第23話:ホワイトデーの逆襲、航太のロジックは予測不能?
「三月十四日。数学的には円周率の近似値であり、社会学的には先月の贈与に対する報復……いえ、返礼の義務が生じる日よ」
放課後の図書室。勝呂みゆきは、新刊図書のチェックをするふりをしながら、チラチラと俺の様子を伺っていた。
その瞳は「さあ、私の完璧なチョコに対する、あなたの最適解(お返し)を見せなさい」と雄弁に語っている。
「航太、先に言っておくけれど、私は義理や人情といった曖昧な基準で評価を下すつもりはないわ。デザイン、味、そしてそこに込められた『私を驚かせようという戦略性』。すべてを数値化して判定するから」
「……ハードル上げすぎだろ。ほら、これ」
俺が差し出したのは、銀色の包み紙に包まれた、小さな青い箱だった。
みゆきは一瞬、期待で頬を緩めたが、すぐに軍師のような厳しい表情に戻って箱を受け取った。
「ふん……包装の色彩心理学的には『誠実』と『冷静』。悪くないわ。では、開梱ロジックを開始するわよ」
慎重にリボンを解き、中から現れたのは——。
「……マカロン? 非常に繊細で、マニピュレーションが困難な菓子ね。……でも、どうしてこの色なの?」
箱の中には、白と水色の、少し歪な形をしたマカロンが並んでいた。
みゆきは一つを手に取り、分析するように見つめた。そして、一口。
「……っ!?」
彼女の動きが止まる。
「……不合理だわ。この味、どこかで……」
「……それ、俺が作ったんだ。お前の好きなあの青いソーダ水の味を、ガナッシュに再現してみた」
みゆきは目を見開いた。
「……あなたが? 料理の『り』の字も、ロジックの『ろ』の字も知らないあなたが、この気難しいマカロンを……?」
「お前がバレンタインに徹夜したって聞いたからさ。俺も動画を百回くらい見て、失敗した生地を十回くらい捨てて……やっとまともになったのが、その五個なんだ」
みゆきの瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
彼女は二つ目のマカロンを口に運び、噛み締めるように味わった。
「……最低よ、航太。生地の表面は少し荒いし、ピエ(ふちの膨らみ)も不揃い。私の完璧なトリュフに比べれば、演算ミスだらけの欠陥品だわ」
「そうか、悪かったな」
「……でも。このソーダ水の味……。あの日、公園で飲んだ、あの苦くて甘い記憶が、私の脳内メモリから強制的に呼び出される……」
みゆきは箱をぎゅっと抱きしめ、俯いた。
「私の負けよ。……あなたの『無謀な努力』という非論理的な攻撃に、私の防衛プログラムは完全にシャットダウンしたわ。……こんなに美味しくて、切ない味、私のデータには存在しないもの」
「……みゆき」
「……勘違いしないで! 来年は、私がこのマカロンの製法を物理化学的に分析して、あなたを絶句させるほどの究極のスイーツを叩きつけてあげるんだから! それまで……私の練習台として、しっかり私の隣でデータを集め続けなさい!」
真っ赤な顔で叫ぶ彼女の横顔に、三月の柔らかな日差しが落ちる。
勝利の女神は、歪な形をしたマカロンに、世界で一番甘い「敗北」を認めた。
【今回の勝敗:航太の奇襲勝利、みゆきは「お返し倍返しロジック」を即座に構築開始】
航太の「思い出を味にする」という反則級のロジックが、みゆきをノックアウト。
次は、第24話「二年生最後の終止符、一点差の壁を越える日」
いよいよ二年生最後の学年末試験。九条麗香との「一点差」という宿命に決着をつけるときです。




