S-02『笑っても泣いても怒っても楽しんでもいけない迷宮24時』
ふと目覚めると姉貴がいた。
「起きなさい。アスタ、起きるのです」
「いや起きてんだけど……」
「ここは《笑っても怒っても泣いても楽しんでもいけないとにかく感情を動かしてはいけない迷宮24時》です」
「どうしたお前」
「ここでは笑っても怒っても泣いても楽しんでもいけません。とにかく感情を殺しなさい。さもなくば貴方が殺されます」
「理不尽」
「さあ行くのです! 笑っても怒っても泣いても楽しんでもいけませんよ!」
姉貴が消えた。その後ろに《順路↓》と書かれた標識と、その下に扉がある。
意味がわからなかったが、とりあえず進んだ。
その向こうで俺は、尻から煙を出すメロと出会った。
「へいへい! アスタ! へいへいへーい!」
「どうしたお前も」
「へい! テンション低いよ、へいへい! やろうぜ! 一緒にやろうぜ!」
「何を」
「そんなん決まってんじゃんボーイ!」
メロは言った。
「《SHIRIKEMUバトル》さ!」
キマっていた。
「いや、なんて?」
「だから《SHIRIKEMUバトル》だよ!」
「知らねえよ」
「えー、うっそマジでー知らないのー? 今どき? え? 今どきSHIRIKEMU知らないとかドコのモグリだよ引くわー。ドン引き丸だわー」
「俺はお前に引いてるんだが」
「へいへーい!」
聞いちゃいなかった。尻から煙が出ている。
と、そこに全身黒尽くめの服を着た、見るからに怪しい女が現れる。
ピトスだった。
「どうも天使だよっ!」
「悪魔じゃなくて?」
「天使だよっ☆」
聞かない。
「さて、突然だが説明しよう!」
「本当に突然だな」
「《SHIRIKEMUバトル》とは! 尻から出した煙で守護霊を具現化し、それを競わせる熱いバトゥオォル! 今、キンダーチャイルドどもの間で最もホットでファンキーなクレイジーだぜ!?」
「確かにクレイジーではあるが」
「さあ出せ! 尻から! 君の魂の具現たる煙霊をっ!!」
「へい! へいへい! へいへいへーい!」
メロがうるさい。
もうよくわからないが、とりあえず《SHIRIKEMUバトル》に勝たないことには、ここから抜け出せそうもない。
俺は覚悟を決めることにした。
「よし、メロ、かかってこ――」
「今すぐ死ねえッ!!」
「――めびうすっ!」
不意打ちだった。
尻から出た煙が筋骨隆々のオッサンに変化し、アスタの腹を打ち据えた。
連打だった。
「顔は殴らないっ!」
「やるっ!?」
「顔は殴らないっ!」
「ろいっ!」
「顔は殴らないっ!」
「くぅっ!?」
「でも腹は殴――るッ!」
「アッ――!?」
ぼこぼこだった。理不尽すぎる。
そもそも無理があるだろう。尻から煙なんか出るか馬鹿か。
「あー満足したっ!」
メロは満足げだった。
「ゆけ、金と運! 飛び出せあの地平線の果てまで――!!」
言うなり尻から出した煙に飛び乗り、メロはどこかに飛び去っていった。
ピトスが言う。
「笑わないステージ、クリアです。お次へどうぞー」
その後ろに《順路↓》の張り紙が見えた。
俺は次に進んだ。
アイリスとフェオがいた。
よかった。俺は心から安堵する。
このふたりは真人間枠だ。多少アレな部分はあれ、理不尽な目には遭わないだろう。
殴られた。
「――だからなぜっ!?」
問いながら空中をきりもみ回転して十点十点十点いや着地できない零点。
ボロ布のように、俺は背中から地面に墜落した。痛い。
「な、なぜ殴るんですか、アイリスさん……」
思わず問うた。問わずにはいられなかった。
アイリスは顎で後ろをしゃくる。どうしようアイリスがグレた……!?
と思いかけた瞬間、今度は後ろから背中を蹴られる痛い!
「もう何……」
「駄目ですよアスタくん、感情を動かしては」
天使(?)ピトスさんだった。
「驚かないでください。狼狽えないでください。怒らないでください。悲しまないでください。喜ばないでください。貴方は人形です。貴方は死体です。そう思い込むのです。出なければリアル死体となって無期限迷宮入りですよ」
「こわすぎるよう……」
ハートブレイク五秒前である。
「ここは怒らないステージ。何が起こっても怒らないでください」
「……わ、わかった。いや何もわからないが、わかった」
「それでいいのですよ。さあ、天使の言うことを信じるのです」
です……です……DEATH……ですぅー……。
反響を残して、悪魔は去っていた。
それから、アイリスとフェオによる猛攻が始まった。
「ね、アスタ?」
「な……何かなアイリス?」
「アスタは、ろりこん、なの?」
死のうかな。
「違うよ、アイリスちゃん。アスタは節操なしなだけなんだよ。女なら誰でもいいの」
「待ってください」
「そう、なの?」
「ううん。むしろ男でもいいの」
「本当に待っ……ああ感情が動くこれ!」
「節操、なし?」
「見境なしのハーレム主人公気取り」
「どんかん?」
「似非ツンデレ」
言われたい放題だった。だが死ぬわけにはいかない。
よし。ここは魔術師らしく、自己暗示で場を乗り切るとする。
オレハニンギョウ。
ナニモカンジナイ。
「肺がぼろぼろ」
「長生きしそうにない」
「どえむ」
「頭いいと見せかけて馬鹿」
ダカラ……。
「やくそくやぶる」
「過去に何かあった感だけ醸し出す悲劇気取り」
「せんりょく、でふれ、する」
「ていうか血を吐けばオチがつくと思ってる」
ダカラ……モウ、ヤメテ……。
俺の心は鋼でできていた。だから何も感じなかった。ということにした。
その後、ふたりは心行くまで俺の罵倒を繰り返し、そして満足して消えていった。
いや怒れないよこれ。むしろ泣きたいよ。
視界の先に、《順路↓》という文字が見える。
生き残ったのだ。俺は、この地獄を生き抜いてみせたのだ。
まあ肉体の代わりに心は死んだ気がするが。
ともあれ、先に進んだ。
アルベル=ボルドゥックとシャルロット=クリスファウストがいた。
「すげえ組み合わせ……」
面食らう俺である。
いいの? これいいの?
「どうも、アルです……」
「どうも、シャルです……」
暗かった。おそろしく暗かった。
なんか泣こうとしている。
「アルです……なんか最初に出てきたライバル風だったのに、今では影が薄いとです……」
「シャルです……最初はキーキャラ風だったのに、三章でまったく出番ありませんでした……」
「アルです。何あのウェリウスとかいう奴。いかにも噛ませ貴族風に出てきて、あんなに強いとかちょっと卑怯じゃないっすかね……ライバルポジション奪われたんですけど……」
「シャルです……なんなのあのフェオとかいう小娘。ぽっと出の分際でヒロイン顔とか許せないんですけど……もう私なんなの? って感じじゃないですかね……」
やめて聞きたくない。
「アルです」「シャルです」「アルです」「シャルです」「アルです」「シャルです」「アルです」「シャルです」「アルです」「シャルです」「アルです」「シャルです」「アルです」「シャルです」「アルです」「シャルです」「これはアルですか?」「はい、シャルです」「ないです」「しゃるるん☆」「アルです」「シャルです」「アルです」「シャルです」「アルです」「シャルです」
どうしたんだよこいつらもう。
心折れてんじゃねえか。
感情は動かさない。それでも俺は慰めるように告げる。
「ま、まあ気にするなよ……」
「うるせえっ!」「黙れこの野郎!」
また殴られた、もう、三回目。
いい加減、ちょっと理不尽に慣れつつある俺だった。
「いい気になってんじゃねーぞ主人公!」
「そうだそうだ! なんだかんだ出番あるじゃねーか!」
知らねえよ。
欲しいならやるよ。
「出番が……」「欲しいです……」「アルです……」「シャルです……」
二人は虚ろな目で消えていった。
順路の以下略。
もうこれで最後のはずだ。というかこれ以上は無理だ。
しかし、いったい誰が待ち構えているのか。
恐れをなす俺の前に――現れたのは、レヴィ=ガードナーだった。
彼女が、口を開く。
「ウェーイ☆」
「ちょっと待てええええええええ!」
ついに叫んだ。叫んでしまった。……ああ、もう俺は死ぬ。
自分の身体が徐々に薄くなっていくのがわかる。
ああ、もう駄目だこれ。だが最後に、いや最期にこれだけは言わせてほしい……!
「駄目だ! それは駄目だレヴィ! 木星の奴はまあギリギリかろうじていいとしても、お前はまだこんな感じでキャラ崩しちゃ駄目だろ! シリアスの砦だろ!?」
「ウェイウェーイ♪」
「なんっで飲み会の大学生みたいになってんだよ! 諦めんなよ! お前までネタ路線に来るなよ! もうコンカツおばさんとかで手いっぱいなんだよ!?」
「飲んでるー?」
「聞いてる――っ!?」
「イエーッ!」
「ああもう超楽しそうだぁいっ!!」
じゃあもういっか! きっとレヴィもストレス溜まってたんじゃないかな!
その思考を最後にして、俺は徐々に意識を手放していく。
ラスト、俺は天使ピトスの声を聞いた気がした。
「全員、アウトー」
知ってた。
※
そして跳ね起きた。
夢だった。
俺は叫んだ。
「って今どき夢落ちかよ――!」
かよー……かよー……かよー……。エコー。
君は何も読まなかった。いいね?




