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3話

 体力のない女性陣を助けながら、道とも呼べないような山道を進んできた一行だが、急に目の前を広い景色が開ける。


「そろそろ龍の領域か」


 龍の支配域は周囲との様相をがらりと変えることで知られており、それを特に龍の領域と呼ぶ。


「おう、素材狩りで踏み入るのも大体この辺までだな。俺もこの先は案内できん」

「まあ、龍の領域については俺たちのほうがいくらか勝手がわかってるかもしれない」


 アンブラが仲間となるより以前、すでに二頭の龍を狩ってきた勇者パーティーである。


「そんなに龍ばっか相手して割に合うんかね。っと、余所者があまり立ち入ったこと言っちゃいかんな」

「じゃー、テルグスさんも仲間になってくれればいいよ」


 テルグスの言葉にすかさず反応するオロカ。


「おいおい、気持ちは嬉しいが俺にゃ店もあるし弟子も三人いるんだぜ」

「えー、でもこんな長旅にもつきあってくれるくらいだから、テルグスさんいなくてもどうにかなっちうゃんじゃないの?」

「……いてぇーとこつくなぁ。まあ、あいつらも十分独り立ちできるほど育ってきてるし、俺帰ったら居場所あんのかなぁ」

「じゃーいーじゃない。私、テルグスさんと一緒にいたいよ?」

「まいったなぁ……」


 そう言って困ったように笑うテルグス。この旅もすでに10日。オロカの口調もすっかり砕けたものになっている。往復の日数に準備期間も含めると、都合一か月も店を空けてしまうことになるのだから、オロカの指摘通り多少留守にする程度で店が回らなくなるということもないのだろう。


「お二人さん、じゃれてないでもっと気合い入れなさい。今回はペルティナもいないんだし、油断は禁物よ」

「……うん、そうだね。ごめん」

「お二人さんって、俺もかよ」


 最初の赤龍戦、次の水龍戦ともに勇者たちは五人のパーティーで臨んでいた。その二戦ともパーティーメンバーとして加わっていたのがディメンス皇国の女騎士ペルティナである。そしてそれぞれの戦いで一人ずつの死者を出している。


 勇者パーティーの基本的な布陣は、オゴリ一人が単独で前衛、攻撃魔法が届くぎりぎりの範囲にオロカと二人の護衛が位置し、そして更にその後方離れた場所でナティカが控えることになる。オゴリは支援魔法を必要としないためのこの配置だ。


 ペルティナはディメンス帝国でも指折りの実力を誇る女騎士である。純粋な剣技だけならばアンブラはもちろんテルグスにも後れをとるかもしれないが、魔法防御に極めて優れた能力を有するうえ、物理攻撃についてもある程度の耐性を備えている。皇女付きの護衛ということを考えればそれも納得のいくところだ。


「本当はペルティナの戻りを待って万全の態勢で挑みたかったのですけれど、やはり向こうが(こじ)れているのか、便りの一つも返してきません」


 ディメンス皇国皇帝から直接の召還状により一時帰国することとなったペルティナ。ナティカは何度か文をしたためているが、まだ返事は受け取っていない。魔法や海運などを利用した郵便網により、早ければ一週間程度であちらに届くはずなのだが、それだけ状況が複雑なのだろうと推測される。


 ペルティナ召還の裏に第一皇女派の思惑が動いているであろうことは想像に難くない。彼女の不在による足踏みに焦りを見せていた矢先に、かの高名なソードマスター・アンブラの力を借りられることとなったのは僥倖であった。


 マスターの称号は神託により得られるもので、ある程度の修行を積んだ神職であれば自然と判別できるようになっている。本人に隠そうとする意志があれば隠蔽も可能だが、高位の神職には通用しない。


 その神託は、大陸一の信者数を誇るトリマトリス、ディメンス皇国国教であるフューリ、それに神娼のフェミナヴスといった各宗派によらず共通のものであるため、もともと神は一つだったのではないかとする説の根拠とされることもある。


 アンブラの名が知れ渡っているのは彼がマスター持ちだからではなく、過去の実績や冒険者ギルドにおける地位によるものである。テルグスの知名度はせいぜいエクストリマスの一部に限られ、同じマスター持ちとはいえアンブラほどに広くは知られていない。


 マスター称号は才能があれば得られるというわけではなく、人の織り成す経験や努力の成果として与えられるものではないかと考えられている。オゴリが高い能力を持ちながらマスター持ちでないのもそのためであろう。その称号自体が何かの恩恵を授けるものでもないため、余計な騒動を避けて隠しているものも多い。


 マスター持ちは希少ではあるが、大きめの街ならちらほらと見られる程度には存在が確認されている。アンブラやテルグスのほかにもオゴリたちは何人かのマスター持ちと面識があり、ディメンス皇国のルールマスター・第一皇女アトロもその一人である。


 そしてこれから立ち向かう白龍もまたマスター持ちであると言われている。ルーンマスター、魔術を極めしもの。龍は人語を操り知性が高いとはいえ、その圧倒的な能力を鑑みれば苦労して魔術を習得する必要性があるとも思えないのだが、彼女(白龍は女性と言われているが真偽は不明)がそれを習得するに至った背景については知られていない。


「ペルティナさんがいないのは残念だけど、アンブラさんとテルグスさんがいるから大丈夫だよね」

「……そうですね」


 ペルティナといえば長らく寝食を共にしてきた腹心の部下であり、ナティカにとっては友とも姉とも慕う存在である。そんな彼女の不在を思えば、ナティカがオロカの言葉に素直に頷けないのも仕方のないことだろう。


 しかし実際のところ、守備力特化の女騎士が不在とはいえ、過去二回の龍征伐と比べてパーティーの総合力は格段に上がっているといってよい。アンブラとテルグスをオロカの護衛のためだけに張り付けるなど、通常の冒険者パーティーでは考えられない贅沢だ。


(問題は……)


 オゴリはテルグスの様子をそっと盗み見る。


***


 森林を抜けて現れる魔獣の種類は変わったものの、特に難敵ともぶつからず順調に旅程を重ねる一行。崖に挟まれながらもそれなりに幅のある道を歩きながら、しかしオゴリは思う。


「おかしいな」

「そうね、敵が弱すぎる」


 オゴリの懸念にナティカが同意する。普通は龍の巣に近づくほど敵が強くなっていくものだが、むしろ先日の森林狼(シルバルーパス)の群れが一番危なかったくらいの手ごたえである。


 特に白龍の眷獣と言われる白狐(ニヴィウスヴォルプ)が一頭も現れないのはおかしい。赤龍や水龍のときは眷獣どもにかなりしつこくまとわりつかれ、数を頼む相手を苦手とする勇者パーティーにとっては、むしろ龍本体より手こずらされたくらいだった。


「上に気をつけろ」


 アンブラが注意を促すのに目をやると、大剣鷲(フェルムアクィラ)が数羽こちらを覗っている。正面から戦えば勇者パーティーの敵となるほどではないとはいえ、その大きな嘴は人体を容易く断つ。むしろ他の獣と戦闘中の混乱を突かれると厄介な相手であり、奴らもその機を狙っているのだろう。できれば周囲に敵影のない今のうちに片づけておきたいが。


「あの高度なら、オロカの魔法で散らしてしまえばよろしいのでは?」


 オロカの魔法は強力な反面、制御が効きにくい。単体攻撃ならばかなりの精度を上げるようになっているが、範囲魔法については余程注意をしないと周囲だけでなく自分の身をも巻き込んでしまう。森林狼との戦闘の際に一頭しか仕留められなかったのもそれが理由だ。


 もっとも、今のように接敵していない状況ならば、魔力の制御に十分な時間をかけることができる。距離もまだ離れているため、暴発さえしなければ周囲を巻き込む心配はない。それを踏まえてのナティカの発言だった。


「よしオロカ、やれるか」

「う、うん」


 自信なさげな顔をしながらも気丈に頷くオロカ。万一の誤爆を避けるために散らばる一同を確認したのち、周囲の警戒をしながら魔力を練り上げにかかる。彼女の体を包むように青白い光が強さを増していき、たかが鳥数羽を相手とするには過剰なほどの魔力を練り上げられる。


「『青炎乱舞(ヴィリディスヴォルト)!』」


 轟音とともに中空に放たれた青白き炎は、その凄まじい高熱の後にただ一つたりとも影を残さず敵の群れを葬り去った。


「すげぇ……」


 思わずつぶやくテルグス。と、そこへ更にアンブラの注意が飛ぶ。


「いかん、白狐だ!」


 おそらくじっと潜んで好機を窺っていたのであろう。崖上より現れた白き獣が、半ば呆けた状態で孤立したオロカに魔法の熱線を集中して浴びせる。


 いち早く反応したアンブラがそれらの魔法をすべて闘技で叩き落とすが、さらに上空からはいくつもの大きな岩が畳み掛けるように落とされてくる。


「うぉーーー!」


 オゴリがそれらのすべてを超絶的な反応で逸らし、砕く。オロカへの直撃は避けられたものの、そこにナティカの悲鳴のような声が後方から響く。


石人形(ストーンゴーレム)!」


 いまだ続く落石の対応に追われながら慌ててオゴリが振り向くと、そこには砕ききれずに残ったいくつかの大岩から、一体の巨大な人形が紡がれていた。大きく腕を振りかぶる巨人の前に、なすすべなく立ち尽くすオロカ。


「こんにゃろー!」


 そこへテルグスが敢然と分け入り、石の拳を全身で受け止める。一対一であれば彼の技量ならどうとでも翻弄できたであろう相手だが、オロカを背にした現状では、闘気を全開にして攻撃をすべて受け止めるしかない。


 盾役は苦手だと口にしていたテルグスだが、力自慢の石人形を真正面から受け止め引かないのは流石といえる。しかしやはり劣勢は否めない。一つ、二つ、三つ……打たれるごとに態勢を崩して行くテルグス。四つ、五つ、六つ……顔がきしみ、膝が折れてゆく。七つ、八つ、九つ……


「い、いやぁーーー!」


 好意を抱きつつある存在の窮地に、たまりかねたオロカの悲鳴が魔力の形となって暴発し、石巨人へと直進する。冷静になれば、まだオゴリやアンブラの助けを待つに十分な余裕が残っていたはずであったろうに。


 一筋の光の矢が石人形に突き刺さる。その威力はやはり絶大で、巨漢のゴーレムを後方へ大きく弾き飛ばす。しかし、それは対峙するテルグスの左肩をも同時に貫き、そして舞い落ちる左腕。


 オロカは目の前の光景を拒絶するかのように気を失った。


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