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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第四章 王都事変
117/308

4-07『二番目の魔法使い』

 更新再開です。

 白けていた視界が、徐々に元の色を取り戻していく。

 シャルロット=クリスファウストは、眩い魔力の光に覆われていた瞳をうっすらと開いた。


「――ここは……」


 森だった。自然の為すがままに緑が茂る、ほぼ手つかずの原生林。わずかに魔力を感じるほど色濃く広がる植物たち。迷宮の瘴気のような不快さが、そこにはない。

 目の前には一軒の小屋。

 丸太を組まれて建てられたそれは、この森で唯一、ヒトの気配を感じる場所だ。

 少し前に立つウェリウスが、こちらを振り返って微笑んだ。


「魔法使いの隠れ家さ。あまり他人に会いたがる方じゃなくてね、こうしてひと気のない森の奥で、ひとりひっそりと暮らしている」

 隠者ということだ。世界最上位、たった三人だけの魔法使いともなれば、そういうこともあるのだろう。シャル自身、父であるアーサー以外の魔法使いは、俗世を離れて隠居していると聞いたことがあった。

 気にかかることがあるとすれば、だから、そんな魔法使いの居場所をなぜウェリウスが知っているのかという点だろう。

 フィリー=パラヴァンハイム。

 二番目の魔法使いと呼ばれる彼女と、ウェリウス=ギルヴァージルとの繋がりが、シャルには想像もつかなかった。

 弟子、だと彼は言った。実際まあその通りなのだろう。

 だがいったい、どのような経緯でウェリウスはフィリーを見つけたのか。フィリーはウェリウスを見出したのか――。


「ここに、フィリー様がいらっしゃるんですか……?」

 と、ピトスがそう口を開いた。

 気になることは、シャルが問わずともピトスが訊ねるだろう。シャルは口を開かずに、事態の推移を見守ることに決めた。

「その通り。ちなみに、あんまり森の奥に進むのはお勧めしないよ」

「というと……」

「この広い森のそのものが、フィリー=パラヴァンハイムの作り出した結界だ。迂闊に迷い込んだら出られなくなるよ」

「…………森そのものが、ですか?」

 どこか表情を引き攣らせてピトスが訊き返す。

 確かに気にかかる表現だろう。森に結界を張った、とは意味合いが違う。

「そう。実に半径五十キロ――いや、たとえ空や地面の下でもそれは変わらない。この世界の中で、この周辺の森一帯は全て、言葉通りフィリーが創り出した(丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶)世界だ」

 天地創造。というといささか大袈裟だろうか。だが、実際それに近い大魔術と言っていいレベルにある結界魔術だ。

 ――とはいえ、驚くことではないのかもしれない。

 魔法使い(イプシシマス)とは、神の領域の一端に手をかけた存在なのだから。


「さて、そろそろ中に入ろう」

 ウェリウスが言う。ピトスは少しだけ表情を強張らせ、

「今さらですけど、大丈夫なんですか、入っても……?」

「大丈夫。言っただろう、君たちを連れてくるように言ったのは、ほかならぬ本人なんだから」

「はあ……それはそれでわからない話ですけど」

「まあ確かにちょっと難しい(丶丶丶丶丶丶丶)方だけど、でも基本的には優しいから。そんなに緊張しなくても平気だよ」

 軽く微笑んで、ウェリウスは先導するように小屋の方向に歩いた。

 それにしても粗末な小屋だ、とシャルは思う。掘っ立て小屋とでも言うか、貧しい木こりの住処とでも言ったほうが通じそうなくらいである。とてもじゃないが、魔法使いが住んでいるようには思えない。

 そのほうが隠居には都合がいいのか、と一瞬だけ考えたシャルだったが、よくわからない。空間の支配者たるかの魔法使いが本気で逃げれば、同じ魔法使いでもなければ見つけられまい。


 シャルとピトスは、ウェリウスの先導に従って扉に近づく。

 小さな階段の先にある木戸。ふたりを制して、ウェリウスは先んじて階段を昇る。

 扉を手の甲で数度軽く叩くと、彼は気負わない様子で声を上げた。


「師匠。ウェリウスです、開けてもよろしいですか」


 次の瞬間だった。


「――遅いんだよこのクソ弟子がぁ――っ!!」


 強烈な勢いで開け放たれた、もといブチ破られた(丶丶丶丶丶丶)扉に吹き飛ばされ、ウェリウスは錐揉みしながら宙を舞った。

 女子ふたりは目を丸くしながら、奇麗に回転して吹き飛んでいくウェリウスを見る。

 扉の向こうから、小さな人影がドロップキックをかましたのだ。扉ごとウェリウスを巻き込んで、なんの前触れもない華麗な跳び蹴り。見舞われたウェリウスは、そのまま為すすべもなく地面に激突した。

 一方、ウェリウスを蹴り飛ばした人影は、華麗に着地を決めて言う。

 胸を張り蔑むように、あるいは呆れるように。


「何を無防備に舞っている。警戒が足りんぞ、警戒が」

 現れたのは、齢十にも届くかという幼い少女だった。

 流れるように真っ白な髪が、短く揃えられてなびいている。色素が抜けたような白ではなく、まるで塗り込められたみたいな雪の白。瞳はそれに反する血のようなあか。墜落したウェリウスを見据えており、やれやれといった風に落胆の様子を見せていた。

「まったく、いつまで経っても出来の悪い弟子だ。それでよく私の弟子を……ああいやまあもうどうでもいいか。邪魔だ、どいてろ」

 言葉と同時、ウェリウスが墜落した地面に黒い穴が開く。

 そのままやはり為すすべもなく呑まれていくウェリウスを見ながら、ひと言。

「しばらくそのまま、次元の狭間で反省してろ」

 なんだかとんでもない台詞を言い放つ。

 呆気に取られるピトスとシャル。何も言えないでいるふたりに、


「――おい、そこで立ってる女ふたり!」


 突然のように、童女の視線の矛先が向いた。

 ピトスは驚きに目を見開き、シャルは呆れに口を開いてく。それ以外の反応が浮かばない。

 けれど童女は意にも介さず笑顔を見せ、


「よく来た。遠いところをご苦労だったな! 何してる、まあ入れ。こちらが呼んだんだ、茶くらいなら出そうじゃないか」

「……えっと。あの、貴女は……?」

 ピトスが訊ねた。よく訊けるなあ、とシャルは胸中で感心する。

 意外と順応性が高いというか、物怖じしないピトスだ。ちょっと真似できない。

 問われた童女は、軽く片眉を上げて言う。

「そういえば名乗っていなかったな。とはいえ、わかれという話でもあるが」


 次の瞬間。

 声が、ふたりの後ろから届く。


「――私の名前はフィリーという」


 いつの間に移動したのか。気づけば童女は、目の前から姿を消していた。

 ふたりの肩に両の手をかけて、まるでぶら下がって遊ぶみたいな格好だった。けれど、その表情に浮かぶ笑みは、底を見せない人外のもの。

 声をかけられるまで、知覚することさえ適わなかった。魔力の気配さえ感じなかったのだ、その魔術の実力は、もはや人智を超えている。

 幼い外見に騙されてはならない。

 その少女は、世にただ三人だけの怪物なのだから。


「ようこそ治癒の女、そして代替の人形よ。――君らふたり、魔法使いが歓迎しよう」


 それが《空間》の魔法使い。

 フィリー=パラヴァンハイムとの邂逅だった。



     ※



 ――小屋の中は意味不明だった。

 そうとしか言えない。ほかの表現がひとつも思い浮かばない。

 なぜなら、小屋の中は洞窟だったのだから。


「…………」どういうことだろう。

 理解がちっとも追いつかない。シャルは頭が割れそうな気分だった。

 半ば茫然とした面持ちで魔法使い(フィリー)を見やる。当たり前ながら彼女はまるで意に介した様子もなく、一本道の洞窟をさくさくと進んでいく。

 その途中だった。

 突如として洞窟の壁面に黒い穴――先程、ウェリウスが飲み込まれたのと同じそれ――が開いたかと思うと、中から魔物が飛び出して来たのだ。

 やはり前兆は、何ひとつ感じられなかった。

 咄嗟に臨戦態勢に入るピトス。一拍遅れてシャルも続いたが、しかし穴が開いたのはちょうどフィリーが歩いている真横の壁だ。ふたりが応戦しようにも、それより早くフィリーに至る。

 だが魔法使いは、微塵も慌てる様子を見せなかった。

「ん?」

 というより意識さえしていなかったのか。

 飛び出してきた大型の、狼に似た四足の魔物。丸太のような前肢と、その先に鈍く照る鋭い爪が、まっすぐフィリーに振り降ろされた。その攻撃をまっすぐ見据えたまま、彼女は無防備に受け入れてしまう。

 だが。魔物の攻撃が、フィリーに当たることはなかった。

 すり抜けたのだ(丶丶丶丶丶丶丶)。まるで蜃気楼を手に取ろうとしたかのように、魔物の前肢がフィリーの身体を透過して、そのまま地面を抉っている。地面に当たっている以上、魔物のほうが実体を持っていることは疑いようもない。

 ならば。これは。


「――ウェリウスだな。あの馬鹿弟子め、よほど気に食わなかったと見える。ま、意趣返ししてくるだけの気概があるだけ、褒めてやってもいいんだが――」


 ちらり、とフィリーがこちらを振り向いた。

 そしてニヤリと意味ありげに笑むと、


「だがまあ、失敗していては世話もない。さて、お返しに少し手入れをしてやろう」

 言うなり魔物の額を掴み、その手から魔力を溢れさせる。

 ――膨大な、いっそ暴力といっていいほどの魔力量。魔物はその全てを余すところなく総身に受け、徐々にそのカタチを変貌させていく。

 魔物に魔力を与えることで、強引に進化させている(丶丶丶丶丶丶丶)のだ。

 言うほど簡単な行為ではない。ただ魔力を与えるだけでは、魔物を変貌させることなどできないのだから。魔法使いのその行為は、もはや新種の魔物を一から創り上げているに等しい。

 やがて、魔物の体躯が徐々に強大化していく。

 強化された魔物は、今や数段階上のレベルの怪物と化しているだろう。シャルは、かつて迷宮で見た合成獣キメラ土人形ゴーレムを思い出す。

 ――いや。あるいはそれよりも――。

「じゃあ馬鹿弟子のところに戻れ。そうだな、せめて三十分は止めて来い。あの阿呆にはいい薬だ」

 掴んでいた頭を、そのままフィリーは軽く押す。

 もはや四、五メートルはあろうかというほどに巨大化した魔物が、童女の細腕に押され穴の中へと戻っていった。

 その過程を、フィリーは表情の読めない微笑で見ている。

「あの阿呆はいつもそうだ。欲しいものほど手に入れられない。そのくせ要らないものばかり惹きつけて、その重さで動けなくなってしまう」

「……あの。今のはいったい……?」

 ピトスが訊ねた。よく訊けるな、とシャルは思う。

 童女姿の魔法使いは、こちらに向き直って悪戯げに笑み、

「何。ちょっと弟子を鍛えてやっているだけだ。穴の先はいわば魔空間でな、凶悪な魔物がごろごろひしめいている」

「……ま、まさか今の魔物、ウェリウスくんのところに送ったんじゃ……!?」

「何、大丈夫大丈夫。奴は慣れているからな。久々だろうが、あのくらいなら死にはしない程度まで育っているだろう。……駄目なら死ぬが」

「…………」二の句が告げないピトス。

 シャルもまた黙っていたが、これはきっとピトスの沈黙とは意味合いが違う。


 ――嫉妬したのだ、シャルは。

 強化され、巨大化し、強大になったあの魔物。果たして今の自分が、あれをひとりで打倒することができるだろうか……。

 答えはわかってしまっていた。

 できない。今のシャルでは、あの適当に無造作に創られた魔物にさえ殺される。

 あれを送られてなお勝てると信頼されるウェリウスに対し、果たして自分はどれほど遅れているのだろうか。まして、そんな怪物を片手間に創り出す魔法使いに対しては――。


「私がいる影響で、この辺りは空間が捩れ曲がっているからな。注意しろよ、迂闊に妙なところに触れると、暗黒空間に迷い込むかもしれんからな」

 あっさりとんでもない(しかも意味がわからない)ことを言うフィリー。ピトスは口許を引き攣らせて一応のように口を開く。

「そういうことは先に言ってほしかったんですけど……」

「すまんな、なにぶん来客なぞ久々だ。すっかり忘れていた――さて、歩くのも面倒だな。少し近道するか」

 言うなりフィリーが指を鳴らす。

 その瞬間、辺りの光景が急速に動き始めた。洞窟の壁が、床が、天井が、まるで時間そのものが早送りされてでもいるかのような速度で流れていく。

 風景は洞窟から草原、何か遺跡のような建物の中を経ると、やがて豪奢な造りの一室で動きを止めた。地位の高い人間が住まう城のような、華美ながら瀟洒な調度の部屋だ。

 近道というよりも、目的地のほうが自ずから近づいてきたかのような。

 人間の、シャルの理解を遥かに超えた現象だった。


 部屋の中には机と椅子が備えられている。広い食堂といった風情だ。

 薄暗い洞窟と違い、光の白さに囲まれた気持ちのいい部屋だ。窓の向こうには広大な草原が広がっており、開け放たれたそこから爽やかな風が流れ込んでくる。

 そして気づけば、魔法使いの姿がどこにもない。取り残されたシャルとピトスは、なんとなくお互いの表情を見合わせた。

 ――正直、気まずい。

 はっきり言って仲はよくない。別に悪くもないし、同じ成績上位者同士だ、顔を合わせることはむしろ多いほうだろう。意識していなかったと言えば嘘になる。だからこそ、人付き合いを意図的に避けてきたシャルからすれば、名前も知らない相手より余計にやりにくい。

 それはピトスからしても同じこと。誰から見たって、今のピトスがアスタに執着していることは丸わかりだろう。それが伝わるよう露骨に振舞ってきたつもりでもあったし、だからこそ逆に彼女から見ても、シャルとアスタの間に何か他人には言えない関係があることはわかる。

 その半端な理解が、お互いに横たわる溝をより深くしているとも言えた。

 声をかけることさえできず、なんとなく視線を逸らすよりなかった。


「――なんだ、まだ立ってたのか」

 救世主はすぐに現れた。ひとりの女性が、トレイに茶器を載せて運んできたのだ。

「茶を淹れてきた。まあ好きなところに掛けてくれ」

「……えっと」

 思わず面食らうピトス。なぜなら、現れたのは知らない女性だったからだ。

 白髪に紅眼。特徴としては色素欠乏アルビノのそれだが、色が薄いという印象はない、存在感に溢れた少女だった。年の頃は、ピトスより少し下――十代後半ほどだろうか。だが割に小柄なピトスと比べれば、体型はずっと女性らしい。

 外見の特徴は、先程まで話していた魔法使い(フィリー)とよく似ている。あの童女があのまま成長すれば、数年でこの姿になると考えればピッタリだろう。もしかすると姉妹なのかもしれない。

 普通に考えれば、その辺りが妥当な答えだろう。

 だが忘れてはならない。相手は幻想の頂点――魔法使い(イプシシマス)だ。

 普通に考える、などという行為はそぐわない。


「私だよ、フィリーだ」

 あっさりと。なんでもないことだと言わんばかりに。

 少女は自らをフィリーと名乗った。

「言っただろう、この辺りは時空が捩れていてな。気を抜くと年齢が変わってしまう」

「…………」

「精神ごと変わるから少し厄介だが、まあ大したことでもない。坊主が残した、下らない遊びだよ。解けないことはないが、そのほうが面倒だからな。そのままで放置してある」

「…………」

「ここはユーモアの墓場なのさ」

 メチャクチャにも程がある。ふたりとも言葉を失った。

 そういえば、とシャルは思い出す。フィリー=パラヴァンハイムの名が最初に歴史に現れたのは、確か百年以上昔のことだったはずだ――と。

 その時点ですでに魔法使い(イプシシマス)としての自身を極めていたのだとすれば、果たして彼女の年齢はいったい。


「さあ、く座れ。時間は有限だ。浪費の贅沢は、老いてからの愉しみに残すべきだよ」

 そう言われて(どの口が言うのかと突っ込みたかったが我慢して)ふたりは隣同士、食卓の長いテーブルのいちばん端に腰を下ろす。

 フィリーが手ずからカップに紅茶を注いでくれる。それから彼女はわざわざ奥の上座まで向かって豪快に座ると、その両脚をテーブルに乗せた。わからない人だった。

 穿いているひらひらとしたスカートから下着が見えそうで、なんとなくシャルは視線を逸らしてしまう。その先でピトスと視線がぶつかった辺り、彼女も同じ風に考えたのだろう。

「飲むといい。アーサーの坊主が残した逸品だからな、味は保証しよう」

「……いただきます」

 と言ってピトスが口をつけた。続くようにシャルもカップを持つが、考えていたのは別のことだった。

 アーサーの坊主、とはもしかして父であるアーサー=クリスファウストのことなのだろうか。世に名高き大魔術師を坊主呼ばわりするのも凄いが、気になるのはそこじゃない。

 言われた通りに茶を飲みながら、シャルは知らず探るような視線をフィリーに向けていた。

 ちなみに、味は確かに無類だった。


 途端、またしても魔物が、今度は天井から落下してきた。フィリーの頭上だ。

 先程の、強化された狼型の魔物だった。だが、異常な点がひとつ。


「ん? なんだ、もう倒したのか。思ったより早かったな」

 そう――その魔物は死体だ。死んでいる。

 ウェリウスが倒した、ということなのだろう。だが通常、魔物は死体を遺さない。

「にしても、うるさい奴だ」

 渋面を作るフィリー。突然に降ってきた魔物の遺体を、テーブルに乗せた脚で彼女は思いっきり天井に蹴り返す。

 落下を遥かに上回る速度で、魔物の死体が天井の穴に還っていく。

「話の邪魔なんだよ、まったく。いちいち報告しなくていい。わかったから次行け、次」

 天井の黒穴が自然と閉じる。辺りは何ごともなかったかのように、元の静かな食堂の風景へと戻っていた。

 フィリーはふたりのほうに向き直ると、改めて笑顔を表情に作った。


「――さて。今回、君たちを呼んだのはほかでもない」

 脚をテーブルに乗せ、腕を組み、行儀悪く不遜な態度でフィリーは笑う。

 魔の頂点にある者らしい、邪悪で皮肉な微笑みだ。

「まずはシャルロット」

「……何?」

 声を向けられ、シャルは狼狽えながらも、それを隠して固く答える。

 そんな様子がフィリーには愉快なのか、彼女は口の端を歪めながらこんなことを言う。

「――久し振りだな(丶丶丶丶丶丶)

「……何を」

「ああ、そうだな。もちろんお前は覚えてないだろう。だが、お前を起動してやった(丶丶丶丶丶丶丶)のはほかならぬ私だよ。なに、勝手にやったことだ、別に恩を着せるつもりはない」

「何を……言って……」

 狼狽する。焦燥する。シャルは耳を塞ぎたくなった。

 ――この先を言わせてはならない。

 理屈とは違う何かが、その先の発言を拒んでいた。それが致命に至る毒だと、初めから知っていたかのように。

「そうか。シャルロット、お前、まだそんなところにいる(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)のか」

 だがフィリーは構わない。

 元よりシャルに、魔法使いを止める手立てなどないのだから。

「《空間》の魔法使いたる私を前に、同じ場所で留まり続けるとはいい度胸だ。お前、迷宮で父親に会ったんじゃなかったのか」

 ――なぜ、そのことを。

 訊ねる暇はない。隣に座るピトスが息を呑むが、それさえ気に留める余裕がなかった。

知らなかっただろう(丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶)? 奴は、お前がいるということを。なんだ、もしかしてそれで腐ったんじゃないだろうな? おいおい勘弁してくれよ、その程度で止まられちゃ私も名折れだ。つーか、魔法使いに知らないことがあったという時点で気づけ」

「――――」

 フィリーは、皮肉げな笑みのままで言った。


「――魔法使いにさえ気づかせずコトを為せる人間なんて、同じ魔法使い以外にいるものか」


 次の瞬間だった。

 前触れなく、フィリーがその脚を軽く上げる。滑らかな肢体が服の間から見えていたが、重要なのはそこじゃない。

 直後、彼女は振り上げた脚を、そのまま勢いよく振り落とした。

 踵に打ち抜かれるテーブル。けれど音どころか、わずかな振動さえ起こらない。

 変化は、別のところに現れたのだから。


「――え……?」

 わずかな浮遊感と、続いて現れる強烈な落下の感覚。

 あの黒い穴が、シャルの座る椅子の真下に現れていたのだ。

 当然、当たり前のように、物理法則に従ってシャルは穴へと落下する。黒以外には何もない、無間の闇へと飲まれていく。

 抗うすべなんて、何もなかった。

 最後にできたことなんて、届けられた魔法使い(フィリー)の言葉を耳にするだけだ。


「修行を課してやる。とりあえず、まずはウェリウスを殺してこい」


 けれど、理解することなんてできなかった。

 今後の更新は基本19時です(セブンスターズなので)。

 というわけで再開。感想などなど、お待ちしておりますです。


 なお活動報告でラフイラストを公開しています。

 四季童子さんの素晴らしいイラストを見たいという方々は、要チェックなんだぜ……!

 こっちにコメントくださってもいいよ! すごいよ!

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