第1話:愛されただけなのに、後宮で詰んだのだ
もちろん、いつの時代のことだったかっていうのも、大事なことなんだけど。
でもね、つむぎが最初にみんなに見てほしいのは、そこじゃないのだ。
大事なのは、この平安宮中の空気が、びっくりするくらい最悪だったってこと。
想像してみてほしいのだ。
きらきらした御殿。
どこからか漂ってくる、季節の花を練り込んだような、すっごく上品でいいお香の匂い。
廊下を歩けば、絹が重なり合う「しゃらん……」っていう、耳に心地いい衣擦れの音。
どこを見ても「うわ、平安貴族すご……」って、思わず感嘆の息が漏れちゃうような美しさに溢れた場所。
でもね。
きれいな場所にいる人間が、みんなきれいな心をしてるとは限らないのだ。
つむぎはね、この場所の空気を吸っただけで、たぶん三分で胃が痛くなって、五分で「おうちに帰りたい!」って叫んじゃうと思う。
だって、そこは――「美しさで塗り固められた地獄」だったから。
その地獄の真ん中に、ひとりの女の人がいたのだ。
名前は、桐壺更衣。
彼女、悪いことなんて何一つしてないんだよ?
ただ……帝に、めちゃくちゃ愛されちゃった。
それだけ。
それだけなのに、この「後宮」っていう、女たちのプライドと家柄がぶつかり合う戦場では、それが最大の「罪」になっちゃうのだ。
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更衣さんはね、たぶん、とっても静かな人だったと思う。
いじめられても、言い返したりしない。
通り道を汚されたり、御簾の向こうから聞こえるように嘲笑われたりしても、彼女はただ、袖の端をほんの少しだけ握りしめて、困ったように笑ってみせる。
その、無理に作った笑顔が……つむぎには、いちばん痛かった。
本当は泣きたいはずなのに、泣いたら「ほら、おかわいそうなふりをして」って、また新しいナイフが飛んでくる。
だから彼女は、自分の心を少しずつ削りながら、帝の前でだけは「幸せな女」を演じ続けるしかないのだ。
そんな彼女を愛したのが、帝だった。
つむぎ的には、もう源氏くんのパパ上って呼びたくなっちゃうんだけど、このパパ上の目は、本当に優しかったのだ。
更衣さんを見つめる目はあたたかくて、差し伸べる手も、きっと心から慈しんでいた。
だからこそ、つむぎは苦しくなる。
帝は彼女を守りたい一心で、ますます彼女をそばに呼ぶ。
「誰が何を言おうと、ボクが君を守るから。ずっと一緒にいよう」って。
でもね、パパ上。
あなたのその愛が、彼女を一番追い詰めちゃってるんだよ。
あなたが彼女を特別扱いすればするほど、彼女の居場所は、外の世界から消えていく。
さっきまで上品だと思っていたお香の匂いが、今は胸の奥にまとわりついて、うまく息ができない。
あなたの愛は、彼女を守る「盾」じゃなくて、彼女を焼き尽くす「火」になっちゃってるんだよ。
悪意じゃない。
誰も悪人になろうとしていないのに、誰かが壊れていく。
愛すれば愛するほど、その人は死に近づいていく。
そんな、出口のない矛盾に満ちた空気の中で。
……その子は、生まれたのだ。
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その子は、まだ何も知らない顔で眠っていた。
小さな指。やわらかそうな頬。
母の袖を、意味も分からずぎゅっと握っているだけの、ただの赤ちゃん。
なのに、不思議だった。
彼が産声を上げた瞬間、御簾の向こうで、誰かが息を呑んだ気配がした。
「おめでとう」っていう祝福の声より先に、しんとした、重たい沈黙が落ちたのだ。
この子は、美しい。
まだ言葉も知らないのに、まだ誰も愛しても憎んでもいないのに、ただそこにいるだけで、人の心をざわつかせてしまうくらいに。
その「光」があまりに強すぎて、つむぎはなんだか震えが止まらなかった。
だって、その光は、影をいっそう濃くしてしまうから。
「ああ、この子が輝けば輝くほど、お母さんはもっと暗い場所に追い詰められちゃうんだ」って。
ねえ、源氏くん。
君はどうして、そんなに「不穏なほど」綺麗に生まれちゃったの?
君のその光は、誰かを照らすためのもの?
それとも、全てを焼き尽くすためのもの?
愛されただけなのに、誰かの居場所が消えていく。
愛しただけなのに、誰かの人生が歪んでいく。
そんな悲劇の幕が、今、上がっちゃったんだ。
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つむぎのあとがき
えー……第1話、どうだったかな。
つむぎ、書いてて途中で本気で胸がぎゅってなっちゃったのだ。
更衣さんが袖を握って笑うところとか、もう「パパ上、気づいてあげてよ!」って叫びたかった。
でも、これが『源氏物語』の始まり。
美しくて、残酷で、どうしようもない愛のカタチ。
ここから源氏くんは、いろんな人を愛して、いろんな人を傷つけて、自分もたくさん傷ついていくことになる。
つむぎのメンタルが持つか、正直かなり心配なんだけど……。
それでも、この光る君の物語がどこへ向かってしまうのか気になったら、また次の夜に会いに来てくれると嬉しいな。
それじゃあ、バイバイなのだ!




