プロローグ
ちょいちょい書いてくので不定期です。ご了承ください。
(あといっかい短編で投稿しちゃって消しましたごめんなさい)
0 The/Beginning
住宅街を離れ、左右に雑木林を置くゆるやかな坂を登ると、小高い丘に出た。
町並みの屋根が一望できるほどに開けたその場所は、土地開発により上流の住宅が立ち並ぶ予定となっていた区画である。それも今は昔、立ち並んでいるものといえば疎らに植樹された枯れかけの木々と、数えるほどしか建設されていない小さな家。あとは退去の済んだ鋳物の工場跡などだ。
廃工場や廃倉庫が点在する丘の一角に、膝ほどの高さの雑草が生え揃った区域が存在する。辺り一面に人気はまるで無く、喧騒からかけ離れたその静寂に時折草のざわつく音が割り込む。叙情的とでも表現したいところだが、夕暮れの灰紅い光が照らす中、今置かれている状況を加味すれば不気味ですらあった。
雑草地帯の中央付近には一軒の小さな家が建っている。
もともとは玄関に通じる道だったのだろうアスファルトは今や雑草のカーペットと化し、そこそこ広い敷地すべてが朽ちた赤茶色に染まっている。一階二階ともに窓ガラスのほとんどが割れ、外壁は剥げてところどころ下地の木板が覗いていた。屋根にも穴が開いていて、人が住んでいる様子はまるでない。
「散開して待機」
十数人から成る部隊を率いている男が右手を軽く上げて指示すると、誰も口を開かず機械的に広がり、朽ちた民家を扇状に囲む。
男たちの服装は主に二種類あった。
ほぼ全員が濃い緑色に身を包み、手には物騒な銃が握られている。黒く無骨な小型マシンガンだが、銃身付近とマガジンに白い布が巻きつけられていた。頭に乗った帽子のサイドには力強い字で『警視庁妖怪対策部隊AEF七四班』と刻印されている。
もうひとつは、後続の二人。薄緑色の大きな布を首に掛けたようなシンプルな服に、烏帽子と呼ばれる細長い帽子。こちらにも同じ文字が刻まれている。いわゆる神主と呼ばれる服装だが、この二人は見た目だけでなく、実際の役職も見たままであった。
どこからか蜩の声が聞こえる。夏の終わりを告げる声だ。
部隊を率いる男が一歩踏み出ると、人気が無いはずの民家からざわざわと物音が響いた。全員が身を強張らせ、手にした特殊な銃を民家に向ける。
部隊長の右手は動かない。
「……オオオォォォォ……」
幾重にも重なったような声が聞こえたかと思った刹那、それは起こった。
割れた窓から、穴の開いた屋根から、壁の裂け目から。
いくつもの影―――としか形容でき得ない、青白い煙のようなもの―――が溢れ出、弧を描くように民家の周囲を浮遊しだした。ひとつひとつは人間ほどの大きさであり、そして元々は人間『だったもの』だ。ふわふわと遊ぶように民家を回り、そしてだんだんと一本を大きな螺旋となって屋根から天を突くように収束し始める。
そして、
「構えッ!」
部隊長の右手が前に突き出され、それに呼応して十数個の銃口が民家の屋根へ、屋根から延びる螺旋の渦へと向けられる。トリガーには指が掛かり、合図と共に火を噴く算段となっていた。
無数の影は民家から次々と溢れ出てくる。螺旋はその大きさを増し、まるで竜巻のように周囲の空気をも巻き込んでいる。地平に消えかけている夕日が生み出す不気味に赤茶けた空を割るような一陣の渦。それは周囲の雲をも飲み込み始めた。
「ひ……」
隊員のひとりが怯えたような声を出した。
竜巻から聞こえてくる呻き声にも似た不気味な音は、人間が本能で恐怖を覚えるものだ。実際、声こそ上げないものの震えている隊員も多く、銃口も定かではない。
「狼狽えるな! たかが死んだ者相手、生きている我々に死者が敵う訳が無いッ!」
扇状のフォーメーションの最前部から怒声が響く。
「隊長、これは余りにも危険すぎます」
「一度体勢を立て直し、増員して後日出直したほうが得策です」
木製の小刀を祈るように構えた神主が二人、ほぼ同時に小声で伝えた。
「ならん」
その一言で一蹴し、部隊長は自らも腰の銃を手に取る。
「攻撃を開始する。祈祷を」
一瞬なにかを思い悩んだような間を置いて、神主は同時に目を閉じ、同じ内容の読経を始めた。その道の人間にしか理解できない内容だが、その効果は万物に等しく与えられる。
全員の持つ拳銃に刻まれた『妖滅』の刻印が淡く光を放つ。
それに呼応するように影の螺旋は回転の速度を緩め、まるで男たちを確認するかのように捻じ曲がり、渦の先端を向け始めた。その回転が止まるか否か、というところで、青白い影は突如蟻の子を散らすように分散し、戦闘機の追尾弾のような鋭角な弧を描きながら部隊に踊りかかった。
「打ェェッ!」
合図の怒号が空を割り、それと同時に銃口から無数の弾丸が発射された。
その狙いは寸分違わず螺旋を捕らえ、そして。
閑話 The/Living/Deads
幽霊、と聞いて何を想像するだろうか。
見えるという人と見えない人がおり、テレビなどでもよく取りざたされている、死んだ人間がこの世に現れる時に成す姿の呼称。何度も遭遇する人間もいれば、一生に一度もその姿を見ることがない人間もいるほど曖昧な存在。ゆえにバラエティ番組などでも面白おかしく「霊は存在する」だの「しない」だの談義したり、果ては「今ここに来ている」などと見えないのをいいことに主張し、それを商売にまで昇華させる者もいる。
要は『存在するか否かが非常に曖昧な概念』である。
日本では死者が霊魂となるというのが主な考えであるが、海外などでは異なった思想もあり、死者が形を変えて現れるよりも正体の分からない化け物に畏怖を覚えるなんて思想もある。このあたりはいくら考えてもきりがない話題であろう。
事の発端は七年前の初夏。
テレビや新聞で「霊を見た」「霊と遭遇した」なんて話題をちょくちょく目にするようになり、ああ夏といえば怪談だよなーなんて考えていた国民は、じわじわと数を増すその体験談の異常な頻度に首をかしげた。
頻繁などというものではない。チャンネルを回せば必ずどこかのキャスターが遭遇現場に出向いており、新聞には【またも遭遇! 恐怖の怨霊】【先日だけでも18件】などと一面にどかっと飾られるようになっていた。
そして、ついに決定的な事件が起こった。
生放送の深夜番組で、遭遇談のある駐車場へ女性キャスターが取材に赴き、真摯な顔をカメラに向けて「ここで三人の男女が、遭遇してしまったのです」などと伝えている時だった。
最初はカメラの故障かと思われたが、それは違った。
キャスターの肩から覗く背後の暗闇に、青白い靄のようなものが映り込んだ。スタジオは騒然としながらも嬉々とした様子でそれを指摘すると、その靄はうっすらと人の形を成した影となり、陽炎が揺らめくように浮遊していた。
カメラマンに指差され振り返ったキャスターは、困惑して後ずさりながらもリポートを続ける。十秒ほど騒然とした空気が流れた直後、その影はアクセルを踏むように加速しながらカメラの方へ肉迫する。悲鳴とともにカメラが地面に落ちる音が響き、映像が途切れた。
次の日の新聞には、レポーターを含むクルー全員の死体が発見されたと大々的に伝えられた。この映像はテレビ史に残る大問題となり、そして同時に国民全員が理解した。
異常なことが起きている、と。
霊との遭遇談は日に日に増え、夏が過ぎる頃にはちょっと大通りを歩けば霊を見れる、と言われるほどになり、それは国全体に広がった。それと同時に認知されたのが「幽霊は存在し、我々に害をなす存在である」ということだった。
国はこれを重要問題とし、霊の存在を認め、その呼称を『妖怪』とした。
妖怪は自我を持たず、緩やかな自転車ほどの速度で浮遊する。触れることはできないらしく、石などをぶつけることもできない。妖怪に触れても特に何かが起こるわけではないようだが、敵視されている場合か或いは何らかの要因が重なった場合、触れた人間がその場で死亡するという事例も報告されている。
それまで眉唾物として一笑に付していた幽霊が存在し、その対応策を求められた国の慌てぶりは見事なものだった。お得意のお茶濁しな発言を繰り返し、果ては「勝手に妖怪に触れて死ぬ国民が悪い」とまで言い放ち、問題となり退任する者まで現れた。
これといった対策が存在しない中、人が住まう家の中には現れないことが発見され、国民は挙って外出を極力避けるようになる。学校という学校が休校となり、冬を越す頃には海外の新聞などで『死者による国家崩壊』と伝えられるようになった。
この事態に楔を打ったのが、とある新興製薬会社であった。
神懸製薬。
連日テレビで妖の被害を目にする日々を過ごしていた国民に、希望の光ともいえるCMを流した。情報公開がされていないので詳細は不明であるが、妖怪の対策となる製品の開発に成功した、との触書を武器に急成長を遂げた会社である。
俄かには信じがたい事実だったが、その製品は実際に効果を発揮した。
対策といってもシンプルなもので、痴漢に使うような防犯スプレー型のものと、小学生などが身につけるような防犯ブザー型のものの二種類のみ。使用方法も単純で、妖怪に吹きかけることで妖怪は雷撃に打たれたように痙攣して姿を消し、ブザーの紐を引いて鳴らせば周囲の妖怪が退散する、というものだ。
これらによって国民はなんとか元の生活に近づき、神懸製薬の株価は急上昇を見せた。
時は流れて七年後の現在。季節は晩夏。
妖怪対策グッズは売れに売れていたが、妖怪を消滅させるわけではない。
国も胡坐をかいているわけにいかない為、巨額を投資し、ふたつの対策を実行に移していた。