2話
夜。簡易結界を張り野営の準備も整ったあと、しきりに何やら書き付けを行っているナティカを尻目に、少し開けた場所で対峙する二人。
アンブラが手のなかのピアスを後ろ手で持ち替え、左右から拳を繰り出してくる。オゴリはその一方を闘気で正面から受け止めつつ、時間差で繰り出されるもう片方は闘気を一切遮断して回避に徹する。これを半時ほど続けるのがここしばらくの日課となっている。
アンブラが手にするのはオロカが普段右耳に身に着けているもので、オゴリの左耳と対になる『共鳴のピアス』と呼ばれるものである。もちろんこんな奇妙な訓練も意味あってのことだ。
「うむ、もはや意識の外から自然と反応できるようになったな」
「ああ、最初にずいぶん痛い思いをしたかいがあったよ。でも、油断は禁物だな。もうあんな思いは二度としたくない」
「身になりつつあるときが最も重要だ。この訓練はいましばらく続けた方がいいだろう」
「ああ、手間をかけるがよろしく頼むよ」
問題はオゴリの強すぎる闘気にある。アンブラが仲間となる前のことだが、一度魔獣の奇襲に合った際に咄嗟に闘気を放ったところ、傍らのオロカが大怪我を負ってしまったことがあった。
オロカは魔術には優れた素質を示した反面、闘気に関しては全く適応する様子をみせていない。アンブラはもちろん、直接戦闘が苦手なナティカでさえもオゴリの闘気から物理的ダメージを受けるまでにはいたらないのだが。この体験があってから、オゴリは危急の際にも全力を出すことを躊躇う体質となってしまっていた。
その事情を聞いたアンブラが、伝手を使って入手してきたのがこの『共鳴のピアス』、距離が近くなるほどお互いの存在を強く感じることができる魔導具であった。このピアスがすぐ近くに感じられるとき、意識せずとも反射的に闘気を抑えられるようにするのがこの訓練の目的である。
ただオロカへの配慮というにとどまらず、この訓練はオゴリの闘気の扱いに良い副作用をもたらしている。森林狼相手にしたときのような闘気による敵の足止めなども、この訓練あってこそのものだ。もっとも、オゴリの闘気量を考えればたった五頭の足止めではまだまだ改善の余地のあるところだが。
ガサッと木々をかき分ける気配。テルグスとオロカが森林狼を捌き終えて戻ってきたようだ。狼の肉はさほど美味いものでもないし、皮の採取についてはこの旅の目的を鑑みテルグスが遠慮していたのだが、オロカが彼の仕事を見たがったため、一頭だけ近くの川で処理してきたのだ。
肉を捌く作業などは見ていて愉快なものではない。オゴリの心配をよそに嬉々としてついて行ったオロカだが、案の定青い顔をして戻ってきた。もっとも、しっかりテルグスの腕をとりながらついて歩く様子には、幽霊屋敷を楽しむ連れ合いのごとき風情を感じないでもない。
オロカのわがままも行きすぎるようなら注意しなければならないが、それを無闇にやめさせられない事情もある。まあ、テルグスのアイテムボックスは行商にも耐えられるほどの大きさということだから、たかが皮一枚で邪魔になることもないだろう。
アイテムボックスは収納用の魔導具で、高価なものほど容量が大きいとはいえ、馬車一台くらいのものならちょっと裕福な商人であれば手を出せる程度のものである。オゴリやオロカのアイテムボックスは冒険者としては標準的なもので、野営用具や予備の武器・防具でいっぱいになる。それで間に合わないものはすべてナティカに預けている。
「明日の朝までに食べ切れる分だけ捌いて、あとは捨ててきたぜ。まあさほど美味いもんでないとはいえ、携帯食よりはいくらかマシだろう」
アイテムボックスは持ち主が死なない限り本人以外に出し入れできないものだが、多少の保存効果があるとはいえ決して中のものが腐敗しないわけではない。そのため多くの実利重視な冒険者は、旅の食事を味気ない携帯食で済ませてしまう。
旅慣れた様子のテルグスがさっさと食事の準備をしていく。異世界からやってきたオゴリとオロカはもちろん、箱入りのナティカもこの手の作業はいまだに苦手としている。その名声に加えて強面の雰囲気のため、こういった雑用では頼りにくいアンブラと比べると、これだけでも旅の道連れとして重宝する。
昼間の戦闘の件もあり、テルグスに対する印象をずいぶん改めたオゴリである。オロカはもちろんのこと、ナティカのほうも彼に対する心象は悪くないようだ。苦楽をともにする仲間として申し分ない人物なのかもしれない。しかし、オゴリにはまだ確かめておかなければならないことがある。
「テルグス、食事の後に少し手合せをしてみないか」
「おいおい、勇者殿と戦えってか?本気でやられたら、俺死んじまうんじゃねーかな」
これは単に謙遜しているだけでなく、オゴリの技がまだまだ荒いことを懸念してのことだろう。手加減無用の殺し合いなら敵なしの勇者だが、例えば剣をはじくことが勝利条件のような手合せではアンブラに二歩も三歩も譲る。もっとも最近はかなり善戦するようになっているが。
「木剣であれば問題ないだろ?多少の怪我ならナティカもいる」
「うーん、まあ木剣ならかまわねぇかな」
「ああ、あなたの方は普段の武器で構わないから」
「ふー、やれやれ。じゃあ飯の後でちょこっとだけな」
香辛料をふんだんに使った狼肉は意外に食べられるものであった。
***
食事の片づけも終わり、一服したところでの立ち合いとなった。
オゴリの装備は見た目重視の白銀鎧で、盾は使用しない。白銀などは儀礼用に使われることがほとんどだが、防御は闘気に依存しているのだから外見だけを考慮すればよいというナティカの意見による選択だ。これに普段であれば自身の肩ほども長さのある大剣を構えるが、今はもちろん木剣である。
一方のテルグスは、よく使いこまれて茶色く鈍みがかった光沢を放つ革鎧に、一般的な短剣より少し長いくらいの鉈のような剣を構えている。この剣は背の方にも切れ味を抑えた刃が備えてあり、皮の処理で肉や脂肪を剥ぎ落す際に使用しているそうだ。
左腕には革地に金属で補強された小ぶりな円形盾を装着している。指貫の革手袋とともに中指にはめられた繊細な装飾の指輪が目を引く。武骨な男の手には似合わないが、なにか事情あって身に着けているものだろうか。
剣の形状以外はしごく一般的な冒険者の装備にみえるが、そこはレザーマスター自らの手によるもの。魔法により強化された様子は感じられないものの、見た目以外の部分における性能が尋常なものでなかろうことは想像に難くない。
盾を持つ左半身を相手側に向け半膝立ちでぐっと腰を落とすテルグス。奇をてらわない基本に忠実な構えと言える。少なくとも技能に関してはまだ熟練の域から遠いオゴリだが、アンブラを始めたとした一流どころとの立ち合いを経験してきた今では、その構えからだけでも彼の実力をある程度は推し量れる。
油断ならない相手。しかし、オゴリはその身体能力を頼みに、いつものごとく無造作に打ち掛かる。オゴリが攻め、テルグスがそれを盾で捌きつつカウンターを狙う。そんな攻防が続くなか
「とりゃっ!」
単調になった隙を突くべく、突如右手の鉈剣で強く巻き込むように木剣を弾きにくるテルグス。オゴリの体勢が崩れたと見るや即座に距離を詰める。しかしオゴリは無理な体制から超絶的な筋力と速度で強引に後方へ跳んでそれを避ける。
「……なんちゅー反応だ」
あきれたようにひとりごちるテルグス。一方のオゴリもテルグスの巧妙な反撃に少なからず驚いていた。アンブラのような圧倒的に畳み掛けてくる技巧には及ばずとも、経験に裏打ちされた独特の呼吸は実に読みづらい。
(もう少しあげてもいいかな)
闘気の出力を三割ほどに抑えて対峙していたオゴリだが、それを半分程度にまで引き上げて再度打ち掛かる。威力も速度も桁違いとなる斬撃の連続に防戦一方となるテルグスだが、それでも容易には崩れない。
(流石にやる……しかし、これで!)
小細工無用とばかりの強烈な一撃に態勢を崩すテルグス。
「もらった!」
無防備となった首筋へと袈裟に木剣を振り下ろすオゴリ。しかし、次の瞬間剣を手放していたのはそのオゴリの方だった。
「なっ!」
態勢が崩れた勢いそのまま、体を後ろ向きに半回転して木剣をかわしつつ、そのまま遠心力を利用して相手の獲物を打ち弾く。今までの正攻法なスタイルから一転した曲芸的な動きに、コンと小さな音を立てて地面に落ちる木剣。
「まいった、完敗だ」
「ずいぶん手加減されといて完敗って言われてもな。まあ本気出されちゃ木剣でもやばそうなんだが」
苦笑いするテルグス。実際、剣が手を離れた程度のことなら実戦では何ら苦にしないオゴリである。しかし、その感嘆する気持ちに偽りはない。
「いや、ここ最近アンブラ以外でこうも綺麗に一本取られたことはないよ。見事だった」
「まあ、ここは素直にお褒めの言葉を受け取っとくか」
テルグスの勝利と兄の敗北、その二つをどう受け止めればよいのか戸惑っていたオロカだが、兄の賛辞を聞いて素直に喜色を表し、テルグスに駆け寄って「すごい、すごい」と騒ぎ立てる。ナティカもオゴリが本気でないことに気付いていたのか、余裕を感じさせる態度でその技をたたえる。
昼間の戦闘でその実力は確認しながらも、では皮を持たぬ相手ではどうなのかとの懸念も感じていたオゴリ。しかしそれは杞憂だったようだ。実際のところ純粋な実力だけを見ても、アンブラや三か月前に別れた女騎士を除けば、今までのパーティーメンバーと比べ一歩抜けている。
(しかし、まだだ)
オゴリはさらなる見極めを決意する。




