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砂上の楼閣  作者: 深水晶
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第一話 カザフ陥落

残酷な表現が多々あります。人が殺傷されるシーンが複数あります。苦手な方はご注意ください。グロ注意。

『俺達、何のために戦うのかな』

 そんなもの決まっている。大切なものを、人を、故郷を守るためだ。

『……カイは強いね』

 強くなんてない。だって……守りたかったものは、人は、故郷は、無惨に破壊され、俺自身ももうすぐ死ぬ。何一つ守れなかった。


 大剣で鎖骨から腹にかけて叩き斬られた。斬られた際に河へ転落したのが幸いして、それ以上の攻撃を受けずに済んだために即死は免れたが、この傷では下流の街へ辿り着く前に失血死するだろう。

 河を漂流しているのは彼だけではない。同胞のカザフの戦士や街の人々の死体、崩れた家屋らしき木材、家具、家畜。そういったものが、ゆるやかな河一杯に流れていく。

 惨敗だ。戦況など見る暇もなくやられたけれど、これを見ればわかる。河は血で赤く染まり、故郷であるカザフの街の方角には業火と煙を見た。

 暑い日差しが肌を灼き、冷たい水がじわじわと体温を奪う。指先の感覚は既になく、動かす事もできない。早朝の襲撃だったため、鎖帷子は着込んでいたが鉄鎧は着けていなかったために、この傷を負った。だが、そのおかげで水に沈む事なく漂流し続けている。最初の内は誰か生きている味方がいないかと、呼びかけもした。しかし徒労だった。

 自分はもうすぐ死ぬ。死ぬのは嫌だが、自分の命だけなら自身の力不足が原因だとまだ諦められる。けれど、エレナは、たった一人の家族である妹は無事なのか、俺と同じく初陣だった親友、ダンはどうなったのか。それが確かめられないのが、心残りだ。

 ああ、空が泣けるほど青い。日差しが痛い。冷たくて寒いのに熱い。じりじりと太陽が照り付けていた。もう、どれだけ流されてきたのか判らない。時間の感覚も身体の感覚も何も無い。何かを感じる心すら麻痺してしまって、呆然と空を、自分を灼く陽の光を見つめていた。

 からからに乾いてしまって、涙も出ない。ちゃぷん、ちゃぷんという水音が遠く聞こえている。出血は止まってるのか、まだ流れ続けてるのかその感覚すら無い。

(……俺は死ぬんだ)

 呆然と思いながら、それでも何の感慨も抱けずにいる。首が自由に動かない。腕も足も折れていて全く自力で動かせない。苦痛の感覚は麻痺している。

 じりじりと熱い感覚と、うっすら滲み流れていく汗と、途切れ途切れの呼吸が、彼に彼自身が生きている事を自覚させる数少ない感覚。朦朧として頭の中身が整理できない。

 気を失えたなら良かった。何もかも忘れてしまえれば良かった。正気を失ってしまえれば良かった。彼は知っている。時折、動けない身体に当たる物が、周りを包むこの気持ち悪い臭いが、彼と共に戦った朋友のなれの果てであり、血臭であり、腐臭であるという事を。

 狂ってしまえれば良かった。本当に何も判らなくなってしまえれば良かった。着実に死へと向かいつつある今に至って、彼は思考する事をやめられなかった。もういい。もうどうだって良い。全てを失くした。守るべき国も、故郷も、友も、肉親も、何もかも失くして、一体何処に行けば良いのだろう。何処へ行けるというのだろう。

 目を閉じる事さえ出来ぬまま、水の流れるまま、彼は戦友達の亡骸と共に漂流し続けていた。圧倒的な力でセイランス王国の兵士は、ディカルクエンド帝国によってねじ伏せられた。それは対等な戦争じゃない。結果を見れば、一方的な虐殺といって良いほどの惨状だった。

 阿鼻叫喚と、絶望と、怒声に包まれた地獄絵図。最初の攻撃は明け方、外門からだった。慌てて飛び起き、鎧をつけようとしたところで、『火事だ!』という悲鳴を聞いて、そのまま剣を取って飛び出した。

 天から地を貫くような激しい魔法の火柱。それが幾つも放たれ、家屋が燃え上がった。何が起きたのかわからず、混乱する兵士と住民達。カザフの街の中に突如、敵の兵士と黒い鎧を身にまとった傭兵達が現れ、蹂躙したのだ。

 カザフの戦士と呼ばれるカザフ駐屯兵達も、兵士ではない一般の住民達も、手に武器を持って死に物狂いで抗戦した。カイも剣を振るった。訓練は受けていたが、実戦は初めてだ。無我夢中、死に物狂いで振るった剣で、最初に相対した男と数合切り結ぶことはできた。だが、それだけだった。敵はカイなどより遙かに強かった。同胞達に何度も窮地を救われ、血と汗と泥にまみれ、敵を仕留めるよりも、複数人で力を合わせてかすり傷でも負傷させ、相手の力を削ぎ、敵が動けなくなれば新たな敵を探し街中を駆け回った。

 住民の数も含めれば、敵兵よりもカザフ勢の方がやや多かった。だが、就寝していた者が多く、きちんと装備を身にまとっていたのは見張りや警邏役など少数で、大半が軽装だった。

 あれから何日経ったのか彼は知らない。一つだけ、判っている事。あの場にダン・クレードがいなかった。カイ・レイヤースの幼なじみ。隣家に住む彼を、一度も見かけなかった。

 次々と破壊されていく家屋や店舗、兵舎および各種施設。空から降り注ぐ激しい炎。触れた物を一瞬で焼く火柱。直撃を食らわずに済んだ彼はまだ幸運だった、生身のまま一瞬にして消し炭になった同僚、ディエンを思えば。

 彼は救えなかった。目の前にいたのに、差し出した手を取った腕は、肘から上が炭化して、目の前で焼き崩れた。悲鳴を上げる事も出来なかった。

『早く来い、カイ! ディエンはもう無理だ!!』

 腕を引いて、俺をその時はまだ残っていた礼拝所へ無理矢理に引きずり込んだサライは、直後に半身が余波を食らって吹っ飛んだ。彼が硬直し呆然と立ち尽くしていなければ、サライはあの時死なずに済んだ筈だ。

『ぼやぼやしてんじゃねぇよ、セイ! 自分の仕事忘れて呆けてんじゃない、さっさ動け!!俺の足手まといになったりしたら、ぶっ殺すからな!』

 そう怒鳴りつけてくれたクエルは、彼を庇って炎に焼かれた。そうして炎から逃げ、同胞を失い、体力と気力を失っていった彼は、最後に大剣を掲げた酷薄そうな優男に斬られ、川へと転落した。

 カザフの街は辺り一面焼き尽くされ、血と肉片の海となり、阿鼻叫喚の坩堝となった。幾度も放たれた魔術のせいか、途中から降り出した雨のせいか、大量の土砂が崩れて雪崩のように押し寄せ、生きた者も死んだ者もまとめて川へ、支流ファンティール川から深い渓谷を抜け、帝国と王国の間を流れる広く長い大河レガスへと押し流した。

 気を失った彼が次に目を覚ました時、生身で多数の漂流物と共に、水に浮かんでいた。足を濡らす感触が、血によるものなのか、水によるものなのか、彼には判断つかない。幸いと言っていいのかどうか、全身の感覚が重く鈍く、苦痛はあるが、激しい痛みにのたうち回るような事はなかった。ここ暫く彼は何をする事もなく、呆然と空を見上げている。

 あれから何日、何時間、経ったのだろう。どのみち、途中までは確かに聞こえていた仲間の呻き声も聞こえなくなった今では、その質問は意味が無い。確認する術も無い。彼は自分の声が出るのかどうか、それすら確かめる気力も無いまま、ぴくりとも動かない体で空だけを見ていた。

「イルウォークの『黒の傭兵団』」では抑えめに書いたシーン(回想)をカザフ駐留軍新兵カイの視点で、ちょい生々しく描きました。

この冒頭の斬られて川を流されるシーンは、高校一年か二年の8~9月、私が見たフルカラー&痛覚付きの夢を元にしています。

まだ残暑厳しい時期、南向きの日当たりの良い部屋で、真夏には室内を締め切りにすると陽炎が見えてたので、半分くらいはそれが原因だと思います。

幸い目が覚めたら、痛みはなく、無傷でしたが。

斬られた瞬間、「あ、こりゃ死んだわ」と思って、一瞬パニクって過呼吸起こしましたが、自力で再起動&復旧しました。

その日、高山病やった時みたいに、頭がズキズキしたのが、とても悩ましかったです(汗)。

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