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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第四章 王都事変
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4-09『予期せぬ再会』

 馬車を降り、魔力の気配がある方向へと向かった。馬車はこの際だと放置して。

 先頭はグラムさん。老いてなお気力溢れる歴戦の戦士を追って駆ける。

 魔物にはすぐ行き当たった。雑多な種類の怪物の大群。それが街道の方向へと侵攻している。

 それはもはや一個の軍だ。隊列も為さず、けれど整然と一定方向を目指して歩くその様が、どこか怖気を感じさせる。

 大半は低級の魔物だ。大した魔力も感じさせない。相応の武器さえあれば、一般人でも一体二体は相手にできることだろう。

 中にはそれなりに大型の魔物もいるが、いずれにせよ俺たちの敵ではない。


 先陣はグラムさんが切った。

 腰に佩いた得物など抜き放つ必要もないとばかりに、先頭の一体を素手で掴むと、そのまま片手で首をへし折る。断末魔さえ上げることなく魔物は魔力に還元され、空気の中へと溶けていった。

 続いてフェオとアイリスが身軽に駆け出す。グラムさんの戦い方を剛とするなら、アイリスのそれは柔。魔物たちの視線を一身に集めるグラムさんの背後に、彼女は誰にも気づかれないよう忍び寄ると、その核に一撃を与えてみせた。鋭さは一流だが、もちろん小柄なアイリスだ。威力自体はそこまでじゃない。

 けれど彼女の本領は、むしろそのあとに続くものだ。触れた相手から魔力を奪う《略奪》の異能は、こと魔物を相手には致命の毒と言っていい。肉体を構成する魔力を奪われては、魔物など消え去る以外にない。その鮮やかな手際は、いっそ一流の暗殺者を思わせるほどだ。

 一方のフェオも動きがいい。水星との一戦以来、どこかで吹っ切れたのだろうか。動きは素早く鋭いままで、けれど振るわれる剣は硬い外皮に守られた魔物さえ容易に両断する威力を秘めている。魔競祭でも使った《魔を断つ》一閃は、やはり魔物相手に強力な効果を発揮していた。

 初めて会ったときから思っていたことだが、彼女の潜在能力は、それこそ学院の怪物どもにさえ匹敵するものがある。経験を積むたびに強くなっていくフェオは、もはや初めて会ったときとは別人とさえ言える立ち回りを見せていた。

 そこに、エウララリアによる魔術の援護まで入るのだ。強力な三人の前衛に加えて、その三人を超える速度で魔物を駆逐する範囲攻撃を持った後衛が控えている。

 さしたる連携があるわけではない。それでも、この程度の魔物など敵とさえ言えないレベルだろう。


 ――俺は、うん。

 まあ、それを後ろから見ている役目的なアレで。うん。


「…………」

 冗談はともかく。

 実際、戦闘に関しては手を出せる隙がない。その必要もなかったし、むしろ下手に手を出しては足を引っ張ることになろう。

 とはいえ、だからと言って何もやらないわけではない。

 敵の集中をみんなが引きつけてくれるお陰で、俺は観察に終始することができる。みんなが身体を使っているのだ、責めて俺は頭を働かせる。

 だからだろう。ある程度まで、状況に対する考察ができていた。

「根本から絶たないととキリがないな。どこかに魔物が湧く基点になってる場所があるはずだ、そこを潰そう!」

「――それはどこにっ?」

 叫ぶように問うたフェオに答えを返す。

「もちろん前だ。確か迷宮が近かっただろう、たぶん発生源はそこだ」

 王都への通り道には、ひとつ迷宮がある。

 この魔物の発生源はおそらくそこだ。

「でも、誰かがここで止めてないと近づけないんじゃ――」

「それなら私が残りましょう」

 グラムさんが笑う。実際、これだけの魔物を一手に引き受けられるのは彼くらいだろう。

 アイリスは身を隠しながら戦うのが前提だ。エウララリアは能力的にも身分的にも囮役など論外だし、何より彼女の力が必要になる可能性は高い。フェオならいけるかもしれないが、そうなるとこちらの守りが薄くなる。

「何、大口を叩いたばかりです。有言実行させてもらうだけですよ」

 ニヒルに口元を歪ませるグラムさん。それこそ、野生の獣にも似た感覚だ。

 それ以上に信頼できるものがあるだろうか。

「……任せます」

「無論。街道に出さなければいいのでしょう?」

 ――その程度は課題でさえないと、グラムさんは笑う。

 ならば信じよう。言葉はそれだけに。俺は、魔物が現れる方向を目指して駆け出した。

 後を追ってくる三人の気配だけを背に。背後は振り返らなかった。



     ※



「――この事件が人為的である可能性は高い」

 足を止めず、振り返らずに俺は言う。背後の三人は、予測していたのか、特に驚くことはなかった。

「教団関係でしょうか?」

「どうかな」エウララリアの言葉には首を振った。「可能性はあるだろうが、確証は今のところない」

 とはいえ魔物を操り、またそれを自在に召喚する能力者など多くはないだろう。

 七曜教団が関わっている可能性は、決して低くないように思う。

「ところで、どうして人為的だって思ったの?」

 と、これはフェオが問うた。

 冒険者である彼女は、迷宮という場所を知っている。少なくともほかのふたりよりは。

 魔物という現象システムが、時に常識を逸脱した事態を引き起こすことはあり得るのだ。迷宮とは魔窟であり、理屈が通用する場所ではない。

 ならば、こういった事態が自然に起こることも、絶対にないとは言えなかった。

「根拠はいくつかあるが……まずひとつに、魔物の種類が雑多すぎることだ」

 端的に俺は言った。その時点でフェオは納得した様子を見せたが、今度はエウララリアが首を傾げる。

 アイリスは……まあ、この子は理由など気にしないだろう。

「それはどうしてですか? この魔物が迷宮から現れたのなら、いろいろな種類の魔物がいておかしくないのでは」

「迷宮全体で見れば、そりゃ種類が多くてもおかしくないんだけどな。でも迷宮の同じ階層にいる魔物は、だいたい同じ姿を取ることが多い。それがわざわざ一ヶ所に、自然に集まるとは考えにくいだろ」

 魔物の発生は、ほとんど自然現象だ。

 だからこそ、近場で発生する魔物はおおむね同じ形態を取る。生物を模すなら生物に、幻想の存在ならばその形態に、と。そこには偏りが必ずある。

 その偏りが均されていることに、俺は何かしらのヒトの手の介在を感じてしまう。


「もうひとつは、現れた魔物が揃って一直線に街道のほうを目指していることだ」

 続けて言う。これもまた、エウララリアには通じないようだった。

「魔物は、魔力が多いほうを目指すと聞きます。進む方向に魔力を感じたからなのでは」

「迷宮から来たと仮定するなら、迷宮より魔力の多い場所なんてないだろう」

「……確かに、そうですね」

 魔力で構成される魔物は、魔力以外で傷つかない代償として、魔力がなければ生存し得ない。

 色濃い瘴気に満たされた迷宮から、わざわざ外に出る理由などないだろう。ヒトがいれば別の話だが、俺たちは周囲に人影を見ていない。

 加えて言えば、連中が統率されたように群れを為すのも異常だ。奴らは魔力を補給するため、場合によっては共食いさえ行う。迷宮において、魔物が生まれた階層からほとんど移動しないのはそれが理由だった。

 先の階層に移動すれば強者に殺されるし、浅い階層に進めば瘴気の薄さで自己を保てない。

 異常事態とはいえ、それらの法則から外れることはないだろう。それでも異なっている以上、そこにはなんらかの理由があるとみるべきだ。


「さすがアスタ様。頼りになりますね」

 持ち上げるようにエウララリアが言うが、さすがに真っ当には受け取れなかった。

「いや、そんな無理やりヨイショされても嬉しくないんだけど……」

「てへっ」

 あざとい笑みを見せるエウララリアは、この状況下でも余裕があるようだ。

 まあ、悪いことではないのだろう、と思う。



     ※



 ――プロンス迷宮。

 それが、王都へ続く街道から少し離れた位置にある迷宮の名前だった。

 オーステリアのようないわゆる地下迷宮――下へ下へと潜っていくタイプ――とは違い、このプロンス迷宮は塔の形を取った上へ進む迷宮だ。

 すでに完全踏破された迷宮であり、高さはせいぜい十層程度。オーステリアからも王都からも微妙に離れている上、大した稼ぎも期待できないため、冒険者からは見向きもされない迷宮だ。

一層一層が狭く、高さも十階ほど。魔物は弱いが、それだけだ。


 走る順番は変え、フェオが先頭を進む。ときおり現れる魔物たちは、全て彼女が下した。邪魔にならない魔物は全て無視し、最高速度で迷宮を目指す。

 このレベルの魔物程度ならば、すでにフェオの敵にならない。まして彼女は今、吸血を通じて俺の魔力を扱える状態だ。魔術が苦手な彼女は、その全てを身体能力の強化に回している。単に武術の強さだけで言うのなら、今の彼女はレヴィにも肉薄しよう。

 そのまま一直線に、俺たちは塔の根元にまで到達する。

 だが、俺たちを阻止する者は、何も魔物だけではなかった。

 突如として、先頭を行くフェオが足を止める。後ろの俺たちもまた、何も言わずに立ち止まった。

 アイリスが不快そうに鼻を掻く。きっと、何かの匂いを感じたのだろう。


 そして。目の前に、全身を白装束で固めた人間の一団が現れた。

 総数にして実に十五人。

 その装いに、俺は確かに見覚えがあった。


「……教団の信徒か」

 七曜教団。その名の通り、彼らはあくまで宗教だ。

 その存在を秘す傍らで、こうして信徒を集めているらしい。

 捨て駒なのだろう。その表情は総じて虚ろで、まともな意識が残っているようには思えない。手管からして、間違いなく水星――ドラルウァ=マークリウスの手管だろう。

 見るに全員が魔術師だった。

 うちのひとり、中央にいる男性が、こちらに向けて声をかける。

 うつろな表情のままで。理性に満ちた声を。


「――やあ。来るとは思っていたけれど、まったく、本当に君は面倒なときにばかり現れる」

「水星か」

「そう。久し振り、と言うべきかな」

 気安く、それこそ友人にでも声をかけるかのような物言いが実に不愉快だ。

 狙ってのことなのか。定かではないが、もちろん感情に流されるような真似はしない。

 だが水星の声は、いつだってこちらの精神を逆撫でする。

「さて、提案なんだけれど、引いてはもらえないか?」

「馬鹿言うな。お前たちが関わってると知って、放置などできるはずがない」

「別に、ここで何かをするつもりなんてないんだけれどね」水星は溜息をつくように零す。「こちらとしてもイレギュラーなんだ。ずっと昔に捨てたはずの場所だったんだけれどね。もう少しきちんと後始末をしておくべきだった。普通の魔術師ならばともかく――彼に来られてはさすがに不味い。まったく、どこで気づいたんだか」

「……何を言ってる?」

「なんだ、君が呼んだわけじゃないのかい?」

 俺の問いに、水星のほうがむしろ意外そうな声音を作った。

 察するに、どうやら俺たち以外にも、この場所を誰かが訪れているのだろうか――。


「本当にもう。火星の馬鹿の尻拭いなんて、私だってやりたくないんだ」

 嘘ではなさそうだ。水星は心底から面倒だといった風情で頭を掻いている。

 迷宮はもう目の前だ。時間稼ぎにしたって、本体でもない水星では大した時間を稼げまい。こちらには彼女に対して相性のいいアイリスまでいる。

「まあ、もういいか。どうでも。今さらではある気がするけれどね。本当に」

「…………」

「王都に行くんだろう。ひとつだけ忠告させてもらうなら――」


 ――急いだほうがいいよ。

 そのひと言を最後に、水星の気配がふっと消える。あとには中身を汚染された、哀れな教徒の末路が残るだけだ。

 意味深なことだけを言い残して、水星はあっさりと姿を消した。

 俺にはそれが不愉快だ。

 七曜教団の連中には、明らかに俺たちを殺そうという気が欠けている。七星を敵だと断言してはいる。死んだところで構わないくらいの勢いもある。

 けれど決して、絶対に殺してやろうというほどの意志はない。

 それが心底から不可解で、不愉快だ。


 そう考えている間に、教徒たちが俺たちを取り囲むように広がった。

 別段、警戒するほどの相手じゃない。理性を失った魔術師など畜生にも劣る。

 にもかかわらず。

 どうしてか――その瞬間、背中を怖気が走った。


「……なんか不味い」

 咄嗟に口をついて出た言葉。

 それが切欠になったかのように、周囲の魔術師たちが体内から光を漏らし始めた。

 穴という穴から。目も、口も、耳も鼻も毛穴まで。内側から輝気を零す不快な光景――まるで起動する寸前の爆弾のような。

 そう。彼らは体内の魔力を暴走させている。

 だから気がついた。

「奴ら――自爆する気だ!」

 その言葉に、アイリスとフェオが飛び出した。片や忍び寄るように教徒へ近づき鳩尾に貫手を放ち、片や矢のように駆けると剣の峰で首筋を打った。

 だが――意味がない。気絶した程度で奴らは止まらなかった。十五の人間爆弾は全てがリンクしているらしい。

 俺は咄嗟に、エウララリアに向かって叫ぶ。

「眼を使え! 術式を破戒しろ!」

 命令形になってしまったが、そんなことを気にしている場合じゃない。

 この状況を打破できるのは彼女だけなのだから。

「――――」

 そして、エウララリアの瞳が色を変える。

 それは魔眼だ。

 ごく稀に、限られた人間だけが持つ瞳の魔術。視界が納める全ての範囲に、一定の魔術効果を強制するという魔術ならぬ異能――。


 彼女の瞳が持つ効果は――魔術式の強制的破戒。


 魔術に対して類稀な威力を発揮する。彼女の瞳の前では、あらゆる術式が意味のないモノに強制変換されるのだから。

 がきり、と。

 世界が書き換えられる音がする。

 エウララリアの魔眼で自爆の術式が破戒され、教団は自爆を防がれた。

 ――もちろん。

 それで、終わるはずもない。


 こんなものは単なる虚仮脅しだ。エウララリアがいる以上、そんな自爆が通じないことは水星だってわかっていたはずだ。

 彼女の魔眼は視界全てに効力を及ぼす。

 逆を言えば、視界に存在しない対象にはなんの効果も発揮しない。


 それは上から現れた。

 隠れ潜んでいた教団員が、まるで塔から飛び降りてきたかのように俺たちめがけて落ちてきたのだ。

 エウララリアでは躱せない。彼女は魔術師であり、つまり武術の心得などない。何より魔眼を使ったあとは、その反動で肉体の動きが鈍くなるのだ。

 だから、そいつに対応できるのは俺だけだ。

 魔力を使わず、ただ身体の動きだけで俺はそいつを蹴り飛ばす。落下の衝撃が脚に響くが、気にしている余裕などなかった。

 吹き飛ばされた白装束。その身体もやはり光を放っている。

 だから俺は、咄嗟に外套を脱ぎ棄てると、そいつの身体に被せようとした。外套には魔術攻撃を減衰する効果がある。その上で俺が覆い被されば、所詮は低位魔術師ひとりの自爆だ、周囲に被害が出ることはないはずだ。

 俺自身、多少の負傷はあるだろうが、さすがに死ぬほどではなかろう。そう判断していた。


 だがそのとき、突如として迷宮の根元から飛び出してくる人影があった。

 咄嗟に反応しかけた身体が、けれど闖入者の表情を見て止まる。

 そいつは白銀の髪をなびかせ、まるで投擲された槍のように、吹き飛ばされた教団にぶつかると――その身体を、持った剣で袈裟に斬り飛ばした。術式ごと両断された教団員は、血を撒き散らしながら死に絶える。これで、術式は起動しないだろう。

 現れた人影に、驚いた表情でフェオが叫ぶ。


「ね……姉さん!?」

「なんだか久し振りになるわね、フェオ。ずいぶん強くなったみたい」


 ――シルヴィア=リッター。

 フェオの姉であり、今は王都にいるはずの女性が、嬉しそうな微笑みを見せていた。

 けれどその表情には、どこか強い疲れが見え隠れしている。そもそも、どうしてこの場にいるのだろう。

 答えは、そのさらに後ろから聞こえてきた。


「――あーあーあー。何してんだ、アスタお前、情けないな……」


 懐かしい声。それに思わず笑みが零れてしまう。

 まったく恥ずかしいところを見られたものだ。対処はできただろうが、きっと俺は少なからず怪我を負っていただろう。

 どうやら助けられてしまったらしい。


「つーか、あれだ、何? なんでこんなとこいんの?」

「……そりゃこっちの台詞だよ」

 その気の抜けた声に、思わず肩の力が抜ける。

 なるほど。シルヴィアがいるということは、彼女に託した手紙の受け取り主も、その場にいたということらしい。

「研究者が迷宮にいるんだ、調査に決まってるだろ……ああ疲れた」

 現れたのは、白衣を纏ったひとりの男。

 疲れたような表情。くたびれた灰色の短髪が、まるで徹夜明けの朝みたいな気だるさを感じさせる。顔は無精ひげで覆われており、やつれきった中年といった冴えない風情だ。

 けれど、その見た目に騙されてはならない。


「相変わらずだな、本当……」

「アスタもな。なるほど、魔力がついに閉じたか。それでどうして無茶ができんだか……そいつはよくない考えだぜ」

「……うるさいな。仕方なかったんだよ」

「ていうかちょっと塔から離れろ。危ないからな……ほら早くしろ、巻き込まれても知らんぞ」


 かったるそうに男は言う。

 そして言うが早いか片手の指をパチリと鳴らす。

 その瞬間――周囲から、魔力が異常な勢いで塔の頂点に戻っていった。

 シルヴィアが慌てたように叫びを上げる。


「ああ、本当にやった! みんな今すぐ塔から離れろ!」

「ど、どうしたの姉さん……?」

「話はあとだよ! この迷宮はこれから崩落する!」

「え――」

 フェオが固まる。だが、さすがに状況は理解したか、すぐさまアイリスの手を引いて、塔から離れるようにエウララリアのいるほうへ駆け戻った。

 そのエウララリアは、ぽかんとした表情で塔に集まる光を眺めている。


「……これは。まさか――魔物が集まって……?」


 その推測はおそらく正しい。

 塔から放たれた魔物が、全て魔力に還元され、遠隔で塔に戻っているのだ。

 無限に魔力を放ち続ける迷宮。いくら元はそこから出たものでも、増えた魔力を強制的に戻しては、その許容値を超えてしまうだろう。

 つまりは――先程の人間爆弾と、同じ結末を辿ることになる。


「これバレたら怒られんだろうなー……ああ、やだやだ。なんで俺がこんな面倒なこと……」


 ぶつくさと不平を零す男。この現象を起こしているのが、その冴えない野郎であることは疑いようがない。

 だが遠隔で魔物を強制的に魔力に戻し、かつそのまま迷宮に集めるなんて術式は、魔術師の常識を遙かに超越している。

 だが彼ならば。

 この程度、驚くことではなかった。

 シグウェル=エレクが旅団最強の魔術師ならば、目の前の彼は旅団で最も魔術が上手い魔術師なのだから。


「まあいいや。バレたら、そのときはほかの奴がやったことにしよう。うん、いい考えだ」


 そして。

 塔が――迷宮が内部から爆発する。

 崩落する塔は、そのまま真下へと沈むように崩れていった。周囲に被害がないことを見るに、おそらく結界が敷かれていたのだろう。

 迷宮は破壊できない。それが魔術師の通説だ。

 あのメロでさえ、迷宮の壁に穴を通すことはできても、直接破壊するなんてできなかったはずだ。

 けれど、目の前の男は、それをあっさりと成し遂げていた。


「こんなもんか。ああ久々に働いたなあ……」

「……相変わらず無茶苦茶だな」

 疲れたように腰を逸らしている男に、俺は苦笑しつつも声をかけた。

 そう。俺の知り合いなんて、どいつもこいつも無茶苦茶な人間ばかりだった。

 俺のような一般的真人間では、ついて行くことさえ精いっぱいなほどに。

「――さて。なんつーか、ま、久し振りだな。アスタ」

「ああ。久し振りだね――教授」


 その二つ名を《全理学者》。

 世に十人だけの、魔導師メイガスの位階に位置する魔術師。


「ところでアスタ。煙草、一本くれないか」

「……まあ、いいけどね」

「いや、疲れたときは煙草に限る。そいつはいい考えだろう?」


 ――七星旅団セブンスターズの三番目。

 ユゲル=ティラコニアとの、それが再会の顛末だった。

 今後の更新は(たぶんおそらく)火、木、土、日で行きます。

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