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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第一章 はじまりの日
11/308

1-10『ダンジョントラベル』

 ――そもそも迷宮ダンジョンとは何か。

 魔物がいて、罠があって、その奥に宝が隠されている――なんて、そんな建造物が普通に存在するわけは当然ない。

 ロールプレイングゲームではないのだから。

 あらゆる迷宮は、誰かが意図的に造り出したものである。


 その《誰か》を、特定の個人にまで限定することは難しい。

 迷宮の成立は、どれほど新しいものでも千年以上の昔に遡る、というのが現代の魔術史学で主流とされている結論だ。

 遥か太古の時代、現代とは比較にもならないほどの力を持っていたとされる当時の魔術師たち――それは賢者と呼ばれる者であったり、あるいは魔王と呼ばれた者であったりした――が、秘術の限りを尽くして造り出した魔術的要塞けっかい。あるいは工房、研究室、宝物庫。

 その名残が、現在における迷宮の起源だとされている。


 そう、迷宮とは初めから迷宮として造られたものではなかった。

 古代の魔術師たちが造り出した魔術的建造物――要するに《結界魔術》が、術者の死後、遺された魔力の暴走によって迷宮へと進化した(丶丶丶丶)ものなのだ。

 結界に遺された濃密すぎるほどの魔力。それは年月を経て次第に濃度を増し、その場の環境を超自然的なものへと変化させる。経年劣化し、瘴気と化した魔力はそのまま周囲の環境さえ変質させ、結界の内部は時代を重ねるごとに魔境へと変貌を遂げていく。結界そのものが、時間とともに迷宮へ変わってしまうのだ。

 その変遷はオーステリア迷宮で四、五百年ほど、かの《五大迷宮》は千年クラスだと言われている。これは、かつての結界が迷宮に変わってからの期間であり、成立はやはり最低でも千年前だという。

 古い迷宮ほど深く長く、そして危険な場所に変わるわけだ。


 そして魔物とは、迷宮内の瘴気から自然発生的に生まれ落ちる、通常の生態系から外れた魔術的擬似生命のことだ。歪め、捻じ曲げられ、行き場をなくした魔力は瘴気と化す。そして瘴気は魔物を生み出す。

 迷宮に魔物が存在しているのはそれが理由だ。

 まるであつらえたように迷宮の奥へ進めば進むほど魔物が強力、かつ凶悪になっていくのは、深部ほど瘴気の質と密度が上昇していくからにほかならない。強く濃い瘴気であればあるほど、強い魔物が生まれるのは道理である。

 そして魔物は、その身体の維持にもまた魔力を必要とする。強い魔物であればあるほどに、必要とする魔力エネルギーの量は多い。だから魔物は、基本的に自らが生まれ落ちた階層から移動することがないのだ。魔力の少ないほうに進めば自らの身体を維持できないし、かといって魔力の多いほうに向かっては自らよりさらに強力な魔物に餌とされてしまう。

 奥に行くほど魔物が強いという現象は、このために起きているものだった。



     ※



 俺たち五人は、隊列を組んで迷宮を進んだ。

 といっても別に特別な戦列を作っているわけではない。ただまっすぐ一列に並んだだけだ。オーステリア迷宮の通路は基本的に狭いため、ほかの選択肢などそもそもなかった。

 先頭は俺が引き受けている。五人の中で最も迷宮に慣れている、という理由からレヴィに推薦されたのだ。まあ、彼女が提案しなければ自分から言い出していたため、そこに別段の不満はない。むしろ先頭以外を歩かされそうになったらどうしようかと思っていた。


「パーティのリーダーは、アスタに任せようと思ってる」

 迷宮へと入る直前、レヴィはそんな風に宣っていた。

 まあ、そんな予感はしていたので、俺からは特に不満もない。問題はほかのパーティメンバーから不満が漏れないかのほうだったが、これが意外なことに満場一致で受け入れられてしまう。

「君がいちばん、迷宮に慣れているだろうからね。当然、君に指示を出してもらうほうがいいさ」

 とはウェリウスの談だ。

 実際、魔力量的に一番不安のある俺は、手より口を出すほうがいいのだろう。

 そんな会話を経て、暫定的にリーダーを引き受けることになった。


 隊列のことに話を戻そう。並ぶ順番は俺が勝手に決めた。

 まず二人目にはレヴィを選んだ。基礎的な魔術の技能と身体能力に優れ、かつ俺との連携が最も上手くいくことが主な理由だ。腰に小刀ナイフを提げている彼女は、実のところ近接戦闘も得意なのだ。あらゆる面で弱点がない。

 三人目にはピトス。彼女はあまり直接的な戦闘に向いていないということからこの位置だ。中央に立ち、前後どちらから敵が現れても援護に回れる。治癒魔術を使える彼女は、いざというときの生命線でもあった。最も安全な中央にいてもらうべきだろう。

 殿はウェリウスが自ら引き受けた。最低でも四属性に適性を持つこの男は、言い換えればそれらの属性に対応する魔物への感知能力が高いということでもある。基本的な索敵は俺が引き受けるが、さらにダメ押しとして後方からの敵襲に備えてもらった。遠距離火力に優れていることも鑑みている。

 というわけで、余ったシャルが必然的に四番目となった。「大抵のことはひと通りこなせる」という自己申告を信用した形と言い換えてもいいが、俺としては、単純に自分から離れた位置に立ってくれたことを安堵していた。あるいはそれも、彼女の意図通りなのかもしれないが。なんとなく気まずいのだ。


 ――ともあれ。あえて言わせてもらおう。

 正直、この布陣にはもうほとんど隙がない。いっそ完璧と言ってもいいくらいだ。

 魔術学院のエリート揃いという豪華すぎるパーティ(俺除く)。中でもレヴィとウェリウスの実力は抜きん出ており、本職の冒険者と比較してさえ遜色ないほどだ。

 ――これ、なんなら普通に完全踏破まで狙えるんじゃないの?

 そう慢心してしまうくらいだったが、もちろんそんなことをするつもりなど俺には毛頭ない。今はむしろ、レヴィがそれを言い出さないか戦々恐々としている。

 あえて弱点をあげつらうなら、即席パーティゆえの連携訓練の少なさだが、それはここで論じるべきことじゃない。そもそも、その穴を埋めるために来ているのだから。

 今日の目的は攻略ではなく、あくまで訓練なのだから。


 実際、一層は非常に楽だった。

 この階層だと魔物自体がほとんど現れない。俺たちとは別に迷宮へ潜ったパーティが、すでに狩り尽くしてしまったのだろう。

 第一層で稼ぎたいのなら、基本的には朝一で来る必要があった。駆け出しの冒険者たちがほぼ必ず行っていることだ。まあ迷宮に昼も夜もないのだが、《攻略》ならともかく、単なる《稼ぎ》ならば日を跨いだりはしない。


 魔物は討伐される先から新たに発生していく。だから数は少ないものの、俺たちも数度ほど魔物と遭遇することがあった。

 だが、ときおり現れる雑魚魔物は、遭遇するが早いかレヴィが殺してしまうのだ。

「いたぞ。前、角を曲がった先に三体」

 俺が索敵の結果を報告すると、

「わかった」

 と呟いてレヴィが駆け出していく。使う魔術は、もはや魔術とさえ呼べないほど単純な身体強化のみ。

 それだけで、行き遭う魔物を全て小刀の錆に変えていくレヴィ。矢のように魔物へ接近しては、片手の一閃で軽々と屠っていく。

 第一層の魔物如き、もはや彼女にとっては敵ですらなかった。

 さすがは普通魔術科セレマギカのエース。その面目躍如といったところだが、今回ばかりはちょっと具合が悪い。なぜならまるで訓練にならないからだ。来た意味がない。

 俺の仕事はといえば、索敵のほかには、レヴィが殺した魔物が落とす《魔晶》と呼ばれる宝石を、ちまちま拾っていくことくらいだった。


 この《魔晶》が、通常の冒険者における収入の大半を占めるものだった。

 魔力それ自体が結晶化したという、魔術学的には《架空物質》と呼ばれる鉱石の一種。基本的には《魔力を溜める》か、《溜めた魔力を外に出す》かという二種の機能しか持たない、いわば使い捨ての電池のようなものだ。普通ならそう役には立たない。

 重要なのはこの石、元素魔術によって《属性染色》できるという点である。

 たとえば火属性を当てはめた魔晶は、そのまま着火器具として使うことができる。水なら水を、風なら空気を発生されるこの魔晶は、もはや生活においてなくてはならないレベルの日用品として重宝されている。

 それ自体が物質化した魔力であるという特性から、魔術が使えずとも魔術の効果を発揮できる優れもの。誰が使っても同じ効果という普遍性があり、おまけに迷宮でごろごろ手に入るためそこそこに安価。いいとこ尽くしである。

 唯一の難点は、人間の魔力を注ぐことができないこと――つまり使い捨てであることくらいのもので、これだってむしろそのお陰で冒険者はメシを食えると言える以上、もはや文句のつけどころもなかった。

 魔晶の加工で稼ぐ《錬金術師アルケミスト》なんて、今や魔術師の進路として特に人気な職種のひとつだ。売れっ子の錬金術師は、地球で言うところの冷房クーラー焜炉コンロさえ製作しているというのだから、その利便性は語るまでもないだろう。

 無論、魔晶それ自体はともかく、その加工品ともなると値はそれなりに張るのだが。


 その魔晶を拾って歩く。第一層程度では初めから属性を持っている魔物など現れないため、拾えるのは加工が必要な無色の魔晶のみ。容量も非常に少ないものだ。

 これらは迷宮から帰ったあとで、管理局が換金してくれる。

 稼ぎで言うなら、これでせいぜい銀貨三枚――アバウトに日本円換算して三千円程度といったところだろうか。五人での頭割りだとひとり六百円。多いと見るか少ないと見るかは、まあその人次第としておこう。



     ※



 なんのイベントさえないままに、第二層へ降りる階段まで辿り着いた。

 すでに完全踏破済みで、完全に地図化マッピングされている迷宮だ。この程度で苦労するようなら、魔術師なんて進路は選ぶべきではない。

 もっとも、この第一層ですら、普通の人間では入ることさえできないのだが。

 先にも述べた通り、迷宮には瘴気と化すほど濃い魔力が満ちている。

 そして重要なのが――魔力は基本的に、人体にとって毒なのだ。

 もちろん単なる魔力ならば一般人でも扱えるほど毒素が低い。それでも毒であることには変わりはないが、なんというか、いわば《即座に健康へ被害が出るレベルではありません》といった感じだ。

 けれど、瘴気と呼べるまでに至った魔力では話も別である。ひと呼吸で人体を侵し、耐性のない人間ならば数分のうちに死へと至らしめる。一層ならばまだしも、十層にもなれば一瞬で肌が融け出すほどだと言える。体内の魔力を操れる魔術師だからこそ、瘴気による汚染を防ぐことができるのだ。

 毒を以て毒を制す――。

 その格言を地で行くのが、迷宮魔術師という冒険者だった。


「……なんか、張り合いないわね。迷宮ってこんなに楽なところだっけ」

 あの真面目で厳しいレヴィの口から、そんな言葉が出てしまう。

 無理もないことだとは思うが、それでも少し驚いた。俺は釘を刺すように、

「下に潜ればそうも言ってられないぞ。油断は禁物、ってヤツだ」

「そうね。ありがとう、アスタ」

 あっさりと笑うレヴィだった。これは釣られたかもしれない。

 あえて言ってみせることで、メンバーの緊張感を保とうとしたのだろう。

 俺が苦言を呈するところまで含めて、彼女の作戦通りだったらしい。

 ……本当に面倒な女である。

 まあ、とはいえ楽な層でいつまでも燻っているわけにはいかないのも事実だ。安全であるに越したことはないが、戦闘にさえならないのでは訓練のしようもなかった。

 五層を越えれば、俺たちも本腰を入れる必要が出てくるだろうが。


「……仕方ない。使うか、近道」

 しばし考えてから俺は言った。

 本当なら、五層程度まででやめておく予定だったのだが。変更だ。味方が想像以上に強すぎて、このままじゃなんの訓練にもならない。

 ピトスが首を傾げて、

「近道……ですか?」

「ああ。七層まで飛ばせる」

「そ、そんなものがあるんですか!? 地図には載ってませんよ?」

 そもそも、基本的には一層一層降りていくのが迷宮という場所である。

 だが、何事にも例外というものはあるのだ。

「結構あるものだよ、抜け道。でも、そういう情報を管理局は販売品の地図に載せない」

「どうしてですか?」

「冒険者の位階ランク判定に響くからね」

 肩を揺らして俺は言った。歴戦の冒険者にとっては、常識といってもいい情報である。

 ――どの迷宮において、どの階層まで進むことができたか。

 これは冒険者の実力を示す上で最も使われる指標のひとつだ。事実、許可証ライセンスに埋め込まれた魔晶は、周囲の魔力濃度を記録することで持ち主の実力を判定している。

 だから、この手の使える情報(丶丶丶丶丶)は、一般には膾炙しないものだ。

 冒険者にとっては、情報さえひとつの商売道具なのだから。


「慣れた冒険者なら先駆者から教わったり、あるいは情報を買ったりするけど。そういう横の繋がりなしに、偶然で見つけるのはかなり難しい」

「へえぇ……詳しいんですねえ」

 感心したように言うピトスに、俺は苦笑して首を振った。

「ま、仮にも元冒険者だから。逆を言えば、冒険者でもなければ普通は知らないと思うよ」

「それで、その抜け道とやらはどこにあるんだい?」

 訊ねてきたウェリウスに、頷いて答える。

「こっちだ」

 俺は先導して歩き出す。見つけた階段を一度スルーして、あえて一層を進んだ先。

 普通は階段を見つけたらさっさと下ってしまうため、こちらのほうへ来ることはないのだが。

 だからこそ見つけにくい場所でもある。


「ここだ」と俺は視線で抜け道の場所を示す。

 しばしあってから、小首を傾げてピトスが言った。

「……行き止まりですよ、アスタさん?」

「そうだね、見た目はただの壁だ」

 思惑通りの反応に、少し笑って俺は答えた。

 からかっていることがわかるからだろう。レヴィが少しこちらを睨んでいる。

「普通に見えるようには設置されてないってことでしょう。遊んでないでさっさとしなさいよ。時間には限りがあるんだから」

「……はいはい」

 まあ、レヴィの言っていることは正しい。別に彼女がせっかちというわけじゃなく。


 そもそもの話、迷宮の攻略には時間制限がついているのだ。迷宮内では当然ながら死亡事故もあり得るわけで、《ただ帰ってこない》のか、それとも《帰ってくることができない状況》なのかの判断は外部からだと難しい。

 そのために設けられた時間制限だ。規定の時刻を過ぎても戻ってこないパーティがあった場合、管理局によって救助のための魔術師隊が派遣される。場合によっては、次回以降の立ち入りが制限されることもあるのだ。

 冒険者たちがどこにいるかだけは、許可証ライセンスによって把握できる。許可証がそのまま発信機としての役割を果たすからだ。許可証は、あらゆる意味で冒険者にとっての命綱なのだ。

 だから当然、それを紛失した場合も大きなペナルティを課されることとなる。


 今回の制限時間は二刻――地球で言うところの約四時間に当たる。本来、数日以上の長い期間をかけて潜る迷宮攻略において、この程度の時間はお試し程度でしかない。

 先程も言ったが、全力を賭して行う《攻略》と、日々の生活のための《稼ぎ》とでは装備も期間も大きく変わってくるのだ。今回は稼ぎ程度の準備しかしていない。

 しかも、そのうち約半分は帰路に費やす計算になるため、実際の冒険に当てられる時間は二時間程度ということだ。まあ、本来なら五層まで降りられれば充分早い、というくらいか。

 今のところ、使った時間はまだ十分そこそこ。

 攻略に使える時間は充分残っているが、急ぐに越したこともないだろう。


「そんじゃ――開けるぜ」


 そう告げて、俺は片手の指を行き止まりの壁に当てた。

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