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6話

 『結界(カーセル)』に護られる皇女を牽制しながら、事態を見守っていたアンブラ。テルグスが勇者の首を無事落としたのを確認して一息つく。


「レザーマスターの刃は、人の白き皮をもたやすく断つか」


 相変わらず見事なものだと、古き友の技に改めて感嘆の念を抱くアンブラ。彼がテルグスと立ち合えば負けることはないが、人の首をきれいに落とす技量にかけてはとても敵わない。もっとも本人にとっては不本意な言われようだろうが。


 アンブラの意識が逸れたとみて、すかさず皇女が動きに出る。


「『転移(トランスフェロ)!』」


 『結界』を解除し、『転移』によりこの場を逃れようとする皇女。しかし、周囲の魔方陣が反応し魔力を相殺消去する。


「無駄だ」

「これは龍の!あなた……いつから」


 出会った最初からだ。答えてやる義理はないが。


「何が目的です。できることであれば応じましょう」


 愛しいはずの勇者様が死んだばかりというのにこの切り替えの早さ。流石というべきなのだろうか。取引の余地はないが、多少引き出しておきたい情報もあるのでしばし会話につきあう。


「できることと言われてもな。死んでくれとしか言えんが」

「……なぜこんなことを。理由がないはずです」


 臆面もなく言い放つ皇女の神経に多少の苛立ちは感じるものの、アンブラはすでに達観し、理解することをあきらめている。アンブラが「こんなこと」を行った理由はいくつもあるが、今回最大の目的は勇者オゴリの抹殺だった。


 近年、異世界からの非人道的な拉致を繰り返しているディメンス皇国。かの国の為政者たちにはあまり自覚がないようだが、ただ非道な行いというだけでなく、純粋な戦力としても他国にとって現実的な脅威となっている。


 力をつけさせるための修行として、彼らは召喚した勇者のほとんどを「教導」の旅に送り出す。彼らの恐ろしいのはそれを善行だと本気で考えているところである。


 ディメンス皇国で信仰されるフューリ教は、その教えとして清く正しきを唱えており、その教義自体に何か問題があるわけではない。実際、他国におけるフューリ教の一般的な信者たちは、堅苦しくはあれど極めて正義感あふれるものとの肯定的な評価を得ている。しかし、それが勇者という名の力を伴う狂信に支えられると事情は一変する。


 各国に顔の利く冒険者ギルドを旗振りに、カストス王国や南方諸国群(インフェルブス)はもちろん、普段はギルドへの風当たりが強く、王国とも犬猿の仲であるレグナム帝国さえ共同歩調を持ってあたることが密約されていた。その勇者包囲網の責任を陰で担うのがアンブラである。


 召喚などという相手の意思を無視した下劣な行い。当の召喚された者たちが素直に言うことを聞くはずがないため、当初、勇者たちの多くは法術により洗脳された状態にあった。アンブラたちはそれを解除して回り、こちらの生活に馴染むための援助を行うことに尽力していた。能力あるものが多いため、配下に加えたものも数名いる。


 ディメンス皇国はアンブラたちの暗躍に気付いた様子はなかったものの、勇者の洗脳がとける事態が相次いだことを察知し、次なる手段を求めるようになった。


『勝手な都合で召喚してしまい申し訳ありません、しかしこれには深い事情があるのです。』


 あることないこと都合の良いように脚色し、情に訴え、義に訴え、時には色を持って籠絡する。法術の洗脳に頼らない彼らの狂信は手強く、更生を諦め手をかけざるを得ないケースも増えてきた。


 いよいよ抜本的な対処をしなければならない。アンブラたちがそんな想いを強めていた矢先に現れたのが勇者オゴリである。


「理由がない、ね……200人の赤子を使い潰しておいて言えることかね」

「……どうやって知ったのかは存じませんが、あれらは正当な手続きを経て入手したもの。親から無法にさらってきたわけでもないのに、咎められる理由がありません」


 ディメンス皇国の第一皇女アトロは、勇者召喚のために優秀な法術師を20人用い、一度の儀式で彼らを半年使い物にならなくさせるという。流石にそれだけのものをすべて使い潰していては国が回らなくなるため、100名ほどの交代態勢を取り、儀式の頻度は二か月に一回程度となっているようだ。


 いくら勇者が強いとはいえ、召喚されたばかりではその力も知れている。第一皇女の儀式を注意深く察知し、勇者が旅に出た直後早い段階での接触をアンブラたちは心掛けていた。そこで盲点となっていたのが第三皇女ナティカの存在である。


 第三皇女は本人の能力が第一皇女に劣るうえ、十分な法術師を手配する政治力もないと見られていたため、到底脅威になるものとは認識されていなかった。ところが彼女は対立する姉から隠れながら、魔法に素養のある赤子200人を集め、生贄とすることで20人の法術師の代替とする手段を見出していた。


 そして召喚された勇者がオゴリだったのも事態を一層悪くした。かつてない強力な力を持つ勇者。それが察知されぬままにしばらく放置され、アンブラたちがようやく気付いた時にはすでに二頭の龍を倒したあとだった。


 いくら召喚された勇者が強かろうと、数年で諸国随一と誉れ高いアンブラの域にまで達するものはまずいない。実際にアンブラの配下となった者たちにも、彼と対等の腕を持つものはない。しかし、そのアンブラとて龍を倒すことはできない。


 それをなした勇者オゴリ一行。ペルティナの離脱を知ったアンブラは、危険を承知で自ら接触を試みることに決めた。そしてしばしの観察を経て得た結論は、勇者オゴリに正面から対抗するすべはないということだった。


 まず闘気(スピリトゥス)による壁が打ち崩せない。まともに正面から戦って、たとえ剣をはじくことはできたとしても、オゴリの体には傷一つつけることができない。次に考えたのは毒による手段だが、いくつかの微弱な効果をもつ薬品で探りを入れた結果、彼が状態異常に非常に強い耐性を持っており、そのうえ自然治癒力をも高いレベルで備えていることが判明した。


 まさに八方ふさがり。そう思っていた矢先に見つけた打開策が『共鳴のピアス』だった。オロカに怪我をさせたことを気に病む気持ちに付けこみ、ピアスが近づいた場合に闘気を抑えるよう反射づける訓練をさせる。常人とって闘気の制御はむしろ推奨されているため、オゴリたちはその訓練の危険性に気付けなかった。


 これで光明は見えたのだが、まだ課題は残っていた。チャンスは一度きり。そもそも闘気を抑えた状態だったとしても、肉体が強く自然治癒力も持ち合わせたオゴリを倒し切るのは容易ではない。最大戦力をつぎ込める状況で、確実にオゴリを仕留めなければならない。アンブラはやむなくテルグスの力を借りることに決めた。


「……あの革職人までこんな悪辣な計画に加担しているとは。すっかり『魅了』が効いたものと思っていましたが」


 初動で後れは取ったものの、そのあとの情報収集により、勇者パーティーの詳細は、過去のメンバーの遷移からオロカの『魅了』にいたるまで、ほぼ完ぺきに把握されていた。何しろ彼ら自身が正義の旅との信念を持ち、その足跡を隠そうとしないのだから容易である。


 『共鳴のピアス』を効果的なタイミングで利用するためにも、オロカの籠絡は不可欠かと思われた。テルグスの前の五人目として加わった冒険者はアンブラの息のかかったものである。それなりの実力があり、かつオロカの一人目の想い人に近い雰囲気の人物を用意したが、残念ながら彼女とは相性があわなかった。


 その過程でつぶさに観察した結果知りえた彼女の好みに合致しそうで、アンブラと組んで足手まといにならず十分な働きを見せられる実力を持ち、さらにナティカが焦りをみせ龍征伐を強行しようとする状況の中でいますぐに調達できそうな人材となると、テルグスよりほかに選択肢はなかった。


 気のいい彼をこんなことに巻き込みたくはなかったが、事情を聴いた彼は二つ返事で引き受ける。それでも薄氷の連続であったことは間違いない。テルグスがオゴリやオロカの信頼を得られなければ、龍との決戦前に一人返される可能性もあった。なにより龍の領域における白狐の襲撃は大きな誤算だった。


 もともとあの襲撃は、勇者パーティーに不審を抱かせぬ程度の攻勢をかけつつ、白狐をのちの決戦までに一頭たりとも欠くこと無いよう温存するのが目的だった。ギリギリの線での適度な危機の演出のはずが、まさかオロカが暴走するとは予想外であった。


 あのままテルグスが離脱したり、オロカが落ち込んだままだったとすると、勇者はおそらく一人で龍に立ち向かうことを選択しただろう。そして、それがアンブラたちにとって一番避けたい状況だった。


 実のところ、勇者パーティーにとって他のメンバー、とりわけオロカは足枷でしかない。それは彼らも気づいていたはずだが、オロカを一人残して行きたくないオゴリのわがままが勝ったということだろう。実際、兄妹にとって寄る辺なき異世界においてはそれも正しき判断の一つだったのかもしれない。


 勇者の単独行を防ぐ意味で、『姿隠しの指輪』を持ちだしたのはテルグスのファインプレーだったと言える。もっとも、指輪のもとの持ち主を知るアンブラにとって、あの状況はとても痛ましくて見ていられるものではなかった。なによりテルグスは平気で人を欺けるような男ではない。そんな彼に頼らざるを得ず、さらに指輪まで利用させてしまった状況には、いまだに忸怩たるものを感じている。


「まあそちらの言い分もあろうが、そろそろ覚悟を決めてくれるか」

「待ちなさい、このまま私が帰らねば国元が黙っていませんよ。姉と比べ権勢が劣るとはいえ、あなたたちを亡き者にすることぐらいは可能です」


 予想通りの返し。


「……それは困るな。しかし貴女が死んで、国元にちゃんと情報が伝わるのかね」

「ペルティナには文にて逐次、状況を知らせています。私が戻らねば当然あなた方に矛先がいく」

「手紙は全部こちらで預かってるんだがな」

「なっ……」


 ナティカが行く先々でしたためていた文は、すべて郵送人に手渡されたのち、こちらの手で回収している。また、ペルティナからナティカへの文もすべて本人に渡る前にせき止めていた。


「しかし、パーティーメンバーのあなたが一人戻れば、当然疑いはそちらに向きます」

「さて、俺が勇者パーティーに加わったことなど、誰にも知られていないと思うのだが」

「……」


 すべてを察し、顔面を蒼白にするナティカ。そのために、アンブラはパーティーメンバーと宿を同じくせず、人目の多いところでは極力一緒にいることを避けて通したのだ。冒険者ギルドで受けたクエスト関連についても、アンブラの痕跡は残らず消し去っている。


「ちなみにテルグスは案内人の名目だから、龍の領域の前で一人戻されたということになる」

「……」


 ナティカが押し黙る。ここで言葉を継げないということは、ペルティナ以外の連絡相手を持ち合わせていなかったと考えて良いだろう。それを確認できたアンブラは、一切の予備動作を感じさせぬまま曲刀(サーベル)を一突き眼球の奥を貫き、僅かばかりの苦痛も与えることなく彼女の生を奪い去った。


***


 持ち主が死んだために現れたアイテムボックスの中身を確認するアンブラ。高価な武具や装飾品には目もくれず、いくつかの文書や手記をざっと中身を確認しながら回収していき、そして肝心の龍卵二つを傍に控える白狐に預ける。


 龍は死んでも一年あれば卵から孵る。しかしナティカたちは第一皇女へ対抗するための手段として龍卵使い潰すつもりだったようで、そうして魔導具として消費されてしまえば龍の復活は1000年先になってしまうのだという。この龍卵の奪回も目的の一つだった。


 そのまま歩を返し、オロカの死体の場所で何やら探ったのち、白龍とテルグスのもとへ歩み寄る。


 テルグスはじっと二人を見つめて動かない。無理もあるまい。身勝手な召喚の末に首を断たれた彼らにはどのような罪も被せて良いわけがない。ディメンス帝国はもちろん、アンブラたちにしたところで己らの都合のために騙し討ちしたのだ。


「ほれっ」


 投げられたそれは、オロカが身に着けていた『姿隠しの指輪』だった。


「……嬢ちゃんにあげたものなんだがな」

「死体が持ってても仕方あるまい」


 ことさら露悪的な言い方をしてやると、その気遣いを感じ取ってくれたのか、多少躊躇ったのちテルグスは素直にその指輪を懐に収める。


≪お二人ともご苦労様でした。おかげで無事、赤龍と水龍の卵を回収できました≫

「なに、こちらの都合もある。礼を言ってもらう必要はない。ただ……」

≪わかっております。テルグス、つらい役目を押し付けてしまいました。些細なお礼ですが、約束通り私の皮を持って行ってください≫


 アンブラは勇者抹殺への協力、白龍は二つの龍卵の回収、そしてテルグスは龍の皮を報酬として貰い受けることが三者の間で交わされた約束だった。


 何とも反応を返せないテルグス。アンブラも白龍も、彼が報酬に釣られて協力したわけではないことをよく知っている。騙し討ちの結果として対価を得ることに罪悪感があるのだろう。


「テルグス、皮は必要なんだろう」


 しかし、その目的までも含めて承知しているアンブラの言葉に、ふっと息をついたのち、


「じゃあ、ちょっとだけ失礼するぜ」


 そう言ってさっと白龍の方へ一跳び、厚くて痛みを感じさせない箇所を選んで切りつけ、目的に十分な皮を回収する。


「卵はあなたが孵すのか?」

≪ええ。二人ともやんちゃに育ったせいか簡単に勇者にやられてしまって。勝てないまでもやりようはあったでしょうに。旅立つ前に少し私の方で鍛えることにします≫


 普通の龍は親から知識を受け継いだのち、代替わりまでの数百年を人として過ごすのが習わしだ。白龍のルーンマスターとしての知識も人の時代に得たものだ。ところが先代の赤龍と水龍は親なしで直接代替わりしたため、いささか思慮に欠ける部分が大きかった。


≪テルグス、あの子は元気でやっていますか?≫

「おう、あいつは筋もいいし、そろそろ独り立ちしてもいい頃合いだぜ」

≪エクストリマスを離れることになるのでしたら、その前に一度こちらに顔を見せるよう伝えてください≫


 おうよ、と返事をし、また倒れた二人に目をやるテルグス。そっとしゃがんでオロカの方へ手を伸ばすが、しばらく逡巡したのちまた手を引き戻す。目を閉じてやろうとして、自分にその資格はないと思い直した、といったところか。


 相変わらず甘い男だ。甘く、優しく、感傷的で、しかし必要であれば躊躇なく首を断つ。そんな男だからこそ、みなから信頼され愛される。それは白龍も、そして自分も同様だ。今更照れくさくて言えないが。


「いくか」

「おうよ。三人のことは……」

≪ええ、白狐に命じて丁重に弔わせます≫


 それに頷いて踵を返し、アンブラと肩を並べるとそのまま振り返らずに歩みゆく。


 去って行く二人の背中を、兄妹二対の物言わぬ双眸がじっと見つめている。


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