表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者: かおるこ
掲載日:2026/05/23

【筍】


 雨あがりの山は、湿った土の匂いでむせるほどだった。祖母は腰を叩きながら竹林を見上げ、

「今朝は出てるよ」

と言った。私は長靴の底でぬかるみを踏み、冷たい泥がはねる感触に顔をしかめた。


 竹が風にこすれ、カラカラと乾いた音を鳴らしている。その下に、筍は隠れるみたいに頭を出していた。茶色い皮が雨に濡れて、獣の背中みたいに光っている。


「見つけたら蹴るんじゃないよ。そっと周りを掘るんだ」

「わかってる」

「去年、蹴飛ばしたろ」

「……あれは転んだだけ」


 祖母が笑った。しわだらけの目尻がゆるむと、竹林の薄暗さまで柔らかくなる。


 鍬を土へ差し込む。じっとり湿った土が崩れ、白い湯気みたいな匂いが立った。私は夢中で掘った。爪に泥が入り、腕は重くなるのに、筍が少しずつ現れるたび胸が熱くなる。


「大きいな」

「ほら、言ったろ。今年は当たりだ」


 祖母の声は誇らしげだった。


 昔、この山は祖父が手入れしていたらしい。けれど祖父が死んでから、祖母はひとりで竹を切り、筍を掘ってきた。私は正月くらいしか来なかった。山は遠いし、泥だらけになるし、虫も多い。でも今年は、祖母が入院したあと急に気になって、こうして一緒に来ている。


「ばあちゃん、もう無理するなよ」

「何が」

「山」

「無理してないよ」


 祖母はそう言って、細い指で幾重にも皮をまとった筍の頭を撫でた。


「竹はね、放っとくと山を食うんだよ。だから誰かが面倒見なきゃならない」

「俺じゃ無理」

「やってりゃ覚える」


 風が吹いた。葉の擦れる音が頭上でざわざわ広がる。遠くで鶯が鳴いた。私は汗をぬぐいながら、祖母の横顔を見た。小さい。いつの間にこんなに小さくなったんだろうと思った。


 掘り上げた筍はずしりと重かった。抱えると、まだ土のぬくもりが残っている。


「今日は筍ご飯だね」

「また?」

「また、が一番うまいんだよ」


 祖母は笑った。


 家へ戻ると、土間に米をとぐ音が響いた。かまどの火が赤く揺れ、筍を切る包丁の音が小気味よく続く。湯気には醤油と出汁の甘い香りが混じり、腹が鳴った。


「ほら味見」

と祖母が差し出した煮た筍は、熱くて舌を火傷しそうだった。でも噛むと、春の青臭さと甘みがじゅわっと広がった。


「うまい♡」

「当たり前だよ。朝掘ったんだから」


 外ではまた竹が鳴っていた。カラカラ、カラカラと、遠い拍子木みたいに。私は茶碗を持ちながら、その音をずっと聞いていた。


雨あがり 濡れる背中に 触るるとき 


土のぬくもり 春を抱きしむ



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ