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4話

 テルグスの左腕はナティカの法術により無事つながった。何かといえばルールマスターたる第一皇女と比較されがちで、それを本人も強く意識しているのだが、姉には及ばずとも彼女自身優秀な法術師であることにかわりはない。切断後すぐに治療できたこともあり、一晩あれば万全となる見込みである。


 とはいえ、自らの暴走によりテルグスの腕を吹き飛ばしたオロカの落ち込みようはひどかった。気絶から目を覚まし、テルグスの腕が継がれているのを見て一瞬は安堵の気配をみせたものの、その後は一言もしゃべらず、今までくっつき歩いていたテルグスからも距離を置き、ナティカに身を寄せるようにしながら暗鬱な空気をまとい続けていた。


 夜も更け、野営中の一行。オロカはなにも喉が通らない様子ながら、無理にでもと勧められて申し訳程度に携帯食を飲み込んでいた。白龍との決戦も間もなくである。決断しなければならない。


 オゴリは引き返すことも検討したかったが、それはナティカが頷くまい。龍を狩りまわっているのも、姉一派との抗争から必要に駆られてのことである。ここで往復の20日もの時間を無駄にするのは、いくらオロカのためとはいえ到底承服できることではないだろう。


 いっそ皆を残し一人で行くべきか、とオゴリは考える。過去の龍征伐の経験を踏まえると、決して不可能なことではないだろうと思われる。龍の攻撃と言えどオゴリの全開にした闘気を貫くことは敵わないし、こちらからの攻撃はオロカの魔法はなくても少しずつ確実に敵の防御を削っていける。


 懸案は二つ。一つは戦闘時間の長期化である。オゴリは闘気を全開にした状態でも半日戦える自信があるが、オロカの魔法なしだとその半日以内でも龍を倒し切れる保証はない。白龍が魔力を消耗する以外の回復手段を持っているようだとかなり危ないかもしれない。


 もう一つは、白龍がルーンマスタであること。単純に正面から戦えば龍さえも敵にはならないとオゴリは考えているが、魔術に長けた白龍相手であれば何か未知の搦め手を使われる可能性は低くない。そのような場合、アンブラやテルグスといった経験豊富な仲間の助けが必要となる事態は考えうる。


 とはいえ、成算は五分以上だろうとオゴリは思う。仮に戦闘が半日を超えたとしても、それでまったく戦えなくなるわけではないし、現在の闘気の扱いに慣れてきたオゴリであれば、戦闘中に機を見て闘気の回復を図ることさえ可能かもしれない。今までそれほどの極限状態に陥ったことがないため試したことはないが、たぶん行けるのではないかという感触がある。


 また、いかに白龍が搦め手に長けていたとしても、オゴリとて既に二年間も戦闘に浸りきってきたのだ。その経験がまったく生かせないような状況というのは考えにくいし、オロカという気にかけねばならない存在がいない分、むしろオゴリの取れる動きの幅は広がるともいえる。


 よし、単独で挑もうか、とオゴリが決心しかけた矢先。テルグスが膝を抱えてうずくまるオロカのもとに遠慮がちに歩み寄っていった。


「あー、嬢ちゃん」


 ぴくっと肩を震わせ、顔を上げずにうずくまったままのオロカ。テルグスもやりにくそうにしながら後を続ける。


「これはあんまりお勧めできるもんじゃないんで、使うかどうかは嬢ちゃんの判断次第ってことでいいんだがよ」


 態勢はそのまま、しかし多少は関心をひかれたのか、顔を少し上げてテルグスの方にそっと目をやるオロカ。テルグスは革鎧の胸のあたりに手を入れて何やらがさがさ探り、そして一つの指輪を取り出す。


「これは『姿隠しの指輪』って言ってよ。これに魔力を通すと、自分の姿や気配を周りから隠すことができるんだよ。まあ、名前そのまんまだけどな」


 それは後衛職にとって願ってもない魔導具だ。特にオロカのような守備力を持ち合わせない魔術師にとっては喉から手が出るほどほしいもの。そんな便利なものを今まで出さなかったということは、何か使用上の制限があるということだろう。


「まあ、凄い便利っちゃ便利なんだが、欠点が二つほどあってよ。一つはこいつが俺の指輪とペアになってるってこと」


 そう言って左手の中指にはめられた指輪を掲げてみせるテルグス。繊細な装飾は彼らしからぬと思っていたが、魔導具だったということか。


「こいつらは片っぽの魔力通すだけじゃ駄目で、ペアで同時にやらないと発動しねーんだ。それで、指輪着けた互いだけが姿を確認できる」


 それなりに利用に制限があるというのは納得できる。しかし、それだけならパーティーメンバーで使う分にはさして障害にならないように思えるが。


「で、もう一つ、これがまあ割とでかすぎる制約なんだが」


 ここで言いよどむテルグス。しかしオロカが目で促してくるので仕方なさそうに続ける。


「……こいつ、一度つけると死ぬまで外れねぇーんだ」


 ハッとしたように、テルグスを見つめるオロカ。


「それって……」

「い、いや、別にこいつ着けてるからってなんか特別な関係とか考える必要はねぇーと思うんだ」


 弁解するように言葉を紡ぐテルグスだが


「でも、それって……」

「う、まあ二人の絆っぽい使われ方することが多いのは確かだけどよ」


 ……それでさんざん言い淀んでいたわけか。取りようによってはまるでプロポーズだ。オロカの様子はと目をやると、じっとテルグスを見つめながら黙り込んでいる。


「あ、いやすまねぇ。本気じゃなかったんだ。こんな呪いみたいなもん、考えるまでもねぇーよな。忘れて……」


 テルグスの言葉を遮るようにさっと左手の薬指を差し出すオロカ。


「着けて」

「いや、でも」

「いいから着けて」


 じっとテルグスを見つめながら迫るオロカ。しばらく躊躇っていたテルグスだが、引かぬ様子のオロカを確認すると、震える手で、ややもすれば泣き出しそうな表情をしながら、そっと指輪をオロカの指に差し込んでいく。


 最後まできっちりはまったことを確認して、右手でキュッ、キュッと具合を確かめるオロカ。


「あ、ほんとに外れないね。ちょっと試してみていい?」

「あ、ああ」


 二人が同時に指輪に魔力を通した瞬間、彼らの姿が気配もろともスッと消え失せる。これは凄い。ただし『共鳴のピアス』の効果は打ち消されないようで、オロカの気配だけはピアスを通して感じられる。オゴリにとってみればますます利用勝手の良い魔導具と言えるだろう。


 魔力を切り、再び姿を現す二人。


「嬉しい!ありがとう、テルグスさん!」


 さきほどまでの沈んだ表情から一変、満面の笑みを浮かべながらはしゃぐように指輪の状態を確認するオロカ。一方それを見つめるテルグスの何とも言えぬ表情。


 彼の表情の意味は理解できる。ペアでしか発動せず、死ぬまで外すことのできない指輪。それをテルグスだけが身に着けているということは、彼は以前に指輪のパートナーを喪っているということだ。それほど大事な思いの詰まった指輪を、彼はオロカに預けてくれた。


(堕ちたか)


 オゴリはようやく確信する。


***


 ナティカは微弱な洗脳のようなものだというが、オゴリはそれは少し違うのではないかと思っている。オロカの持つ本人も自覚していない隠された能力、『魅了(ドゥルシード)』。その発動条件は極めて繊細なもので、本人と相手側の両方が互いに好ましい感情を持っている場合に限られる。


 相手がはっきり敵意を持っていたり、そうでなくても他に想い人がいるなどといった明快な拒絶理由を持つ場合には『魅了』は発揮されない。しかも、それに加えてオロカの方でも好意を持っている必要があるのだから、相手を一方的に思いのまま扱えるわけではない。


 オロカの想いも強く関係してくるため、余計な情報を与えて意識させるべきではないとペルティナも含めた三人で相談した結果、オロカ自身に『魅了』のことは伏せられている。


 ペルティナも含む勇者パーティー四人はずっと固定だったが、最後の一人については今までに都合六人が入れ替わっている。


 最初の一人には、ペルティナと同様に将来を嘱望されるディメンス皇国の騎士が選ばれた。年齢は20を少し超えたばかりで、大柄な体躯に優しげな瞳を持つ穏やかな性質の男だった。


 自然とオロカからむけられるようになった好意に対し、彼は『魅了』に気付いたナティカからの忠告も聞いたうえで彼女との関係を受け入れ、二人は徐々に距離を縮めていき、やがて恋仲となった。彼らは『魅了』がなくても想いあったのではないかとオゴリは思う。そして赤龍との戦いでオロカをかばい、死んだ。


 二人目として期待されたのもやはりディメンス皇国の若い騎士だったが、こちらは実力は確かなものの女性にだらしない性格で、オゴリは当初彼の加入にかなりの難色を示した。それでも『魅了』してしまえばどうにでもなるとナティカらに説き伏せられ渋々承諾したのだが、そこでオロカの能力の特質が初めて明らかになったのだった。


 二人目の騎士にオロカが徐々に反発を強めていき、それにともないオロカの能力の詳細もはっきりしてきたところで彼はお役御免となった。その後冒険者ギルドでの出会いを通して仲間に迎えた三人目の男も、人柄は悪くなかったがオロカから好意を向けられるまでには至らず、やはり数か月で離脱。


 そして四人目となったのは、ずっとオロカの魔術の師を担ってきた、ディメンス皇国在野の魔術師だった。法術に優れたものは多い反面、魔術の人材にはやや欠けるディメンス皇国。国には仕えずとも国内最高の魔術師に白羽の矢が立ったのは当然のことだった。


 召喚直後からオロカの師を務めてきた彼は年齢にして40過ぎ。独身だったとはいえ、当初は娘ほどの齢の少女に弟子として向ける好意はあっても恋愛感情は抱いていなかったはずだ。それが『魅了』により徐々にオロカに魅せられていき、オロカも好意を超えた愛情という形で彼を受け入れたことでのパーティー入りとなる。


 そして挑んだ水龍戦。彼の防御魔術は強力であったものの水龍の攻撃には相性が悪く、やはり最期は身を挺してオロカを守り、死んでいった。


 五人目はペルティナとアンブラが入れ替わった後のこと。アンブラに事情を知られるわけにはいかないため、彼の見極めは秘密裏に行われ、不適と判断された後には裏で手を回し、彼の側の事情という形でパーティーを離脱させる。


 そして六人目となったのがテルグスである。オゴリは当初から彼の実力及びオロカとの相性を見極めようと腐心していた。戦士としての実力はすぐに確認できたが、問題はオロカからの好意を受け入れられる余地があるかどうかだ。


 人のよさそうな彼は当初からオロカとの仲も良好に見えたが、彼に想い人がいたりすれば『魅了』される状態までには至らない。石巨人(ストーンゴーレム)との戦いにおける献身でようやく大丈夫なのではないかとの期待を持ち、そして指輪の件で確信した。


 テルグスの弟子たちには申し訳ないけれど、彼は五人目のメンバーとして白龍征伐後も勇者パーティーに帯同を続けることとなるだろう。洗脳。確かにそういう側面はあるのかもしれないが、これは彼を利用するだけの一方的な関係ではない。オロカも間違いなくその想いに応えてくれるのだから。


 やはりオゴリは妹が一番かわいい。極論としては仲間になったものが妹の盾となって死んでいくのも力及ばなければやむを得ないとの思いがある。だが、その彼とて仲間の死に何も感じないわけでは決してない。


 身に着けた指輪を無邪気そうに喜ぶオロカと、それに複雑な視線を送るテルグス。ナティカはやはりオゴリと同じ結論に至ったのであろう満足そうな表情を浮かべ、アンブラは我関せずとあさっての方を向いたままでいる。


 五人目のメンバーとしてかつてない実力を誇るテルグス。人柄も良くその経験は彼らの未熟なところを補ってくれる。まさに理想のパーティーメンバーだといえる。彼のパーティー入りがほぼ確実となったことはオゴリにとっても間違いなく喜ばしいことだった。喜ばしいことのはずだった。


 しかし、指輪に喜ぶオロカに向けるテルグスの表情が、オゴリの脳裏からいつまでも離れず消えてくれない。


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