしい。こういうことがあるから、迷宮とは油断ならないのだ。

 挟み撃ちなど日常茶飯事である。


「――どうする、リーダー?」

 ウェリウスに問われる。考えている暇はなさそうだ。

 俺は振り返って仲間に告げる。前から目を逸らしても、レヴィがいる以上は問題ない。

「ピトスは光源の維持。数増やして前と後ろに光当てて。魔物に吸われる可能性があるから魔力強めで保って、そのまま援護術式の準備。後方に!」

「わ、わかりました!」

「レヴィと俺で前、ウェリウスとシャルは後ろ。一発で仕留めろ」

「――了解!」

 叫び、頷く面々を横目に、俺は前に向き直った。

 後ろは全て三人に任せてある。信用すると決めた以上、もう振り返ることはしない。

 俺はレヴィの背中に声をかける。

「確実に仕留めたい。近接でろう。位置的には有利だ」

「了解」

「ウェリウス、後方接敵までいくつだ!」

「カウント五だね」

「よし、合わせるぞ。ピトス、カウント零で両側に光源飛ばせ」

「はいっ!」

「来るぞ準備しろ。――二、一、」


 ――零!


 叫んだ瞬間に、まずレヴィが前方へと跳んだ。階段を数段飛ばしに、というかほとんど落下しているような勢いで飛来してくる敵のさらに上を取る。

 その手には小刀ナイフ。俺が背後からルーンで加護をかけ、切断力を強化したひと振りである。

 重力とともに落ちていく形で、レヴィの一撃が一匹の蝙蝠に振り下ろされ――、

 ――両断。

 刃渡りに数倍する体躯の魔物を、一刀の元に切り捨てる。

 不意討ちを狙っていた魔物が、逆に不意を討たれた形だった。本来、意思などないとされている魔物に、けれど焦りに似た感情が浮かんでいるようなのは俺の勘違いだろうか。

 一匹を縦に断ち切ったレヴィは、着地と同時、返す刀で今度は低空を飛んでいた二匹目の翼を切り裂いた。翼をもがれ落下した蝙蝠に、そのまま流れるように止めの一撃を振り下ろす。

「――――■■■■!」

 脳天を抉られ、魔物は血液の代わりに濁った魔力素を撒き散らした。金切り声に似た醜い断末魔が、嫌に鼓膜へ突き刺さる。

 だがその間にできた隙を突き、残る一体がレヴィの脇に迫っていた。

 わずかに覗ける鋭い牙が、レヴィの肩口を狙っている。魔力を吸われては面倒だ。

 そんな面倒を、許すわけにはいかなかった。

 ――ガギンッ! という硬質な音が鳴る。

 蝙蝠の牙が、俺の魔術で阻まれた音だ。レヴィの身体に纏わせた不可視の防御殻が、魔物の牙を完全に防ぎ切る。

 そして直後――蝙蝠の肉体が内側から爆散した。

 魔物が噛みついた防御殻が、衝撃に反応して外側へと弾けたのだ。

 見えない硬殻の破片に喉を貫かれ、断末魔さえ上げることなく蝙蝠は地に落ちり。あとにはただ、魔術光の仄かな輝きだけが残されるのみだ。


「……相変わらず、エグい魔術使うわよね」

 ぱんぱん、と埃を払いながらレヴィが苦笑した。

 後方を見れば、すでにウェリウスたちも戦闘を終えている。できればシャルやピトスの使う魔術も見ておきたかったのだが、まあこの場合は仕方ないだろう。

 今の敵の強さは、階層で表すなら五層程度だろうか。一対一で戦えるようになったら、冒険者として初心者の域は脱したと言えるくらいだろう。

 終わってみれば、大して苦戦もしなかった。

「エグい言うな。効率的と言え」

 俺は肩を揺らして反論する。レヴィは階段の低い位置から、ジト目でこちらを見上げていた。

「どこがよ……むしろ回りくどいじゃない」

「でも楽だしな。つーか、お前だって人のこと言えないだろう」

 ――剣術と魔術の複合戦闘方式を用いる近接系魔術師。

 それが、レヴィ=ガードナーの戦闘方法だった。

 完全に殺傷へ特化しているというか、なぜわざわざ近接を選ぶのだろうか。

 まったく怖い女である。


「……で、何したの?」

 レヴィがそう訊ねてきた。俺の使った魔術のことを指しているのだろう。

 彼女とて、俺の魔術の全てを把握してるわけではない。そもルーン魔術の利点は対応幅の広さなのだから(それくらいしかないとも言う)。俺はむしろ、意識して同じ魔術を使わないようにしているくらいだった。

 肩を竦めて、格好つけるように俺は言った。

「いつもと同じだよ。ルーンの複合魔術」

「…………」

「そうだね。名づけて《反応起爆殻》ってところかな。格好いいだろ?」

「いや、ぜんぜん」

「ま、どうせそう言うだろうとは思ってた」

 俺たちは互いに苦笑し合う。まあ、これもいつものやり取りだ。


 ピトスたち三人がこちらへと駆けてくるのが見えた。全員、傷ひとつ負っていない。

 ウェリウスが腹の立つ笑顔でこちらを見ていた。その余裕の面が鬱陶しいが、まあ味方としては頼もしい限りである。

 そんなわけで、まあ。

 この即席学生パーティによる実質的初戦は、一分と経過せずに終了したのだった。

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