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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第三章 魔競祭事件
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3-46『決勝戦/そして祭りの後』

 ――その後の祭りの展開を語ろう。


 結局、俺はフェオを背負って学院に戻った。本人は断固として歩いていくことを主張したが、肉体のほうが言うことを聞かない。

 まあ抱き抱えて学院に戻るのは俺にも抵抗があったので、おんぶという形にはなったが。

 しばし無言で歩く。後ろのフェオは、俺の背に額を当てて小さく呟いた。


「……お姉ちゃん」


 ああ、と俺は思い返す。そういえば、俺が訪れたとき、水星はシルヴィアの顔に変身していた。すぐに戻ったが、あれでフェオを脅していたのだろう。

 変身といえば、むしろ真っ先に思いつく利用法ではあるだろう。卑劣ではあるが、あるいは肉体を傷つけるより、心を折るほうが魔術師ひとを殺せることもある。

 俺は言った。


「シルヴィアなら大丈夫。生きてる、っていうか怪我もないと思うぜ」

「え……どっ、どういうこと!?」

 背中でがばっと顔を上げたフェオに、俺は言う。

「シルヴィアは今、この街にいないんだよ。俺が仕事を頼んでててな。でもまあ、だから逆に水星に手を出されたってこともない」

「き、聞いてないよ……!」

「それはごめん。まさかシルヴィアがフェオに何も言わず出ていくとは思わなかったから。あいつ言っていくっつってたけどなあ……」

 あの女、「恩返しにフェオを嫁にやる」などとトンチンカンなこと言ってた割に、本人とは上手く話せないとか不器用にも程がある。要は怖じ気づいたわけだ。

 普通に考えて、事情を知ってて戦力も充分で、しかも貸しがあるから頼みやすいと三拍子揃ったシルヴィアを遊ばせておくわけがない。妹大好きのシルヴィアが魔競祭を見に来ていない時点で、妹がまず気づくべきだろう。

 本当に、姉妹揃って不器用だ。


「お姉ちゃん、今はどこに……?」

 背中からフェオ。吐息が、わずかに耳をくすぐる。

 その一切に気づかない振りをして、俺は言う。

「王都」

「お、王都ぉ……?」

「うん。ああ、別に危ないことを頼んだわけじゃないから。手紙を運んでもらったってだけ」

「……お手紙?」

「そ。ちょっと、教授宛てにね」

 背中のフェオが首を傾げる気配がした。

 俺はやはり答えず、黙る。まあ結果論だが、こうなると教授を頼ったのは正解になりそうだ。


 茜に沈んでいく、オーステリアの城壁の外を歩いた。

 しばらくお互いに無言で。不快ではないけれど、どこか落ち着かないような。そんな感覚がある。

 やがて、しばらくしてフェオが口を開いた。


「……ねえ、アスタ」

「何?」

「その……助けてくれて、ありがとう」

 礼を言われることではない。俺はあえて軽い口調で、

「いつもそのくらいしおらしければ、もうちょい可愛げあるんだけどな」

「うっさいばか!」

「いって!?」

 背中に頭突きを食らってしまう。俺は笑った。

 それでいいと、思った。



     ※



 そうして日も沈む頃、決勝戦の時間になった。魔競祭は毎年、決勝戦だけは日が沈んでから行われている。

 照明には魔術と魔具。このためにわざわざ造ったという強い明かりを灯すための魔具に、教師が魔力を注いでステージを照らす。まあ、恒例行事とのことらしい。


 決勝を前にして、俺は魔競祭の運営本部にいた。ピトス、アイリスとも合流する。ふたりともほとんど無傷だったことに、俺は胸を撫で下ろす。

 聞いたところ、あのあとクロノスはすぐに行方を眩ませたらしい。奴の身体能力ならば、たとえ教師陣が追ったところで容易に逃亡できるだろう。あるいは、そこにも木星の奴が絡んでいるのかもしれなかった。あいつひとりでも、時間さえあれば教団の全員を逃がせそうだ。対策が要る。

 ともあれ、ふたりが無事で何よりだった。

 もちろん学生会の連中にしてみれば、自分たちの中に犯罪者が――最低でもその仲間が――紛れ込んでいたのだ。冗談では済まないだろう。

 実際、クロノスが逃げ出す前、それを追い詰めるところに会長はいたらしい。


「……正直、信じられないという気分だ……」


 そうミュリエルは語った。今の学生会のメンバーは、全員が彼女によって誘われた面子だと聞いている。

 端的に言えば、騙されていた、ということになってしまうのだから。ショックを受けるのも無理はない。

「現状、この件は私で止めておこうと思う」

 ミュリエルは気丈に言った。要するに学生会のメンバーには、しばらく伏せるということらしい。

 別に構わない、というか言い触らされるほうが問題だろうが、

「クロノスがいなくなった理由は、なんて説明するつもりだ?」

 そう訊ねると、ミュリエルは困ったように笑った。

「しばらくは適当に誤魔化しておくが……まあ時間の問題だろうな」

「それでも伏せる気か? いいけど、向こうにつけ込まれるなよ」

「そうだな。これは、私のエゴのようなものだ……話すさ。すぐに。ただ時間が欲しい。少しだけな」

 俺は肩を竦める。ミュリエルがそう決めたのなら、別に異を唱えるつもりはない。

 学生会にも、学生会の事情があるのだろう。俺たちにも事情があるように。


 さて、その俺たち七星旅団セブンスターズの面々であるが。

 俺が会長と話していると、セルエとメロはひょっこり戻ってきた。そして、その後ろには長身で無表情な男――俺は驚いて声を上げた。

「シグ!? お前、なんでここに……」

「アスタか。久し振りだな元気だったか」

 相変わらずの話し方に苦笑する。とはいえシグが、まさか観光で来たわけでもないだろう。

 その辺りのことを訊ねるべく話をすると、三人は揃ってこう言った。


「火星と戦ってたけどなんか逃げられちったー」

「金星ってのと迷宮で会ったんだけどね。どこか行っちゃった」

「俺は月輪と名乗る女に会ったな。あいつは強かった」


 俺の知らないところで、とんでもないことになっていた。まず全員誰だそれ、という感じだ。

 いや、そりゃ木星がいて水星もいて土星までいたんだ、火星や金星もいるだろう。七曜とわざわざ名乗るくらいだし、月輪がいてもおかしくはない。

 実際のところ教団の規模は不明なものの、その幹部の連中が惑星にあやかった名前をつけていることは間違いなかった。そして、そういった幹部連中がオーステリアに来ている可能性も、もちろん考えてはいた。

 というか俺は、セルエと連絡がつかなくなった時点で、彼女が教団幹部と戦闘になったことを疑っていない。そのレベルの相手でもなければ、セルエが音信不通になどなるものか。

 だが、まさかメロとシグまで同じだとは。こうも集結していたのは正直、予想外だった。


 俺が安心してセルエを放っておいたのは、相手がひとりならセルエは負けないだろう、という信頼があったからだ。そんなに幹部が訪れていると思っていなかった。

 今まで、少なくとも俺が見えるところでは、奴らは個人が思いのままに動いていた。組織を名乗っているだけで、組織らしい動きなんてほとんど見せていない。そもそもできそうにない。どいつもこいつも狂ってる。

 だから連中が個人的に、俺たちに対して敵愾心のようなものを抱いているのだとしても、この街そのものに目的を持って動いているとは、実のところあまり考えていなかったのだ。


 実際、奴らはそう組織だった行動を取っていない。というか、そうは見えないようにされていた、というべきか。

 木星――アルベルが裏で何かをしている間、水星は好き勝手に暴れていた。土星クロノスに至っては何もしていない。

 そう、奴だ。この前提を、クロノスがひとりで覆した。

 土星が、わざわざ学生として紛れ込んでいたという事実は、かなりの示唆に富んでいる。奴らの目的が学院に、あるいはオーステリアそのものにあったという確かな証拠だった。

 何より奴は三年だ。俺が入学するより以前から学院にいた。

 この意味は大きいだろう。


 ともあれ、その後。

 俺は決勝戦の準備に移るわけだが――、


「セルエ。話がある。ふたつ」

 アイリスたちが客席に向かったため、場にはセルエとメロ、そしてシグと俺しか残っていない。

「……真面目な話っぽいね。何かな?」

 とセルエ。この辺りは付き合いの長さか。

 話が早い分にはいい。俺は語る。


「実は――」



     ※



『さ――って始まりますよ決っ、勝っ、戦! 数々の戦いを勝ち抜いて来たふたりが、ついにこの魔競祭のステージで、最強の称号を賭けて大決闘だ――ッ!!』


 シュエットの声に、怒号とさえ思える歓声が轟く。色とりどりの魔術光が、夜の学院を煌々と照らしていた。

 俺はステージの上でレヴィと対面している。

 準決勝第二試合は結局、クロノスの不戦敗として処理されたらしい。空いた時間は学生会の面々が、どうにかこうにか繕ったのだとか。本当にお疲れ様である。

 熱狂の渦となった客席を尻目に、俺はレヴィへと声をかける。


「よう。まあ、なんつーか優勝おめでとう」

「……まだ決まってないでしょうが」

 少しあってからレヴィは微笑んだ。どこか疲れたような色を見せながら、それでも力強い瞳で。

 それに気づきながらも、あえて触れずに俺は笑う。

「あれ? 当たったら俺は負けるって契約だろ」

「別に本気を出してもいい、とも確か言ったわよね?」

「それでも勝つから?」

「今は違う、かな」

 明かりが眩しい。俺はレヴィを直視できない。

 だから、彼女の声だけを聞いた。


「――それでも勝ちたいから」


「…………」

「私には時間がないから。それは知ってるでしょう? 私は少しでも早く強く、負けない人間になりたい。いいえ、ならなければならないのよ」

「だからって焦っても意味はない。それも知ってるはずだな」

「そうね。でもだからこそ――」

 だからこそ。その一歩目として。

「まずは力を失ったかつての伝説にくらい、勝ってみたいと思うわけ」

「……はっ」

 俺は笑う。まったく、どういう心境の変化やら。

 だが悪くない。せっかくだし、もう言質を取ってしまおう。

「じゃあ本気でやるけど。いいんだな?」

「ええ。むしろ、そうして欲しい」

「わかった。というか、その言葉が欲しかった――」

 え? という顔になるレヴィ。彼女のことだ、さては勘づいたかもしれない。

 だがもう遅い。俺は実況席へ向け、


「よーし、じゃあ始めてくれ!」


 叫んだ。あとはシュエットがやってくれる。


『ではでは行きますよー! オーステリア学院魔競祭決勝戦、始め――ッ!』


 瞬間、俺は右腕を振り上げる。レヴィが身構えたが、やはり遅きに失していた。

 声を張る。言葉にするのは魔法の呪文。試合を一瞬で終わらせるキラーワードだ。

 すなわち――。


「あ。降参しまーす」


 会場中がずっこけた気がする。



     ※



 冷静に考えてみてほしい。ここ連日、あれだけ戦っていたのだ。

 ぶっちゃけ言おう。

 ――もう、これ以上は無理。

 というわけで、俺はあっさりと降参した。レヴィが憎々しげな瞳でこちらを見ているが、彼女も知っているはずだ。

 俺の主義が、勝ちたければ勝てる奴を呼んでくればいい、であることを。


『な――なーに言ってんじゃコラアァァァァッ!!』


 シュエットが吠えた。そりゃ運営としては大変だろう。

 もちろん、その辺りのことは考えてある。


「すみませーん! ちょっと持病が悪化して戦えませーん!」

『知るかあ! テメーこれどう責任取ってくれんじゃオラーっ!』

「というわけで、エキシビションマッチを提案します」

『――は?』

 ぽかん、と目を見開くシュエット。ちなみレヴィは呆れたように溜め息だ。察したらしい。


「つーわけで、おーい。入ってきてー!」

「あーもー。目立つの嫌なんだけどなあ……!」


 言いながら、肩をこきこき回しつつステージに上がってくる女性。さすがにシュエットは対応力が高い。

 すぐに叫んだ。


『おっとー!? こ、ここでまさかのセルエ先生だとー!?』

「こんばんはー」


 朗らかに笑うセルエ。彼女に、いわば俺の代役を頼んだのだ。

 もちろん運営委員会に話は通してある。というか、セルエ自身が運営委員だ。

 レヴィの優勝はこの時点で確定。俺は敗退、準優勝扱い。セルエとレヴィの試合はエキシビションマッチということで、勝敗は結果に影響しない――そういう扱いだ。


「つーわけで。どうせなら、呪われてない奴と戦えよ。そのほうが嬉しいだろ?」

「あんた……いつからこんなこと」

「最初から。と言いたいところだけど、普通に思いつきだ。ま、俺からの優勝祝いだと思ってくれ」

 乗り気じゃないセルエを呼び出すには、それなりに骨が折れたものである。実際、ちょっと紛糾した。

 結局は別の話を譲歩することで合意を得て、こうして出てきてもらったわけだ。

 きっと、レヴィにはいい経験になる。


「……ありがと、アスタ。受け取っとく」

「おう。セルエは強いから、存分に胸を借りてこい」


 試合の結果は言うまでもないだろう。だから魔競祭の結果だけ言おう。

 本年度魔競祭、優勝は――レヴィ=ガードナー。



     ※



 魔競祭決勝戦翌日。俺の家に、ひとりの来客があった。

 その名はエウララリア=ダエグ=エルクレガリス――この王国において、第三王女という地位にある少女だ。

 時刻は昼過ぎ。アイリスとともに昼食をとっていたときのことだ。


「……また来たのか」

「はい。また来ました!」

 我ながら冷淡だっただろう対応に、エウララリアは動じるどころかむしろ嬉しそうに破顔する。

 この王女様は、不敬な態度を取られれば取られるほど喜ぶという真性の変人なため、なんの意味もないのだろう。

 俺も、公の場以外で敬うつもりは特にない。

「で、前回の話の続きか」

「ええ。アスタ様には是非、王都を訪れていただきたいのです」

 エウララリアは眉根を寄せる。

 本来、こういった雑事はエウララリアの領分じゃない。当たり前だ。どうも忘れそうになるが、仮にも一国の王女なのだ。そんな仕事があるわけない。

 つまり、わざわざ足を運んだのは彼女なりの誠意であって。

「お忙しいことは重々承知しています。ですが……その、七星旅団セブンスターズの中でいちばん頼みやすいのは……」

「まあ、ほかと比べたらな」

「……ダメ、でしょうか……?」

 上目遣いに、潤んだ瞳を見せるエウララリア。言っちゃなんだが、その武器を使うのは卑怯だろう。

 だが逆らえない。演技ならばともかく、これでこの王女、そういった腹芸を基本的に使わないのだ。

 つまり本当に泣きそうだということ。


「……いや、いいぞ。行っても」

 結局、俺はそう答えた。途端に花が咲いたような笑みに変わるエウララリア。現金な王女だ。

「本当ですか!?」

「ああ。ただ……俺が行っても役に立つかどうか」

「アスタ様が呪術を受けたのは知っています。それでも、その上でなお、貴方の知識と技術、経験は何物にも代えがたい」

「……買ってくれるのは、ありがとう。嬉しく思うし、どうせ王都に行こうとは思ってたんだ。手伝うのは吝かじゃない」

「でしたら――」

「ただな」

 俺は言う。昨日、寝る前に気づいた死活問題に関して。

 正直、今の俺がエウララリアの期待に応えられるとは思えない。はっきり言って、かなり不味い状況だった。本当に笑えないし、俺はだから今、実のところかなり焦っている。

 と、いうのもだ。


「――実は俺、魔術がまったく使えなくなっちゃったんだよね」


 王女様が、笑顔のままで硬直した。

実はもうちょっとだけ続くんじゃ。

本日一時、エピローグ。

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