第10話:夜の浜辺、波音に消された『勝ち誇り』
勝利を我が手に
〜不器用な女神と、負けられない僕の青春ロジック〜
第10話:夜の浜辺、波音に消された『勝ち誇り』
波の音だけが響く夜の浜辺。
合宿初日の締めくくりとなるバーベキューは、惨棄たる、あるいは奇妙な熱気を帯びたものとなった。
「……やりなさい、勝呂さん。敗北を認めるのも勝負師の嗜みよ」
九条麗香が、ワイングラス(中身はぶどうジュースだ)を片手に、冷徹な微笑を浮かべて促す。
俺の隣で、みゆきは石像のように固まっていた。
その手には、震える箸に掴まれた一切れのカルビ。
「航太……。これは、罰ゲームという不可抗力に基づく執行よ。私の意思は、一パーセントも介在していないわ。……いいわね?」
「わかってるよ。そんなに震えるなら、もういいって。俺が自分で……」
「ダメよ! 敗北を受け入れないことは、次の勝利への道を閉ざすこと。私は……やり遂げるわ!」
みゆきは意を決したように、真っ赤な顔で俺の口元に箸を突き出した。
「さあ……。あ、あーん……しなさいよ!」
「……あーん」
俺が観念して口を開けると、みゆきは目を逸らしながら肉を放り込んできた。
周囲の男子たちから「殺せ! 森下を殺せ!」という呪詛のような野次が飛ぶが、今のみゆきには聞こえていない。
「……どう? 私のトング捌きで焼かれた肉の味は。……勝利に近い味がするかしら」
「……普通に美味いよ。焦げてるけどな」
そんな狂乱の宴も終わり、自由時間になった。
騒がしい連中を避けて、俺は一人で波打ち際を歩いていた。すると、背後から砂を踏む小さな音が聞こえた。
「航太……。一人で反省会かしら?」
いつの間にか、上着を羽織ったみゆきが隣に立っていた。
昼間の強気なオーラはどこへやら、今の彼女は月明かりに照らされて、どこか儚げに見える。
「反省会じゃなくて、涼んでただけだよ。……お前こそ、九条との勝負の分析はいいのか?」
「……終わったわ。今日の敗因は、砂の抵抗でも風速でもない。……私自身の『動揺』よ」
みゆきは立ち止まり、夜の海を見つめた。
「航太、あなたに覆いかぶさられた時……私の計算機が、真っ白になったの。あんな事象、私のデータには存在しなかった。……どうしてかしら。勝負の最中なのに、鼓動が速すぎて、ボールの軌道すら見えなくなった」
彼女の告白は、波の音に溶けそうなほど静かだった。
「一番にならなきゃって、ずっと思ってた。誰よりも速く、誰よりも高く。そうすれば、誰も私を置いていかないって……。でも、今日負けた時、あなたが私を支えてくれた」
みゆきは俺をじっと見つめた。
その瞳には、夜空の星と、名前のつけられない感情が宿っている。
「航太。……今の私は、まだあなたに勝てない。でも、いつか必ず、あなたを完膚なきまでに屈服させてみせるわ。……愛とか、恋とか、そういう非論理的な言葉を使わずに……私があなたにとっての一番であることを、証明してみせる」
「……それって、事実上の告白なんじゃないのか?」
「違うわ! これは宣戦布告よ!」
みゆきは顔を真っ赤にして叫ぶと、砂浜を走って逃げ出した。
「待ってなさい航太! 明日の朝の『ビーチフラッグ対決』で、私の本気の勝ち誇りを見せてあげるから!」
走り去る彼女の背中を見送りながら、俺は砂の上に座り込んだ。
彼女の言った「勝ち誇り」は、波の音にかき消されて、もう聞こえない。
だが、俺の心臓は、彼女が去った後も騒がしいままだった。
この夜の浜辺で、俺たちの「青春ロジック」は、確実に新しい変数を受け入れてしまったらしい。
翌朝、俺を叩き起こしに来るであろう彼女の、不器用な笑顔を想像しながら、俺はしばらく夜の海を眺めていた。
【今回の勝敗:みゆきの戦略的撤退(ただし、心拍数は自己ベストを更新)】
次は、第11話「夏祭り、射的の景品と君の横顔」
合宿が終わり、地元に戻ってからの浴衣デート(という名の勝負)編です。




