筍
【筍】
雨あがりの山は、湿った土の匂いでむせるほどだった。祖母は腰を叩きながら竹林を見上げ、
「今朝は出てるよ」
と言った。私は長靴の底でぬかるみを踏み、冷たい泥がはねる感触に顔をしかめた。
竹が風にこすれ、カラカラと乾いた音を鳴らしている。その下に、筍は隠れるみたいに頭を出していた。茶色い皮が雨に濡れて、獣の背中みたいに光っている。
「見つけたら蹴るんじゃないよ。そっと周りを掘るんだ」
「わかってる」
「去年、蹴飛ばしたろ」
「……あれは転んだだけ」
祖母が笑った。しわだらけの目尻がゆるむと、竹林の薄暗さまで柔らかくなる。
鍬を土へ差し込む。じっとり湿った土が崩れ、白い湯気みたいな匂いが立った。私は夢中で掘った。爪に泥が入り、腕は重くなるのに、筍が少しずつ現れるたび胸が熱くなる。
「大きいな」
「ほら、言ったろ。今年は当たりだ」
祖母の声は誇らしげだった。
昔、この山は祖父が手入れしていたらしい。けれど祖父が死んでから、祖母はひとりで竹を切り、筍を掘ってきた。私は正月くらいしか来なかった。山は遠いし、泥だらけになるし、虫も多い。でも今年は、祖母が入院したあと急に気になって、こうして一緒に来ている。
「ばあちゃん、もう無理するなよ」
「何が」
「山」
「無理してないよ」
祖母はそう言って、細い指で幾重にも皮をまとった筍の頭を撫でた。
「竹はね、放っとくと山を食うんだよ。だから誰かが面倒見なきゃならない」
「俺じゃ無理」
「やってりゃ覚える」
風が吹いた。葉の擦れる音が頭上でざわざわ広がる。遠くで鶯が鳴いた。私は汗をぬぐいながら、祖母の横顔を見た。小さい。いつの間にこんなに小さくなったんだろうと思った。
掘り上げた筍はずしりと重かった。抱えると、まだ土のぬくもりが残っている。
「今日は筍ご飯だね」
「また?」
「また、が一番うまいんだよ」
祖母は笑った。
家へ戻ると、土間に米をとぐ音が響いた。かまどの火が赤く揺れ、筍を切る包丁の音が小気味よく続く。湯気には醤油と出汁の甘い香りが混じり、腹が鳴った。
「ほら味見」
と祖母が差し出した煮た筍は、熱くて舌を火傷しそうだった。でも噛むと、春の青臭さと甘みがじゅわっと広がった。
「うまい♡」
「当たり前だよ。朝掘ったんだから」
外ではまた竹が鳴っていた。カラカラ、カラカラと、遠い拍子木みたいに。私は茶碗を持ちながら、その音をずっと聞いていた。
雨あがり 濡れる背中に 触るるとき
土のぬくもり 春を抱きしむ




